第6話 家の事情
8月7日火曜。桜野葉子がいなくなって3日目。今日もまた馬木たちは視聴覚室に集まっている。来い、とは言っていないが、沖浦も松岡も来た。昨日に続いて由利先生も来ている。が、これはもはや映研の集会ではない。桜野葉子捜索のための作戦会議だ。桜野はまだ見つかっていない。
「昨日はたいへんだったみたいね?」
沖浦が馬木を気遣って言ってくれた。
「うん・・・」
馬木は彼女に申し訳なく思う。電話すると言っておきながら、しなかった。夜9時過ぎに彼女の方から電話してきた。ニュースであの場所で殺害された青木先輩が発見されたのを知ったのだ。馬木は生返事をするだけで、何を話したのか覚えていない。
今朝からのワイドショーではかなり大きく騒がしく取り上げられていた。新聞には書かれていなかったが、テレビではしっかり現場があの番組の中継地であり、殺された青木先輩がそのスタッフであったことが明らかにされていた。
「それどころじゃないわよ」
由利先生がノートパソコンのディスプレイをみんなに向けた。インターネットの掲示板だ。びっしり書き込みがあるが・・。
「『ビデオ少女の呪い』?」
「そ。昨日の午後から出始めて、9時過ぎから爆発的に情報が増えているわ。中には、ほら」
別のブログを開くと、その「現場写真」が掲載されていた。それも別のサイトに更に別の写真が。
「富山県の海と、沖縄のリゾートホテル?」
インターネットと携帯電話のおかげで今や全国どこにでも情報発信者がいる。
「これ・・、本物なんでしょうか?」
沖浦が気味悪そうに顔をしかめて言った。
「リアルよね。わざわざこんな離れたところでこんな手の込んだいたずらでもないでしょうし、情報だけなら他にもあるわ」
由利先生が次々リストアップしていった。
「発生順に、神奈川が一番最初、次いで北海道、それから岡山、香川、宮城、そして富山、沖縄。一番新しいのが、今朝の三重」
「はあ・・・、でたらめです・・よね?」
「でたらめねえ」
「規則性・・なし?」
「それが一つあるようなの」
「なんです?」
「発生時刻」
「発生時刻?」
由利先生が画面を指さしながら説明する。
「最初の神奈川が5日の夜9時に発生。次いで北海道が翌早朝5時。次の岡山が昼1時。香川が夜9時。宮城が翌7日早朝5時。富山が昼1時。沖縄が夜9時。そして今朝の三重が5時」
「夜9時、朝5時、昼1時・・。8時間ずつ、ちょうど1日3回発生しているわけですね?」
「そういうこと」
「ねえ先生。発生って、どうなっちゃったんです?」
「突然こんな顔になっちゃって、意識を失うの」
「やだ・・・・」
「ところが8時間たつと元の顔に戻るんですって。意識はずっと戻らないままだけど」
「8時間経って、また新たな発生が起こる?」
「そうね。まるで・・、呪いが人から人へ渡り歩いているみたいね」
「・・・・・・・・・」
沖浦が青い顔で口を押さえた。馬木も真っ青になっている。角谷が感心して言う。
「先生、プロとは言えよくまあこんなに手早く情報が集められるものですね?」
「わたしなんかよりずっと詳しい人間がネット上にウヨウヨいるのよ。わたしはそれを追っかけて確認を取っただけ。だからね、」
由利先生が深刻に言う。
「この情報はもうすぐに一般に知られるようになるわ。青木さんの殺人事件もあるし、パニックになるでしょうねえー・・・」
「つまり・・、あの番組を見た人間はみんな呪われる可能性がある?・・・・」
「と、考えるでしょうねえ」
「青木先輩の事件と関係あるんでしょうか?」
「やっぱりあるんじゃないかなあ? ふつうの殺され方じゃないわけだし」
馬木は思い出して頭が貧血を起こしそうになった。実際に死体を見ているのは馬木だけだ。ワイドショーで青木雄二の写真を見た。あの番組中で幽霊らしき少女の姿が映ってパニックになっている外のスタッフの様子がチラッと映ったが、その後ろの方に暗くチラリと映っているのが拡大されて映されてもいた。短髪ですっきりした顔立ちのけっこうな二枚目だった。ただ表情が暗かった。会社で作成したスタッフプレートの写真だったが、まるで警察発表の犯罪者の写真のようだった。そういえばどこか目の感じが桜野に似ていた。葉子も切れ込みの鋭いくっきりした目をしている。父親の遺伝なのだろう。
「青木先輩ってどんな人だったんでしょうねえ?」
「そうねえ、知っている金森さんは入院中だし・・」
「容態はどうなんです?」
「ああ、意識は一応戻ったようよ。でもまだ絶対安静だから面会できるのはまだ23日後になるでしょうね」
「そうですか。でも、助かったんですね?」
沖浦はひどくほっとしたようだ。馬木は迷った。みんな金森先輩の事故はこの事件とは無関係と思っている。これもまた馬木だけが怪しい女を見ている。人一倍恐がりなのにどうして自分ばかり見てしまうのだろうと恨めしく思った。
