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第3話 事件



 沖浦が言った。

「それのどこが怖いのよ?」

 怖い、とは一言も言っていないが金森先輩も馬木もそういう青ざめた顔を見合わせていた。沖浦は呆れたように言った。

「だから、その子だったってことでしょ? 5年前に幽霊を演じた女の子が、5年後に再び幽霊を演じてテレビに映ったっていう?」

「あ・・」

 馬木は思わず間の抜けた声を出した。考えてみれば、その通りだ。沖浦は呆れ返った。

「5年たっても5年前のまま成長してなかったら、そりゃあ怪談でしょうけれど、成長してたんでしょ、5年分? だったらなんの不思議もないじゃない。それが桜野さんかどうかは、あたしは見てないからなんとも言えませんけどね」

 そうだ。もともと番組が最初からヤラセとして作られていたなら、その元のビデオの出演者である桜野・・かどうかは未確認だが、テレビ局の方からあらかじめ「仕込み」として出演依頼があってもおかしくない。いや、まさしくそういうことだったのではないか?

 それが桜野であったなら、馬木たちも彼女にまんまと騙されたということになるか。

 うひゃひゃひゃひゃ、と松岡が気味の悪い笑い声を上げた。

「そいつは傑作だな。どこの間抜けだろうな、一番引っかかってビビってやがんのは?」

 ・・・・。本気で腹の立つ奴だ。そもそもは金森先輩がそんな当たり前のことをさも恐ろしそうに言うから・・・、と金森先輩を見ると、丸メガネの奥の目をまん丸に見開いていて、馬木はギョッとした。

「ど、どうしました、先輩」

「君ら、知っているのか、その女の子を?・・」

「ええ。うちの部員ですよ。今日はまだ来てないですけど」

「生きて・・いるのか?」

「え?」

 なんだろう、金森先輩のこの驚愕ぶりは? 馬木の胸にまた重苦しい不安がわき上がってきた。

「どういうことです? その・・青木ようこさんという女の子は、亡くなったんですか?」

「あ、ああ・・、そ、そうなんだよ、そのはずだ・・・・」

「どういう?・・」

「青木がそう言っていたんだ。一昨年の春、東京にいるはずのあいつと思いがけず出会ってね、あいつは黒服を着ててさ、葬式か?って訊いたら、うん、ほら覚えているだろう、ビデオに出てもらったようこ、あの子が死んでしまったんだ、って言ったんだ・・・・」

 今度はちゃかす人間はいなかった。重苦しい沈黙が全員を包み込んだ。

「ビデオであんな役させちゃったからさ、俺、怖くなって、死因を訊いたんだよ。そしたらあいつ俺のそんな気持ちを見通して笑って言ったんだ、交通事故だ、ありきたりの、運の悪いな、って。もう2年も前のことだ、関係ねえよ、ってね」

 ・・・・・。それで、割り切れるものだろうか?

 いや、そんなものか。それがビデオ出演直後の事故なら関連づけて考えるだろうが、2年も経っていたら、無関係だろう。ホラー映画に出演するだけで命の危険を感じていたらその手の俳優なんてやってられないだろう。

 しかし、すると・・、どういうことなのだろう?

「金森先輩は番組の幽霊らしき女の子がビデオに出演した女の子に似ているから、怖く感じているわけですよね?」

「うん・・」

「でも俺たちはさっき言ったように、幽霊らしき女の子がうちの部員の桜野葉子に似ていたから、不思議がっていたわけですよ」

 けっきょく青木ようこと桜野葉子は無関係か?

 金森先輩は困って言った。

「その桜野葉子ちゃんって写真ない?」

 家になら数枚あるが・・・・

「あるわよ」

 沖浦が携帯を差しだした。部員たちを写した写真が何枚か保存されている。そんなに仲間意識が高い奴だったのかと感動した。

「あれ?あれ?おかしいな。桜野さんの写真、ブイサインしている思いっきりアップのがあったはずなんだけど・・・」

 行ったり来たりを繰り返して、あったのはけっきょく馬木の肩越しに後ろを向いている写真一枚だけだった。

「ごめーん。おかしいなあ・・、保存に失敗したのかな?・・・・」

 背中まである髪をポニーテールにまとめている。今どき珍しいかも知れない髪型だが、目のクリッとして子鹿みたいな葉子にはよく似合っている。携帯の画面を覗き込みながら金森先輩は首を傾げた。

