第30話・呪いの秘密とお約束イベント
町の中にはクレアは見当たらず、入り江のある浜辺まで向かってみることにした。潮風が痛みを和らげるように頭を冷やし、うーんと背伸びをした。この町にきてやっと落ち着いた気分になると、クレアが波際に座って涼んでいるのが見えた。
「……タカオ?」
酒の影響もあってボーッと眺めていると、クレアのほうが先に気付いて声を掛けてくる。おう、と少しどもりながら返答してしまう。
その様子を見た彼女がセンチメンタルな雰囲気にやられた、とニヤニヤ顔を見せてくる。いつものクレアだ、と思うと彼女に近づいて身体半分ほど距離を取って座った。
「お前こそ、海辺に佇むなんて似合わないぞ」
「あんたよりはマシよ。海に佇む女性に声ひとつ掛けられないなんて、やっぱり引きこもりクリエイターね」
「引きこもりは余計だ」
「どうしたのよ」
「なにがだ」
「町では酒盛りしてるんでしょ? 楽しんでくればいいのに」
「もういいよ。ターニャに無理に飲まされるわ、騒がしいわで」
「あの子、やっぱまた暴れたのね」
「今は屈強なヴァイキングが腕相撲の相手にされているよ」
「まずやられることはないから、心配ないわね」
そうだな、というと俺はクレアと一緒に笑ってしまった。何一緒に笑ってるんだ、とクレアの顔を見ると、彼女もほんのりと頬を赤らめているように見える。咳払いをしてから、クレアは海のほうを向いてしまう。
「つ、次でラストよ! ちゃんと気を引き締めなさいよ」
「わ、わかっとるわ!」
「どうせ今回より強敵が出てくるんだから」
「無駄にフラグ立てるな」
「……たぶん、またあいつが来るだろうし」
クレアの言葉を聞くと、タカオの酔いが一気に覚めていく。リヴァイアサンを倒したにも関わらず、エレノアはその姿を見せなかった。それにあいつは、色や性質は違えどクリエイト系の魔法を使用することができた。
「なあクレア。お前はエレノアが使っていた魔法、覚えているか?」
「……ええ。うっすらとね」
「あれさ、魔法陣だけ見るとー」
「あんなの、クリエイトの魔法じゃない!」
クレアはタカオの言葉を聞く前にすべてを否定する。キャンキャンうるさい神官だが、決して人の話を中断したり全否定することはない。そんな彼女が露骨に言葉を否定する姿に面喰ってしまう。
「……ごめん」
「いや、いいんだ」
しばらくの間、波の音だけをしばらく聞いていた。それでもエレノアについて話さなければいけないのだが、クレア自身が話したがらないと思うとどう口火を切っていいものかわからなくなる。まごまごしていると、申し訳ないと思ったのかクレアからこの件に触れ始める。
「エレノアの使う呪いの力は、魔王のものと同じ。人魚をモンスターに変える力を見る限り、魔王がこの世界の生物を生み出しているのと同じだから。もしあいつが呪いの力を使えると仮定すれば、海にも邪霊が放つような呪いを掛けられる可能性があるし、ボニーが使った邪霊化の玉も用意できることになるわ」
「てことは、やっぱりあいつが今回の主犯というわけか……」
今回の大規模な騒動を裏から手を引き、さらにリヴァイアサン復活まで実行に移した。この点を考えれば、エレノアはかなり手ごわい相手になることは間違いない。
自然と手にグッと力が入ってしまう。しかし、タカオにはどうしても確認しておかなければいけないことが、もう一つあった。
「なあ、俺の気になったこと聞いていいか?」
「なに?」
「エレノアが呪いの力を使うとき、色は違えど俺と同じクリエイト系も魔法陣だった。もしかして、俺の力ってあいつらと同じなのか?」
タカオの質問に対し、クレアはあまり気が進まないのか口ごもる。それでも答える義務があると悟っているのか、深く息を付いてから話し始める。
「……タカオ、覚えてる? 神様って別の世界から来たって」
「そういえば、そんなこと言ってたな」
「たぶんだけどね、呪いとクリエイトの魔法はほぼ同じ。元神である魔王もあなたも、外から来た人間。それぞれ光と闇みたいに対になっているんだろうけど、元の『クリエイト』としての根っこの部分は同じだと思う」