「じゃあわたしは他のメンバーのことを調べてみるわ」
馬木が迷っているうちに由利先生がさっさと話を進めてしまった。
「5年前顧問だった吉田先生は退職されちゃってるから、これから訪ねてみるわ」
相変わらずの行動力というかせっかちというか。
「日本史が専門で、郷土の歴史にも詳しいそうだから桜野家のことも聞いてみるわ」
すかさず角谷が
「あ、じゃあ僕もごいっしょしていいですか?」
「もっちろーん」
相変わらず角谷に対してはハートマーク付きだ。馬木が言う。
「じゃあ、俺は桜野の家に行ってみようと思います」
「桜野さんの家?」
由利先生が驚いて訊く。
「一人でいい? わたしも行こうか?」
「俺も行こうか?」
角谷も心配して言う。
「いいよ、一人で。子どもじゃあるまいし。それに、俺一人の方があっちも話し易いんじゃないかと思うし・・」
多分この中で葉子の母に好印象を持っているのは馬木だけだ。
「あたしは? いい?・・」
沖浦が遠慮がちに訊いた。
「いいってば。あのさ、おまえはもう来なくていいぞ。っていうかさ、もう来るな。本当にさ、嫌な感じがするんだ。また誰か巻き込まれるんじゃないかって。おまえはもうこの事件に関わらない方がいい」
「うん・・。分かった・・・・」
それじゃあ、と由利先生が話をまとめた。
「わたしとカッくんは吉田先生を訪ねて、部長は桜野さんの家。沖浦さんは帰宅で、松岡くんはどうする?」
「お、俺は・・」
松岡は口ごもりながら言った。
「現場を見てくる。昨日行かなかったから・・」
「そう。行っても警察がロープを張って中には入れないでしょうけれど。ともかく、松岡くんも気を付けてね」
「はい・・」
由利先生はやっぱり松岡に対しては冷たい。
由利先生が教務室に寄るついでに鍵を返してきてくれることになって、廊下に出てぶらぶら歩き出した馬木に角谷が言った。
「おいこら、オット。おまえさー、かすみちゃんに冷たいぞ」
「沖浦に?」
「かすみちゃん、まだおまえのことが好きなんだぜ?」
「・・・・・・」
そうなのだろうか? とぼけているわけじゃなく、馬木は本当に分からなかった。たしかに1年の時はクラスが同じこともあってけっこうよく話した。自分でもなかなかいい雰囲気だと感じたこともあった。でも、それ以上には関係は進まなかった。二人とも仲のいい友だちという関係で満足していたし、恋愛に関しては二人とも奥手だった。
だが、もし桜野が現れなかったら・・・、とも思う。もし葉子が現れなければ、ゆっくりゆっくり、二人の仲は深まっていったのかも知れない。そのままの二人でいっしょにいたなら、大学を出て数年後には結婚・・なんてことも、沖浦となら想像できた。
葉子は、そんな二人の関係を完全に破壊した。葉子は恐ろしく積極的だった。無邪気そのものに感じたが、今となってはどうだったのか分からない。
そうか・・・・・・、と、馬木は思い返した。もともとなんにもなかった風を装っているが、実際何もなかったのだが、馬木と沖浦は自分で思っている以上に深く思い合っていたのかも知れない。
『俺が一方的に裏切ったということになるのかなあ・・・』
馬木が葉子とつき合いだしても沖浦は何も言わなかった。クラスも離れて話す機会もグンと減った。もともと何もなかった風を装っていたのは沖浦もいっしょだ。
角谷が目を細めて非難の眼差しを送っている。
「そんな目で見られてもなあ・・・」
今さらどうしようもない。角谷のやれやれという態度にカチンと来た。
「おまえこそどうなんだよ? この女泣かせめ」
「俺は女の子を泣かせるようなことはしてないよ」
「ずるい奴め。誰か本命はいないのか?」
「いない・・こともなくはない・・かな?」
「いるんだな?」
角谷はまあまあとごまかして笑った。
「分かった。降参。この話はなし」
逃げた。
「今は葉子ちゃんを見つけることだ。そしたらさあ・・、な?俺のシナリオ良くできてただろ?」
「うん」
プリティーゴーストおとめちゃん。
「葉子ちゃん主演で撮ろうぜ。文化祭には十分間に合うさ」
「うん。そうだな。撮ろう」
二人で笑った。男の友情だ。・・ふと心配になった。もしかして角谷の好きな相手って・・・
「部長、ちょっといいかな?」
松岡だ。相変わらず陰湿な顔してやがる。松岡の視線に角谷は、
「じゃ、俺駐車場行くわ。副部長、待ってくれー」
と、一人とぼとぼ歩く沖浦を追っていった。
「なに?」
松岡は角谷と沖浦が階段を下りていったのを確認して、ニヤリと馬木に笑った。
「おまえ、由利先生が俺のこと嫌ってんの知ってるだろ?」
「そうなのか?」
「とぼけるなよ。おまえも俺のこと嫌いだろ?」
「別に嫌いとは・・」
「かまわねえよ。俺もおまえが嫌いだ」
「・・嫌いだよ」
またニヤッと笑った。なんなんだろう、こいつは?
