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第47話・贖罪の在り処

 クレアとエレノアはお互いの武器を激しくぶつけあいながら、どんどん上空へ舞い上がり、風の邪霊や俺たちがいる場所からどんどん距離が離れていく。身体の内側を震わせるような雄叫びもエレノアが空気を裂く音や、クレアの攻撃呪文の風圧によってかき消されていく。



 クレアはアキの記憶を得ることで、以前よりも魔力・知識・身体能力は向上していた。エレノアの攻撃も十分にさばくことができ、その合間を縫うように魔法で反撃していく。エレノアの身体から邪霊の力が抜かれたとはいえ、リューベックでの大敗がウソのようだ。



 しかし、エレノアの実力は本物。元々はアクアと同じ人間で、魔王によって呪いの力を付加された存在。クレアのような風魔法こそないものの、剣技はクレアに大魔法を撃たせる隙を与えない。そして、呪いの力使って羽を持つモンスター・ハーピィを二匹召喚し、数の上で優勢を保つ。



「エレノア! あなたはまだ、デニスに手を貸すの?」



「何をいまさら!」



「現実世界には、確かに転生転換プログラムに対抗できるものなんてないわ。でも、あんた達だけで現実世界を蝕み支配するなんてー」



 クレアの言葉にエレノアはすぐ反応しなかった。いや、答えられなかったのかもしれない。



「……そんなの滑稽だわ」



「できるかどうかではない!」



 エレノアは剣先をクレアに向ける。



「彼が覇道を歩むのであれば、その道を私が支えるまで。邪魔になるものがあれば、私の力でデニス様が望むものに創り変えるまで!」



「そんな自分たちだけが生きるための世界、つまらない」



 クレアの言葉に何も答えないエレノア。だが表情は確実に歪み始めており、頬に張られた皮がパリパリと剝げそうになる。



「あなたはそうやって、デニスの言うことや望むことを鵜呑みにするだけ。ただ言われたことを、相手に認められることだけをやって……。世界をどんどん狭めるだけじゃなくて、他人まで犠牲にして作られる世界に、あなたは何も疑問を持たないの?」



「その犠牲の中には、デニスを拒んだ人間もいるのだ!」



 声を上げるとハーピィとエレノアが、クレアに飛び掛かっていく。それぞれ交互に攻撃を加え、クレアはそのコンビネーションを前に集中できない。

 二匹のハーピィに気を取られていると、視野外からエレノアが攻撃を仕掛けてくる。彼女の剣がクレアの身体を刺し、カラスが死体に群がるようにハーピィが一斉にクレアに攻撃を加えていく。



「……!」



 ハーピィ達が攻撃を加えた瞬間、クレアの身体は爆音と共に破裂する。破裂と共に出現した刃上の風がモンスターを巻き込み、次々に撃破していく。何とかクレアの身体からエレノアは距離を取るも、片手は使えないほどのダメージを受ける。



「雲を使えば自分に似た爆風入りデコイだって作れるわ。物を作れるのは自分だけ。そんな風に思ってなかった?」



 爆風が止んだところで、クレアがエレノアの前に登場する。



「生意気なことを……」



「エレノア。あなたがデニスを思っていることは知っている。でも、今のあの人を支え続けることは間違っているわ」



「うるさい!」



 エレノアはすでに闘うことも難しい身体なのに、それでも片翼を動かしてクレアに攻撃を加えようとする。その攻撃からはすでにキレが無くなっており、先ほどまでの緊迫感が無くなっている。



「お前だって知っているはずだ! デニスが人間によって孤独になってしまったことを! いま私が彼の元から離れれば、誰が彼の側にいるのだ! 誰が彼のことを肯定して上げられるのだ!」



「それはあなたのエゴよ!」



 クレアは彼女の言葉を否定しながら杖で殴りつける。たった一撃なのに、エレノアはそれだけひるんでしまう。



「あなたもわかっているんでしょ! 彼がやろうとしていたことは間違っていた。そして、あなたがそうして魔王に付き添っているのは、あのときデニスに付き添えなかった穴埋めをしているだけ!」



「それならばどうだというのだ! 貴様のように敵対することのほうが理解できぬ!」



「理解できないから敵対するのよ!」



 剣と杖が交錯し、まったく同じ顔の二人は至近距離で見つめ合う。



「私はデニスが辛いとき、側にいて支えることができなかった、逃げてしまった。豹変したとしても、彼のために側にいるべきだった。でも出来なかったから、こうして問題が起きた。

 だったら、これ以上彼の行為によって問題が大きくならないように、今こそ逃げずにぶつかることが、私にできる贖罪。彼の罪を増長させることが、贖罪になるなんて思えない!」



 クレアが口撃を加える中、エレノアは彼女の腕を掴み、そのまま魔法陣を展開する。その魔法はクレアを傀儡人形にしたもので、青い糸と黒い呪文が彼女の身体を侵食し始める。



「こうなれば手段を選ばん! お前をもう一度人形にしてやる!」



「くっ……!」



 ークレア、忘れないで。あなたは私、私はあなたよ。



 魔法が身体を侵食するとき、クレアの頭にアクアの声が響き渡る。ゲームキャラのクレアであると共に、アキという「私」を持っている。それが今の「自分」だ。そんな私だからこそ、今使える技がある!



 クレアはエレノアが伸ばしてきた糸を掴み、魔法を展開していく。



「何をする!」



「元に戻るだけよ」



 その魔法はクレアにとっての賭け。一縷の望みを掛けて、二人の全身を光で包み込んでいく。



「は、離せ!」



「絶対に離さない」



 ガシッとエレノアの身体をクレアは掴む。



「もう一回、転生はいかがですか?」



 現世とゲーム世界をつなぐ転生転換プログラム。クレアはアキが解析していたこのプログラムを応用し、糸を伝って彼女のデータを分解し、さらに転換して自分の中に組み込んでいく。糸を伝って徐々にデータ化したエレノアが自分の中に組み込まれていくのがわかる。



 ーデニス、ぜったいにこのゲームをヒットさせましょう。



 データだけのはずだった。しかし、同時に彼とのやり取りが脳裏にフッと甦る。



 ーあなたの書くシナリオ、やはり面白いわ。



 ーそれ、鬼のようにプログラム量が増えるんですけど。



 分解されていくエレノアは、すでに抵抗する意思を見せない。徐々に身体がデータ化され、足からデジタルが剥がれるように姿を消していく。



 ー大丈夫、私はあなたに付いていくわ。



 頭に浮かんだ台詞にハッとして、クレアは待って、と誰にともなく叫んでしまう。しかし、エレノアは恨めしそうにクレアを見つめなかった。むしろ、やっと自分を縛っていた鎖から解き放たれたような顔でこの世界から消えてしまう。



 クレアは思い出した。自分がどれだけデニスを思い、崇拝し、純粋についていこうとしていたか。同時に、その気持ちを踏みにじられた時の激情も……。相反する感情、エレノアだけでもクレアだけでも感じることのできない。機械では到底解析できない理不尽で不合理な「傲慢」な感情。


 クレアは一気に身体が重くなるのを感じ、頬には涙の通り道ができていた。

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