第40話・ゲーム世界の真相1
穴の中に入ると一瞬、目の前が白くなるほどの光に視界を奪われる。次第に光が収まっていき、やっと目の周りから手を離すことができた。すると、目の前は俺が知っているようなビルの一室になっていた。急なことに辺りをキョロキョロ見渡してしまう。
「ここは過去の世界。私たちはその映像を見ているだけ。ほら、あそこの会議テーブルに座っているのがデニス・ナカモトよ」
細身で気の弱そうな顔つきで、頭髪も特にこだわりがないのか短めに剃髪している。それはタカオの想像するザ・作家という出で立ちで、彼こそがデニス・ナカモトのようだ。彼はテーブルに席を着き、その向かいには三体のマネキンが座っている。
ーきみの書くシナリオはもう古いよ。
ー売れないものを書かれても困る。
ーもうちょっと、企画に合わせてもらわないと。
マネキンの口は動いていないのに、声だけが空間に響き渡る。その声を遮るように、デニスは手で耳を塞いでいた。俺にはわかる。
おそらく会社の経営陣や開発チームから、自分の作品について卑下されたのだろう。批評でも打ち合わせでもない、ただのお小言。デニス級の書き手でもこのような境遇に立たされていると思うと、胸の中がキュッと締められたような気分になる。
「デニスはあなたもプレイしていたゲームシナリオを担当した後、ヒット作に恵まれなかった。それで様々な会社で仕事を受けるも、つらい状況が続いたみたい」
アキの解説が終わると、地面が崩れ始めデスクだけでなくデニスやマネキンが闇の中へ落ち始める。慌てて逃げようとするが飛び込んで、とアクアが叫んでくる。
タカオは彼女の言葉を信じて崩れる床に飛び込むと、下に向けてどんどん身体が引っ張られる。すとん、と重力を無視して無事着すると、パソコン三台と本棚で埋められた部屋にたどり着いていた。
ーこんにちは、デニス。
声と共に部屋へ入って来たのは、暗いグレーの髪色をしたクレアだった。つかつか歩いてくる彼女を受け入れようとするも、俺の身体に触れることなくすり抜け、後方に出現していたデニスの元に駆け寄っていった。どうやら俺たちの姿は本当に見えていないようだ。
「アキ、これって……」
「これは現実で起こった出来事。嘘偽りはないし、改ざんもしていないわ」
デニスとクレアが話しているということは、彼女は存在していた人間なのだろう。デニスはクレアに挨拶を返し、お互いにゲームのことや開発のことについて話しているようだった。彼の顔は先ほど会議室で話しているときと違って快活で、まるで別人に見えてしまう。
ーそれじゃ、今日もお願いするよ。アキくん。
驚いた声を上げるも、アキは何も発しようとしなかった。まるで俺の反応が想定内だったとでも言わんばかりに、彼女は淡々とこの映像の解説をしていく。
「デニスはあらゆる仕事を無くし、起死回生としてフリーゲームで自分の世界観をもう一度表現することに注力した。その計画に唯一参加したのが、彼のシナリオに惚れ込んでいた水原アキという女性。彼女は天才的なプログラマーで、彼の申し出を快く受け入れたわ」
ーデニス、あなた本当にすごいわね。ゲームキャラクターとこんな自然に話せるフリーゲームを作るなんて。
ーありがとう、アキ。
ーでも、どうして主人公のスキルは「クリエイト」という設定に?
タカオがこの世界で振るっている「クリエイト」の力。それは主人公に設定されているスキルのようだ。でも、自分のこの力をあまり理解できていないし、開発者であるアキも疑問を呈している。
ー僕は思うんだ。クリエイターと言っても色々な人がいる。僕みたいな作家や君のようなプログラマー、そして絵師や編集者……。
でも、それ以外にも仕事の中で常に人は創造的な活動をしていると思うんだ。そして、そのクリエイトの源は言葉や会話だと思うから、それをこの主人公から感じ取って欲しいんだよ。
ーでも、少し奇をてらい過ぎじゃない? この「クリエイト」能力の決定をゲームキャラの会話にゆだねるなんて。しかも、元素を封印することで使えるようになる魔法を、プレイヤー自身が付ける名前によって効果や威力が変わるのも、現代では受けないんじゃない?
ーいいんだ、僕はこれをやってみたいんだ。それに、自分の能力や創造する行為なんて、誰かと会話しないと見えてこないものだろ? 会話こそ、僕はクリエイトにとって本当に必要なことだと思うんだ。別にクリエイトな仕事でなくても神様でなくても、僕達はクリエイトな活動ができるんだって。
デニスは微笑みながらアキに語り、つい能弁になった自分に恥ずかしくなったのか頭を掻いて見せる。その姿を見たアキは仕方ないわね、と言いながら作業に戻っていた。
どうやら「クリエイト」の能力はゲームキャラとの「会話」が重要とのこと。元素を元にした魔法についてはクレアからも説明されていた。だが、クレアをドット絵から救ったことや、リヴァイアサン戦で見せた合成魔法……。やはりあの力は、普段俺が使っている元素を元にした魔法とは違うようだ。
会話から自分のスキルについて考察していると、目の前に映る二人がふっと消える。部屋も変わるのかと身構えるも今度はそんなこともなく、部屋にあったイスにデニスが頭を抱えながら座っている姿が見え始める。
「いよいよリリースしようとしたとき、このゲームに謎のプログラムがあることがわかった。そのコードは何かわからないので、私はそのプログラムが何かわかるまでリリースを止めるように言ったわ」
デニスの側にアキが現れ、元気付けようと肩に手を付けようとする。しかし、デニスは思い切りそれを叩き落とし、激昂して彼女に手を挙げる。その顔は鬼そのもので、まるで何かにとり付かれているようにさえ見える。
「でも、デニスはすぐにでも出すべきだと言った。それで意見が対立し、尊敬していた人間の変貌ぶりにアキは耐えきれなかった。そのままデニスの部屋から足を遠ざかるようになったけれど、彼を孤独にさせるべきではなかった。その事実に気付けるほど、アキは大人じゃなかった」
一人部屋に取り残されたデニスは、パソコンを前にして黙々と何かを打ち込んでいた。何かわからないが、それが何か彼にとってプラスになる行為とは思えなかった。
だが、否定され続けた人間がパソコンを使えば、さらなる沼に引きずり込まれるだけだ。でも彼には、他にすがる場所が無かったのだ。まるで現実世界の自分のように。
「……おい、アキ。あれなんだよ」
一人でパソコンをいじっていたデニスだが、彼のパソコンからモクモクと紫の煙がどんどん出てくる。その煙は形を取り始め、赤い目のようなものがギラリと浮かび上がった。