「由利先生っていいよなー、あの脚。適度に太くてキュッと締まっててさ。レースクイーン出来るよな?」
確かに!・・いやいや。
「俺さ、先生に見つかっちまったんだ、盗撮してるところ」
「何を?」
「スカートの中。無線CCDカメラを靴に仕込んで下から撮ろうとしたところをな」
犯罪者だ、こいつ。
「二度としないって約束させられて許してもらったけど、見られたくないならスカートなんてはいてくるなってんだよな、血気盛んな青少年に目の毒だぜ。なあ? へへへ」
馬木は笑わなかった。
「そうそう、先生もそういう目で俺を見るんだ。そうだ、俺はそういう薄汚い変態野郎だ」
「・・おまえさあ、なんなんだよ?」
ガキか。そうやってワルぶってかまってもらいたいんだろうか?
「おまえ、金森先輩のことどう思ってる?」
「どうって・・、大人の、いい人じゃん」
「へっ」
松岡は思いっきり馬鹿にして笑った。
「おまえみたいな甘ちゃんには分かんねーだろーがなー、デブのブ男ってのはみんな陰湿なスケベの変態野郎って決まってんだよ。本人が言うんだから間違いねえ」
「おまえ、自分がそうだからって人をいっしょにするなよ」
「やるよ」
松岡はカバンから写真を一枚取りだして馬木に渡した。
「わっ」
一目見て目を逸らした。それは倒れた金森先輩を撮した事故の写真だった。
「いらねーよ、こんなの」
「いいから見ろ!」
珍しく松岡のストレートに怒った声に馬木は嫌々写真を見た。両手を投げ出し、仰向きに体をひねった、腿から上の写真だ。メガネは吹っ飛び、硬く目を閉じた顔は苦痛に歪み、「あ〜・・」と言うように口を開いている。馬木は痛々しさに顔をしかめた。
「よく見ろ、分かるだろう?」
何が?・・。嫌々さらに見ていると・・、
「あれ?」
「言っとくがな、俺は全然手を加えていないぞ」
「・・・・・・・・」
金森先輩のスラックスの腰の上に、白いものが浮き出ている。まるでレントゲンに映った骨のようだ。その腰骨が、グチャグチャにひび割れている。金森先輩のけがは大腿骨骨折と骨盤の複雑骨折だった。
「そういえば・・・・」
青木先輩も骨盤がめちゃくちゃに叩き割られていた。
「あいつは性格のいいおまえの思っているような人間じゃねえぞ」
「どういうことだよ?」
「本質は俺みたいに腐った奴だってことさ」
「この写真はなんなんだよ?」
「さあな。でもまともじゃないよな。あの事故も、ふつうの事故じゃなかったってことさ」
松岡は疑惑の目で馬木を見た。
「おまえ、本当は事故の瞬間を見ていたんじゃないか?」
「・・・・・・」
「ま、いいや。俺はヨーコちゃんのファンだからな、一応おまえに注意しておいてやっただけだ」
「そうか・・。おまえ、これからあの家に行くのか?」
「ああ」
「なんで? 今さら行ったってどうせ周りから見るだけだぞ?」
「テレビの取材が来てるだろ。それを撮ってくるのさ」
今日もご自慢のデジタル一眼レフを首からぶら下げている。
「ま、いいけどさ。気を付けろよ。おまえもあんまり変なところに首突っ込んで危険な目に遭うんじゃないぞ」
「へへ、俺が呪い殺されたらいい気味だと思うだろ?」
「思わねえよ。あのさ、カクとも話してたんだけどさ、桜野が帰ってきたら映画撮ろうぜ。カメラはおまえに任せるからな」
「俺に?・・」
馬木はゲッと思った。松岡が目を潤ませている。おいおい、マジかよ?