「よく・・分からないなあ・・・・」

 そりゃそうだろう。

「先輩、どうです?明日かあさってでもまた来てもらえます? 俺写真持ってきますよ」

「ああ、いいよ、また明日来るよ」

 高校生のガキどもにつき合うのも鬱陶しいだろうが、金森先輩もよほど気になるようで承知した。

 ところで、馬木は考える。ビデオの中の女の子は葉子に似ていただろうか? 小学5年生ということだが、もっと大人っぽく見えた。しかし小学校の56年生と言えば成長期まっただ中で、特に女の子は大人っぽい子と子どもっぽい子と両極端だ。光量不足の荒い画面の中でかなりぼかされていたから顔はよく分からなかった。はっきり映っているのはバケモノのどアップだけだ。なんとも言えない。

「ビデオのオリジナルの素材って残っていないんですか?」

「さあ?・・」

 金森先輩は首を傾げて考える。

「あれば・・、持っているのは青木だ。処分してなければね」

 金森先輩は言い訳するように言った。

「その死んじゃった女の子、ようこちゃんさ、撮影はすごく楽しそうにノリノリでやってたんだ。お化けビデオを作ってみんなを驚かせるんだ、って。まあ、お化け屋敷のお化けを演じるノリだよね。だからさ、俺たちもあのビデオにはそんな思い詰めたようなシリアスな思い込みなんかなかったんだよね・・・・」




 頭の中であれこれ思いを巡らせていた三津木に紅倉美姫が問うた。

「あんな馬鹿な代物がどこから出てきたんです?」

「あー、そうです。先生もご存じでしょう、製作プロダクションの「アートリング」。あそこの社長が持ってきたんですよ。あ、いや、ビデオ自体はうちの倉庫に眠ってた奴なんです、素人の投降ビデオで。社長、等々力さんが「おまえんところにこういうブツがあるだろう?」って言ってきて」

 等々力社長は三津木の大学の先輩で45歳。三津木もこういう番組を作りながらもそれなりに大会社内に人並みのしがらみや野心があるが、等々力は根っからの好き者だ。付き合いはもうずいぶん長い。

「で、探したら、出て来ちゃったわけですよ。そう言えばわたしも見たことがありましてね、まあ、ああいう代物ですから、こりゃ使えないなとお蔵入りしていたわけで・・」

 三津木は、面白いとは思ったが、これを「本物」としてはとてもじゃないが放送できないなと考えたのだった。三津木もプロだからこれを送ってきた坊やたちの考えなどお見通しだ。

「それで改めて二人で見てみましてね、等々力さんがこれをやろう!と、すっかり盛り上がっちゃいまして。わたしは反対したんですよ。これやっちゃったら笑い物になって「ほんとうにあった」シリーズは打ち切られちゃうって。でも等々力さんはすっかりその気で、「生で行こう!絶対いけるから」って。まあ、あの人の言葉は当てにならないんですが、わたしも・・まあ、魔が差したって言うんですか、そうだ、どうせ作り物なら最初から仕込みで生で行ってもいいか?って思っちゃいまして・・・・・」

 つまり完全なバラエティーの作りだ。まじめな心霊番組で生は怖い。でも最初から全部仕込みの作り物なら、生の方が緊張感があって面白いに決まっている。三津木もついその気になってプロデューサーを説き伏せ、・・・・ここに来る前にさんざん絞られてきた。今や三津木のディレクター生命は風前の灯火である。

 三津木は叱られている子どものように紅倉美姫を上目遣いに覗いた。紅倉はふうーと困ったため息をついた。

「馬鹿なことをしましたねえ。

 それで、岳戸さんにはどう話を持っていったんです?」

 岳戸由宇の名前が出て芙蓉美貴の方は露骨に軽蔑の色を浮かべた。三津木はちょっと心が痛い。

「岳戸先生にはまずビデオを見てもらったんですよ、いかがでしょうか?って、何も言わず」

 その時の彼女の反応は、三津木の予想と正反対のものだった。

「岳戸先生は非常に感心されまして、これは恐ろしいものだ、なまなかな気持ちでは痛い目に遭いますよ、これはわたしに任せなさい、と、有無を言わせぬ調子で断言されまして・・・・」

