第2話 疑惑
馬木は6時前に目を覚ました。
暑くて寝ていられない。体中にべっとり汗をかいている。気持ち悪い。まだ寝不足で胸がムカムカする。
だが。
朝早く目覚めたのも気分が最悪に悪いのも、暑さのせいばかりではない。
ものすごく、嫌な夢を見た、ような気がする。
嫌な予感が、胸に重く凝り固まっている。
10時。このところ日課のように学校の視聴覚室に集合する。
「いやあ、俺たちもほんと飽きもせず通ってくるよねー」
角谷が軽く言うと沖浦は
「わたしはもうとっくに飽き飽きしているわよっ」
と言い返した。松岡はむっつり黙ってカメラの手入れをしている。
「桜野はまだ来てないんだ?」
馬木は努めて軽く言ったが我ながらわざとらしい気がしてならない。
「珍しいねえ、ヨーコ君、いっつも一等賞なのにねえ」
「沖浦。電話してみてくれないか?」
「自分でしたら? 番号知ってるんでしょう?」
「番号は知ってるけど、俺ケータイ持ってないもん」
沖浦は呆れながらも携帯電話を開いて桜野の名前を押した。もともと桜野への連絡は彼女がしている。馬木は桜野に電話したことはない。
「駄目。圏外もしくは、だって」
沖浦はあっさり携帯を閉じた。
「何か用ができたんでしょ。だいたいこう毎日集まってダラダラやってるんじゃ嫌になるわよ」
そりゃおまえだろう、と心の中でツッコミつつ、馬木はそうだろうか?と考えた。この集会を何故か一番楽しんでいるのは桜野だった。こんな連中相手に毎日キャピキャピ喜んでいる。来ないにしろ遅れるにしろメールの一つくらいよこしそうなものだ。
「念のため自宅にもかけてみてくれないか?」
沖浦はものすごく嫌そうな顔をした。
「自宅の番号なんて入ってないわよ」
「まあまあ、もうちょっと待ってみようよ」
角谷がニコニコして言った。
「俺昨日ちょっと考えてみたんだ、ヨーコちゃんが幽霊のぜんぜん怖くないホラーコメディ」
「な? これならオットもだいじょうぶだろ?」
角谷は馬木のことをこう呼ぶ。良人=おっとだ。
「高校生程度の手作りホラーにビビるか」
と言いつつ馬木は内心ほっとしている。いやそれどころか感心した。けっこう笑える。やっぱりこいつは才能がある。嫉妬を覚えるくらいだ。
「ねえカク君、念のため訊くけど」
沖浦が怖い笑いを作って言った。
「そのかわいい幽霊があたしじゃ駄目なわけ?」
「いやあ、幽霊をいじめる悪女っていうのもなかなかセクシーでいいと思うんだけどー?」
このーっ、とふざけ半分で怒って和気あいあいとなったところに松岡がボソッと、
「駄目に決まってんじゃねーか」
と言って座を白けさせた。ほんとにガキで困った奴だが・・・・
「なあ松岡。おまえ昨日のあれ見た?」
「見たよ」
「どう思う?」
「どうって、何が?」
「何がって、そりゃあ・・・・」
言いづらい。我ながら馬鹿げていると思う。だが・・・・
「沖浦は見たか?」
「なに?」
「ほんとうにあった呪いの少女霊ビデオ」
くっだらない、と露骨に顔に出しつつ、
「あたしはバイト。あんたらみたいな暇人と違うの」
「カクは?」
「うん、なんとなくチラチラ。これ考えてたからね」
と、シナリオを示した。
「けっこう面白かったよねー」
だからなんだよ?と松岡が冷たい目を向ける。しょうがなく、馬木は言った。
「部屋のライブ映像に女の子が覗いているのが映ったじゃないか? あれさあ・・」
言いづらい・・
「あれ、桜野に似てなかったか?」
馬鹿馬鹿しい、とは、思う。が、昨夜はその考えが頭から離れず眠れぬ夜を過ごしたのだ。
戸の向こうから少女は顔を、目鼻はすべて覗かせ、そしてスッと引っ込めたのだ。テレビ局の最新カメラとは言え真っ暗な部屋の中やはりざらつきがあり、色も鮮明ではなく、顔の細部まではっきり見極めることはできなかった。しかし、瞬間的に、
「あ、桜野だ」
と、思ってしまったのだ。
まさか、そんなわけはない、と常識で考えつつも。
どうだ?と一番しっかり見ていたような松岡に目で訊く。
松岡は、ニヤリと、嫌な笑いを浮かべた。
「ああ、似てたな、ヨーコちゃんに。本人だったら面白れーよな」
