第42話・スキル名「フォーム」
「クレアとエレノアは……」
過去の映像が途切れ、タカオ達は天国のような場所に戻ってきていた。
「元々はアキ。あんただったんだ」
「ええ。デニスによって『アキ』としての能力や記憶はエレノアというコピーを作る際に吸収され、しかも都合がいいように改変されてしまった残り粕。それがあなたの旅してきたクレア。ターニャとの記憶がなかったのも、彼によってクリエイトし直された弊害ね」
「クレアはその、結局はゲームキャラなのか? それとも」
「あれは私の身体を元にした『クレア』に違いないわ。デニスによって記憶を抜かれた彼女は、ほとんどゲーム世界のロールをこなすキャラクターと変わらない。
本当はクレア自身を消したかったんだけど、転生転換プログラムのコードを含んだ彼女はこの世界を構成する重要な因子。魔王・デニスでも好き勝手できない存在だったんでしょうね」
「じゃあ、クレアをドット絵にしたのも……」
「もともとこのゲームはね、2Dで表現するつもりだったの」
「この時代にか?」
「ええ。あまりにリアリティあるキャラだと想像力がそがれるからって。あなた感じたことない? リアルなキャラクターが高い場所から落ちるのに、平気なことへの違和感」
「とてもある、めちゃくちゃあるぜ」
「デニスもそういうのが嫌みたいで、ドット絵で簡素なキャラクターにすることで、プレイヤー自身に表情や気持ちを想像してもらいたかったみたいなの」
「でも、この世界は基本的にリアル志向というか、アニメキャラというか」
「これはデニスが作り変えたのもあるし、私たちみたいに人間が転生したことの弊害。デニスはゲームの名残りを使ってクレアをドット絵で呪い、剣の封印と彼女の行動を縛ったの。その上でドラゴンを置くことで転生した人間狩りをする。これで魔王は脅威の芽をつむことができる」
クレアがドット絵化したのはやはりドラゴンではなく、魔王・デニスの影響だったのか。それならば、アキの推測にも筋が通る気がする。
「他の邪霊は転生した魔王・デニスの思惑に基づいて配置されているわ。ゴブリンは武器製造、リヴァイアサンはあなた達を葬るため、そしてエレノアはクレアの封印が解かれた際の保険……。
魔王はこの世界のシナリオを描き直しながら、私たちの行く手を阻んでいる。やはり、デニスの力も影響しているんだと思うわ……」
ボスキャラの目的、そしてクレアを含め実は俺と同じ転生者……。イベント多発に混乱するも、彼女の態度を見ればすべて現実なのだと思わざるを得ない。
しかし、当の本人はこの仮定が立証されることをまだ信じたくない。そんな雰囲気を醸し出している。先ほどの過去の映像を見る限り、アクアもデニスを止められなかったことに後悔している。彼の元から逃げてしまったことを、離れてしまったことを……。
アキも逃げてしまったことを悔いている。自分とまったく同じ、なんておこがましいことは言えない。でも、はじめてクレアと会っていきなり「クリエイト」の力を発言できたのも、彼女に残る「アキ」の中に眠る「デニス」への残留思念のようなものと呼応したのかもしれない。
「そ、そうだ、アキ!」
「なによ、突然」
辛気臭い雰囲気に息が詰まるのを感じ、何とか話題を変えようと自分のスキル「クリエイト」について聞いてみることにした。事実、これから先魔王と闘うのであれば、不安定な自分のスキルを把握しておくことは重要なことである。
それに、以前リューベックで建てた「呪い≒クリエイト」の仮説についても確認しておく必要がある。その仮説についても、アクアならば聞いて更なる情報をくれる可能性だってある。仮説を説明していくと、アクアはふんふんと納得しながら噛み砕いていく。
「いい線言ってるわね。たしかに、この魔王たちが使う呪いとあなたの力の根本は同じ「クリエイト」の力。でも、ゲーム上は使える能力については大きな違いがあるわ」
「違いだって?」
「魔王やエレノアが使っている呪いの力は、この世界においてモンスターやゲームキャラをモンスターに変換できる能力。でも、魔王デニスは転生することで本当に神に近い能力を持ち、この世界だけでなく現実世界を侵食する力を持つに至ったわ。いわばシステム外の力」
おいおい、敵はチート級かよ……。残念そうな顔をしている俺を余所に、アキはどんどん話を続けていく。
「それに対して、転生してきた主人公のスキルは『フォーム』と名付けられているの」
「フォーム?」
「そう、形を意味するフォーム。あなたは初めてクレアとあったとき、呪いに掛けられた彼女を救いたいと思わなかった? その思いを形にできるのがフォームよ」
「ふ~ん。でも、はじめのほうだと魚さえクリエイトできなかったぜ」
「この力は限定的で、二人以上の強い気持ちが交差しないと発生しないの。クレアからも説明されたかと思うけれど、元素の力を借りれば、その元素に関わる物質や生物はある程度形にできるわ。それと、名前を付けることで魔法も唱えられる」
「ああ、その説明は聞いたよ」
「でも元素以外のことや呪いについては、人の気持ちに大きく左右される。それがゲーム上だと『会話』というシステムで処理されて、どれだけ心を通わせたかで発動条件が変わるわ」
自分のクリエイトの魔法が発動した状況を振り返ると思い当たる節がある。クレアについてはもちろん、ハリボテの町修復や合成魔法の詠唱、海上の霧については「助けたい・倒したい・救いたい」などの強い思いと共に、仲間や住人からのエールがあって初めて実現した。
おそらく「クリエイト」とは元素を源にした魔法とフォームの総称なのだろう。確かに仲間との関係性と自分の気持ちに起因するという能力は不安定で、ゲームとしてはなかなか厳しいものがあるな……。
「なんだかなぁ……。魔王の力に比べると、なんとも心もとない力に感じるなあ」
「でもね、この力だってほぼチート級だと思うわよ」
「なんでだよ?」
「このクリエイトの力は人の思いさえ重なれば、なんだって形にできる力。それがフォームよ。ゲーム内だとそれなりに制限が掛かるでしょうけど、今はあなたも人間。あなたの想像力と人との関係性次第で、無限の可能性が出てくると思わない?」
アキの言うことも最もだが、やはり過去の映像で言っていた通り「奇をてらい過ぎている」感が否めない。たしかに「フォーム」だって中々にチート級かもしれないが、色々と制限がきつすぎる気もしてしまう……。
ゲームをしていないにも関わらず売れなかった理由に行き着いた瞬間、アクアが避けて、と急に叫び出す。声に反応してその場から横に飛ぶと、元いた場所に見覚えのある風の魔法が発生している。
「ケケケケケ……」
当たってほしくない予感ほど当たるものだ。空から舞い降りてきたのはクレアだった。