 それで彼女には今さら「作り物です」とは言えなくなってしまったのだ。彼女に見せた時点で三津木はこれが作り物の合成映像であることを確認していた。

「フッ」

 と芙蓉美貴が小ばかにした笑いを漏らした。

「あの人信じているわけね、いまだに。やっぱりタレントね」

 彼女を悪く言われて三津木はまた心が痛んだ。そうだろう、二人から見れば彼女などしょせんアマチュアの三流霊能者だろう。だが、それでも三津木は彼女を悪く言われたくはない。

 紅倉美姫が芙蓉をたしなめるように言った。

「美貴ちゃん。あなたも考え違いしているわよ。彼女は、恐ろしい人よ」

 芙蓉も三津木も『え?』と驚いて紅倉美姫を見た。紅倉美姫は半眼でじっと壁の向こうを見据えて言った。

「三津木さん。あなた、彼女を連れてきているわよ。彼女の意識が、わたしたちの会話を聞いているわ」

 三津木はゾッとするより、何故か慌てた。紅倉美姫は三津木に視線を向けると軽く微笑んだ。三津木はドギマギする。

「生き霊!?」

 芙蓉はキッと凄んで紅倉美姫の見ていた辺りに神経を集中させた。

「いいわよ、美貴ちゃん」

 紅倉はどうってことないように弟子に言った。

「意識と言っても無意識に近いものよ。たまたま、付いて来ちゃっただけよ。ね?」

 芙蓉がきつい視線を三津木に向けた。

「へー・・、そういうご関係だったんですか?」

 へらっと唇が侮蔑を浮かべる。若い娘は残酷だ。独り身の中年男性の寂しさなんて分かるまい。

「気になるのは、」

 紅倉美姫は声のトーンを改めて言った。芙蓉も気を引き締める。

「岳戸さんがどの程度意識的であるか、です。どうです?あの番組はどこまでヤラセで、どこから予定外だったんです?」

「そうですね、やっぱり中継に女の子が映っちゃってからですよ」

 そうだ、あそこからめちゃくちゃになったのだ。あれは仕込みではない、少なくとも三津木は知らない。しかし・・、あの中継を現場で取り仕切っていたのが、アートリングだ。電話で話した等々力の様子ではあれも仕込みではなかったようだ・・・・少なくとも等々力は知らなかったはずだ、と、三津木は信じている。

「先生、あれは・・なんだったんです?・・・・」

 紅倉美姫も珍しく答えに迷った。

「あれは、人です。生きた人間です。が、霊的なものも強く感じます。本人のものであるような、ないような・・、わたしにも判断が付きません」

 芙蓉美貴が驚いた顔で紅倉美姫を見つめた。彼女は自分の師を神のごとく絶対に信じているのだ。

 紅倉美姫が目を閉じ、首を傾けた。

「この件はひどく複雑なようですね。様々な思惑が入り交じっています。それらが全て偶然か、何ものかが仕組んだものか、分かりません。邪悪な物が感じられます。人が死にます。恐ろしい出来事が起きます。あなたも、わたしも、大勢の人が巻き込まれます。地獄の光景が見えます。この世のものではありません。血です。大量の血が真っ黒に渦巻いています。口です。巨大な口が開いて何ものかを飲み込もうとしています。・・・・・・・・これは、なんでしょう? 花が見えます。真っ赤な・・、薔薇・・・・。恐ろしい・・・・・・・・」

 三津木は高級な革張りのふかふかソファーに腰掛けながら、ストンと、腰が抜けてひっくり返ったような感覚を覚えた。夢の中で階段を踏み外すような感覚だ。

 紅倉美姫の口からこれだけ恐ろしい予言を聞いたことはない。おまけに、彼女自身の口から「恐ろしい」という言葉が出るなど、これまで一度もなかった。

 三津木は背中をゾロゾロ冷たい汗が伝い落ちるのを感じた。クーラーのせいばかりではない。三津木は、恐怖を感じていた。

 自分のせいなのだろうか? 自分があの番組を作ってしまったせいなのだろうか? これからいったい何が起こるというのだろう?

