第22話・宿敵との決闘(裏1)
エヴァンと人魚は秘密の部屋で、まるでお互い会えなかった時間を埋めるように話していた。すぐにタカオ達の元に向かうべきだと思っていたが、オリビアに話をせがまれてつい話し込んでしまった。
「エヴァン、もうすっかり海の潮が変わったわ」
「お前、急に何言ってんだよ。そんな時間まだー」
そう言いながらエヴァンが潮を確認すると、すでに日を超えて新しい日が始まりつつあるのを知った。つい喋り過ぎたと思うと共に、ターニャやクレアの肴にされているシーンが頭をよぎった。エヴァンが色々と妄想している間も、彼女はずっと目をつぶって何かを聞き取っている様子だった。
「おい、なにしてんだよ」
「静かに。今仲間の声を聞いてるから」
オリビアが言うには、人魚は超音波を使ってコミュニケーションを取っているらしい。生物で言えばイルカに近いかも、などと話していたような記憶がうっすらと甦ってきた。それにしても、別の人魚の姿なんてまったく見えないのに、それほど遠くても意思疎通ができるなんて不思議だ。
「まずいわね、またボニーが海に出ているみたい」
「また人魚狩りか!」
「いいえ、今度は小さいボートタイプの船で沖に出ているって」
「そんな小さな船で?」
「なにか別の目的があるのかも……」
「とりあえず、俺はそこに行くぜ!」
「ちょっと待って! この気配は……」
彼女はさらに神経を集中させ、目をカッと見開く。
「誰かが魔言語を使っている!」
「魔言語って、今じゃ人魚しか使えないとかいう、あれか?」
「そうよ。だけどこれ、ふだん人魚が使っているものとは違う気がする」
魔言語、という言葉もオリビアから聞いていた。古い民族が使っていた言葉で、その言葉自体に強い魔力が込められているみたいだ。
その言葉を使うことで人魚は元素を調律し、リヴァイアサンを封印しているという話だ。現在において人魚以外に魔言語を利用できる生物はいないと聞いていたが、人魚自体が意図的に利用することなんてあるのだろうか。もしくは……。
「何か嫌な予感がするわ。しかもこの気配、タカオさんたちがいるはずの浜辺から感じる」
「それじゃ、そっちの方は任せるぜ」
「わかったわ。魔言語ならば、私でも対処できると思うから。あと」
彼女がすべて話し終える前に、別の人魚が海から頭を出してくる。
「彼女がボニーの元まで案内してくれるわ。またシャボンに乗って海の中を進んで」
「わかった」
「エヴァン、あのね。約束してほしいんだけどー」
「わかってるさ」
エヴァンは彼女の肩を叩き、じっと目を見る。
「絶対に帰って来る」
彼女はエヴァンの言葉にこくりと頷き、海に潜っていく。エヴァンは残った人魚に頼む、というと身体がシャボンに包まれボニーの元まで向かうことになった。
***
エヴァンがボニーの元に向かうと、六人程度が乗れる小さい船で沖に出ていた。ボニーはその上で紫色に発光する玉を海へ投げ入れようとしていた。
「ボニー!」
エヴァンの声に反応するように、シャボン玉が浮上してボニーの船の上で弾ける。同時に腰へ刺していたカトラスを抜き斬りかかる。しかし、海からヘビのような尻尾に変わった人魚が目の前に現れ、俺の斬撃を受け止める。
「残念だが、少し遅かったようだな」
そう言いながらボニーは玉を海の中へ投下する。玉が投げ入れられた場所から海が紫色に光りだし、海が高くなり始めた。
「ふふふ、これで私の願いが叶う……」
「てめえは一体、何をしてやがる」
「エヴァン、お前は考えたことないか? この海の主を倒せば、もっとこの海域での生活が楽になると」
「なに今更殊勝なこと言ってんだよ。お前はあらゆるものを奪いつくす稀代の女海賊、ボニー様だろ? そんなお前が人からの賞賛でも欲しくなったのか?」
お前にはわかるまい、とボニーは不敵に笑って見せた。
「結局人間は話し合ったところで何も解決しない。誰もが他者を虐げ、支配することしか考えていない!あの町でもそうだ。ずっと一部の人間だけが大きな顔をして、その陰で人が死んでいく」
「それがなんだっていうんだよ!」
エヴァンはヘビ女の剣を跳ねのけ、海へ蹴とばす。その流れのままボニーに斬りかかろうとするも、彼女も腰に刺していた剣を抜いて応戦してくる。
「お前が何考えてるか知らねえけどな。人魚を乱獲し、海が荒れ、そのせいでクレアは!」
「海が荒れることなど、いつものことではないか。そんなにあの女が心配ならば、自分の船で海まで運んでやればよかったのだ!」
ボニーの斬撃が頬をかすめ、エヴァンは体勢を崩してしまう。さらに攻撃を加えようと近づいてくるボニーに、エヴァンは足払いを掛けようとする。ジャンプされて回避されるも、エヴァンは飛び上がった彼女の体を掴み船上にて投げ飛ばす。ボニーが落とした剣を奪い取り、エヴァンは彼女の顔に突き付けた。
「あの女って、お前オリビアのことを知っていたのか」
ボニーはフフフ、と余裕ある笑みを浮かべながらいった。
「最後に教えてやるよ。あの女、オリビアの最後を」