「じゃ、俺も行くわ」
松岡は行きかけて、立ち止まるとギロッと馬木を睨んだ。
「ついでだ、これもやる」
また一枚写真を差し出した。受け取った馬木はギクッとして血の気が引いた。中庭で抱き合いキスしている馬木と葉子の写真だ。松岡がムッツリ言った。
「俺は本当は桜野なんてあんまり好きじゃねーんだ。ただのアイドルの追っかけごっこだよ。けっ、見せつけやがって。おまえ、桜野にも遊ばれてるぞ」
ムッツリ怒って行ってしまった。なんなんだろう? 馬木は写真を持ってぼー・・っと立ち尽くした。自分を性格のいい人間だなんて思ってはいないが、どうやら松岡や角谷や葉子よりずっと甘ちゃんの子どもだったらしい。松岡の言葉、もしかして葉子は松岡が写真を盗み撮りしていることに気付いていたのか? ショックだ・・・。
葉子の家を訪ねるのに気が重くなった。
先に電話をかけて母親から訪問の許可をもらった。ただし気を付けて、とのことだった。桜野の家は中心街にほど近い高層マンションの最上階だった。気が付いてみれば昨日連れていかれた警察署のすぐ近くだ。あの家にも近いと言えば近い。行ってみて母親の警告の意味が解った。周囲の道路に怪しげな人間がウヨウヨいる。マスコミの連中だろう。今のところ桜野の名前は表に出ていない。未成年だし、誘拐の可能性もまだなくはない。幸いセキュリティーがしっかりしているので馬木は彼らに捕まることなくマンション内に入ることが出来た。
部屋に招かれて、驚いた。桜野の部屋は2階建てだった。まさに家だ。これじゃあ娘がいなくなっても気付かないわけだ。
「いらっしゃい。ふうーん、あなたが部長さんなんだ」
葉子の母は物珍しそうに馬木を眺めた。
「へえー、意外にふつうなんだ。あの子はあたしみたいにもっと面食いかと思ったわ」
失礼な人だ。ご期待に添えなくてすみませんでした。
「あはは、ごめんねー。どうぞ、掛けて。ジュース?コーヒー?それともビールにする?」
「じゃコーヒーを」
「はいはーい」
居間とつながったキッチンへ入っていった。広さこそそんなにないがまるで一流ホテルのロビーみたいに豪華な居間だ。2階まで吹き抜けで、ここに2階に上がる階段がある。その階段の上から一人の少女が馬木を見下ろしていた。
「紗恵ちゃん、あなたも何か飲む?」
少女はプイと奥へ入っていった。葉子の下の妹だろう。目が細く、地味な感じで、華やかな母や姉とはあまり似ていない。
「どうぞ」
砕いた氷の入ったアイスコーヒーを出してくれた。炎天下自転車をこいできた馬木にはありがたい。コーヒーはブラックだった。
「ああ、ごめんなさい。わたしも葉子も砂糖は使わないし、紗恵ちゃんはコーヒー飲まないから」
「いえ、けっこうです」
本当はひどく苦かった。葉子もこんな大人の味のコーヒーを飲んでいるのだろうか?
葉子の母は頬杖を付いて微笑みながら馬木のコーヒーを飲むさまを眺めていた。まだ33歳というが、年齢以上に若い。母親というよりちょっと年の離れた姉だ。ただ、さすがに今日は目の下に疲労の色が濃い。馬木はコーヒーを飲み干してしまうと、ニコニコ眺めている母親の視線が眩しくてドギマギした。
「あの・・、葉子さんの行方は、何か分かりました?」
「さっぱり。まるで消えちゃったみたい。あの子お金持ってるからどこでも行けるしね、東京なんて出られたら、若いかわいい子なんて溢れかえってるでしょ? 見つからないわよ」
「でも、いなくなって三日ですよ? 昼間はともかく夜はどうするんです? 子どもが一人でホテルには泊まれないでしょう?」
「一人ならねえー。でも悪い大人はいっぱいいるし、あの子、けっこうずる賢いから」
娘の危ない話をしながら微笑んでいる。やっぱりどこかしら神経の在りかが違っているようだ。少女マンガの天使のような顔はほんわかと優しく、目のキリッとした葉子とはちょっとタイプが違うが、共にとびきりの美人であることは共通している。危うさを感じながら、真木はやはりこの母親に好意を感じる。面と向かって気恥ずかしさを感じながらそのひたすら優しい眼差しがどこか幼い頃の懐かしい嬉しい感情を思い出させる・・。
「がっかりした?」
「は?」
「葉子が実はけっこうな不良娘で」
「いえ・・、そんな・・・・」
実はけっこうショックだ。母親は微笑んで言う。
「だからあなたを選んだのかしらねえ? あの子、中学を卒業して、けっこう本気でまじめになりたいって思っていたようだから。でもあの子大人だから、恋人は必要なのね。だから絶対自分を裏切らない相手を選んだんだわ」
馬木は戸惑った。自分と葉子がつき合っていたことなど一言も話していない。
「葉子がいなくなって、紗恵ちゃんから聞いたの。二人はけっこう仲良かったのよ。子どもの頃はもっと仲良かったんだけれどねえー、今はちょっと複雑、かな?」