 紅倉美姫が目を開いた。三津木は思わずヒッと息を飲んだ。紅倉の目は充血して全体が真っ赤になっていた。それこそ真っ赤な薔薇の花びらだ。

 紅倉美姫はその目でまた三津木の背後の壁を凝視した。

 しばらくして、ふっと笑い、目を閉じた。

「美貴ちゃん、タオル」

 芙蓉美貴はあらかじめ氷水で絞っておいたハンドタオルを紅倉美姫のまぶたにあてがった。紅倉は気持ちよさそうにはあー・・っと息をつき、しばらくソファーに頭をもたれて上を向いていた。タオルを取って目を開くとまだ幾分充血が残っていたが一応元の目に戻っていた。

「逃げられちゃった、岳戸さん。かなり強く探りを入れたからさすがに気付かれちゃったわね」

 失敗失敗と笑った。紅倉美姫は三津木にいたずらっぽく訊いた。

「困ってるんでしょ?」

 そりゃあもう!

「助けてあげましょうか?」

「是非! ・・・・・お願いします」

 マジで首になりそうだ。プロデューサーの説教も紅倉美姫の訪問で逃げ出すことが出来たのだ。そのプロデューサーだって泣きそうに・・既に半分泣いていた。

「岳戸さんから連絡してくるでしょう、あの番組の続きをやらせろって。きっと、今度はわたしも出演させろと言うでしょう。わたしと対決させろって。わたしの返事は、OKよ」

 三津木も泣きそうになった。うれし泣きだ。たすかったー・・と。

「わたしが出演するとなれば上の方たちもあなたに番組を作らせてくれるでしょう?」

 えっへんと威張った。三津木は心の中で女王様〜と手を合わせた。芙蓉美貴は何故先生がこんなむさい中年男にそこまで好意を寄せるのか怪しみ、幾分不快に感じている。三津木はちょっと得意になった。三津木と紅倉美姫の間には特別な固い絆があるのだ。

「でも、」

 と、紅倉美姫は浮かれる三津木にクギをさした。

「今度は面白半分では出来ないわよ。本気で危ないわよ。もしかしたら更に事態を悪化させて被害を大きくしてしまうことになるかも知れません」

「被害・・・・」

 人が、死ぬのか?・・・・・・・・・・・

 紅倉美姫はため息をついて言う。

「しかし、放っておくこともできません。事態はおそらく既に進行しています。止めなければ、際限なく広がっていくでしょう。やがて本当に死者が出ます。止められるのは・・・・、やはりわたししかいないのでしょう・・・・・・」

 紅倉美姫は静かに、怖い顔になった。芙蓉美貴も思わずゴクリとつばを飲み込み緊張した。紅倉美姫は言う。

「今のところ鍵は二つ、岳戸由宇さんと、ビデオ。岳戸さんにはいずれご挨拶するとして、ビデオのことをもう少し詳しく聞きましょうか。アートリングの等々力社長は最初からビデオのことを知っていたんですね? どうして知っていたのでしょう?」

「はい。新人ADの青木君から聞いたそうです。自分が高校時代に作って投稿したビデオがあるはずだって」




 馬木はもう少し金森先輩に質問した。

「ところで先輩、あのビデオ映像がインターネットで流されているのって知ってますか?」

「ああ。ビックリしたね。ま、あれを流したのは青木だろうね」

「青木・・部長?」

「そ。あいつさ、ここ卒業してから映像系の専門学校2年通って、その後「アートリング」って言う製作プロダクションに入社したんだ。低予算のホラービデオとかテレビの心霊番組の製作なんかやってる、ほとんどホラー専門の会社。昨日の番組にも「アートリング」の名前があったよ」

