第44話・思い出は胸の中に
「タカオ、なの……?」
「なんだよ、久々過ぎて俺の顔を忘れたか?」
「なんだろ、ぜんぜん違う感じがする」
「そんなおセンチな台詞、お前に似合わねえよ……」
「じゃあ……。何コスプレしてんの?」
「ふり幅がひどすぎんだよ!」
タカオのツッコミにクレアは頬を赤らめ、口元を緩ませる。その表情を自分のものにするように、自然と彼女を抱き寄せ全身を包んでいた。はじめてドラゴンを倒したときも、こうして彼女とは肌を合わせた。でも、そのときよりも温かい……。このとき、はじめてクレアを「人間」だと感じ取った。
「クレア」
アキに声を掛けられ、顔が蒸発しそうなほど熱くなるのを感じる。タカオ以上に恥ずかしかったのか、クレアは両手で彼を突き飛ばしてしまう。尻もちを付いているのを他所に、アキは彼女に近づいていく。
「あなたは……」
「私はアキ。元々はあなただった存在」
「私が、あなた?」
「クレア、お前は自分に記憶が無いって言ってただろ? その秘密はすべて彼女にあったんだ」
頭にいくつものクエスチョンが浮かんでいるクレアに、アキはかいつまみながら事情を説明する。自分に記憶がないことと神官として生活していたこと……。アキの情報と自分の置かれている状況をリンクさせていき、わからないながら整理していく。
「あなたが現実世界から人間を転生させることができたのも、エレノアと同じ顔なのもすべてはそのため。タカオを呼ぶためとはいえ、あなたには本当に申し訳ないことをしたわ」
「やめてよ、あんたは私なんでしょ? まるで自分に謝られているようで気持ち悪い。それに、私だって神官として『クリエイター』を呼ぶ使命を持っていたんだから。別に謝られるようなことじゃないわよ」
「クレア……」
「それよりも、私たちは一人の人間に戻れないの? このまま記憶が無いのも不都合なんですけど」
「……タカオ、私とクレアを『フォーム』の力でクリエイトし直してくれないかしら?」
アキの発言に、二人は顔を見合わせてしまう。
「精霊の力を使ったクリエイトはともかく、フォーム単体で使って大丈夫か?」
「あなたの力は確かに不完全。でも、思いが強ければどんな呪いよりも強力で、お互いの気持ち一つになればゲームシステムだって超えられるわ」
「クレアは、いいのか?」
タカオはクレアにも尋ねる。これは彼女のを気遣っただけではない。ただ、自分が失敗してしまうのではないかという恐怖が強かった。
「私は一回、クリエイトの力で助けられているのよ? 何も心配することないわ。それに、この状況で失敗なんてしないでしょ?」
タカオの危惧を余所に、クレアは目を見て話してくる。アキもすでに決心は付いている様子で、彼女たちの決意が封印剣を構えさせる。さっそくクリエイトの魔法を唱えると、二人は光に包まれていく。
「なあ。お前がクレアと一緒になると、その……。アキとクレアのどっちになるんだ?」
「たぶん、どっちでもないんんじゃないかしら」
「え?」
「人間、一日として全く同じ人間なんていないわ。日々人は変化を続けて、記憶も価値観も変化していくもの」
「なんとも模範的な解答だな」
「そうね、今の私はデータベース。知っていることには答えられても、新しい発想を生み出すことはできないわ」
「……そうかもな」
「私はクレアにデータを渡すだけ。あなたと冒険してきたのはクレア。そのクレアを助けることを考えて」
アキの言葉にうん、とだけ頷いてクリエイトを続けていく。アキとクレアの身体はそれぞれ青と緑の光に包まれ、次第に粒となって空に向かって舞い上がっていく。
「タカオ……」
アクアの身体はすでに原型をとどめない形になっていた。しかし、彼女は声を掛けてくる。
「ぜったいにデニスを止めて」
アキは強く、はっきりと俺に最期の言葉を残す。それはこの世界と現実世界がつながるのを防いでほしい、それだけが理由のようには思えない。
自分が尊敬した人の暴走を止めて欲しい。純粋な気持ちだけがタカオの心を射抜き、過去にデニスのシナリオに燃え、彼に憧れていた自分を思い出していく。
「……ああ、もちろんだ。俺はもう逃げない。現実世界もそうだけど、この世界を自分勝手に変えようとするデニスを許せない。それに、アクア。少しでもお前の助けになりたい」
タカオはアキに面と向かって言うと、ふふっと声を漏らした。
「あなたが来てくれて、本当によかった」
アキに真意を聞き返そうとすると、光となった二人はグルグルと螺旋を描きながら上昇し、混ざり合って地上に舞い戻ってくる。一つになった光が解けていくと神官姿のクレアが姿を現し、どうにかクリエイトは成功したようだ。
「クレアで、いいんだよな?」
目を開けたクレアは、まるで自分の存在を確かめるように自分の手をにぎにぎする。外見には特に変化が見られないが、今まで首にアクセサリーなんて付けていただろうか。
それ以外は問題なさそうなので、クレア、と何度も呼んでみる。しかし、一向に反応がないので名前を呼んでいるうちに音量が大きくなってしまう。
「うっさいわね!」
タカオの行動にいら立った彼女は、真っ直ぐ俺に向かってグーパンチを飛ばしてくる。このパンチの感じは、間違いなくクレアのものだった。尻もちを付くほどのパンチを食らったのに、つい笑みを見せてしまう。
「……いてて、ほんと容赦ないよな」
「あんたがうるさいからよ。もう少し私に馴染む時間をちょうだいよ」
「すまん……。失敗したかなと思って怖くなってさ」
「大丈夫よ。アキのお陰で人間のときの記憶も戻ったし、エレノアに操られたお陰で魔法も少し使えるようになったみたい。それに、神様でもなくて魔王でもない、デニスのことも思い出したわ」
アキにとってデニスは、憧れ以上の存在だったのだろう。そんな彼に裏切られた記憶も、クレアの中に植え付けられてしまったのだろうか。それは記憶を失っているときよりも辛いことのような気がする。何て声を掛けていいかわからず、つい黙り込んでしまう。
「ほんと、あんたはダメリエイターね」
「な、なにがだよ! こうしてクリエイト、成功させてるじゃないか」
「どうせ私がデニスについて何か思い詰めているって。そう思ってたんでしょ?」
そこまで長い時間を過ごしているわけでもないのに、自分のことを簡単にクレアは見抜く。悔しいけれど、心を直接くすぐられているような恥ずかしさもあった。
「デニスの記憶はアクアのものであって、クレアにとっては迷惑な魔王でしかないわ」
「お前……」
「そ・れ・に! 私におセンチになんて似合わない。そうでしょ?」
まるでアイドルのようなセリフを言うクレア。その顔は過去の映像で見たアキのようだった。
声を掛けようとした瞬間、身体が宙に浮き始める。頭上を見るとゲームの番人が二体現れ、ゲーム本編の世界へ戻そうとしているようだ。クレアの方を見るも、アキの気配は微塵も感じられない。まるで過去を断ち切るように、彼女はまっすぐ前しか見ていなかった。




