第39話・デニスの生み出した世界で
「……やっと会えたみたいね」
幼い男の子だった番人の声が、聞き覚えのある女性の声に切り替わった。それはタカオの頭の中で響いてきた声と同じみたいだ。
「びっくりした? 突然声が変わって」
「びっくりしたというか……。さっきからわからないことばっかだぜ。結局俺は死んでいるのかどうかさえ、よくわからない状態だし」
「そうね……。肉体的には死んでいるけれど精神は死んでいない状態、という感じかしら。あなたはこの世界の『キャラクター』として転生しているから、この世界のルールに則って番人ちゃんはあなたを運んだまで。まあ、さっきも聞いたでしょうけれど、あなたは少々イレギュラーな存在なんだけど」
「イレギュラーってさっきから言われ続けてるけど! 俺は普通にこの世界にやってきて、冒険して……。それで終わるんじゃなかったのかよ」
「とりあえず落ち着いて。こうして私が出てきたのも、一度あなたとちゃんと話すためだったの。……そうだ、自己紹介をしていなかったわね。番人越しで悪いんだけれど、私はこのバグの中に隠されていたAI『アキ』よ」
「アキって! さっき番人が言ってた、このゲームの開発者の一人ってか」
こくん、とアクアと名乗った番人は軽く頷く。
「ええ、この世界を構築したプログラマー。当初から搭載していたこのゲームの隠しコンテンツに、もしものためにこのAIバグを織り込んでおいたの。
本当はゲーム内の『裏側』的存在で、ゲームクリア後のエンディング画面でとあるコマンド入れるとメッセージが出るゲームものとかあるじゃない? あのテンションだったんだけれど」
アキが言っているのは、おそらく「マモルとカオリのシビアな物語」のことだろう。この事実を知っているということは、彼女自身も余程のレトロゲーム識者なのだろう。
「私は隠しコンテンツとして、あなたがこの世界に転生し、能力に目覚めそうになったときから見守ることになっていたわ」
「じゃあ、あの頭に響いていた声って」
なるほど、やはり俺がこの声を聞いたときの印象は間違っていなかったようだ。しかし、彼女以外にもその声を聞いたことがある気がする。その声の主を思い出そうとするのだが、番人のシルエットが強烈すぎて頭の中で思い描くことができない。
「私というAIはあくまでいざというときの機能だったから、発生しないことを祈っていたんだけど……。やはり事態は悪い方向へ動いたみたいね」
表情という言葉とはかけ離れている出で立ちなのに、なぜかクレアが暗い顔になった顔を想像していた。そんな風に思った。
「なあ、別に俺はあんたのことを恨んでいるわけじゃない。今しかあんたのことやこの世界について聞けないんだろうし、いろいろ教えてくれ」
「ふふ……。ほんと、変な人ね」
アキはその言葉が余程うれしかったのか、八の字に空を旋回し始める。
「こんな世界に転生した上、死んだらパニックになってあたふたしそうなものなのに。積極的に係わろうとするなんて変な人」
「い、いいからそんなこと!」
「そうね。まずは何から話しましょうか?」
「まずはこの世界のことだ。ここは本当に、俺がクリックしたゲーム世界なのか?」
「ええ、間違いないわ。元々はゲームキャラクターとリアルな会話ができる機能を搭載したRPGとして制作されたもの」
「会話?」
「会話と言ってもテキスト越しなんだけどね。このフリーゲームは他プレイヤーとのコミュニケーションを重視せず、ゲームの登場キャラクターと会話できるようにしたの。昔からゲーム内の特定キャラクターと会話を楽しむゲームはあったけれど、それをさらに推し進める形にしたゲームよ」
「テキストベースとはいえ、ゲームのキャラクターとナチュラルに会話なんてできるのか?」
「テキストベースならば、現代AIと私のプログラミング技術があれば、そこまで難しいことではないわ。言語会話となれば少し難しいかもしれないけどね」
「じゃあこの世界で俺が自然と会話できているのも、そのシステムの名残か」
