第3話・覚醒の光
「なん、だって?」
「私、ここから出ることができないんです!」
クレアの絞り出すような声は、近づくドラゴンの足踏みにかき消えそうになる。
「お前、まさか……。人間を召喚した後は、見守ることしかできなかったのかよ」
喉を動かすことさえままならないが、タカオは何とか絞り出す。今やっと、クレアと本気で話したいと思い始めている。
「お前がこうしてここに一人でいるのも、魔王の呪いのせいだっていうのか?」
クレアは何も答えなかった。しかし、その沈黙こそが答えみたいなものだ。クレアは「呪い」のせいで今までも召喚された人の死を何度も見たのだろう。
本来なら大手を振って送り出すはずが、自分と同じような人間を止められず、クレアは何度もつらい別れを経験してきた。終わらない召喚、まるで彼女に与えられた罰のようだ。
-助けたい。
タカオは心の底からそう思った。ドラゴンの足音が死刑のカウントダウンのように鳴り響く。その中でも、タカオは純粋にクレアを助けたいと願った、望んだ、頭に響く声の主に乞う。自分がこの世界に転生された主人公ならば、目の前にいる女の子を助けられる力をよこしやがれ!
「……えっ」
クレアに向かって伸ばしていた手が、今までにないほど輝き始める。タカオは死力を尽くして立ち上がり、クレアの身体に向かって光を伸ばす。手から溢れ出す光にクレアはみるみるうちに包まれ、ペラペラな彼女の姿が見えなくなってしまう。
その光が頭のほうから消えていくと、2Dから解き放たれた青髪のポニーテールで、神官のような服装の少女。タカオの思う「クレア」が目の前に現れたのだ。
「これが、クリエイトの力……」
「うそ、私、本当にー」
クレアは自分の体を取り戻したのが久々なのか、隅々まで身体を触っていく。その感触に喜びを隠せないようだが、胸を触ったときだけは違った。
「ちょっと! 私もうちょっと胸ありますけど」
「うるせぇ……。それよりも」
くだらないやり取りをしている間にドラゴンは目の前まで近づき、咆哮をうならせ威嚇してくる。クレアはドット絵から解放されることで呪いから解放されたのか、自分から神殿の外に出て呪文を唱え始める。その瞬間にドラゴンは攻撃を加えてくるも、彼女が発生させたバリアがドラゴンのツメを弾く。
「す、すげえ……」
クレアの展開した魔法に感動していると、身体が徐々に楽になると同時に痛みがなくなっていく。よくみると緑色の光に包まれており、おそらくゲームで言うところの回復魔法だろう。
「あくまで応急処置よ。あと……」
クレアが何か言おうとするが、ドラゴンが再び俺たちに向かって尻尾の攻撃を仕掛けてくる。二手に分かれてよけようとする瞬間、クレアは俺に向かって一振りの剣を投げ飛ばしてくる。タカオはそれを抱きかかえるようにキャッチし、身体をゴロゴロ転がしながら受け身を取る。
「おい、これが今からの逆転劇につながるんだろうな?」
クレアが渡してきた剣は鞘に入っており、ズシリとした重みがある。とてもアニメやゲームみたいに片手で扱えるようなものではない。
「タカオ、剣を構えて! あのドラゴンを封印するのよ!」
「ふ、封印?」
とりあえず鞘から剣を取り出し、両手でその剣を構える。
「剣にあのドラゴンを吸い込むことをイメージして!」
タカオはクレアを救い出したときのように、剣を通じてドラゴンを封じ込めるイメージを膨らませていく。そして、頭に浮かんだ言葉を俺は口にしていた。
「我が持つ剣の一部にしてすべてである炎の化身ドラゴンよ。我の名のもとに命ず、再び剣の元へ還り、本来の姿を取り戻せ!」
呪文を唱えると、みるみるうちにドラゴンが炎に包まれ、炎竜となって空を自由に飛び回る。天にそのまま昇ると思ったが、急降下して俺に突撃しようとしてくる。その炎竜に向けて剣先を向けると魔法陣が現れ、そこに吸い込まれるように炎竜はその姿を消してしまった。
「まじかよ、俺本当にドラゴンを……」
ドラゴンを倒した現実を受け入れる前に、クレアがタカオの体に飛びついてくる。その勢いに負けて地面に転げてしまうが、すぐには立ち上がろうとしなかった。
この世界に生きていることを人肌のぬくもりから感じていたかったし、彼女の目から涙が枯れるまではこのままでもいいだろうと思ったからだ。