何となくわかっていた。魔王が元神様で本当に外から来た人間という設定であれば、同じく外の世界から転生した自分も魔王と同じ。「呪い≒クリエイト」という仮説が立つことになる。
それに、呪いの力をクリエイト系の魔法ならば効果を打ち消せる点から考えても、お互いに何らかの関係があると見たほうがいいだろう。
「やっぱりか」
「なんか、ごめん」
「なんで謝るんだよ」
「だって……。モンスターならともかく、同じ世界の人と戦うことになるんでしょ? それって、タカオ的にはやっぱり」
とはいっても、魔王もこのゲーム世界上にて設定されたキャラクターだ。確かに気持ちの上では思うところもあるが、人魚を自分の手駒としか考えないような敵を許すわけにはいかなかった。
「……じゃあ、今度は私が質問する番」
「なんだよ、まるで卵を割り損ねたみたいな声で」
「わけわからん喩えをするな。……もう」
「悪い。ちゃんと聞く」
「……あのね、エレノアが言ってたこと。あいつは私のこと知ってるって。私は自分で自分のことについてあまり覚えていないのに、あいつは私のことを知ってるって……」
クレアは初めて、自分から記憶があいまいなことについて言及してくる。確かに、クレアの記憶についても早めに対応すべきことだ。しかし、こんな状態の彼女に言えなかった。エレノアとクレアの顔が似ているなんて、言えなかった。
「あいつ私のおかげであんたらのことが何でもわかったって……。ねえ、私は本当に何か危険なことしていない?」
「クレア、それはもういいから」
「タカオ、私に何か隠したりしてないよね? もし、私があいつのために何かしているかと思うとー」
「バカ言うなよ!」
彼女の言葉を遮るように叫び、タカオは彼女の両肩をガシッとつかんでいた。
「お前は俺と一緒に今日何をした? あんな化け物と一緒に闘う奴を疑うわけねえだろ。俺がドラゴンにやられそうになったとき、懸命に助けようとしたのはどうしてだ? ターニャのために剣を作ろうと考えたのも嘘だったのか? ぜんぶお前が考えてやったことだろ!」
タカオの態度が意外なのか、クレアは目を丸くして真っ直ぐに見つめる。
「そんな悲観的に考えるのなんて、俺の知ってるクレアらしくないぜ。俺の知ってるクレアは口が悪くて、おせっかいで、回復呪文に長けていて、元素について何でも知っている貧乳神官だ」
再びタカオをクレアは波の音だけに包まれていく。クレアのクスッという針のような声が聞こえると、まるで音の膜に穴が空き止まっていた時間が動き出すようだった。
「……あんたって、なんでほんとたまにいい奴なのかしら」
クレアはうつむいて視線を逸らし、悪態をつき始める。
「はあ! お前何言ってー」
「だから余計に腹が立つわ。どうせ引きこもりの冴えない人生を送っていただろうに、こっちきてクリエイトの力なんて使いこなしちゃって。普段は口うるさくてイライラすることばかり言うくせに、なんであんたってたまに、そんなに真っ直ぐになれるわけ? ほんと、むかつく」
クレアの声は少し上ずり、鼻もシュンシュン鳴り始めているのがわかる。彼女の肩に両手をつけているのが途端に恥ずかしくなり、すぐに距離を取る。
「べ、別に俺は! そんな、優しい奴だなんて」
はあ、と言ってクレアは空を見上げてから、タカオのほうに向き直す。
「ほんと、どうしようもないわね。あんたは」
その顔はまるで恋する女の子のような表情で、そのひとみに思わずドキッとしてしまった。なんだ、このゲームの恋愛要素的な展開は! これはゲームの世界だ、本当の恋愛じゃない、騙されな俺!
脳内で色々と考え事をしていると、クレアがすっと手を出してくる。
「ほら、今回だけ私からのサービスよ。今度はちゃんと自分から出しなさい。じゃないと私、あんたが死にそうでも置いて帰るから」
クレアはまた顔を赤らめ、その手を取る人間を待つお姫様に変貌する。タカオは自分の前で、一人の人間がこんなに姿を変える姿をはじめてみた。
それは複雑怪奇な現象を目の当たりにしたというよりも、はじめて「人間」を垣間見ることができたという安堵感の方が強かった。
彼女の手を取り、二人は町にむかって歩き始めた。




