第41話・ゲーム世界の真相2
ー力が欲しいか……?
ーお前はいったいなんだ。
ー自分の作った作品の敵キャラも忘れたのか。我は貴様の作ったゲーム世界の魔王。
ー僕は疲れすぎたのかな。何バカなことを言っているんだ。
ー知っているぞ。主は現実世界を憂えるだけでなく、恨んでいることを。
ピクリ、と微妙ながらデニスの肩が動いたのが見えた。
ー我に手を貸せ。主の憎悪と我の力があれば、世界を掌握することも可能だ。
ー世界? ゲームの世界なんて掌握したところで。
ー馬鹿が。我々が支配するのは現実世界。主は我にどのような役割を与えた? 圧倒的な力で世界構造を変え、現実世界を支配する魔王だろう。
いま貴様が負の感情を捧げさえすれば、現実と電子世界をつなぐ扉を開くことができる。お前が我に転生すれば、すべてを支配する力を得られるのだ。どうする、主は世界が欲しくないか?
パソコンの周りが急に放電し始め、デニスの身体が電子分解され粒子化しながら吸い込まれていく。あまりの出来事に沈黙が場を支配し、番人姿のアキが話し始めるまでたっぷりと時間を要すことになった。
「今あなたが見たのは、転生転換プログラムと呼ばれるもの」
「転生、てんかんプログラム……?」
「転生転換プログラム。このプログラムは現実世界とゲーム世界をつなぎ合わせ、人間をゲーム世界のゲームキャラに転換させてしまうもの」
「このプログラムが、開発したゲームに?」
「ええ。なぜこんなプログラムが突然含まれたかわからないけれど、ゲームキャラにAIを持たせたことも影響しているかもしれない。ゲームシステムとして導入したAIがキャラの自我となり、それがデニスと呼応して生まれたのかもしれない……」
「そんなSFな展開、ありかよ……」
「確証はないわ。でも、デニスの執念からすれば、ゲームの魔王AIと反応し合うことであの化け物を生み出すことだって……」
デニスの過去の一端を見てきたが、クリエイターとして闘ったデニスの姿に打ちひしがれてしまう。自分の出した作品の優劣ですべてが決まる世界。彼はその最前線で闘っていた。
作家世界で闘い続ける彼の強い思念は人を惹きつける薬にもなれば、今回のような不可思議なプログラムさえ呼び起こしてしまう。俺とは違う、逃げ続けていた俺とは……。
周りの景色が歪んでいくと場面がまた変わり、次はアキの自室が浮かんでくる。
「アクアはデニスの元から離れた後、すぐにでもゲームにリリースできるように修理をはじめた。そこでプログラムを開いてみると、今までに見たことのないブラックボックス的なコードがあった。そのコードを調べようとしたとき、魔王が出現したときと同じようにクレアが私に語りかけてきたの」
ーあなたがこの世界を構築した人間の一人、アキですね?
-そうだけど、これは一体……。
-このコードは転生転換プログラム。あなた方が作ったゲームに組み込まれている、現実とゲームをつなぐプログラムです。私はあなたの強い感情に呼応し、こうして話す機会を持つことができました。
ーそんな……。こんなふざけたこと。
ー残念ながら、これは現実に起こってしまっていることです。魔王は転生転換プログラムを動かすためにデニスを利用した上、魔王は彼の身体を乗っ取って現実世界と電子世界をつなげてしまいました。
そして魔王・デニスとしてゲーム世界に転生し、現実世界を侵食して電子世界に創り変えようと画策しています。お願いです、この世界を救う手伝いをしてくれないでしょうか?
