第5話・ハリボテの町で見つけた桃源郷
クレアは現在地から近く、知り合いがいる「ドワゾン」という町へ向かうことを提案してきた。その町は鍛治職人たちが集まっており、タカオが持つ魔法剣もその町の職人によって作られたらしい。この世界について何もわからないタカオは、彼女の提案通り無限に広がる平原を歩いてドワゾンを目指していた。
「なぁ、ドワゾンにも呪いが掛かっているのか?」
「ええ。あの町も元素が濃い場所だから、おそらくね……」
神殿を出てから二日目のキャンプ。俺は木々を集めた後、封印剣を使って木々に火を付けてみる。炎を頭でイメージした後、俺はその呪文を「チャッカ」と命名し唱える。剣先がぽうっと光ると共に一筋の炎が集めた木々に向かって伸びる。すると、木に火が着火してボッと炎が燃え上がっていく。
「習得した能力を使うのはうまいじゃない」
「まあな! なぁ、これから四元素を獲得していくと、俺も魔法をどんどん使えるようになるのか?」
「あんたのその力は、クリエイトの力でもあるのよ」
「この小さい炎の魔法が?」
「そうよ。四元素を封印することで転生したあんたにも魔法の力が宿り、その力に名前を与えることであんただけの呪文が使えるようになるの」
「へえ……。じゃあ今後も元素が増えれば、それだけ扱える魔法も増えるってことか」
「そういうこと。あと、あんた自体の魔力にも影響するから、その辺りは注意しておきなさい」
ああ、素晴らしい魔法文化。色々とふざけた世界だけれど、自分で魔法を使える点については評価せざるを得ない。ゲームについてもそれなりに詳しいから呪文だってイメージしやすいし、まがりなりにも文字を扱う仕事をしている人間。呪文なんていくらでも思い付く。
「なにちょっと魔法使えたぐらいでニヤニヤしてんのよ? 本来扱えるはずの能力も使えないクズエイターのせいで、こんなしけたメシにしかありつけないのに」
そう、今日の食事が2Dのペラペラ魚でなければ、この世界に住むことを決めていただろう。
タカオたちを襲うモンスター達は3Dの最新ゲームに登場するような精巧な出で立ちで現れる。しかし、モンスターは倒した瞬間に煙のように姿を消すので、メシの足しにできなかった。
かと言ってタカオのクリエイターとしての能力はまだまだ中途半端のようで、この世界に2Dとして存在する魚などの生物を現実化するには至らない。
「ほんっと、あんたのクリエイトの力って中途半端よね。魚すら元に戻せないなんて……」
「し、仕方ねぇだろ。でも、ほら。お前のことはちゃんと元に戻せたんだし」
「その実績が無ければ、あんたみたいな生活力も想像力もないニート野郎となんて、ぜっっったい冒険なんてしないわ」
「俺だってな! お前みたいな口の悪い貧乳神官なんて、まっぴらごめんだね」
「うっさいわね! 胸が小さくなったのも、あんたの想像力が無いせいだからね!」
クレアは黒く焼けた魚モドキを俺に投げ付けてくる。しかし魚であって魚ではない物体は、タカオの元へ届くこともなく、ひらひらと地面に落ちてしまった。
「あ~もう! これなら前の状態のほうが良かったかなぁ……。しばらく木の実だけで飢えを凌ぐしかないとか、最悪」
「タンパク質が取れないとなれば、貧乳に拍車が掛かるな」
苦し紛れに皮肉を言ったつもりが、彼女の触れてはいけないものに火をつけたらしい。
「そんなに貧乳が嫌なら、自分で巨乳の女でも生み出しなさいよ!」
クレアは俺に向けて風系の攻撃魔法を放ってくる。タカオがその攻撃から逃げて回る間、クレアは先に床に付いてしまった。
***
次の日の朝、昨晩余計な体力を使ったせいで、身体にまったく力が入らなかった。それでも目的地を目指さないといけない訳だが、果たしてドワゾンまで持つのだろうか……。
「おい、すでに俺の体力は限界に近づきつつあるわけだが」
「あんたが昨日、余計なことを言うからよ」
「味方に攻撃呪文を打つ神官がどこにいるんだよ……」
「ふん。……ほら、ぼやくのもそこまでしなさい。すでに目的地が見えてきたわよ」
キャンプ地近くの小さい森を抜けると、目的地の「ドワゾン」に着いていたようだ。この転生した世界で訪れるはじめての町に、タカオは期待を隠せずにはいられなかった。
「ここが、この世界の町か!」
「ま、ドワゾンは小さい村に近いけどね。何か食べ物でも残っていればいいけれど」
「それよりも、早く行ってみようぜ」
タカオは腹が空いていることも忘れ、ドワゾンに向かって走り出していた。クレアは子どもっぽいと感じながらも笑みをこぼし、タカオの後を歩きながらついてきた。
「……ん?」
しかし、町の入口に近づくにつれて、ドワゾンに立っている家々の様子がおかしいことに気付いていく。その家は神殿のように、どこかリアリティが無かった。さらに近づくと、その違和感は間違いでないことがわかった。
ためしに家の周りを探索しようとすると、それはできなかった。ドワゾンに建っている家は、2Dの家の「絵」に過ぎなった。
「なんだよこれ、これじゃただのハリボテじゃねぇか……」
「たぶんだけど、これがこの街に掛けられた呪いね」
後ろから近付いてきたクレアは、自分に呪いを掛けられていたこともあって冷静に家に触れながら状況を把握していた。
「この町は人間自体に呪いを掛けなかったのか?」
「そうみたいね……。たぶんだけど、この町になにか関係があるはずよ。まずは誰かいないか探しましょう」
そうだな、と頷いてから散会してハリボテの町を調査することにした。どの家も奥行きのないハリボテで、2Dゲームの画面上に表示されるような家が立ち並んでいる。ゲーム世界に触れているような肩透かしを食らったような気分で歩いていると、タカオは何かにぶつかってしまう。
しかし、ハリボテの家に当たったような痛みはなかった。むしろ柔らかくて、いつまでも顔をうずめてこの匂いに包まれいたいような……。幸せな感触だ。
「あ、あの……」
もう冒険なんていい。決意を簡単に押し流すほどの温かい何かに俺は包まれていた。この柔らかい何かに、さらに顔をうずめようとする。やあんと桃色の声が耳をくすぐる。昨晩の疲れからか、桃源郷にでも迷い込んだのだろうか。うん、きっとそうだ。
ーでは、さらに奥にある秘境へと……。
「なにやっとんじゃい!」
聞き覚えのある声と共に、タカオは横顔を思い切り鈍器で殴られた。昨日の空腹とのダブルパンチで気を失いそうになった瞬間、目の前に胸の大きな女性が立っているのが見えた