第26話 中から出てくる
CM明け。スタジオには四方をカーテンで覆ったベッドが運び込まれている。バックからライトを照らされると正面の白い布に横たわる少女のシルエットが浮かび上がった。紅倉美姫。
「これが問題の少女葉子さん・・の生き人形です。製作したのは緑海さんの愛人、つまりあなたの大人になるための父親であり下の二人の娘さんの実際の父親であった人です。彼は残念ながらおとといの夜亡くなってしまいました。彼を殺したのもあなたのお母さんですね?」
緑海。
「そうね。でもあの人の魂も母に捕らわれているわ。もしかして葉子の魂といっしょにいるのかしら? 母は彼も人質にしたつもりなんでしょうね。死人を人質になんて、まったくずれた人よね」
「彼も救い出しますか?」
「いいわ。さっさと成仏させてあげてちょうだい」
「分かりました。さて、この生き人形は葉子さんが彼に作らせたそうですが、もちろんそれは葉子さんを操って母親がやったことでしょう。彼女はいずれ彼を葉子さんと結婚させて自分の肉体を生ませるつもりだったのでしょうね」
「外道ね」
「ですね。さすがに葉子さんの体はまだ母体として未熟だったので成熟するまで彼の心をその人形でつなぎ止めておくつもりだったのでしょう。彼もちょっと精神的に異常なところがあったようですからね」
「失礼ねえ。わたしの彼で、父親よ?」
「ごめんなさい。この人形をネットワークできますか?」
「ええ」
「ではお願いします。わたしもここから入って、ここに、あなたの母親を連れてきたいと思います。彼女のオリジナルの体は失われてしまっていますのでね。ところで・・」
突然ベッドの後ろのカーテンが開かれ小さな影が二つ侵入してくる。
「あ、葉子ちゃんだ」
「さっすがパパね。葉子ちゃんそっくり」
女性ADが慌てて二人を捕まえようとする。緑海の末の娘たちだ。緑海。
「いいわよ、その子たちはそこに居させて。わたしより二人の方が力は上よ」
三女晴美。
「そうよ。ママよりあたしたちの方が強いわ」
四女知世。
「そうそう。お姉ちゃん、あたしたちが手伝ってあげるよ」
「そうね。お姉ちゃん弱そうだもん。トモちゃんがネットワークを開いて、あたしがお姉ちゃんといっしょに行ってあげるよ。ネットのたいていの奴らはあたしたちの言うことに逆らえないもん」
晴美がカーテンから出てこようとして、紅倉が押しとどめるようにいっしょにカーテンに入る。
「まあ、ありがとう。心強いわね」
芙蓉が紅倉の後に続き、背中から耳元に囁く。
「先生、信用して大丈夫ですか?」
知世。
「あたしたち、葉子ちゃんを助けるんだもん!」
晴美。
「そうそう。弱っちい奴は黙っててよ」
「はいはい、お願いね。でもこのお姉さんも強いのよお? 美貴ちゃん、お願いね」
「はい・・」
緑海もカーテンの中に入ってくる。
「それじゃあ行く?」
「ええ。お願いします」
緑海が葉子人形の頭を両手で押さえ、右手を知世が握り、知世を晴美が握り、晴美を紅倉が握り、紅倉を芙蓉が握った。晴美と紅倉ががっくりベッドにうつ伏せになった。二人でネットワークに入ったのだ。
沈黙するカーテンの中。司会者。
「では今現在の日本各地の様子を中継でご覧いただきます。こちらで何か変化があったときはすぐに切り替えます。ではまず・・」
調整ブース。クレーンカメラで上からカーテンの中を撮した映像がある。三津木は指示もそっちのけでその映像に見入った。紅倉も晴美もうつ伏せになったまま動かない。
「美姫ちゃん・・。生きろよ・・」
三津木は思い出す、紅倉美姫との出会いを。