「クレアがあんたに?」
「クレアはこの世界を正しい状態に導こうとする私との対話を求めた。彼女は私に世界を救って欲しいと願い出てきたの」
「それって、アキを主人公として呼んだってことか?」
「いいえ。彼女は自分の世界に魔王を倒せるクリエイターを選出するため、そのシステムを作って欲しいと依頼してきた。そこで私はバグに私のAIを組み込み、いざというときの安全装置の役割と、自動的にフリーゲームにアクセスできる流れを作った。それが、あなたの答えたアンケート」
「あのアンケート、あんたが考えたのか!」
「ええ。アンケートに答えるだけで金銭が発生する形にすれば答える人が増えるだろうし、『ゲームに興味を持ってる人へのアンケート』とすれば、メールで送る時点でこの世界に興味を持つ人を特定できると思ったの。これによってURLをクリックする人間は増えたけれど、それだけでは転生転換プログラムは発動しなかった」
「なぜだ?」
「転生転換プログラムを発動させるためには強い感情が必要なの。ただのゲームキャラクターであるクレアは人でないから発動できないし、何気なくアンケートに答えた人間にデニスのようなプログラムをこじ開けるような精神力を持っている人もいない。
そこでアキは苦肉の策として、転生転換プログラムによってクレアとなることを決めた。そして、クリエイターとなる主人公を転生した私が現実に干渉して招き入れることにしたわ」
「ゲームのクレアだけじゃできなかったのか?」
「ゲームキャラが現実に干渉するためには、人の肉体を元に転生して得られる『コード』が必要不可欠なの」
「コード?」
「コードとはパソコンや機械などコンピューターを命令するためのもの。転生転換プログラムにもコードが存在していて、どうもそういうルールで縛られているみたい……」
AIが意思を持つことで転生転換プログラムが生まれ、さらに特殊なコードの出現……。こんな映画的シナリオをどこまで信じればいいかわからないが、今俺がこの世界に降り立っている限り、否定することもできない。俺が理解するのを余所に、アキはそのまま話を続けていく。
「あと、クレアや魔王みたいにゲームAIを主人公自体が持っていないことも影響しているの。デニスと魔王はお互いの『利益』が合致することで転生転換プログラムを開いた。それはお互いに意思を持っているからできたこと。
でも主人公はプレイヤー自身だから、そのプログラム起動も難しい。だから転生転換プログラムを行うことでコードを得た人間兼ゲームキャラが、ゲーム世界側から無理にこじあけないと主人公となる人間を招くことができないの」
アキがパソコンに吸い込まれると同時に部屋全体が歪み始め、見覚えのある景色の場所に移って来た。そこはクレアとはじめて出会った神殿だった。そこにはクレアの姿もあったが、過去の映像で見てきたグレー色の髪をしたアクアの雰囲気に近かった。
「罪悪感はあったわ。私の行為で無作為に人をこの世界に招くことになるから……。それにクレア自身も、私を巻き込みたくなかったみたい。
でも、デニスを助けるためならばゲーム世界に転生することもいとわなかった。アキは『クレア』として転生し、このゲームシナリオを制作していたときに設定した『クレア』としての行動をなぞった。
魔王を倒すための剣を作り、そして新しいクリエイターを転生する準備をはじめた。他の人を巻き込むことに罪悪感はあったけれど、世界よりもデニスを助けるためならばと割り切った」
過去のクレアが封印剣を携え、はじめての転生転換プログラムを起動させようとしたときだった。顔は青色で頭からツノを生やし、派手なローブを羽織ったモンスターが現れる。おそらくあれが、デニスが転生した「魔王」だ。
ーゲームの進行通りとはいえ、なかなか面倒なことをしているな。
ーデニス、なのよね?
ー我は魔王・デニス。この世界を足掛かりに、現実世界を電子世界に反転させるもの。
魔王となったデニスが呪文を唱えたかと思うと、突如よして空間に大きな穴が開く。そこから現実世界の景色が見える。
ー我はデニスの闇そのもの。奴が望んだように現実世界の侵食を我も望み、この穴から現実世界を創り変え、電子世界に反転させよう。
ーふざけないで! ねえデニス、いい加減目を覚ましてよ! こんな世界に引きこもっていたって何も解決しない。あなたのことを待っている人だっているのよ。こんなところで腐っているアナタなんて誰も見たくないわ。
-やはり、我にとって貴様は大きな障害となりそうだ。
デニスは天井に向かって指を立てると、クレアの元にクリエイト系と同じ魔法陣が出現する。人魚のときと同じように赤黒い光が彼女を包んでいき、彼女は神殿の屋根を突き破りそうな声を上げる。しかし、人魚のときのようにアクアの身体は変化せず、ただ身体にダメージを与えるに止まった。
-ぬう。「転生転換プログラム」の因子を持つ人間というのは面倒なものだ。ならば!
再びデニスが魔法を唱えると、再びアキの身体が赤黒い光に包まれる。すると彼女の身体は二つに分かれ、その一つは俺が見慣れている青色のクレア、そしてもう一つはエレノアの姿となり、それぞれの背中には片翼の羽が付いていた。
エレノアはすぐに目覚めてスッと立ち上がり、彼女はクレアを見つめる。
ーエレノアよ。目覚めはどうだ?
-デニス、なのですね?
デニスがゆっくりと頷くと、エレノアはまるで初恋をしている女性のように頬を緩める。しかし、すぐに表情を引き締め、膝を付いて忠誠のポーズを取る。
-主の役目は何だ?
-私の役目は、デニスを守ることです。そして、この世界に呪いをまき散らすこと。
デニスはエレノアの言葉にほくそ笑み、その場から一瞬で姿を消した。




