第24話 魔物
VTR。
海岸の家に向かって「破壊せよ! 解放せよ!」と叫ぶ岳戸由宇。家に殺到する無数の昔の亡者たち。崩壊する家。大地震。出現した大穴。地下室らしき構造物。・・・。
司会者。
「この場所でこの後とんでもない物が発見されて問題の石油噴出になるのですが、ここでいったんVTRを止めてここまでの出来事の解説をお訊きしたいと思います。
岳戸先生。いかがでしょう?」
司会者は幾分非難めいた目で岳戸を見る。
「これは仏の救いです」
岳戸はカメラに向かって自信たっぷりに言った。
「この世の終わりに当たって約束された弥勒菩薩様の下生が行われたのです。見なさいこの亡者たちを、皆粗末な身なりで痩せて疲れ切った顔をしているでしょう? 弥勒様はこの世で未だ成仏できずにさまよう亡者たちをお救いくださるたいへんありがたい仏さまです。わたしたちがこのような光景を見ることのできたのはたいへん光栄なことです」
「VTRには家の崩壊する様と大地震の様子しか映っていませんで、その弥勒様のお姿を確認することはできないように思うのですが?」
「当たり前です。御仏のお姿など人間たちが自分の心に従って見たいように見るものです。ありがたい仏のお姿が、人間の作った機械になど記録されるものですか」
「はあ・・」
紅倉美姫が発言する。
「見たいですか?」
岳戸がヒクリと眉を吊り上げた。司会者は身を乗り出すように言う。
「それはもちろん。我々にも見ることができるのですか?」
「ええ。お見せしましょう。家の映っているVTRを回してください」
VTR。殺到する亡者たち。周りを覆う青いシートがめくれ上がって崩壊寸前の姿を見せる家。モニターを見る岳戸の表情が険悪になり、司会者、ゲストたちは息を飲み、女性アイドルが悲鳴を漏らす。
家の周りに青い鬼火が舞い、家の崩壊と共に地中から真っ黒な裸形の巨人が現れる。巨人の体は亡者たちの顔によってできている。皆が怒りの形相で叫んでいる。巨人は両手を高々振り上げると地面に打ち下ろす。打ち下ろす。打ち下ろす。地面は真っ赤なハマナスの花に覆われているが、それがドロドロに溶けて溶岩のように煮えたぎっていく。逃げ出すカメラ。大地震が起きる。
ゲストの中年俳優がたまらず言う。
「またヤラセじゃないのかい?」
紅倉が視線を向けると俳優のとなりに青白い顔の老人が現れる。わき起こる悲鳴。俳優は驚愕して呟く。
「じいちゃん・・・」
老人はスッと消える。
面白そうに眺めていた岳戸が険悪な目つきに戻る。紅倉が言う。
「大黒天。ヒンドゥー教の破壊神シヴァ。・・を気取ったただの悪霊です。本当のシヴァはブラックホールなんですが・・、まあそれはいいです。とにかくこれはただの破壊欲求に取り憑かれた怨霊の集合体です。岳戸先生もおっしゃったとおり彼らは歴史の中で虐げられてきた者たちです。彼らの人間社会に対する絶望をあおって破壊衝動を全開にさせたのです」
司会者。
「しかしこれはもの凄い数の、幽霊たち、ですね? 彼らが皆世界を破滅させたいほど人の世というものを恨んでいるのですか?」
「彼らはこの地域一帯に限定されたまだまだ一部の霊たちに過ぎませんが、彼らの破壊欲求は江戸時代の打ち壊しのように即物的なものです。世界そのものを滅ぼしてしまおうなんていう深い認識はありません」
岳戸が怒りの反論をする。
「それは違うわ。紅倉先生らしくもない甘い見方ですわね。彼らは深い絶望に打ちひしがれ、もはや自分が人間であることにすら絶望し、拒否しているわ。彼らは、あなたの言い方に従うなら、人間を捨てて魔物になりたがっているのよ」
