第1話・選ばれし者の初仕事
「いててて……」
頭を強く打ったのか、ズキズキとした痛みが生じている。頭をさすりながら立ち上がると、どうやら自分の部屋とは違う場所にいるようだ。白い壁紙に囲まれた2Rの部屋から、石積みで作られた空間に変わっている。さながら神殿だな、と思った。
おあつらえ向きに目の前には祭壇があり、両側には燭台で青い炎が揺らめいている。これって、まさか今はやりの転生ものってやつなのではないだろうか。あまりベタな転生ものって苦手だけど、こういう展開にはちょっと憧れていたんだ。
まさか非現実的な展開が自分に起こるなんて思ってもいなかった。危険な状況かもしれないにも関わらず、心臓は飛び跳ねて今にも神殿の天井を突き破りそうだ。
「あなたが今回、この世界に選ばれた人間でしょうか?」
うら若き女性の声が耳に届いてくる。その声に全力ではい、と答えながら神殿の入口のほうを振り返る。コツコツコツという足音が入口のほうから響いてくる。薄暗くて人影が見えないが、自然と期待感が高まる。音の響きが近づくと共に、鼓動も音に合わせるように早鐘を打つ。
「やっと会えましたね。選ばれしもの、竜崎タカオよ」
竜崎タカオ、自分の名前が呼ばれ返事をする。そして、ついに声の主が出現するも、すぐに対応することができなかった。
目の前に現れた女性は2Dのドット絵で描かれており、その姿を模した板がその場に立っているような状態。ビミョーにてくてくと足は動いているようだが、それ以外に一切の動きを見せない。
何とか目をこらして2Dドットの女性を見る。杖を持った青髪ポニーテールで神官風の女の子、というところまではわかる。だが、それ以上に情報を読み取ることは不可能だった。だって、足以外は何も変わらないんだもん!
「あなたがタカオで間違いないですね?」
彼女の問いに答えるかどうか迷ってしまった。もし、ここで返答しなければ即行で帰ることもできるかもしれない。ふざけたゲームならば、この問いに答えないことでゲームが終了することだってある。俺は試しに「いいえ」と答えてみた。
しかし、残念ながらゲームが終わることはなかった。
「いえいえ、私にはわかっているんですよ。あなたがタカオさんですね?」
しまった、エンドレスループ方式か!
ここまでゲーム制作者を恨んだことはないぞ。もう一度「いいえ」と答えるも、ドット絵の神官さま無常にも同じ台詞を述べるだけだった。まるでペッパーと話しているような感覚になり、仕方なくというかしぶしぶというか、ループから脱するために「はい」と答えた。
「タカオ、あなたは神官であるクレアにより、この世界に呼ばれた人間です。あなたの宿命はこの世界に巣くう邪霊を封印した後、魔王を打ち滅ぼして世界を救うことにあります」
聞いたことのあるような口上をクレアと名乗った女がつらつらと続けていく。割と地味だな、というか地味すぎる。決して台詞とかじゃない、目の前のクレアというキャラクターだ!
「あの、クレアさん」
「どうしました、まだ説明は終わっていませんが」
「あのですね、その……。あなたのその恰好は」
「あれ、変ですか? 実はまだ神官とは新米で、今日この格好するのもはじめてなんですよ。やっぱまだ似合っていませんかね~」
うん、台詞は可愛い。でも顔とか仕草はわからないんだよ!
「そうじゃなくて! あんたの姿がちょっとというか、だいぶおかしいことだよ!」
「いいこと聞きますね。さすが選ばれしクリエイターです」
「クリエイター?」
「はい。この世界に召喚される人はクリエイターと呼ばれ、魔王や邪霊によって変換された世界を救っていただくため旅に出てもらいます」
「それって、言ってしまえば俺がこの世界でしなきゃいけないことか?」
「そうですよ。実際、あなたは私みたいにぺらぺら人間ではないでしょ」
クレアに言われて自分の手を見てみる。たしかに現実世界と同じ5本指で、足もちゃんと2本足で立っている。決してドット絵のように短くなり、くっ付いているようにも見えない。自分の目で見ているものが真実かどうかも怪しかったが、彼女が部屋にある水がめを見るように勧めてきた。
急いで水がめを覗き込むと、アニメで見るような4頭身キャラ調にデフォルメされていたが、2Dのドット絵にはなっていなかった。一安心すると共に、クレアにこの世界の法則について聞いてみた。
「この世界は魔王の呪いによりバランスが崩れ始めています。私がこうしたペラペラの姿になっているのも魔王による呪いのせいです。この窮地を救えるのは、選ばれし人間だと言われています」
「その選ばれた人間というのが、俺みたいな現実世界の人間ってことか?」
「そうなんです。この世界に転生された人は私と同じようにペラペラの呪いや、何らかの弊害を起こることが大半です。ですが、タカオさんはちゃんと人の形を保っています」
「お、俺ってまさか素質アリなわけ」
「バリバリです! 将来有望株ですよ」
彼女の言葉に、思わずその場で叫んでしまう。現実では誰かに求められることもやりたいこともなかったのに、いきなりこの世界に来ることで転職に巡り合えるとは。これは本当に、人生における大きな転機と呼ばれるものではないだろうか。
「さ、タカオ。あなたのその力で、私をクリエイトしてくだい!」
「おっしゃぁ! で、具体的にはどうすれば?」
「とりあえず、私のほうに手を向けてください。そして、私の出で立ちを想像しながら念じれば、徐々に姿が変わっていくはずです」
自分が選ばれしもになれる……。ドキドキしながらクレアに手を向け、さっそく念じてみた。