第54話・託される思い
お互いに気持ちを確かめ合ったターニャとテッシンは涙を拭う。お互いに晴れ晴れとした顔をしているが、側でディクソンさんが鼻をグズグズさせながら涙を懸命に堪えていた。その顔はあの小さかったターニャが、と親ばか丸見えである。
「ちょっとディクソンさん。自分の娘の成長を見るためにここまで来たんじゃないんでしょ? ターニャと因縁があったテッシンをわざわざ連れてきたのも、何か私たちに用があるからじゃないかしら?」
「そっ、その通りだよ。クレアくん」
今の今まで忘れていたように取り繕い、テッシンは背負っていた布に巻かれた棒状の物体をクレアに手渡す。ズシリと重そうに受け取ると、テッシンは開けてくれてと目で合図する。
彼女がするすると布を取ると、そこには新調されたハンマーがあった。白銀に光るハンマーは、ドッグ全体を照らすかのように輝いている。
「テッシン、これは……」
「我らがゴブリンのマモル山で取れる最高峰の金属、オリハルコンで作られたハンマーです。これが私にターニャ様にできる、最大の贖罪かと思い用意させていただきました」
「これほどのハンマー、私では到底打てません。やはりテッシン、あなたは天才ですね」
「以前の私なら、絶対にこのような得物を作り上げることはできませんでした。深く罪を意識し、自己を顧みる旅を経たからこそ、やっと形にできたまで。私には闘うことはできないかと思いますが、その武器を通してターニャ様が町に帰ってくることを、いつまでもお待ちしております」
テッシンは再び膝を付き、グーの手をパーで受け止めるようなジェスチャーをして深く頭を下げる。その姿勢を見てターニャはまた泣きそうになるも、グッとこらえてからはい、と返事をする。
「なあクレア、あのポーズって?」
「あれはドワゾンの町で、職人が自分よりも敬意を払っている人に対して取る挨拶らしいわ。頭の固い職人同市だと、よほどの師弟関係でもない限りあのポーズ取らないって、昔聞いたことあるわ」
たしかドワゾンは男社会で、女性が活躍できない町だと聞いていた。しかし、今は男が女に対し、最大の敬意を払っている。確かに被害者と加害者という関係かもしれない。それでも、ドワゾンの町はこれから女性だって過ごしやすくなる。そう信じたかった。
「あの……。テッシンさん。ターニャへの謝罪も重要なんだけど。あんたさっき、色々と旅してきたって言ったわよね?」
「え、ええ」
クレアの突然の割り込みにおずおずしながら、テッシンなんとか返答する。
「実は私たち、あの空に浮かんでいる島への行き方を探しているの。さっきシルフェニア大陸にいる人から方舟に関する伝承は聞いたんだけど、あんたは何か聞かなかった?」
「方舟、ですか……。それは船と同じような乗り物のことですか」
「そうよ。おそらく船みたいなものだと思うんだけど、何か神様が乗っていたり、住んでいたり、使っていたりしたもの何でもいいんだけれど。何か聞いたことあれば教えて欲しいの」
「神が使っていたものや乗っていたもの、ですか……」
テッシンがアゴに手を当てて目をつぶると、何か思い出したように懐から丸められた一枚の紙を取り出した。それは現実世界の紙とは違い、ゴワゴワしているように見える。
それをクレアに手渡すと、彼女はさっそくゴソゴソと紙を広げていく。タカオを含めた三人は、クレアを中心にして開かれた紙に視線を集める。
その紙には絵が描かれてあったのだが、俺たち四人はほぼ同時に声をそろえて言った。
「これは、亀?」