あれも6年前の夏だった。ある地方都市の児童保護施設・・孤児院でひどい怪奇現象が続発しているというので三津木はスタッフ2人と事前取材に訪れた。
その孤児院は公立の物で、例えば教会などの民間の善意で運営されているものではなく、冷たい印象のある、言ってしまえば問題児を集めてまとめて見張っているような、少年院なんかと大差ないような施設に三津木には感じられた。
怪奇現象とは、幽霊たちが集団で当たり前のように多数目撃されていた。壁に血のようなしみが浮き出て人の形を描いていた。人がいなくなった瞬間に部屋の家具の配置がガラリと変わっていた。大きな鐘の音のような重低音が絶えず耳を圧迫していた。子どもたちが毎晩のように悪夢を見て悲鳴を上げて目を覚ました。等々。
原因は、すぐに分かった。17歳の少女3人が相次いで自殺した。遺書があった。イジメをわびる内容だった。イジメの対象になっていたのは同じく17歳の少女、紅倉美姫だった。
彼女を一目見て三津木は戦慄した。
美姫は部屋の隅に一人膝を抱えて座っていたが、真夏でクーラーも無いというのにその部屋は異様に寒かった。
美姫は恐ろしく美しい少女だった。白く、間違いなく欧州系白人種の混血。
人形のように無表情の顔が三津木を見た途端、般若のように恐ろしく一変した。途端に、三津木の頭に強烈なイメージがわき上がり、暴走した。これまで取材で遭遇した数々の心霊現象、その霊能者には見えていても三津木には見えなかったものが、見えた。恐ろしいものだった。美崎優との肉体関係も見えた。いったい誰の主観なのか、恐ろしく生々しく、体が一気にカアーッと熱くなった。そして、見た、美崎優があの現場で視たものを・・。
三津木は悲鳴を上げて部屋を転がり出た。悪魔だ、魔女だ、と思った。この少女は人の頭を狂わし、破壊する。
しかし最も破壊されているのは少女本人だった。三津木は部屋に這い戻るとデジタルカメラで悪魔少女を撮った。見てまた戦慄した。少女の顔の真っ白な肌いっぱいに真っ青な静脈が浮き上がっていた。肌の表面は染み出した血でところどころ赤く濡れていた。部屋の異様な冷気の正体も判明した。部屋いっぱいに白い人影のようなものが詰まっていた。
しばらく避難した後部屋に行ってみると紅倉美姫は鼻血を流して失神していた。
職員に話を聞くと紅倉は7歳くらいで火事の現場で保護された後ここに送られてきたが、それから8年間、15歳になるまでろくに口もきけず、完全に自分の殻に引きこもっていた。ようやく自分の名を名乗り、なんとか他の子どもたちと共同生活を始めたが、あの通りに非常に美人なので男子からも女子からもちょっかいを出す者があった。職員の中にも。その頃からおかしな事が起きるようになったが今ほどひどいものではなかった。すると今度は彼女はイジメに遭うようになった。今までちやほやしていた者が手のひらを返したように彼女を冷たく扱った。職員の中にも。彼女は再び自分の中に引きこもるようになり、そんな彼女を更に攻撃した者たちは、自分で死を選ぶほど恐ろしい思いをすることになった。怪奇現象は爆発的に増え、ここはもはや悪魔の館のようになってしまった。どうかなんとかしてほしい!・・
三津木は当初この事件を岳戸由宇に任せようと思っていた。当時岳戸由宇は絶好調で、番組も高視聴率を記録していた。が、三津木は由宇に任せるのをやめた。そろそろ由宇の能力の正体を怪しみだしていたし、この少女を番組で見せ物的に扱うべきではないと強く思った。彼女を第2の岳戸由宇にしてはならない!