思わずカッとなった。嫌な奴だ。そんなわけないだろうとからかっているのだ、ろう。もし仮に葉子本人だったとしたら、こいつは心配するより喜んで面白がるのだろう。こいつの葉子に対する好意とはそういう類のものだ。
「馬鹿ねー。そんなわけないでしょう」
と沖浦が言った。
「なんだよ。おまえ見てないんだろう?」
「見てないわよ。みなみに聞いたのよ、これでね」
と携帯を示した。みなみとは沖浦のクラスメートだ。ちなみに一年の時は馬木も二人と同じクラスだった。二年になってクラス替えで馬木は別のクラスになった。
「キャーキャー大喜び。まったくなんであんなもの喜ぶんだかねー」
沖浦かすみ。こいつも分からないと言えば分からない奴だ。なんでいまだに映研をやめないでいるのか・・・
「そうだよねー、俺もヨーコちゃんだ、と思っちゃった。不思議だよねー」
と角谷。
「なんだ、見てたのか?」
「思わずね。でも困ったなあ、けっこう怖かったよね、あれ。あれがヨーコちゃんだったら、俺のかわいい幽霊ちゃんが怖くなっちゃうじゃないか」
そうだ、あれは、怖かった。葉子だ、と思ったのに、背筋がゾクリと冷たくなった。
葉子に似ている少女はまるで魂が抜けたような感情の失せた顔をしてカメラを見ていた。
一番考えられることはなんだろう?
心霊現象に興味のあった葉子は問題の家を探り当て番組放送中に行ってみた。そこで撮影隊に出会い、番組を盛り上げるための「やらせ」に協力して幽霊を演じた、
というところではないだろうか。
どうでもいい、とにかく馬木は早く葉子に会ってこの胸の不安感を払拭してもらいたかった。
「携帯貸してくれないか? 桜野の家にかけてみる」
沖浦は呆れながらも貸してくれた。
桜野の家の電話には母親が出た。苛立ったような不機嫌な声だ。風邪だろうか? 11時を回って寝起きもないと思うが。
青山高校映研の部長を名乗ると、
「英研? ああ、映研。あの子もくだらないものに関わってるわね」
と言った。ずいぶんな言われようで馬木は快く思われていないかと思ったら、
「で、部長さん? なに? 葉子がどうかした?」
と、あっけらかんとまるで同級生と話しているような気楽な調子で言われた。声もずいぶん若い。母親ではなくお姉さんだったのだろうか? 桜野がまだ来ていないことを告げると、
「えー、そうなの? 知らないわよ。起きたらいなかったから、どっか出かけたんでしょ?」
と、無遠慮な大あくびが聞こえた。
「あの子の携帯は? ああ、電源切れてんの? んじゃあ、もしあの子が帰ってきたらあなたに電話させればいいのね?はい分かりました。じゃあねー部長さーん」
軽い調子で切れた。少なくとも桜野の身を案じている様子は微塵もない。
もう帰るかと相談しているところにひょっこり思いがけない訪問者があった。
一学期に教育実習で来ていた金森さんだ。
「やあ、馬木君。君、映研の部長だったんだね。由利先生にここにいるはずだって聞いてね、陣中見舞い」
とハンバーガーの袋をドサッと差し出した。由利先生は映研の顧問の「情報技術科」講師だ。由利は名前ではなく由利絵梨佳先生。自称23歳のなかなかの知性派美女で我が映研唯一の誇りである。ただし実際に部活動に加わることはほとんどない。
金森さんはいかにもハンバーガーが似合うちょっとお肉のぽちゃぽちゃした丸メガネのお兄さんだ。シルエットは松岡と共通するが開放的なお坊ちゃん的な明るさが正反対だ。
ハンバーガーをご馳走になってあれこれどうでもいい話をし、シェイクをすすりつつ馬木は訊いた。
「金森さんは映研部員だったんですか?」
前に女の子たち相手に「怪談」を話していたときには「他人の話」として部外者を装っていた。金森先輩はぎこちなく、しかしそのために来たのだろう、話し出した。
「そうなんだ。僕は君らの先輩で、昨日、見たかな? あのビデオを作った張本人なんだ」
東日テレビディレクターの三津木俊作は重い気分でVIP専用の特別応接室のドアをノックした。三津木がここに入ることは滅多にない。
「失礼します」
ドアを開けて中のVIPを見た瞬間ハッとした驚きに打たれた。これまで何度も顔を合わせているがいまだに慣れるということがない。億単位のスポンサーの重役でなければ招かれることのないこの特別応接室で高級銘柄の紅茶をすすっているのはわずか23歳と19歳の小娘どもだ。ただし、ただの、小娘のわけがない。