紅倉。
「たしかに。わたしは人間に希望を見いだしたがっているのかもしれませんね。今の人間の世が彼らに希望を示してあげられないのはとても残念です。その今の世の状態が今回の事件を引き起こしたのです。
わたしは先ほど天国はどんどん地球を離れて遠いところへ向かっていると言いました。では地獄はと言うと、地獄はどんどんわたしたちの地球へ近づいてきているのです。いいえ、わたしたちの地球がどんどん地獄へ堕ちていっていると言うべきでしょう。一つ結論を言えば、魔界の侵攻を許した原因、それは今の世が魔界に非常に近い状態になってしまったからなのです」
薄笑いの岳戸。
「そうよ。だからわたしは正しいのよ」
紅倉。
「あなたはどちら側につくのです?」
「え? なに?」
「あなた自身は人間につくのか、それとも魔界につくのかと訊いているのです」
「わたしは、・・」
思わず言葉に詰まる岳戸。皆の視線が集中する。紅倉の静かだが強い視線。憎々しげに紅倉を睨む岳戸。ふと我に返り軽やかに微笑む。
「わたしはもちろん人間の味方よ。当たり前じゃない、わたしは人間ですもの」
「それなら何故彼らの破壊行為を煽るようなことをしたのです? かろうじて薄く両者を隔てていた壁を、あなたが決定的に壊してしまったのではありませんか?」
「地獄の口が開くのはもはや時間の問題だったのよ! 地獄を招き寄せたのがこの世なら、それは人間の罪よ! これくらいの目に遭わなければ、人間には自分たちのやっていることなんてまるで分からないじゃない!?」
「人が死んでいるのですよ?」
「それが人間の罪でしょう? 自分たちの罪をよおく見つめるがいいわ」
司会者。
「ちょっと整理しましょう。人間の世界と魔界が非常に近い状態になっていたのですね? その均衡は非常に危ういもので、その特に薄くなっていた場所を岳戸先生は敢えて破壊した、言い方が悪ければ、破壊に手を貸した、ということですね? わたしからもお尋ねしたいですね、岳戸先生、今回の事件で大勢の方が亡くなっておられます。その方々が人間の罪を背負って死ななければならなかった正当性はあるんですか?」
皆が岳戸を非難の目で見る。岳戸は彼らの視線を見回し、居丈高に言い放つ。
「そうやって自分たちの罪を認めず、他人に責任をなすりつけて自分を正当化する、そういう態度だから魔界が現れるんでしょうがっ!?」
不愉快に黙り込むゲストたち。司会者が負けずに言い返す。
「しかしそれは先生、あなたにもそのまま返ってくる言葉なんじゃありませんか?」
不敵に居直る岳戸。
「そう思ってなさい。どちらが正しいか、じきに結論が出るわ」
司会者は紅倉に助けを求める。
「紅倉先生、いかがでしょうか?」
紅倉。
「岳戸先生は正しいです」
あら?という顔で喜ぶ岳戸。紅倉。
「しかし、正しいことがすなわち良いこととは言えません。それは仏の教えにもあるんじゃないですか?」
岳戸、無言。
「仏教を一言で言えばそれは、許し、です。罪を犯した者を許すのも一つ、許しを願い出て許しを受け入れるのも一つ。すなわち、自分が正しくても敢えてそれを忍んで相手に許しを求めることで平和な状態を保つ。
日本仏教はおそらく世界で最も俗な宗教でしょう。歴史的に様々な宗教の神を眷属に受け入れ、その教えをも集合してきました。最も節操のないあやふやな宗教として軽蔑されるかもしれませんが、それこそが最も賢い人の有り様でしょう?