三津木は取材抜きで美姫と向かい合った。彼女には一人の人間としてふつうに生活することが必要だと感じた。一方彼女のこの強力すぎる霊能力は決して彼女にふつうの人生を送らせはしないだろうとも。
三津木は思い切って逆療法を試してみた。心霊現象に困っている相談者の取材に美姫を同行させたのだ。自分と同じように悩んでいる者がいると理解すれば自分自身に対する見方考え方が変わるのではないか?と考えたのだ。
これは思った以上に成功した。相談者の家に居着いていた悪霊は美姫に立ち向かってきた。美姫は、それをあっさり大人しくさせた。紅倉美姫は霊に対しては恐ろしく強かった。相談者に感謝されて、あんまりあっさり終わってしまって番組にはならなかったが、美姫は自信をつけた。自分の中の力と折り合いがついたのだろう、人間的に急激に強くなった。
一年後霊能者として番組に出演するようになってからは見違えるように明るく美しく優しくなった。
三津木は美姫の笑顔を見るたび自分の由宇に対するやり方がいかに間違っていたか思い知った。その後も三津木は由宇と共に峰谷早苗の件で間違いを繰り返した・・。
紅倉美姫は神が地上に与えた奇跡だと思う。三津木にとっても生涯の宝物だ。ただしそれは由宇のように自分の物になる宝物ではない。誰の手にあってもけっして誰の物にもならず永遠の輝きを放ち続けるダイヤモンドのようなものだ。そしてその輝きは美姫自身にも持て余すほど強力すぎるのだ。
一人の人間としての紅倉美姫は決して強くはない。だが彼女は自分の内なる力を受け入れたのだ。今その力が美姫を死の危険に近づけている。これが神が彼女に与えた使命なら、三津木は神を憎む。
自分の命と引き替えにできるものならば・・・・
しかし神は自分の汚れた命など決して欲しがりはしないだろう。
紅倉美姫は特別の人間なのだ。不幸なことに。
「死ぬなよ、生きてくれ」
三津木は再び祈るしかない。
しかし、神は残酷だ。魔界の神なら、なおさら。
三津木の見つめる映像の中で晴美だけがむっくり体を起こした。
「4カメ、音上げろ!」
むっくり起き上がった晴美は知世とニヤニヤ笑い合った。
「先生!」
芙蓉は紅倉の異変を感じて呼びかけた。紅倉の体がブルブル震えている。握った右手が熱を帯びて大量に発汗している。芙蓉の手にもチクチク刺すような痛みが伝わってくる。
晴美は握っていた紅倉の手を放してポイと捨てた。緑海が驚愕し、信じられない顔で言った。
「晴美、どういうつもり!?」
「何をした!?」
芙蓉も紅倉の両手をしっかり握って晴美と、いっしょにニヤニヤしている知世を睨んだ。晴美が言った。
「そのお姉ちゃん、神様の操り人形なんだって?」
それは紅倉自身が日頃からよく言っていることだ。
「じゃあさあー」
晴美はかわいい顔をニヤニヤさせて言う。
「その糸をちょん切っちゃったらあー、どうなるのかなあー?」
うう、と震えながら紅倉が呻いた。
「先生っ!!」
「ぎゃああああああああっ!!!」
ガバッと身をのけ反らせて紅倉が叫んだ。白目を剥いて、ああああああああああああああああ、と震えながら叫び続ける。
「先生! しっかり! 早く戻ってきて!」
手が、熱く、痛い。ブスブス針が突き刺さってくる。
「先生えっ!・・」
呼びかける声が悲鳴に変わった。芙蓉自身激痛で顔がひきつる。
晴美と知世がニヤニヤ笑って眺めている。
「お姉ちゃん。あんまり頑張らない方がいいよ。でないとーお姉ちゃんも死んじゃうよ」
「こ、この・・、バケモノども!・・」
「キャハハハハハハハハ」
「キャハハハハハハハハ」
悪魔だ。
「晴美! 知世っ!」
「ああもう、ママもうるさいなあー。そうだ、おじちゃん」
晴美と知世が上から撮すクレーンカメラを見た。三津木を視ている。
「面白いから日本中、ううん、世界中の人間に見せてあげようよ。ね?」
三津木は迷った。これは、なんなんだ? 紅倉美姫は、負けたのか? だが、勝ったのは、誰なんだ?!