「ええ。この世界の基本構造は開発していたフリーゲームのままだから、あなたが各キャラクターと話してきたのは、あくまでAIとしての反応ね」
それほど高度な技術がこのゲームに注がれていることが不思議だが、ターニャやエヴァン、そしてクレアとのやり取りがそれを証明している。彼女たちとのやり取りに感動していただけに、まるで手品の種明かしをされたようながっかり感が胸を圧迫していく。
「……なるほどね。テキストとはいえ、キャラクターと会話できるなんて…。フリーゲームとしては意欲的な作品だな。それだけ会話が肝になるなら、相当シナリオが書ける人でないと成立しそうにないけど、誰が書いているんだ?」
アキはしばらく黙りこくるも、ブランブランとミノムシのように身体を左右に揺らす。早く話すように促すと、動きを止めてから絞り出すように名前を述べた。
「このゲームの開発責任者とシナリオ作家は、あんたも好きなデニス・ナカモトよ」
「デニス・ナカモトがこのゲームを……」
アクアが何か話そうとするも、それより先にタカオは雄叫びを上げてしまっていた。
「俺の大好きなゲームシナリオを書いた、あのデニスさんがこの世界を! うわああああああああ、そんな燃える展開ないだろ、おい!」
「……あんた、ぜったい友達少ないでしょ」
くそ、さっきの言い方妙にクレアに似ているな。そう思い始めると顔つきなんて変わるはずもないのに、アキが自分をバカにしているときの表情が浮かび上がってくる。
「う、うるせぇな。あんたはどうか知らないけれど、俺はあの人のシナリオで泣きつかれて、笑い過ぎて横隔膜が完全にやられたんだからな」
「それは良かったことで。そんなデニスフリークのあなたならわかるでしょうけど、あの人のシナリオ作りと感情の導線の引き方は完璧。
彼はあらゆる場面や台詞を想定したキャラクターを作り上げ、どのような人間がキャラクターと会話しても違和感の出ないキャラクターと世界設定を作り上げたの。私はその設計図を元にして、プログラミングを行った。そしてできたのが、あなたが冒険してきた世界よ」
なるほど。この世界のキャラクターや世界観をデニス・ナカモトが描いたのであれば、それも実現可能なような気がする。
タカオがプレイした『かまゆでの夜』でも選択肢を少し変えるだけで自然と物語が変わるのに、キャラクターはその世界観を壊すことなく変化を見せていた。「テキストの魔術師」と呼ばれる所以を、まさか今回の旅で痛感することになるとは思いもしなかった。
「すげえな、このゲーム……。こんなゲームがフリーゲームとして出回ってていいのかよ」
「残念ながら、このゲームは一般的にリリースされることはなかったわ」
盛り上がった俺のテンションをせき止めるように、ぴしゃりとアキは言い切った。
「なんでだよ。これだけすごいゲームならリリースと同時にたちまち噂になるだろ」
「あなた、人がゲーム世界に転生するかもしれないゲームなんてリリースできると思う?」
アキの言葉は、タカオの身体に電撃を走らせる。どれだけアクアが天才プログラマーであっても、デニスに文才があったとしても、こんな不可思議なことまで起こせるとは思えない。
「……アキ、デニスはこのゲームを使って何をしたんだ? いや、このゲームに何が起きたんだ?」
アキはすぐに答えようとしなかった。
永遠とも思える時間が過ぎた後、やっと彼女は語りはじめる。
「これから伝えるのは、このゲームを巡って起きたこと」
アキが話し終えると、突然空間に穴が生じる。その穴はSFやファンタジーものに出てくる異次元に通じるような穴で、グルグルと穴は回転を続け渦のようになっていた。
その穴は徐々に大きくなり、ドアのようになって俺でも入れるようになった。
「これは……」
「この穴を通ると、私とデニスの記憶を元に作った映像データのある場所につながるわ。この世界に来て、『クリエイト』の力を正しく振るっているあなただからこそ、私は伝えようと思うわ」
アキがそれだけ言うと、すうと吸い込まれるように穴へ入っていく。今一度気を引き締め、アキに続いて過去の世界へ旅立った。