「なんだ・・・」

 呆れた。冒頭でディレクターがインターネットの映像は番組とは無関係だって言っていたが、大嘘、思いっきり身内じゃないか。ほんと、よくやるぜ、だ。

「じゃあ、全部青木さんの仕業ってことで話がまとまるじゃないですか?」

 どうせ番組自体ぜんぶヤラセなんだから、あの女の子だってその青木さんが仕込みで似た女の子を見つけてきて幽霊を演じさせた。

 ただ、あそこまで無茶苦茶にして、新人の若造の青木さんにそこまでの権限はないだろう。金森先輩は首を傾げて言う。

「まあ、そうだなあ・・。青木の話じゃそこの社長、かなり悪乗りしやすい人みたいだからなあ・・・」

 ま、そんなところか。その社長さんがつい暴走してテレビ局も慌てるあんなめちゃくちゃな番組を作っちゃったということだ。

 そうなると馬木がただ一つ心配なのは、その青木さんが見つけてきた幽霊役の女の子が葉子だったのではないかということだ。

「そうだ、あの家ってこの近くなんですか?」

 ビデオを撮影し、昨夜番組でライブ中継していた家だ。金森先輩はクスッと笑った。

「気付かなかった? あれ、五十嵐大学の医学部のすぐ裏だよ」

 五十嵐大学は金森先輩の通っている地元の国立校で、金森先輩の所属する教育学部などの入る本校舎は青山市の外れにあってだいぶ離れているが、医学部だけ市の中心に近い所に付属病院と共にある。ここ青山高校から、せいぜい4キロも離れていない。

