第4話・魔王の正体
ドラゴンを封印した俺たちは、神殿で一晩だけ休んでから出発することにした。石畳で一夜を過ごしたのははじめてだったが、朝になると背中も肩もバキバキだった。
タカオは体全体の骨をリズミカルに鳴らしながら、クレアと外に出てみた。神殿から一歩外に出てみると、冒険の門出を祝うような快晴だった。
「ついに、私はこの神殿から出られるのね」
「お前も言わば、この神殿に縛られた幽霊みたいなものだったんだよな?」
「失礼ね。人を地縛霊みたいに言わないでくれる?」
クレアはプリプリと怒っているが、それ以上に外に出て一緒に冒険に出られるほうが嬉しい様子だった。今のクレアを見ていると、タカオ自身も危険を冒してでも助けた甲斐があったというものだ。
「ここで確認しておくけれど、俺が現実世界に帰るには、魔王を倒す必要があるんだよな」
「ええ。でも、魔王の力は強大で、とてもじゃないけど今の私たちじゃ勝てないわ。そこで、あなたが持っている剣が鍵になるわけ」
腰に付けた鞘から剣を取り出し、クレアの前に取り出す。両刃になっている西洋風の剣で、刃の表面には文字らしき模様が刻まれている。おそらくこの世界で使われている文字じゃないかと思っているが、この文字はドラゴンを封印する際の魔法陣にも書かれていた気がする。
「その剣は魔法剣・シール。昨日闘ったドラゴンのような邪霊化した精霊を剣に封印し、最後に魔王に挑む。それが旅の目的よ」
クレアは当然のように説明してくるも、何が何だかわからないことだらけだった。タカオの顔をみて察したのか、コホンと咳払いをしてから彼女は講義を始める。
「ええと。元素は火・土・水・風の四つあるんだけれど、それぞれの地域に各元素の精霊がいるの。私たちはその恩恵を受けながら生活をしてるんだけど、各地域ごとに元素の濃度は違うの」
「濃度?」
「ええ。たとえば海があれば自然と水の元素が強くなるし、山があればそこには土の元素が自然と発生するわけ。で、同じ元素でもそうした自然物の有無で濃度が変わってきて、さらにそこにいつく精霊にも違いが出てくるの」
「精霊っていうのは、昨日俺が闘ったドラゴンか?」
「そうそう。あんたが昨日闘ったのは、火の元素を司るドラゴン。でも、精霊というのは本来人を襲うことはなければ、そもそも実態を持っていない存在。いわば空気みたいに必要で、目に見えないけどそこにあるみたいな」
「自然物そのもの、ということか?」
オフコース、と無駄に発音のいい英語と態度が鼻に付く。タカオのげんなりする顔を他所に、クレアは話を続けていく。
「でも、魔王の呪いによって精霊が実体を持ち始めちゃったわけ。各地域で実体化した元素は呪いをまき散らし始め、その影響で私は変な姿になってしまって……」
「なるほど。お前に起きていたようなことが、各地域で起きているわけだ」
「ええ。私は呪いによって現れたこの精霊を便宜上、邪霊って呼んでいるわ。邪霊は私たちにとって脅威そのものなんだけれど、そこで私はその力を利用することを考えたの」
「力を利用する?」
「そうよ。邪霊は確かに脅威だけれど、そもそもは強大な精霊の一種。なら、その邪霊を封印して各地域の問題を解決しつつ、剣のパワーにして魔王に対抗する力にする。これってナイスじゃない?」
「確かに。お前、頭良いな」
「そうでしょ、そうでしょ♪ ほらほら、もっと褒めていいのよ。ほめそやしなさい」
調子に乗る貧乳神官にはイライラを通り越し、舞い上がる彼女に哀れみの視線を向ける。その視線にも気付かず、クレアは上品な笑い声を上げ続けている。
「ま、まあ俺がやらないといけないことはわかったよ。でも、わざわざ俺をこの世界に呼んだ理由ってあるのか? 封印だけならこの世界の人間にもできそうなものなのに」
「そうね。シールの剣を使う条件は特に無かったけれど、世界に掛けられた呪いを解くには『クリエイト』の力が必要なの。だから邪霊を封印しただけじゃ抜根的な解決にならないし、剣と一緒に私の身体は呪いを受けていたから……。結局はあんたみたいにクリエイトの素質がある人でないと意味がないわけ」
なるほどな、と頷いて見せる。この世界における勇者なり選ばれたものというのは、自分みたいに「クリエイト」というスキルを使える人間というわけか。そして、倒すべき敵は魔王……。割とこの世界はベタなRPGなのだと理解していく。
「なあ、クレア」
「なに?」
「大体すべきことはわかってきたんだが、そもそも魔王がどんな奴かわかっているのか?」
魔王の存在。RPGにおいてボスがはじめからわかっているパターンとわかっていないパターンは、どちらも同じぐらいの比率で存在するのではないだろうか。この質問が意味を成すか成さないかも半々な訳だが、途端にクレアは渋い顔になる。
「やっぱり、言っておかないとダメよね……。実は、魔王はこの世界を作った神様なの」
「かみさま?」
「そう。神様は自身の御業でこの世界を創ったと言われて、その力を正しく使っていたわ。でも、ある日から神様の様子がおかしくなって、邪霊を生み出して呪いをまき散らしはじめたの。その影響で私はあんな身体になるし、邪霊が出現した町はどうなっているか……」
元神様。たしかに、それほどの存在ならば元素を創り直すほど力を持っていてもおかしくない。それにしても、ゆくゆくは神と戦わなければいけないのか……。タカオは剣を鞘にしまい、事の重大さを再確認していく。
「で、この世界には『神が魔王になりし時、別世界から新たなクリエイターを求めよ』という伝承が残されていて、召喚士である私はあなたをこの世界に呼んだわけ。タカオの意思に反する形で申し訳ないと思うんだけどさ……」
この世界に来た動機。それはドラゴンと闘っていたときに頭の中で響いた声の通りだ。現実世界から逃げたい、その事実は否めない。
たしかに動機は不純だが、彼女をクリエイトしたときに感じた「助けたい」という感情が再び湧き上がってくる。それに、これ以上クレアに余計な負担も掛けさせたくない。
「クレア、心配するなよ」
「え?」
「俺がしなきゃいけないことはわかったから。この世界に転生された限りは魔王を倒す必要があって、昨日みたいに凶悪なモンスターを封印しないといけないわけだ」
タカオは最大限の虚勢をもってクレアの前で強がる。慣れない台詞と態度はすぐに見抜かれ、クレアから似合わないわよ、と一蹴される。
「あ、あのなあ。俺はこれでもー」
「わかってるわよ。……ほんとに、ありがとね」
「ん? なんか言ったか?」
「い、言ってないわよ。それよりも、ほら……。しばらくはよろしくね」
「はいはい、貧乳神官さま」
「貧乳言うな、三流クリエイター!」
クレアは思い切り俺の頬にビンタをかましてくる。こんな痛みを覚えるぐらいならばクレアを2Dのままにしておけばよかったかもしれない……。
「まったく……。とりあえず、私が知っている町に行くわよ」
頬をさすりながら、タカオ達は冒険の第一歩を踏み出した。