母親は困ったように笑って、寂しい目をした。
「知ってる? 葉子と紗恵ちゃん、晴美ちゃん、知世ちゃん、四人とも父親が違うの?」
「はあ・・」
「異常でしょ?」
「・・・・・・・・」
母親はフッと暗く笑った。天使のような子どもっぽい顔の裏の、33歳の女性の本性が現れたようだ。
「わたしが葉子を生んだのは18の時。高校を出てからすぐに最初の夫と結婚してその時にはもうあの子を妊娠していたわ。みだらと思うでしょうけれど、この時のわたしは心底から本気だったわ」
懐かしむように、悲しい目をした。
「相手は28歳のふつうのサラリーマン。優しい、いい人だったわ。お金なんてなかったけれど、わたしは幸せになろうと一生懸命だったわ・・・・」
豪勢な居間を見渡して言った。当時はこれとは対照的な生活をしていたのだろう。
「でも、現実は甘くなかったわ」
唇は若かった自分を自嘲し、瞳は暗く怒りを揺らめかせた。
「葉子が生まれる直前、夫が会社で不祥事を働いて首になったわ。あの人ひどく落ち込んで、濡れ衣だって言ってたわ。そうだったんでしょうね。陰で父が糸を引いていたのよ。父はわたしたちの結婚には大反対で、娘を奪ったあの人をひどく怒っていたわ。全然違うのに。わたしが、望んだことだったのに!・・・
葉子が生まれると、わたしと葉子はそのまま実家に連れていかれて監禁状態にされたわ。勝手に夫との離婚届を作られて、勝手に離婚手続きをされたわ。父は夫とは金で話が済んだからと言ったわ。そして勝手に新しい夫との結婚届を作られて、勝手に結婚させられてしまったわ!生まれた葉子のために父親が必要だろうって」
「それは・・・・」
ひどい。
「それは、犯罪じゃないですか?」
「そうよね。でも、世の中お金で解決できないことなんて何一つないのよ」
まるで呪詛のように言った。
「わたしは監禁されて父の監視の下に新しい夫との結婚生活を営んだ。2番目の夫は父の会社の将来有望なエリート社員ということだった。どうでもいいわ、そんなこと。葉子を乳母に取り上げられて、わたしはすぐに2番目の子を妊娠した。父は男の子を産ませたかったのよ。早く自分の跡取りが欲しかったのよ。でも生まれたのは紗恵、女の子だった。あの時の父の落胆した顔と言ったら・・・・」
浮かべた笑いに馬木はゾッとした。天使の顔の裏にこれほどの怨念を抱えていたとは。
「父はさらに男の子を産ませたがったけれど、今度はわたしも徹底抗戦した。絶っっっ対、この人の子なんて生んでやるものですかと、毒まで飲んだわ。何度も救急車を呼ぶ騒ぎを起こして、夫の方でもさすがに愛想を尽かせたわ。わたしは強引に葉子と紗恵を連れて家を出た。また連れ戻されるくらいなら親子で心中してやるくらいのつもりでね。今度は父も折れて、とにかく落ち着けと、このマンションを買い与えたのよ」
なるほど、大金持ちの一人娘の我が儘でこんな豪勢なマンションに住んでいるわけでなく、いわば軟禁状態なわけだ。
「家を出たわたしは前の夫の消息を探ったけれど、なんと外資系の商社に入社してニューヨークにいたわ。あっちでアメリカ人の奥さんももらって、市民権も獲得したそうよ。ハッ、馬鹿馬鹿しい!」
やはり、裏切られた・・、と言うことなのだろうか?
「こうなりゃこっちもヤケよ。父の薦める新しい男と結婚して、もう子どもは産めないかと思ったら簡単に妊娠しちゃって、で、今度もまた女の子。あははははは。父親の奴、ざまあないったらないわ。あはははははは。で、つまんない男だったからいいかげん離婚して、で、新しい男ともまた女の子生んじゃって。あははははははは。もうね、みんな呆れ返っているわ。わたしもね」
あはははははははははははははは。
この人は、もう完全に自分の人生を捨てている・・・。
あはははは、と笑っていた母親はゲホンゲホンとむせてキッチンに走っていった。
「あー・・、ごめんなさい。おかしくて笑い過ぎちゃった」
ぜんぜんおかしくないが。
「はー・・、これも母の呪いでしょうね」
「お母さんの・・呪い?」
「そうよ。ノ・ロ・イ。うふふふふふ」
だんだんこのお母さんも怖くなってきた。
「そもそもわたしはね、母が父を呪うための道具として生んだのよ。だからわたしに父の後を継ぐべき男の子を産ませないんだわ、女の子ばっかりゴロゴロ産ませてね、完全に父に対する嫌味よ」
「お母さんというのは?・・」
「死んだわ。わたしを産んで満足してね。
わたしには二人の兄がいるのよ」
「え? お母さん、一人っ子じゃなかったんですか?」
「お母さん?」
ニッコリ微笑んで馬木を見つめた。
「あ、いえ、すみません」
「いいのよ。葉子を大事にしてくれる人だったら喜んでお母さんになるわよー」
馬木は真っ赤になった。すっかり葉子と公認の仲にされてしまったが・・、いいんだろうか?