「あんな家ありましたっけ?」

「松林の中をずーっと道路が走っているだろう? で、医学部があって、寮のアパートがあるだろう? そのすぐ隣が空き地になってて、そこに一軒だけ、あの家があるんだよ」

「あ・・・」

 たしかに、見たことがあるように思う。そうだ、あれはてっきり大学の施設で、寮の管理者か何かが住んでいるんだとばっかり思っていた。

「あそこ、空き家だったんですか?」

「うん。もうずーっと。俺が高校生の時からね」

「空き家には見えなかったように思うけどなあ・・・」

「道からじゃ分からないかもしれないけれど、近づくとけっこうすごいぜ。裏は、テレビに映ったとおり崩れているしさ。中もらくがきだらけ」

「分からないなあ・・。空き家ったって所有者がいるわけでしょ? かってに中に入ってらくがきなんか、誰がするんです?」

「そりゃあ、いろいろ、悪い奴らがいるからねえ」

 金森先輩はニヤニヤ嫌な笑いを浮かべた。

「昔は大学生たちがホテル代わりに使っていたらしいよ。今はさすがにそんな雰囲気じゃないけどねえー・・」

 どんな雰囲気だか。

「じゃあやっぱり、当然女の子の幽霊が現れるって話は?」

「もちろん、作り話。ブレアウィッチプロジェクトを真似てあちこちのそれ系のホームページにうわさ話をばらまいたんだよーん」

 まったく、どこまでもふざけた話だ。だんだん腹が立ってきたが、ふと見ると今度は沖浦が青い顔になっていた。

「どうした? だいじょうぶか?」

「先輩、あそこなんですか?」

 沖浦は怯えたように金森先輩に言った。

「まずいですよ、あそこは・・」

「その昔実験動物の死骸の焼却施設があった、だろう?」

 金森先輩はごめんごめんと笑いながら謝った。

「それもデマ。みんな青木の作り話。もうありとあらゆる作り話をばらまいたからねえー」

 金森先輩は昔のいたずらを思い返してへらへら笑っていたが、沖浦の脅えは収まらなかった。馬木は心配になった。

「どうしたんだ、おまえ。幽霊とか全然信じてないんだろう?」

「信じてないわよ、馬鹿馬鹿しい。でも、」

 沖浦はキッと遠慮なしに金森先輩を睨み付けた。

「そういうくだらない悪ふざけが嫌いなんです!」

 ・・・こいつはどうも生真面目すぎる嫌いがある。そこがいいところではあるが、苦手な部分だ。沖浦はなおも言う。

「それに、それ、多分本当のことですよ」

「え・・・・」

 今度は金森先輩が青くなった。

「わたし中学校時代社会科の課題で地域医療の変遷を調べたことがあって、その時五十嵐大学病院のことを調べたんです」

 沖浦の家はこのすぐ近所だ。

「昔の見取り図と現在の敷地を比較したんです。その場所には「実験試料消却所」ってあって、そのとなりに・・「動物墓地」って・・・・」

 金森先輩の顔がヒイー・・とひきつった。

「そ、そ、そうだったの? 知らなかった・・・・」

 偶然かなあー、それともあいつ知ってたのかなあー・・、と金森先輩は悩み、沖浦は意地悪にざまあ見ろと言う顔で眺めた。

「ふざけてそんなことするから罰が当たったんですよ」

「はい。すみません」

 金森先輩は神妙に後輩に頭を下げた。

「じゃ、いいかな? 俺、そろそろ帰るわ」

 金森先輩は悄然と立ち上がり、

「はい、どうぞ。いろいろありがとうございました。ああ、ごちそうさまでした」

 馬木も立ち上がって挨拶した。金森先輩はじゃあねーとフラフラ出ていった。

「おい、沖浦〜」

 馬木は睨んで言った。

「それ本当かあ?」

「うっそ」

 ベエと舌を出した。

「おまえな〜」

「いいじゃない、あんな安っぽい嘘に引っかかって、心にやましいところのある証拠でしょ」

 だから生真面目で正義感の強すぎるのが困りものなのだ。

 松岡がひゃははははと気持ち悪い声で笑った。

「副部長グッジョブ! ・・・・俺、あの人嫌い」

 こいつに嫌われてもぜんぜん気にすることはない。



「それではその青木っていう新人ADさんがインターネットに映像を流出させたんでしょうか?」

「はあ・・・」

 紅倉美姫に問われて三津木は曖昧に返事をした。

「当然そう疑いますよね? わたしも疑いました」

「ちなみにあなたは、そっちの方には関係していないの?」

「してません」

 芙蓉美貴にほんとうかしら?と疑いの視線を向けられて三津木は心外なと眉をしかめた。

「本当ですよ。その青木ADもきつく問い詰めたんですよ。でも本人は知らない、自分はやっていないと言い張って、別に犯罪でもありませんし、ま、こっちは警察でもありませんし、そう言われれば信じるしかありません」

「青木さんってどんな人?」

「そうですねえ・・・」

 三津木は考えた。考えなければ思い出せないくらい特に印象もない。

「無口ですね。まだ新人ですから当然ですけど。等々力さんはノリ重視の人ですから、現場でもきつい言葉でどやしたりってことはないんですよ。で、わりと和気あいあいって感じなんですけど・・、そんな中でかえって浮いてる感じだったでしょうか? なんとなーく扱いづらい雰囲気の子でしたかねえ・・・・」

「つまり、何考えているか分からない、陰では何をやっているか分からない、ってことね」

「はあ・・、そうなりますか・・・」

 三津木も言葉ではかばいながらやはりこの青木を疑っている。今さら新人AD一人に責任を負わせてどうなる問題ではなくなっているが。

「では、そのビデオを改めて見せてもらいましょうか。オリジナル、あるんでしょう?」

「はい。すぐにご用意します」


 ビデオを見ながら三津木はずっと退屈していた。これが作り物であるのは分かり切っている。今さら見てもしょうがない。物は今や昔懐かしくなりつつある8ミリビデオだ。もっともこれも純粋なオリジナルではなく、パソコンで加工した映像をダビングした物だ。電動ブラインドを閉じて薄暗くして46V型の液晶大画面テレビで見ている。粗悪な素材をこんな大画面で見ていると目が痛くなってくる。ビデオのオリジナルは1時間もある。

 三津木はのんびりビデオ鑑賞している二人を羨ましく思った。紅倉美姫が自分たち一般庶民のようにあくせく働く必要はまったくない。彼女がこの特別応接室に案内されたのはテレビで視聴率が稼げるだけではない、裏で局の上の人間たちの個人的な相談役になっているからだ。

 40分近く経ってバケモノが登場した。

『何撮ってんのよオオオオオオオ!』

 芙蓉美貴がビクリとして二人の後ろに立って見ていた三津木は思わずクスリと笑った。どうやら彼女は本物よりこけおどしの作り物の方が怖いらしい。まあ、ドッキリビデオとしては良くできているし。