バサバサッとベッドを覆うカーテンがはぎ取られた。今でも十分ビビっているゲストたちがあんぐり口と目を開いて魔女たちを見た。
「ほら、見なさい人間たち! あんたたちの希望の火が、消えるわよ」
テレビの中継映像がスタジオ映像に切り替わった。ブースでは何もしていない。
「や、やめろ! 映すな!」
三津木は悲鳴を上げて苦しむ美姫の姿を見て叫んだ。しかし。
「だ、駄目です、反応ありません!」
「くそ、なんてこった・・」
スタジオだけではない、上の番組編成室でもまったくコントロールが利かなくなっていた。東日テレビは何者か、・・魔女姉妹に、乗っ取られた。同時に宇宙空間に浮かぶ全ての通信衛星も。スタジオの映像が強制的に世界中のテレビ局に送信され、強制的に各家庭のテレビに映し出された。何が映っているのか、具体的な内容は理解できなかった。しかし何か恐ろしい悪魔的なことが行われていることははっきり伝わった。
「ぎゃああああああああっっっ!!!」
叫ぶ紅倉の顔から白い湯気が立ち、やがてそれは黒くなっていった。紅倉は苦し紛れに腕を振り回し芙蓉をはね飛ばした。芙蓉は転げ、両手をかばいながら起き上がった。手のひらが焦げて真っ赤な裂傷が幾筋も走っている。
「先生!・・・・・・・」
芙蓉は涙を流した。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
もはや声にもならず、紅倉の肌は水膨れが弾け、血が真っ黒に燃え上がり、・・・・・・・、やがて、無惨な焼死体となって固まった。
「先生・・・・・・・・」
芙蓉は自分の無力を涙をこぼして悔しがり、ギリッと、怒りの目を晴美知世姉妹に向けた。
「おおおまえたち・・、先生に何をした?・・」
二人はヒヒッと蔑み勝ち誇った笑みを浮かべた。
「なあーんにも。あのお姉ちゃん、自分で思っているほど強くなかったんだよ。ママたちが警戒するほどの人間じゃなかったね。ちょっと悪そうな奴らのたまり場に誘い込んだら、・・イヒ、よってたかって食べられちゃったみたいだね」
笑う晴美を芙蓉は涙を溜めた目でじっと睨んだ。
「そんなはずない、先生がそんな下等な霊どもに負けるはず無い!」
「だからあ」
知世が楽しそうに言った。5歳の幼女だ。
「操り人形の糸を切っちゃったの。人間の魂なんて、弱っちいもんだね?」
芙蓉はギリギリ二人を睨んだ。
「・・・・・・・・・殺してやる」
「え? なあに?」
「このバケモノども! 殺してやるうっ!」
芙蓉はダッと一歩踏み込むと大きく腰をひねって回し蹴りを放った。8歳、小学2年生の晴美の体が吹っ飛んだ。床をツーッと滑って止まった晴美は、体はうつ伏せに、首は折れて完全に後ろを向いていた。ちょうど青木雄二の死体のように。
「あーあ」
知世はしらっとした横目で姉の死骸を見た。
「壊れちゃった」
芙蓉の怒りは治まらない。子どもを殺した後悔もない。
「おまえも壊れろ!」
次の蹴りを繰り出そうと身構えたとき、
「ケケケケケケケケケケ」
後ろからバサリと晴美に抱きつかれた。芙蓉も思わず心臓が飛び出そうになった。
「ケケケケ」
背中にだらんと垂れ下がった首が笑って、グリグリ音をさせて元通り起き上がった。しっかり芙蓉の首にしがみついて芙蓉に頬をすり寄せた。
「お姉ちゃん、よくもやったね? ほんと、お姉ちゃん強いねえ。でも、お姉ちゃんの首もあたしみたいに元通りになるかなあ?」
ガッと頭を掴んだ。
「い、イタ・・・」
芙蓉は声を出して、晴美の腕を掴んで引き離そうとした。しかし晴美の小さな手はもの凄い力でギリギリ芙蓉の頭を押さえつけた。ミシミシ頭の中で音がした。駄目か・・、と思った。悔しい・・。
「いいかげんにしなさいっ!!」
ドンッ!と衝撃波が走りスタジオの照明が瞬いた。
それまで呆然としていた緑海がそれまで見せたことのない怖い顔で娘たちを交互に睨んだ。本気で怒っている。
「どういうつもりなの?」
ドスの利いた声で脅すように言う。
「あんたたち、葉子をどうしてくれるのよっ!?」
晴美が芙蓉の頭から手を放して、代わりにぎゅっとおんぶの形でしがみついた。姉妹揃って同じ冷たい目で母親を眺めた。
「あーあ、やんなっちゃうよね、ママったらそうやって葉子ちゃん、葉子ちゃんって。ママは葉子ちゃんだけが大事なんだもんね」
「えーんえーん、トモちゃん悲しいよお〜」