「それで、えーと、お兄さんが二人いるんなら、お父さんの後継者なんてお母さんが産む必要もないじゃないですか?」
お母さん、とか、産む、とか、どうも生々しくてますます赤くなってしまう。
「それがちょっと複雑でね。わたしたち三人とも母親が違うの。で、正妻の子どもはわたしだけ。兄二人は妾、愛人の子なのよ」
うわっ。由利先生じゃないけれどますます生々しく嫌な話になってきた。
「兄二人とわたしはずいぶん年が離れているのよ。正妻である母はずーっと子どもが生まれなくてひどく惨めな思いをしていたようね。母はけっこうな家の出だったからプライドも高いし、周りからいろいろ嫌味を言われたようね」
なんだか前時代的な話でピンと来ない。
「ふふふ、馬鹿みたいと思うでしょ? 桜野家なんて元はしょせん田舎のお大尽ですからね、いまだにくだらない見栄が強いのよ。名家の母を表向き持ち上げて、陰では跡取りの生めない役立たずと厄介者扱いして、ずいぶんな言われようだったらしいわ。この時代にと思うでしょ? でもね、いまだにいるのよ、そういう人種が」
軽蔑しきった顔で言った。そういう人種の中で生まれたせいで、人生をめちゃくちゃにされたのだ。
「わたしが生まれたのは父が52、母が46の時よ。今ならともかく、30年前じゃあね、高齢出産で死んでもおかしくないわよね。執念よね、母の、子どもの産めない役立たずと言われ続けた」
ここは、しょせん田舎の街だ。田舎の人間は口が悪い。
「生まれたのが女と分かって母は実に満足そうに笑ったそうよ。笑って、死んじゃった、わたしを残してね。父はわたしを大いに持て余したわ。母の思うつぼね。
母が笑ったのは、わたしが生まれたことで桜野家の後継問題がますますこじれると分かっていたからよ。上の兄二人は生まれがたったのひと月しか違わないのよ。しかも両方の母親ともろくな女じゃなくってね。双方取り巻きが事あるごとにうるさく騒ぎ立てて、もう50にもなろうっていうのにいまだに兄たちの仲は最悪よ。わたしがさっさと家を出たかったのが分かるでしょ? 父も二人の兄を嫌っているわ。兄たちの子も親譲りで全然かわいくないし、だからわたしにどうしても男の子を産んで欲しかったんでしょうね、ハッ、いい気味だわ」
馬木はすっかり顔の火照りも消えて血の気が失せた。母娘二代の怨念の物語だ。しかしそれにしても前時代的な・・。
「真二さんとの仲を邪魔しなければ、男の子だって産まれたかも知れないのに・・・」
真二さんというのが最初の夫、葉子の父だろう。葉子の母が唯一心から愛していた夫だ。その夫にも結局裏切られたわけだが。つくづく不幸な人だ。母親は笑って言った。
「父も最近じゃあすっかり気が弱くなってもう何もかもあきらめたみたい。知世の世話はよくしてくれて、ずいぶんかわいがってくれているようだわ」
知世が四女。5歳だ。するとこの子は実家に預けっぱなしなのだろうか? この人は本当に人生を捨ててしまっているようだ。こういう家庭で葉子は育ってきたのだ。そりゃあグレもするだろう。
「ひどい母親だと思うでしょう?」
「・・・・・・・」
「たしかにかわいそうよね、葉子も、紗恵も、晴美も、知世も。でも・・・・・・・」
母親は突然うつむいて激しく泣きだした。
「愛せないわよ、娘たちを。わたしが愛せるのは葉子だけ。紗恵ちゃんも、晴美ちゃんも、知世も、ごめんなさい、お母さん、愛せないのよっ・・・・・」
うっうっうっ、と、両手で顔を覆い、背中を丸めておえつを漏らし続けた。2階にも聞こえているだろう。紗恵ちゃんはこの母親をどう思っているのだろう? 三女の晴美ちゃんはいるのだろうか? 泣くのが落ち着いてから馬木は遠慮がちに言った。
「あの・・、青木雄二さんは、ご存じですか?」
「ああ・・、お兄さんの子ね。最初の夫のお兄さんが弟のことを申し訳なく思っていろいろ親切にしてくれたのよ。わたしの周りで唯一まともな人だったのに、雄二さんがあんなことになるなんてねえ・・・・」
「葉子さんは青木葉子と名乗っていたようなんですが・・」
「葉子が? いつ?」
馬木は5年前のビデオ撮影のことを話した。
「ふうーん・・、そんなことがあったの。知らなかったわ。そうね、葉子に青木の名前を教えたのはわたしよ。あなたは本当は青木葉子っていうのよ、って。子どもの頃だけど、憶えていたのねえ・・」
そう、葉子は青木葉子として生まれながら実質その名で呼ばれることはなく、生まれてすぐに桜野葉子になったのだ。
「雄二さんと葉子さんは仲が良かったんですか?」
「さあ?・・ わたしが知ってるのは子どもの頃数回会った程度で、そんなに仲良くなる機会もなかったと思うけれど・・・」
それでは別の機会に再会して仲良くなったのかも知れない。
「青木さんは3年前に友人に青木葉子さんが死んだと言っているんですが?・・」
それが葉子のわけはない。
「3年前・・」
母親は暗くため息をついた。
「3年前に死んだのは真二さんよ。強盗事件に巻き込まれてね」
「ニューヨークでですか?」
「いいえ。東京よ。結局あっちの奥さんと5年ほどで離婚して、日本に帰っていたのよ」
「なんで青木葉子が死んだなんて言ったんでしょう?」
「さあ? 縁が切れたってことなんじゃない?」
「葉子さんやお母さんはお葬式には?・・」
「出なかったわ。ご両親のいるこっちで葬儀はしたようだけど、結局葉子は生まれてから一度もあの人には会わずじまいだったわねえ・・・」
・・・・・・・。
「ところでお母さんは「本当にあった少女霊ビデオ」って番組、ご存じですか?」
「ああ・・、なんだか話題になっているらしいわねえ?」
警察ではそちらの事情は話していないらしい。
「そうだ。あの家は桜野家の所有なんですか?」
「知らないわ。そうなの?」
「さあ?・・」
違うんだろうか?
