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第33話・「サッカ」のいない世界

 エヴァンがパーティに参加し、リューベックのドッグから船が出航する。風を受けた頬はピンと張り詰め、想像しているよりも頬に当たる風は強かった。他に船を出したい人達も同時にドッグから出航し、霧によって進めない場所までやってくる。



 白い靄が掛かっている場所に着くと、タカオは早速クリエイトの魔法を使う。みるみるうちに白い霧が無くなり、向こう側の景色が見えるようになる。霧が晴れると同時にヴァイキング達から歓声が上がり、俺たちの出航を見送りながらそれぞれの船旅に戻っていく。



「タカオご一行さま、海のほうも見てみな」



 エヴァンに言われた通り海を見てみると、人魚たちがイルカのように跳ねながら泳いでいるのが見える。中には手を振って俺たちの船出を祝っているようにも見え、リューベックでの冒険が脳裏によみがえってくるようだった。



「これからリューベックは、人魚と人間が積極的に関わり合う町になるかもしれませんね」



 隣で見ていたターニャが船べりの手すりに肘を付きながら話し掛けてくる。絶対になるさ、と根拠もなくタカオは答える。



 -根拠はないけ、だけど大丈夫だ。



 願いと期待しかないけれど、たぶんそうなる予感がしていた。



「すごい自信ですね。タカオさんの世界では、言葉が違う人とでも仲良くできたんでしょうね」



「いや、そんなこともないけど。どうしたんだよ、突然?」



「タカオさんの世界についてわからないので想像でしかありまえんけど。もし話す言葉が違う人たちがいたとしても、その方々たちはお互いに話そうとしているのかあと。タカオさんの言葉を聞いていると、そう感じたので」



 残念ながらそんなことはない。むしろ言葉が通じたとしても、文化や思想が違うことでいがみ合っている。言葉が通じている以上に悲しいことだと思う。

 人魚とリューベックの人たちにタカオが期待するのは、現実では叶わない願いが実現するかもという期待を持ってからだろう。



 それでも、目を輝かせているターニャに真実を告げることなんてできない。言葉を濁しながら、彼女に合わせて持論を話してみることにした。



「……そうだな、お互い言葉を学んで、なんとか話そうとしているよ」



「へえ、それはいいことですね」



「でも、もっと大変なのは言葉よりも価値観だなって思った」



「価値観?」



「ああ。同じ言葉を話せたって、話が通じない。それはターニャも経験したんじゃないのか?」



 あっ、と彼女はドワゾンで経験したことを一瞬で思い出した。前に進もうとする自分と信仰を大事にする町人たち。彼女はそのトラブルを何とか解決に導いたが、気持ちのいい体験ではなかっただろう。



「同じ人間でも、同じ言葉を話していても、言葉は通じても話は通じない。そういうことのほうが多い気がするんだよな」



「……タカオさん、まるで詩人みたいですね」



「えっ!?」



「呪文の扱いにも長けていますし、作戦を立てるのだって上手で、頭を動かすことが得意なところは本当に詩人みたい。私はタカオさんに言われたような体験をしているのに、先ほど言われたようなことは一度も考えませんでした。やはりこれも価値観の違い、なのでしょうね」



 そうかもな、とだけ言って俺は手すりに背中を預ける。



 詩人か。自分勝手な持論を展開したつもりなのに、まさかそのような評価をもらうとは思わなかった。

 

 タカオが現実でライターとして生み出した文章は俗なもので、人の言葉を借りたものばかりだ。コピーをさらにコピーしたものをキーボードで打ち込むだけ。それはもはや執筆でもなく、創作とも程遠い。金を得るために指を動かすだけの作業だった。



 金を得るためだけの生活。それは安全で生きるだけなら問題なんて無かった。今の生活みたいに危険なこともなかった。モンスターに襲われることも、死んでゲームオーバーになる可能性だってない。安寧を許された生活、だったのだと思う。



 それでも俺は、現実世界よりも充実したものを感じている。それは命のやり取りをしている、なんていう中二的な感想などではない。

 クレアとケンカして、ターニャの予想できない言動に翻弄され、新しい仲間のエヴァンに出会って、近くに誰かがいて、何気ないやり取りをして、詩人でも何でもない持論をきちんと聞いてもらってー。それはタカオにとって、何よりも新鮮だった。



「あのさ、ターニャ」



「はい?」



「俺さ、元いた世界でも詩人みたいな仕事をしたかったんだ。本当は」



「ええ、そうなんですか!」



 厳密にいえば、詩人じゃなくてシナリオを書いたり物語を書く人間なのだが。



「ああ。この世界にいるのかわからないけれど、物語を書く作家という人間。どうせ無理だろって諦めてたけど、そういうことをしたかったんだ」



「サッカ、ですか。聞いたことがないですねえ」



「俺もこっちきてそういう人間がいないなとは思っていたから……。やっぱいないのか」



「サッカ、とは何をする人なんですか?」



「なんていえば言いかな……。詩人は言葉で人の心を表現するだろ? 作家はちょっと違ってて、言葉を使って人生を描いたり、人が想像できないような世界を作って人を楽しませるんだ」



「ああ、そういうことは学者さんが一応やっていますね。ですが、人から聞いた話や昔の伝承をまとめるだけで、タカオさんがいったサッカのように話は作っていません」



「そうか。でも、ターニャが今まで読んだ本や聞いてきた話の中にだって、誰かの想像した話があるかもしれないんだぜ。それこそ学者さんが作った話の中には、伝承や昔話を元に想像されたものがあるかもしれないだろ」



「たしかに、言われてみればそうですよね。やっぱりタカオさんは、私が考えていないようなことを考えているんですね」



 ターニャにとってタカオの言葉は意外だったかもしれない。だが、「作家」という存在がいない事実は、不思議というよりも異質にさえ思う。こうした感情に行き着いたのも何気ない会話の賜物だと思うと、現実世界で人と話して来なかったことを後悔し始める。



「……そうだ、クレアは?」



 タカオはクレアとも一緒に話をしたいと思いはじめる。いつもなら一番に甲板に出て潮風に当たっていそうなものなのに、彼女はどこにも見当たらない。



「エヴァン、クレアを知らないか?」



「彼女なら船酔いしたのか、船室に入って寝ているぜ」



 ありがとう、と言ってからタカオは船室へ向かうことにした。

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