「紅倉先生、わざわざおいでくださって申し訳ありません。芙蓉さんも、ご苦労様です」
37歳の、それなりに場数を踏んできた中堅ディレクターである三津木が額にじっとり汗を浮かべて頭を下げた。
紅倉美姫。べにくらみき。三津木の手がける心霊番組にたびたび出演してもらっている霊能者だ。
芙蓉美貴、ふようみき、はその助手。
共に美人である。超の付く。
二人は白と黒だ。
紅倉美姫の髪は銀色だ。老女の透けた白髪ではない、内から輝くシルバープラチナだ。肌は白く、瞳は赤い紫だ。目鼻立ちも深く日本人離れしている。混血だろう。いや人間外だ。
弟子の芙蓉美貴は細く、瞳が大きく、長身でモデルのようだ。真っ黒なストレートのロングヘアーは日本的だが、彼女の顔は紅倉美姫に非常によく似ている。まるで姉妹のようだが本人たちの弁を信じるならまったくの他人で血のつながりはないそうだ。
「先生、どんなご用でしょう? お呼びくださいましたらこちらからお伺いいたしましたのに」
紅倉美姫がじっと三津木の目を透視する。物を見る視力はひどく低く、常に靄った状態のようだ。ただし、別のもの、が見える。
「分かっているんでしょう、三津木さん?」
へへえー・・。ついひれ伏してしまう。心の中で。
「やはり昨夜の番組の件で?・・」
紅倉美姫は童女のように困った顔をして三津木を睨んだ。彼女は三津木に対してそれなりに親しみを持っているようだ。三津木も好意を持ちながら、・・やはり慣れない。
「何故わたしたちを呼ばなかったんです?」
弟子の芙蓉美貴の方はストレートにきつい。目つきも態度も攻撃的で、彼女は紅倉美姫のボディーガードも兼ねているのではないかと思われる。
「どうしてです?」
まあまあ美貴ちゃん、と紅倉美姫がたしなめた。両方ミキなのでややこしい。
「別に呼ばれなかったことに腹を立てているのではありませんよ。そりゃあ他にも霊能力をお持ちの方は何人かいらっしゃいますものね、わたくしにお呼びがかからなくても恨む筋のことではありません」
と、紅倉美姫は仲間外れにされた子どものようにすねた。が、
「が、解せません」
目が半眼になりますます異星人じみて見える。
「わたくしの方が視聴率が取れますでしょう? それともギャラが高すぎますか?」
たしかに。いやいや・・
「いや、あれはその、先生にお願いするほどのものでもないかと思いまして・・・・・」
「どうして?」
「それはその・・・・」
困った。紅倉美姫はお見通しで甘えた猫のようにニタッと笑った。
「わたくしが出演などするはずがない、いえ、番組そのものを潰す、と心配したんでしょう?」
・・・・・・・・・。
「何故でしょうねえ?」
優しい声をして、性格はけっこうサドだ。
「それは・・・」
「それは、あれが偽物の、ヤラセ番組、だったからでしょう?」
・・・・・。その通りです。
「「作った」?「撮った」じゃなく?」
金森先輩はいたずらのばれた子どものように悪びれ、しかしちょっぴり得意そうに言った。
「そうだよ、あれはさ、『ブレアウィッチプロジェクト』だったんだ」
ブレアウィッチプロジェクト。森に住む魔女を題材にした大学生二人組が作った「似非」ドキュメンタリーホラー映画だ。
「つまり」
いかにも本物っぽく作って、フィクションかドキュメントか敢えて明かさず、「本物か偽物か」と、はっきり言って話題性だけでヒットした素人映画だ。
「そ。ウケを狙ってあれを真似て作った偽心霊ビデオなんだ。思った以上に出来がよかったんでさ、文化祭でばらしちゃうのはもったいなくてさ、「本物」としてテレビ局に送ったんだ。わざわざオルゴールまでいっしょにさ。これは話題になるぞ、ってけっこう本気で期待してたんだけどさ、なーんにもなし。まったくの期待外れ。で、すっかり白けちゃってさ、女の子を喜ばせる怪談のネタにしかなってなかったわけ。・・・・昨日まではさ」
馬木の見たところかなりの出来で、これはいけるぞ!と高校生たちが盛り上がったであろうことは十分理解できる。テレビ局はあれをどう判断したのだろう?