「あの家で撮影されたその番組に、葉子さんらしい姿が映っていたんですよ。僕たちはそれであの家に行って、青木雄二さんを発見したんです・・」
「まあっ、雄二さんを見つけたの、あなたたちだったの!?」
それも知らなかったのか。
「ええ、僕なんです」
「そうなの。ひどい目に遭ったわねえー」
お母様ほどではありません。
「そうですか、見てませんか。しまった、誰かにビデオ借りてくるんだったなあ・・・」
2階からトコトコ紗恵ちゃんが下りてきた。言っては申し訳ないがやっぱり姉ほどの美人ではない。元々の顔の作りより、表情が暗い。
「録ってあるわよ」
リモコンを取って大型テレビのとなりのハードディスクレコーダーを起動させた。羨ましい。しかし、下の会話は筒抜けだったようだ。廊下で聞き耳を立てていたのかも知れない。そう思うとこの子も怖い。インデックスから番組を選択し、始まったと思ったらすぐにそのシーンを呼び出した。
馬木も久しぶりに見る。暗くざらざらしながらもカラー映像で向こうの戸の陰から少女の斜めを向いた顔が覗いている。紗恵は一時停止し、画面を拡大した。デジタルって便利だ。少女の暗い目がじっとこちらを見ている。
「葉子ちゃん・・ねえ・・・・」
「間違いありませんか?」
「ええ。いくらなんでも自分の娘の顔は見間違わないわよ」
そうか。やはり葉子だったのか。
「この子、こんなところで何してるの?」
母親はこれがどういう番組なのか知らない。馬木が説明すると母親は困惑した表情になった。
「なんなの? じゃあ葉子ちゃんはお化けに取り憑かれて雄二さんを殺しちゃったの?」
「警察ではなんと聞かされたんです?」
「遺体の状態からはとても女の子の犯行とは思えないが、状況的には娘さんが犯人である可能性が一番高い、と言われたわ」
「お母さんは・・どう思ってます? 葉子さんが青木さんを殺したと思いますか?」
「さあ?・・・、そうなんじゃない?」
わりとどうでもいいように言った。
「葉子はまだ子どもだもの。子どもが何を考えているかなんて、大人には分からないわ」
大人と言ったり子どもと言ったりいいかげんだ。でもそれで正しいのかも知れない。無責任な言い様だが、この母親じゃあしょうがないかとも思う。母親が訊いた。
「紗恵ちゃんはどう思う? お姉ちゃんが殺したと思う?」
「殺したんじゃないの?」
この妹もあっさり言う。
「お姉ちゃん、男なんて大っ嫌いだもん」
細い目でじっと馬木を睨んで言った。
「あなたも、どうせすぐに飽きられて捨てられちゃうわよ」
「こらこら紗恵ちゃん。嘘よ、部長さん」
娘をたしなめながら母親は優しく暖かく、じっと強い視線で馬木を捕らえて言った。
「葉子はつっぱって悪ぶってるだけよ。あなたのことは本気で好きだと思うわ。だから、ね? 葉子を裏切らないでね?裏切ったら、恨むわよ」
母と娘にじっと見つめられて馬木は怯えた。異常な母、異常な妹、異常な家庭。本当のところ葉子が自分をどう思っているのか、馬木は分からなかった。
松岡は自転車をこいで「現場」に向かった。近くの林の中に自転車を置いて歩いた。太った松岡には坂道の多いここまでの道のりはきつかった。歩き出した途端に汗がしたたり落ちてメガネが濡れた。しかし気持ちは元気だった。
「お、ラッキー。本田真由じゃん」
予想通りに現場の前の道路には大勢の報道陣が立ち並んでいるが、本田真由は東日テレビの地元の系列局BNTの美人アナウンサーだ。松岡はさっそくカメラを構えてシャッターを切った。
「真由たん、インタビューしてくれないかなー?」
松岡はえへへと熱烈な視線を送ったが、スタッフと打ち合わせをしていた本田アナウンサーはチラッと見たきり松岡を無視した。
「ちぇっ」
松岡はカメラ小僧に徹してシャッターを切りまくると、いちおう、背後の現場の方にも目を向けた。家は全体が建築中であるかのようにシートで覆われている。現場検証は終わっているが、まだ警官が見張りに立っている。家の周りには真っ赤なハマナスの花が群生している。
「つまんねーな。ちくしょう、俺も死体発見したかったぜ」
撮る気もなくファインダーを覗いてあちこち見ていた松岡はハマナスの群生を見て、あれ?、とファインダーから目を離した。気のせいか? またファインダーを覗いて、ズームを全開にした。
「なにやってんだ?」
思わず周りを見た。誰も気にしてない、と言うか、誰も気付いていないのか? そんな馬鹿なと家の前に立っている警官を見たが、やはり全然気にしていない。
「いいのかよ?」