仏教は最も人間哲学的な宗教でもあるでしょう。その骨子に宇宙創生と終焉の科学的見解と類似を持ちながら、それを魂の輪廻転生と結びつけ、さらに人生観や日々の生活態度に実践していこうと思索する。仏教には多くの教典が存在し、それははっきりと人の手によって書かれたものです。つまり人間が神の道を辿るために具体的にどうすべきなのかを考えているのです。それは難解で、明らかな相違もあり、迷いもあります。一つの教典にも決定的な答えはありません。自分で考え努力する、結果、一人に一つずつしか結論はないのです。全ての人間に共通する真理など、最初から存在しないのです。仏教が他宗教に対して最も優れている点、それは、自らをも完全ではないと最初から認めていることです」
岳戸はじっと押し黙り目を怒らせ唇をブルブル震わせている。岳戸は一応仏教徒であり、一方紅倉は日頃から無宗教家を自認している。だめ押しの一言。
「この世に絶対的な正義など、絶対にないんです。それがこの世です」
「うるさいっ!!」
岳戸、激昂。思わず立ち上がり紅倉に指を突きつける。
「だから駄目なのよ! そんなでたらめな世界、滅んでしまえばいいのよっ!!!」
はっとしてうろたえる。開き直り、スタジオ中を敵に回して攻撃する。
「ごまかしよっ! 自分たちの弱さや利己性や卑怯さや無知や間違いや暴力や罪を!、適当にごまかして無かったことにしているだけじゃない! おまえもおまえもおまえもおまえも!、自分は無関係だなんて顔をして、被害者面してるんじゃないわよっ! 分からない? 難しい? 馬鹿が! その馬鹿がお前たちの罪なのだ! 見て見ぬ振りなど許さん! 知らないなんて許さん! 自分たちの罪を見ろ! あの恨みに満ちた亡者たちを見ろ! みんなお前たち馬鹿者どもの犠牲者だ! この世など、歴史など、しょせん勝者の物だ。敗者は無視され、忘れられ、捨て去られる! 許さん!・・絶っ対に、許さんぞ!!!」
額に青筋の浮かんだ岳戸の剥き出しの怒り。静まり返るスタジオ。紅倉。
「何が、そんなに許せませんか?」
「馬鹿。しょせんおまえも馬鹿の一人だ」
「では、あなたはどうなのです?」
「なにがよ!?」
「あなたは、賢かったのですか? あなたも、ただの敗者に過ぎないのではありません?」
「なにを!!」
「あなたこそ、自分を正当化しているに過ぎません。たしかにあなたに罪はありませんでした。でも、あなたのやっていることはただの仕返しでしょう? あなたは、仕返しの相手を間違っています」
「間違ってなどおらん! 皆のうのうと生きておる罪人どもの末裔じゃ!」
「泥棒の子は泥棒ということですか? それとも親の不始末を子どもに償えと?」
「やかましい! 皆我らの犠牲の上に成り立っておる社会ではないか!? そこにのうのうと暮らしおって、それが罪でなくて何が罪じゃっ!?」
「では、もう許してくださいませんか?」
「なに?」
「世界が滅びるのですよ? 皆もう十分怖がっています。死の恐怖を十分味わっています。あなたの怒りはもう十分伝わっています。もう、許してくださいませんか?」
「・・・・・・・・ふっ、」
小さく、やがて大きく、笑い出す岳戸。
「愉快よのう。殺されるとなったらあっさり命乞いか? あはははははは、これは愉快じゃ」
あはははははは・・は。
ギロッとカメラを睨む岳戸。アップ。白目が黒く汚れて血走っている。顔色も妙に白くぬめぬめしている。
「苦しめ。恐れよ。お前たちはこれから一人残らず、死ぬ」
騒然となるスタジオ。思わず逃げ腰になる女性アイドル。岳戸に睨まれて腰が抜けたようにへなへな座り込む。
「わたしは怖かった。許しを請うた。誇りも捨てて恥辱を受け入れた。どれほど惨めで悲しかったか。貴様らはわらわの人の心を全て踏みにじった。あげくに、わらわは首を落とされ、ひとかけらの尊厳もなく他の死体といっしょに穴に投げ入れられ埋められ、踏みつけられた。
わらわは、もはや人間ではない。鬼じゃ。
わらわを鬼にしたのは、貴様ら、人間どもの心じゃ!!」
カッと真っ赤な口を開くと犬歯が異様に長い。獲物を狙って目をギョロリと動かす。
「お待ちなさい」
紅倉。
「今暴れると番組が終わってしまいます。謎解きはまだまだ残っていますよ」
岳戸、紅倉を睨んで、吹き出す。
「うっふっふっふっふ。さすがに肝が据わっておる。よかろう、つき合ってやる。全て解いてみよ」
座りなおる岳戸。背筋をピンと伸ばし両手を膝の上に揃えてお行儀いい。
「ありがとうございます。では」
美人FBI捜査官と食人鬼博士が対峙するような異様な画面。
「次のVTRをお願いします」
CM。
CM明け。