 紅倉美姫はさすがにビクともしない。もっとも彼女の目には映像はほとんど見えていないだろう。もやもやした光がうごめいているだけだ。代わりに、彼女の目には別の物が映っている。

 3パート目になって、オルゴールが鳴り出すともやもや煙のような幽霊がオルゴールの回りをひたすらうろうろ歩き回っている。時折ボケたり部分的にはっきり映ったり、なかなか凝った映像処理をしているが、もう飽きた、退屈だ。

「ま、こんなものですよ」

 三津木は退屈を我慢できずに紅倉美姫に声をかけた。

「まあ、なかなかよく出来てはいますがね」

 横から紅倉美姫の顔を覗き込んだ三津木はギョッとした。紅倉美姫はもの凄く恐い目で画面を睨んでいた。空気が違っている。紅倉美姫が強い霊能力を発揮する時は三津木のような素人でもはっきり分かる。芙蓉美貴もまた画面を凝視し、画面の青い光に額の脂汗を光らせていた。

「ど、どうしたんですか、先生!芙蓉さん!」

「・・・・・・・・」

 紅倉美姫が画面を指さした。三津木はえ?と画面を見て、・・・・・・・戦慄した。

「な、なんだ、これは・・・・・・・」

 ゾッと冷たい物が背筋を駆け上がった。画面全体がゆらゆら揺れている・・・ように感じるのは、全体に白いもやが浮かんだり消えたりしているからだ。よく見ると濃淡があり、何かの形がある。それを見極めたとき、三津木は「いい・・・・」っと悲鳴を漏らした。骸骨だ。いくつもの骸骨たちが浮かんでは消え、画面を横に、斜めに、行き交っている。水槽に魚をいっぱいに入れて、その魚たちが狭い水槽を脱出しようと泳ぎ回っているようだ。骸骨たちはどんどんはっきり見えてきて、後ろのオリジナルの映像を覆い隠す勢いだ。

 三津木はドシンと背中を壁にぶつけた。思わず後ずさっていたのだ。

「せ、先生、な、なんですか、こりゃあ!?」

 もう何度も見ているビデオだ。断じてこんな物は映っていなかった。

「わたしが見たからです」

 紅倉美姫は芙蓉にビデオを止めさせ、言った。

「明かりを」

 三津木は慌てて走ってブラインドを開いた。昼の光を浴びて三津木はほっとしたが、紅倉美姫の顔を見てまたギョッとした。真っ青になっている。

「あれは最初からビデオに映っていたものです。が、表には現れていなかったのです。あなたがもしもっと念入りに画像解析していたら影くらい見つけられたと思います。もっとも、前の映像の消し残りと考えたでしょうが」

 ビデオでそういうことはある。前の映像に重ね取りした場合それが完全に消えず新しい映像の奥に残ってしまうことがあるのだ。

「しかし、でも、これは・・・・」

「わたしの霊力に反応して増幅されたのです。わたしが視ようとして、表に引き出してしまったのですね」

 恐るべき霊能力だ。

 三津木は思い出した。

「岳戸先生はこれが本物の心霊ビデオだとおっしゃっていました」

「そうですね。彼女もこれを見ていたのでしょう」

 本物・・だったのだ・・・・。しかし映像としては現れず、特殊な能力を持ったものにしか見えなかったのだ。

「恐ろしいですね」

 紅倉美姫は言った。

「これは、この世の景色ではありません。いったい何故こんなものが現れてしまったのでしょうねえ?・・」

 これは、三津木なんかの手に負える代物ではない。まったくなんという物を持ち出してしまったのか、今さらながら激しく後悔した。

「行ってみなければなりませんね、これを撮影した場所に。そして、会わなければ」




 馬木は廊下に出てぼんやり窓から外を見ていた。今日はもうおしまいだ。何をする気にもならない。

 ここは二階。イチョウの枝越しに正門が見える。金森先輩が歩いていく後ろ姿が見えた。車ではなかったらしい。自家用車はまだ持っていないようだ。正門を出ようというところでふと金森先輩が振り返った。馬木はあれ?と思った。突然人が現れたように見えたのだ。葉っぱが邪魔して見えていなかっただけだろうが・・