「分からないわけないと思うんだよな、プロがさ。ちょっと本格的に調べればあれが作り物の合成だってことはすぐに分かると思うんだ。だからさ、テレビ局としては分かってて番組作ったと思うんだよな。だから俺も番組始まったときはニヤニヤして見てたんだ、よくやるぜ、って。でもさ、あれ、さすがにやりすぎだろう?」
そう思う。めちゃくちゃだった。抗議の電話が何万件とかかってきたのではないだろうか?
「俺、だんだん怖くなっちまってさ、誰かに話さないではいられなくなって・・」
それでこうして同じ仲間の後輩たちの所へ来たわけだ。でも、
「他にいるでしょうが、仲間が。まさかあれ金森先輩一人で作ったわけじゃないんでしょう?」
「ああ。メンバーは5人。でも卒業してからはバラバラで、みんな県外に出っちゃってるから」
金森先輩は地元の大学の現在4年生だ。
「電話も?」
「駄目なんだ。どこも通じない。二人とは4月まではまあたまに連絡取り合っていたんだけど、今はみんな就職活動で忙しいんだろうなあ・・・・」
青山高校はまずまずの進学校で生徒はほとんど大学に進学する。大学4年の夏と言えばある意味大学生活の中でもっとも忙しく精神的にピリピリした時期だろう。金森先輩はまじめに教師への道を目指しているそうだ。
「まさかね・・」
金森先輩は子どものように指を噛んだ。
「ほんとうに呪われているなんてことは・・・・」
眉間に苦悶がある。
「どうしたんです? あれ、作り物だったんでしょ?」
馬木を見る瞳に脅えと動揺の色が濃い。
「の、はずなんだ・・。でも、分からない・・」
「何が?」
「幽霊の女の子だよ・・」
幽霊役の女の子。そういえば見た感じ中学生の、まだ1年生くらいだった。
「映研のメンバーじゃないんですか?」
「違うんだ。実は・・」
言うのを逡巡している。怯えている。ほんとうに誰かに聞いてほしいのはそのことなのだ。
蝉がまたうるさく鳴き出した。馬木も額からじっとりした汗が流れ落ちたが、身体の内部がヒクリと冷たい。肝が冷えるとはこういう状態か。ぽっちゃり型の金森先輩は滝のように汗を噴き出させながら、顔が見るからに青くなっている。
「実は・・、あれを本物だと信じているのがいるんだ。部員の嶋村早苗は、あれを本物だと信じ切って、本気で怖がっていたんだ・・・・・・」
三津木は汗を拭き拭き釈明した。
「あの手の番組を生でやるリスクは、先生ももちろんご存じですね?」
通常三津木の担当している「ほんとうにあった」心霊シリーズは収録で行われる。放送は金曜夜7時から2時間のスペシャル枠で二月に一度くらいの割合で行われている。これまで生放送でやったことはなかった。
この手の番組でナマは怖い。
何もなくて白けるか、逆に事故が起こって番組がめちゃくちゃになるかだ。どちらもしゃれにならない。
通常一月前、遅くとも二週間前には収録を済ませている。編集作業もあるが、それより収録中に「何か」があってそれを次回の番組につなげられるかどうか、追跡取材で見極めて、番組放送時に予告として流すかどうか決めるのだ。だからスタジオの収録はいろいろな場合を想定してかなり長めにそれぞれの話をふくらませてもらっている。編集でどれを取り上げるか決め、後は切るのだ。
今回無茶とも言える生放送を敢行したのは、二つの理由がある。
一つは番組の人気が低迷してきたからだ。視聴率が取れない。同じスペシャル枠のライバル「生追跡!真相を探れ!」シリーズにすっかり視聴率を奪われた形だ。それが他でもないこの紅倉美姫大先生のおかげだ。
