第61話・上陸
「タカオさん、船に異常はない?」
シルビアさんは甲板に出てきて、開口一番に様子を訪ねてくる。実際に敵からの襲撃は無く、神の島への船旅は滞りなく進んでいた。
「シルフェニア大陸を出たときに襲撃されたのが嘘みたいです。城の周りを巡回しているだけで、一向にこちらには攻撃を仕掛けてきません」
「割と賢いのね……。あなた達に攻撃を幾度か仕掛けて勝てないとわかったから、無駄に兵力を分散してこないのかもしれないわ」
ターニャも彼女の推理におお、と感嘆を上げる。さすが物事を見通す力のある女性だなというところだが、RPGもラストになればエグいほどにエンカウントなんてするものだ。
特に、「トラックコンクエスト2」なんてボスよりもエンカウントモンスターが強過ぎて、ラスダン前のダンジョンで挫折する人が多発したものだが。
「あの、シルビアさん」
「なに、船員さん?」
「あんたの指示通りに船を進めていますが、そろそろ着きますかね?」
「……ええ。地図でしか把握していないけれど、エンジュの町から考えるとそろそろ見えてきても可笑しくないんだけれど」
「大丈夫ですかねえ……」
「あなた船員でしょ? しっかりしてよ」
「この辺りは船でも通ったことがないもので……。エヴァンのダンナならばあらゆる海を渡っているから何となくわかると思いますが。そういえば、ダンナは?」
能弁に語っていた彼女の顔がくしゃりとひしゃげ、分かりやすいように陰を帯びる。乙女なターニャはすぐに勘付いてジョニーの元へ飛び、適当な話で彼のゴキゲンを取り始める。タカオもシルビアをフォローしようとするも、クレアに腕をつかまれてしまう。
「何しようと考えてるわけ?」
「なにって、シルビアさんに気の利いたジョークでも……」
「あんたがジョーク? やめときなさいよ、慣れないことは」
「慣れない事とかいうなよ」
「でもわかるでしょ? シルビアさんは出てきたけどエヴァンは出てきていない。船室でどんなことがあったのかぐらい、さすがのあんたでもわかるでしょ?」
現実世界で人間付き合い断食中だったタカオでもわかる。おそらくエヴァンとシルビアさんは船室でオリビアの件で言い合いになり、シルビアさんだけが出てきた。
先ほどのシルビアさんの妹に対する溺愛ぶりから考えても、どれだけエヴァンが懇切丁寧に説明し、誠意を示したところで簡単に納得できることではない。理解できる彼女だからこそ、簡単に「納得」できないだろうとも思った。
「……あ、あれ! シルビアさんにタカオさん、クレアさん! 島みたいなものが見えてきましたよ」
ターニャがはしゃぐように指をさす方向には、ぼんやりと島が見えてくる。たしかにその島はテッシンからもらった絵と瓜二つであった。
「よかった、無事に着いたようね。それじゃ、上陸準備でもはじめましょうか」
シルビアさんのテキパキした指示にええ、と生返事をしてしまう。彼女は島を確認したいのか船の先端部分の方に近づいていく。ピリピリした雰囲気を感じるものの、上陸準備を手伝ってもらうためエヴァンを呼びに行った。
***
何事もなく神の島にたどり着き、島に降りるためエヴァンとジョニーが黙々と準備する。その姿をシルビアが監視員のように睨むも、エヴァンはその視線を跳ね除けるでもなく、受け入れるでもなく、まるで自分の身体に縛り付けるように作業を続ける。
「いいぞ、みんな。気を付けて降りてくれ」
エヴァンの合図を聞いてから俺たちは島へ降りていく。砂浜と木々、そして絵で見たように島の中央に山がそびえているだけで、それ以外は特に目立った特徴のない島。周りの状態を確認している間に、シルビアさんがズカズカと島の中へと進んでいく。
「ちょっと、シルビアさん!」
タカオはすぐシルビアに付いていくも、エヴァンは彼女に付いていこうとはしなかった。
「俺は彼女をフォローする! えっと、エヴァンとジョニーは船番を頼んでいいか?」
オッケーです、とジョニーは快く引き受けてくれた。エヴァンは無言ながらも、それが回答のようなものだろう。彼らと共にターニャも船の護衛を引き受け、残ったクレアは俺の「おもり役」として、付いてくることを表明する。理由は不服だが、アクアの記憶を持つ彼女が来ることは心強い。
メンバー分けを行った後、急いでシルビアを追いかける。そこまで離れていることはなく、駆け足で移動するとすぐに追いつくことができた。
「シルビアさん、どうして急に島の奥へ?」
「別に。伝承を調べる研究者としての勘よ」
それ以上は聞かないで、と言わんばかりにピシャリと言葉を遮られる。クレアに視線を送るも、彼女もそれ以上は踏み込まないほうがいいわ、と合図するように首を振る。
しばらく歩いていくとすぐに島の中央にたどり着き、島に降りたときから見えていた山の麓に出る。
「意外と大きいな……」
「そうね、でも登れない高さでもないわ」
「へ?」
タカオとクレアは情けない声を同時に出す。しかし、至って普通だと言わんばかりにシルビアは言い放つ。
「二人とも。この山を登るわよ」




