第36話・2人のクレア
「ふふふ……。なに情けない顔してんのさ? あんたはこの世界に選ばれた『クリエイター』じゃなかったのかい?」
エレノアの挑発にも答えられず、剣さえ抜くことができなかった。クレアが真っ黒になり、しかも敵であるエレノアの横にいる。この事実を前にして、どうしてターニャとエヴァンが武器を構えられるのかが、不思議でしょうがない。
「タカオ、とにかく剣を抜け! このまま攻撃されてもしらねえぞ」
「で、でも……。クレアが、クレアが!」
タカオの情けない声をかき消すように、クレアの杖が魔法陣を展開し、風の攻撃魔法を放ってくる。それは一度、タカオに放った初級の魔法などではない。敵に確実にダメージを与えるため、致命傷を引き起こすため、的を倒すための攻撃だった。
タカオの身体はいつのまにかターニャに抱きかかえられ、彼女はクレアの攻撃を受けてしまったのか腕から血を流している。
「タカオさん、どうやら今は考えている時間はないようです」
「ターニャ、お前まで」
「ホントにクレアちゃんを助けたいなら、とっとと立て!」
エヴァンは荒々しく声を上げながらエレノアにダッシュで近づき、剣を素早く振り上げて斬撃を加えようとする。しかし、その前にクレアがバリアの魔法を展開して立ちはだかり、彼女の盾となっている。
「くそ、邪魔なバリアだな」
感情的になるエヴァンに反応するように、はめていた指輪が青く発光し始める。あの光は俺が水の元素を使ったときの光と似ている。光がクレアのバリアを包んだかと思うと、パリンとガラスが割れるように弾け飛んだ。
「まさか! その指輪に解呪の力が」
エレノアが手で顔をガードしながら、指輪の効果について推測していく。クレアの魔法効果を解除するところを見ると、あらゆるものを「浄化」する水の元素の力が使えるのだろう。ゲームでもステータスをリセットする効果のある道具や魔法があるが、それと同じ類だと理解した。
「とりあえず都合がいいぜ。すまねえな、少々手荒にいくぜクレアちゃん」
バリアが取れたクレアに向かって、エヴァンは素早く腕を伸ばした。すると、クレアの口元が耳元まで割け、ケケケケケと悪魔の笑い声を上げながら嘲笑する。エヴァンもクレアの態度に一瞬の怯みをみせ、その隙に杖で吹き飛ばされてしまう。
「エヴァン!」
「いつつ……! 術師の杖って意外と痛いのな」
「さて……。茶番もそろそろ終わらせようか」
エレノアが足を地面に着けると、風が一気に吹き上がり砂やホコリが当たりに吹き散らかる。同時にエレノアのフードが取れ、さらに顔を覆っていた布も一緒に吹き飛んでいく。
その顔を見た俺たちは、まるで同じ仮面でも着けられたような表情になっていた。髪の色は緑色だが、髪型も顔の形もクレアとまったく同じだった。
「どうだい、あんた達は今もっとも見たい顔だろ?」
一度エレノアと闘った際、俺はこいつの顔を少しだけ見ていた。だが一瞬のことで、少し似ている程度にしか思っていなかった。
だが、悪い予想というのは的中してしまうものだ。もっと早くこのことを相談しておけば……。俺はついにシールの剣を抜き、ガードがいつでもできるようにしておく。
「ほう、この顔を見ても闘う意思が無くならないか」
「むしろ強くなったね。お前を倒せば、少なくともクレアは元に戻る」
「何の根拠もないくせに」
「ないさ!」
タカオは自分を奮い立たせるように吠える。
「何も根拠なんてない。ないけれど、てめの顔見てるとムシャクシャしてきたぜ」
「見慣れた仲間の顔を見てムシャクシャするとは。よほど仲が悪かったのだな」
「お前、何もわかってないな」
複雑怪奇な妖怪でも見るように、エレノアはタカオのことをいぶかしげに睨みつける。
「そう、その目だ。クレアはそんな目で絶対に俺を見ない。エヴァンを笑わない。ターニャのことを傷付けない。クレアの顔をして俺たちをいたぶろうとするお前の魂胆が、とにかく俺をイライラさせてんだよ!」
タカオは剣を振り上げると同時に火の元素を呼び出し、龍の形をした炎をエレノアにぶつけた。