「生追跡!真相を探れ!」はアメリカのテレビ番組を真似た未解決の凶悪事件を視聴者からの情報収集で解決しようという生放送番組だ。現在進行形のスリリングさと実際に事件解決につながった実績とでグングン視聴率を上げてきた。その中で超能力者による透視で事件の真相を探り、犯人を捜し出したり、行方不明の被害者・・死体を見つけ出したりするコーナーがある。そこに登場したのが紅倉美姫だ。当初は外国から犯罪捜査に実績のある外国人の超能力者を招いていたが、彼女の登場以来ほとんど彼女が一手に引き受けるようになった。
彼女は、当たる。ほとんど百発百中だった。これまでに見つけた死体が七体、特定した殺人犯が15人、内9人が逮捕されている。
登場した当初は「霊能者」という肩書きで胡散臭く見られていた。そう、もともと紅倉美姫は三津木が「ほんとうにあった」シリーズで発掘した霊能者だった。そちらで評判となり、「ステップアップ」という形で「生追跡!」シリーズに試用で登場したが、今ではそちらの実績で世間の認識は高い。三津木としては面白くないが、紅倉美姫は義理堅くいまだに「ほんとうにあった」シリーズにも出演してくれている。「ほんとうにあった」シリーズで視聴率が稼げるのは彼女の登場コーナーだけだ。
今回の放送を生で敢行した理由の一つが生放送で視聴率を稼いでいるライバルへの対抗意識。
もう一つの理由は、製作会社からの強力な売り込みがあったからだ。
「ほんとうにあった」シリーズはチーフディレクターの三津木がいて、局の製作チームがあり、しかし実際のロケや再現ビデオの製作は外部の製作プロダクションに任せることが多い。三つほど仕事を任せるプロダクションがあるが、そのメインである「アートリング」がそもそも今回の企画を持ってきたのだ。
「嶋村早苗さんっていうのは?」
「映研5人のメンバーの内の唯一の女の子だ。俺たち男はみんな2年で、彼女だけ1年生だった。彼女にだけは・・、あれが作り物だって知らせないで見せたんだ・・・・」
金森先輩の苦悶に深い後悔の念が滲んだ。
「ビデオは俺たち2年4人が、幽霊役の女の子を使って、作ったんだ。サナちゃんには『本物の心霊ビデオを撮るぞ!』って言って、わざわざ現場に連れていって、騙してね・・。夏休みだったし、ちょっとしたいたずらだったし、面白かったし・・。俺たちみんなサナちゃんをアイドルみたいにかわいがっていたからさ、ちょっと脅かして楽しむつもりだったんだ。もちろんすぐに『ドッキリでしたー』ってばらして、笑い話にするつもりだったんだ。実際見終わってからすぐに教えたしね・・・・」
金森先輩の話しぶりでは、それで済まなかったわけだ。質問する。
「たしか見ているときにテレビが壊れたとかって言ってましたよね?」
「うそうそ」
金森先輩は手を振って否定した。
「それは怪談の作り話。ちゃんと最後まで通しで見たよ。見ている間俺たちはそれっぽいこと言って演技してたけれどね」
そうして内心彼女のことを笑っていたわけだ。いたずらにしてはやり過ぎな気がする。金森先輩も反省したように
「そうだなあ・・、一時間は長すぎたなあ・・。本物ってことで彼女に見せたからね。青くなっちゃって、さすがに俺たちも途中から拙いかなって思い始めたんだけど・・・・」
なかなかやめようとは言い出せなかったわけだ。
「部屋は・・、まさにここだよ」
思わずテレビを見る。今日は葉子がいないのでテレビはついていない。
「カーテン閉めて薄暗い中見てたんだけどさ、見終わってカーテン開けたときにはビックリしたな、サナちゃん、真っ白になって完全に固まっちゃってたから・・・・」