「つまんない泣きまねなんてしてんじゃないわよっ! あんたたち、葉子をどうするつもりよ!?」
「ちぇっ。ねえ晴美ちゃーん、葉子ちゃんどうだったあ?」
「駄目ね。すっかり悪霊化してもう手に負えないわ」
緑海が恨みを込めて言う。
「晴美・・、だから紅倉美姫に頼んだんじゃない?」
「あ、そっかー、人間のことは人間に任せるってこと? なーんだー、そっかー、そうだよねー、葉子ちゃんは人間だもんねー? ママもそう?」
「・・・・・・・・・・」
「あたしたちは違うもん。ねー?」
「ねー?」
「だからね、本当は葉子ちゃんはどうでもいいの。あたしたちママと手を組むことにしたんだ」
「ママ?」
「ああ、ママのことじゃないよ。お化けのママの方。キャハハ」
「そうそう。だからね、ママももういらないや」
「なんですってえー?・・」
「だからあ、その葉子ちゃんの体、ママにあげてね?」
「なんですって?」
突然ガバッと葉子の生き人形が勝手に起き上がった。顔が黒くドロッと溶け、緑海に飛びつき、その黒く溶けた顔をべちゃっと顔にぶっつけた。
「うぐ・・」
生き人形は黒く溶けていき、緑海の鼻から口から、緑海の体内へ侵入していった。
「・・・・・・・・」
緑海は椅子に倒れ込むと手足をバタバタさせた。生き人形の溶けた液体はすっかり緑海の中に入ってしまい、緑海の黒い喪服がバリバリ裂け、丸く膨れ上がった白い腹が丸見えになった。
「・・・グガッ・・・、おかあ・・さん・・・・・」
緑海はよだれを垂らして痙攣しながら声を振り絞った。
「うううううああああああ・・・」
丸い腹部がグルグル動いて緑海は悲鳴を上げた。少し落ち着くと緑海は石油まじりの胃液を吐きながら真っ赤になった目で娘たちを見た。
「いたっ」
芙蓉に指をかまれて晴美が背中から振り落とされた。芙蓉は炭化した紅倉にすがりついた。
「ま、いいや」
晴美は知世のとなりに来てニヤニヤ母親を見た。緑海。
「あんたたち、このバケモノと組んで何をするつもり?」
「バケモノだって。自分の母親にひどいなあ。決まってるじゃない、世界征服よ」
「そうだよ、トモちゃんたち、女王様になるんだもん」
「馬鹿ね。魔界が出現してしまったら、あたしたちなんてただの人間よ? 魔界の魔物たちにかなうわけないじゃない?」
「大丈夫だよー。こっちにはコンピューターっていう機械文明があるもーん。あたしたちがぜーんぶコントロールしてやるんだもーん」
「そんなもの、魔界が実体化したらなんの役に立つものですか。やっぱり子どもね、なんにも分かってないわ」
「ああうるさいなあ。ママなんてさっさとママを産んで死んじゃいな」
「ぎゃあああっっっ」
腹がビクビク蠢いて、中から形が浮き上がった。
「ぐぐ・・・・・・・」
ズルッ。投げ出された脚の間から黒く濡れたものが現れた。ボタボタボタッ、と赤い半固形物が溢れ出し、ズルッ、腕が突き出てきた。
「!・・・・・・・・・・・・・」
緑海は失神して白目を剥いて痙攣している。
ズルッ、ミシッ、ボタボタボタ。赤く濡れ汚れて裸の葉子が股の間から這い出してくる。
「アアアアアアアアアアアアアー・・」
顔に掛かる粘膜を食い破って復活の産声を上げた。
ズルズルズルズルズル。ビチャビチャビチャ。
よろよろと葉子は自分の足で立ち上がった。黄色く濁って血走った目で辺りを見渡し、言った。
「長かった。ようやく、生まれることができた」
血に汚れた顔で実に嬉しそうに笑った。
「お誕生おめでとう」
晴美が言った。
「でも女王様はトモちゃんと晴美ちゃんだからね。ママはただのお姫様だよ」
「ええ。従うわ。あなたたちが世界の母よ。さあ! あなたたちの世界を作りなさい!」
葉子、いや、魔物は自分を産んだ緑海を眺めた。緑海は生きているのか死んでいるのか、椅子からずり落ちそうになりながら手足を投げ出し、喪服はぐっしょり濡れ、床にボタボタ大量の血を滴らせている。
「馬鹿な子。母の心も知らず、この裏切り者」
スタジオの出入り口は何物かの力で全てロックされている。中に取り残された出演者スタッフたちは壁際に寄り添いながら震え、泣いている。
ここまでの様子は全てテレビ放映されている。
世界中のテレビに向かって晴美と知世は仲良く手を振った。
「はーい、世界の皆さーん! バイバーイ、死ぬ時ですよー。この世は、消え去りまーす!」
人間は敗北した。




