第56話・仲間
「はあ!? あんた、この状況でなに子どもみたいなこと言ってんのよ! 城出てるでしょ、モンスター溢れてるでしょ、空にも変な穴が出てるのよ! すぐにでも亀のことを知ってるシルビアに会いにエンジュへー」
「俺じゃなくてもいいだろ。ほら、ジョニーなら勇んでお前らを運んでくれるだろうさ」
いきなり指名されたジョニーは、荷物を運んでいる途中にも関わらず立ち止まる。
「はえ、あっしに何用で?」
「ジョニー。俺の代わりにこいつらをエンジュに連れて行ってやってくれ」
「で、ですが……」
「お前の操舵技術なら大丈夫さ。しっかり送ってやんな」
「そ、そこまでエヴァンのダンナが言うなら……。海の男ジョニー、タカオさん達のために人肌ー」
「脱がんでいい!」
クレアとターニャが声を揃え、全力でジョニーの発言を否定する。しゅんと塩を振られた青菜のように縮んだジョニーは、そそくさとその場から立ち去ってしまう。
「エヴァンさん、あなたは今までそんな態度を取ったことがありません。なにか、エンジュに行きたくない理由があるんですよね?」
「うるせえな、ただ気が向かないだけだよ」
「それがすでに、行きたくない理由があると言っているようなものです」
ズイ、とターニャがエヴァンの前に出てくる。そして、先ほどの戦闘で彼女がエヴァンから借りたバンダナを差し出す。
「あなたは戦闘中でも、私の身体を気遣ってバンダナを渡せる人です。紳士的な人です。本当は情に厚い人です。口調や生き方は荒々しいですが」
「お前も割と余計なこというよな……」
「余計なことも言いますよ。私とあなたは、すでに何回も死地を共にした仲間なんですから」
ターニャの言葉にエヴァンは押し黙ってしまう。反してターニャはいつもの攻撃スタイルに加え、ガンガンと彼の目を見ながら突撃をかます。
「エヴァンさん、ちゃんと話してください。確かに冒険して共にした時間はまだまだ少ないです。だからこそ、私はあなたのことを知りたい。海賊やトレジャーハンターとしてのあなただけでなく、それ以外のあなたのことについても知っていきたいんです」
まるで猛牛のような勢いでしゃべり、息をふんふん鳴らすターニャ。そんな彼女に、悪態をついていたエヴァンもついフッと笑みをこぼしてしまう。
「そんな態度を取っていると、男に勘違いされるぜ。ターニャちゃん」
「えっ? 勘違いって、一体なにをですか?」
「こりゃ本当に、しばらく彼氏ができることはなさそうだな」
残念そうな態度を取るエヴァンに対し、横からディクソンが彼氏なぞ許さん、と頭から湯気を出しながら反論してくる。
その姿にターニャが赤面してしまい、この一連の流れに俺たちは声を上げて笑ってしまう。やっと笑顔を取り戻したエヴァンは諦めたのか、いつもの軽口の態度に戻っていく。
「まったく……。どうして俺の周りには、こんなおせっかいばかりが集まるんかね」
「あんたも大概でしょ。私たちの冒険が危険だってわかってたのに、船動かすために付いてきたんだから」
「たしかにな」
そう言いながらエヴァンは、再びジョニーを呼びつける。そして、ディクソンさんが所有する船以外に使えるものが無いか確認を取り始める。
「ええ。この状況で船を出したがる奴もそうそういませんので、そこの波止場に止まっている大き目の船だって使えますよ」
「わかった。それじゃ、今使える船の中で飛び切り早く移動できる奴を頼むぜ。どうやら俺も、この世界の命運を左右する闘いに巻き込まれちまったみたいだからな」
指示を出されたジョニーはイエッサーと威勢のいい声を上げ、すぐにエヴァンと共に出航準備をはじめる。ターニャはディクソンとテッシンの見送りに向かってしまい、タカオは手持ち無沙汰となってしまう。
それぞれ散り散りになった際、いつの間にかクレアは波止場から外の見える場所へと移動しているのが見えた。彼女とはシルフェニア大陸の戦い以降、まともに会話ができていなかった。エヴァンには悪いが、この機会にクレアと話しておこうと思って側に近づいた。
クレアは自分が近づいても空に注目し続け、何も言葉を発さない。空のヒビからは瘴気が漏れ続け、心なしかどんどん広がっているように見える。
「たぶんだけど、あのヒビ割れた先に神……。いいえ、魔王がいた世界とつながっていたんでしょうね」
いつから俺に気付いていたのか、クレアのほうから話しかけてくる。そうだな、とだけ言葉を返しておく。
「今まで魔王の姿や城が見えなかったのは、ゲームの番人と同じように別次元にいたからか?」
「そうでしょうね。ゲームでもラストになって急に魔王の城が出たりするでしょ? そんな感じよ」
いきなりメタいことを言うな。と、思ったが、よくよく考えれば水原アキとクレアは今や同一人物。自分のようなオリジナルキャラではなく、ゲームキャラクターに転生した人間。
あらゆる感情を持つだけでなく、この世界の現状について最も把握しているであろう人物。今この状況がどれぐらい危険なのか、彼女が一番把握しているはずだ。
「クレア。あの穴ってやっぱり……」
「ええ。この世界にモンスターが溢れ続けるだけじゃなく、放っておけば現実世界ともつながるわ」
「やっぱり、そうだよな……」
クレアは空のヒビというよりも、どこか遠くを見ながらつぶやく。すべての記憶を取り戻し「水原アキ」となったクレア。今の彼女にデニスと闘うことに戸惑いは見られない。しかし、仲間たちはどうだろうか。
デニスをはじめ、本物の人間がこの事件を巻き起こしている事実。水原はもちろん自分も事件収束の覚悟を決めているが、仲間たちはどうだろうか。クレアを見ていると、やはり伝えておかないとアンフェアな気がしてしまう。
「なあ、デニスのことやこの穴についてはあいつらにー」
「最後にするわよ」
「え?」
「もう余計なことを考えるのは無し。ターニャやエヴァンにはデニスのことを離さない。私たちは魔王を倒すの。そのことだけに集中しなさい」
「あ、ああ。でもクレアー」
「あと」
クレアは振り返り、すれ違い様に一言つぶやく。
「私のこともね……」
おい、と呼び止めようとするも、エヴァンの出航の誘いに遮られる。行くわよ、と言って颯爽と移動するクレアを呼び止めることもできず、胸に言葉をしまい込んで船に向かうことになった。