松岡は目でその辺りを探したが、見つからない。
女が、ハマナスの中に寝転がっていたのだ。
角度のせいか?ここからでは距離があって横からしか見えないが、家の前に立っている警官からなら上からでーんと寝転がっている姿が見えるはずだ。
松岡は捜したが、やはり肉眼では見つからない。
もう一度カメラを構えてファインダーを覗いた。いた。カメラの位置をずらさないようにそっと目を離して今見た辺りを見た。いない。
「マジかよ?」
ホラー映画で見たぞ、病院の地下室でビデオカメラを覗いたときだけ幽霊たちが見えるんだ。
写るのか? 松岡は夢中でシャッターを切った。真由たんなんかもうどうでもいい。こりゃすげえぞ! シャッターを切りながら気付いた、女は一人ではない。
真っ赤な花の中に一人、二人、三人・・、五六人の女たちがまばらに横たわっている。みんな15から22くらいの若い女だ。パジャマを着ていたりTシャツを着ていたり、ビキニの女までいる。
「ちくしょー、近づいて撮りてえなー」
すっかり興奮状態になっている。花に埋もれているから最初に見つけた一人しか顔はまともに見えないが、パジャマ姿で茶髪のこの少女は、目と口を半開きにしてうつろな顔をしている。どうせ生身ではないが、周りは鋭いトゲだらけだ。耽美的なエロスを感じる。
「はいオーケーです。次2時からです」
昼のワイドショーが終わって中継のスタンバイが終わったのだろう、そんな声が聞こえた。松岡の耳には素通りしている。
「面しれーなー。ざまあみろ、俺だけの独占だ!」
一カ所にとどまらず、松岡はテレビカメラなんて完全に無視してロープから身を乗り出してシャッターを切り続けた。
「やった。たまんねーや」
一番狙っていたビキニの女の顔が見えた。美人だ。二十歳くらいの成熟した体に口を開いたうつろな表情。松岡は夢中になった。
後ろから肩越しに女が覗いていた。
「わっ」
いくら夢中になっていても首の横からぬっと顔を突き出されたらギョッとする。
「なんだよ?」
ストレートの髪の長い女だ。OLらしくピンクのストライプの清潔なシャツを着ている。純日本的な22くらいの美人だ。
「な、なんですか?」
女は熱心に松岡のデジタルカメラの液晶画面を見ていた。しかしこの日射しで松岡は液晶ファインダーを使って液晶画面は切ってある。
「え? 見たいんですかあ? えへへ、このカメラすげえものが見えるんですよ」
松岡はデレデレ言った。
「・・カ・ネ・モ・リ・・・・」
「え?・・・・・」
松岡は顔をひきつらせた。この女も、寝転がっている女たちと同じうつろな顔をしている。
「カネモリ・・・・」
女の目が大きく見開き、そのうつろな顔に見る見る激しい怒りが浮かんできた。
「ひ・・ひ・・・・」
松岡は青くなりながら思わず女の見ている液晶画面を見た。切ってるはずのその画面に、松岡の撮した事故に遭った金森先輩の姿が映っていた。
「ばかな・・・・」
事故の写真の入っているSDカードはとっくに抜いている。ここに古いデータは入っていないはずだ。
「カネモリ・・・・」
「ひいいい・・・・」
脚がガクガク震えた。漏らしそうだ。女は鬼のような形相をしている。動く気配に松岡は振り返った。真っ赤な花畑の中に女たちが立ち上がっている。パジャマのコギャルも、ビキニのセクシー美女も。しかしみんなうつろな表情が一変してこの女と同じ憤怒の形相をしている。
「カネモリ」
「カネモリ」
「カネモリ」
「カネモリ」
・・・・・・。
もっといた。7人の女たちが憤怒の形相で呪詛のように金森の名を呟き、ザッ、ザッ、と、こちらに向かって歩き出した。
「ひ、ひ、ひいいいっ!」
や、やべえ! 松岡の頭は猛烈に回転した。そうだ、ビデオカメラを覗いて幽霊たちを見た女は、その直後に幽霊たちに惨殺されるんだ!
「ひいいいっ!」
松岡は転げるように逃げた。
パパパパパパアッ!!!
「うわああっ!」
激しくクラクションを鳴らしてライトバンが走り去った。
「君、だいじょうぶか!」
「うわっ、放せ!」
松岡は助け上げようと差し出された手を振り払って一目散に走った。
「はは、ははは、はははは!」
走りながら、死にそうに心臓をバグバグ言わせながら、笑った。デブのブ男で良かった。そうだ、こんな醜いデブキャラの死に様なんて誰も見たがらない。助かった、デブ万歳!
止めてあった自転車に辿り着くと、松岡はしばし考え、自慢の宝物であるデジタル一眼レフカメラをカバンに突っ込み、かごに突っ込んで自転車をこぎだした。今度は自動車に轢かれないように慎重に。