 女だ。黒髪の。変なかっこうだ。エプロンかと思ったら、白衣だ。医師や看護士の白衣ではなく、薄い緑色のパジャマの上に患者が手術の時にでも着させられそうな白いエプロン型の白衣を着ている。そういうファッションでも流行っているのか、馬木にはさっぱり分からない。

 金森先輩はその女から声をかけられたのか振り返ったが、なんだろう、きょろきょろして、また道路の方に向き直った。歩き出し、立ち止まった。女が後ろに近づき、金森先輩が前に飛び出した。

 あっ!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 金森先輩は右手から来た車に跳ねられた。キイッと鋭いブレーキの音がした。金森先輩はもろに腰を跳ねられ前方に吹っ飛び、転がった。頭の中で音と映像と順番がごっちゃになる。頭脳がショートして、真っ白になってしまった。ジーンと耳鳴りが大きくなってきて、思考が戻ってきた。事故だ!金森先輩が車に跳ねられた!

 電気店の名前の書かれたワゴン車から作業着の若い男が下りてきて、呆然と金森先輩を見下ろしている。女も跳ね飛ばされた金森先輩を顔を横に向けて見ている。なんだ?なんなんだ!? 馬木には女が金森先輩を突き飛ばして車に轢かせたように見えた。

 女が歩き出した。自分が突き飛ばして轢かせた金森先輩を横目にゆうゆう道路を横断していく。おいっ! 思わず馬木は心の中で叫んだ。女が、立ち止まり、ゆっくり振り向いた。馬木は何故か葉子か!?と思ったが、違った。100メートルくらいの距離か、はっきりとは分からないが21、2歳、金森先輩と同い年くらいだ。女は馬木を見て、ニタリと笑った。やっぱりこいつだ!こいつが金森先輩を轢かせたんだ! 女はまた向こうを向くとゆうゆう歩いていき、やがて家の陰に隠れて見えなくなった。

「ちくしょう!」

 視聴覚室を出てきた沖浦がビックリした。

「なによ? どうしたの?」

「正門の前で事故だ! 金森先輩が轢かれた!」

「え!?・・」

「なに!事故!?」

 松岡が飛び出してきた。手にはしっかりご自慢のデジタル一眼カメラを持っている。

「そいつはたいへんだ!」

 カメラを握って嬉々として階段を下りていった。

「110番しなくちゃ」

 沖浦も馬木の隣で事故現場を見て慌てて携帯を取りだした。通行人や近所の人たちが徐々に集まってきている。

「うわっ、たいへんだ。俺、職員室に行って来る!」

 角谷も走っていった。

 事故・・なのか・・・・、と馬木はジーンとしびれの残る頭で考えた。事件、ではないのか? しかし、今自分の見た光景は、あまりにも現実離れしていた。あの女が何者なのか、いや、本当にそんな女がいたのか、本当につい30秒ほど前のことなのに、馬木の頭はもう自分の記憶に自信を持てなくなっていた。


 警察の事情徴収で馬木は

「急ブレーキの音がして、見たら金森先輩が倒れていた」

 と嘘をついた。いや、本当に嘘なのかどうか馬木にも分からない。何故なら、金森先輩は急に車の前に飛び出してきて轢かれたのだ。突き飛ばした女の話などまるで出なかった。轢いた運転手が、あの女を見ていないわけないのだ。誰も見ていなかった。馬木だけだ、あの女を見たのは。

 金森先輩は、命は取り留めたらしい。しかし、集中治療室に入り、意識は戻っていない。



 夜8時過ぎ。馬木に桜野葉子の母親から電話がかかってきた。昼間馬木が話したのはやはり葉子の母親だった。しかし今の彼女の声は、せっぱ詰まって、昼間とは別人のようだった。

『ねえ、あなた、部長さん、葉子知らない?』

「いえ、結局今日は桜野さん学校には来なかったんですが」

『そうなの? 本当? ああ、どうしよう・・・・』

「桜野さん、どうしたんです?」

『ああ、あの子、葉子ね、どうやら昨日の夜家を出ていったきり帰ってきていないらしいのよおおー・・・・』

 馬木は、再び頭が真っ白になった。

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