それは・・
「拙いんじゃないですか?」
「拙いよね。大慌てさ。嘘だよ、全部作り物だよ、俺たちが作った劇ビデオなんだ、って。ブルブル首を振って信じようとしないから隠しておいた『バケモノ』のお面まで大慌てで引っぱり出してさ。でも、彼女、サナちゃん・・・・」
金森先輩は暗く悲しい顔をする。
「呪われる! あの女の子に呪われる!って大声でわめいて、俺たちは慌てて彼女を抑えて口を塞いで・・」
「何かしたんですか!?」
「と、とんでもない!」
金森先輩は青い顔で強く否定した。
「とにかく俺たちは彼女を納得させようとビデオの素材、ブルーバックで幽霊の演技をしている女の子の映像とか、マスクを脱いで笑ってる女の子の映像とか見せてさ、とにかく謝って、作り物だって納得してもらうために必死で説明したよ」
「ひどいわ!」
沖浦が憤慨して責めた。
「よくそんな話を笑い話にして話せますね!」
笑い話というのは昼休みに女子たちを怖がらせていた怪談のことだろう。金森先輩はひどく困って言った。
「いや、落ちがあるんだよ。サナちゃん、平謝りに謝っている俺たちに向かって急にケラケラ大笑いを始めてね、狂ったかってギョッとしたけど、
「なーんちゃって」
って。舌を出して。
「やーい、引っかかった引っかかったー。分かってましたよーだ、作り物だってことくらいー」
って。なーんだー・・・・・・・って、俺たちはすっかりへなへなへたり込んでしまってね。まあ・・、ほっとしたよ。笑い物にされたのは俺たちの方だったってわけ」
なーんだ・・。だが、金森先輩の表情は冴えない。
「それで俺たちもすっかり白けちゃったってところもあるんだけど・・・。本当のところはどうなのか、分からない。サナちゃんはああして笑ってたけど、ほんとうに偽物だって分かってたんだろうか? ほんとうに偽物だって納得したんだろうか? 俺にはサナちゃんの脅え様はひどくリアルで・・演技には見えなかった・・・・・」
ふとした静寂というものがある。それまで当たり前に聞こえていて気にも留めなかった音が突然途絶えて、瞬間的に静寂を感じることが。蝉の鳴き声が途絶え、まさにその静寂が下りてきた。
「・・・・早苗さんはその後?・・・」
「ふつうに学園生活を送ってたよ。ほら、君たちが今こうして映研部員でいられるのは彼女が後を継いで同好会を継続させてくれたおかげじゃないか」
「今現在は?」
「それは・・分からない。学年が違うからね、卒業しちゃってからは、それっきりだ」
また静寂が下りてくる。重い。
「で・・、」
話を思い返すと・・
「女の子、って言ってましたよね?幽霊役の? それは・・誰なんです?」
金森先輩の顔が一段と青く、病気的に青黒くなった。
「それは、青木・・部長が連れてきたんだ、親せきの女の子だって、たしか小学校の5年生だったと思う。名前は・・、青木・・ようこ・・・・・」
蝉がまたけたたましく鳴き出し、ゾクリと震えが走った。偶然だろう。しかし5年前に小学5年生なら、葉子と年齢は合う。が、名字が違う。
金森先輩はゴクリとつばを飲み込み、恐怖をいっぱいたたえた目で馬木を見つめて言った。
「そ、それでさ・・、まさかと思うんだけど、きのうの番組、幽霊みたいな女の子が出てきただろう?」
馬木の目にも恐怖が感染する。まさか・・、聞くのが怖い。
「あれ、彼女に似ている気がするんだよ。5年前に幽霊を演じた女の子が、5年間で成長した姿に・・・・・・」