地震によって出現した大穴の底に地下室らしき木組みがある。等々力ディレクターが駆け下りていき、カメラが追っていく。多くのスタッフも。ハマナスの長大な根っこが密集して絡み合っているその中に何か見える。突然モザイクが掛かる。「どきなさい!」と岳戸が割り込んでくる。「これがバケモノの正体よ!」と得意になって叫ぶ。モザイクで画面では確認できない。ここでブツッとVTRは切れる。司会者。
「残念ながらこれ以上の映像はお見せできません。非常に衝撃的ですし、誠に残念ながらこの先のVTRを持ったスタッフが事故にあってテープが消失してしまいました。しかしイラストでご紹介しましょう」
極力図式的に描かれたイラスト。
「あの空き地にはもともと大量のハマナスが群生していました。その根がおよそ地下10メートルの地下室まで到達し、その根に支えられるようにして一人の少女の体を逆立ちさせていました。少女の顔は外からは確認できませんでした。何故なら、少女の頭部はそっくり謎の怪物に飲み込まれていたからです。その怪物の姿は、CGで再現しました。ご覧ください」
CGで再現された怪物の姿。司会者。
「伝説に登場する人魚のようですが、ご覧の通り非常にグロテスクです。人間と魚と恐竜を混ぜ合わせたようです。鱗もありますが上半身は人間のような肌をして乳房もあります。ほ乳類のようであり、お腹には3匹の子どもがいます。腹が割けているのはもともとこういう構造なのか、後から裂かれたものなのか分かりません。顔は、皆さんもうお気づきでしょう、あのビデオに登場した少女の幽霊の顔によく似ています。
あらかじめ申し上げますが、この奇妙な生き物が本当に生物なのか、誰か人間が作った物なのか判断はできません。ただ、ここにこうして置かれていたというのは事実です。
このVTRの続きをお話ししましょう。取材スタッフは現場が崩れて埋まってしまうのを恐れて少女とバケモノを収容することにしました。バケモノの体は黒く、ミイラ化しているように見えました。なんとか両者をいっしょに持ち上げようと試みましたが不可能でした。仕方なく少女のみ収容しようとしました。少女の顔はバケモノの口にすっぽり飲み込まれています。この口を開かせようとしましたが、非常に硬く、力を込めたところ驚いたことに突然バケモノの口が閉じてしまいました。少女は首を噛み切られ、遺体は宙に跳ね上げられ、外に放り出されました。念のため申し上げておきますが、この時点で少女は既に死体となっていました。バケモノのミイラは急に表面に汗をかき始め、溶けだし、ドロドロになって地面に吸い込まれていきました。そして、そこから大量の原油が噴き出したのです。
さて、何からお訊きしたらいいのでしょう? 岳戸先生」
岳戸は余裕の表情で紅倉にどうぞと手を振る。
「では紅倉先生」
「先ほどの続きを話しましょう。魔界の話です。このミイラがいったい何ものなのか? よろしいですか?」
頷く岳戸。
「では。
魔界とここ現世の接触点で不可思議な物が出現すると話しました。多くは目に見えないパワーですが、たまたまご神体や妖怪といった姿を得るということです。
この人魚らしき物はその魔界のもの、いわゆる妖怪です。それもかなり魔界の住人に近い姿を残しています」
司会者。
「魔界からここ現世に迷い出たということですか?」
「そう言っていいでしょう。魂の本体なのか、その情報だけがこちらにコピーされたものか、判然としませんし、おそらく本人も分からないでしょう。しかしこうして肉眼で見えるのですから肉体の構成物質はここ現世の物です。魔界の住人の情報がかなりダイレクトな形で、おそらく深海の魚に、伝えられ、このような生き物が生まれてしまったのでしょう。しかしかなり危ういバランスの下で生まれた生物ですからこの形を維持するにはかなり限定された条件が必要だったでしょう。それが、あの場所だったのでしょう。おそらく彼女自身がテレパシーであの土地の持ち主に情報を伝えてあの場所に安置させたのでしょう」
「このお腹は、母親ですねえ?」
「そうですね。魔界の生物について説明しましょう。
魔界の生物たちはもともとは大昔の恐竜といった生物たちでした。しかし彼らは滅んでしまい、魂の転生の叶わなくなった以降は天国、彼らの魂のネットワークの中で肉体を伴わない観念の進化を進めていきました。
わたしたち人間にとって驚異なのはその繁殖方法です。わたしたちは男女の肉体の交わりと遺伝子の結合の組み合わせによって新しい個性の子孫を得ます。彼らも男女の肉体の交わりによって種を得るのは同じです。が、決定的に違うのは、魔界は完全な女性優位の世界なのです」
岳戸はニンマリ嬉しそうな笑いを浮かべている。
「魔界にあって成体、大人同士のセックスは、女性が卵を形成するためのスイッチに過ぎないのです。しかも女性はこの時点で一切男性の遺伝情報は受け付けません。胎内に宿した卵は、完全な女性のコピーです。あの姿に見られるように彼らはほ乳類の性質を得ています。女性は赤ん坊を産みますが、それは成体の形状ではなく、はっきりと幼生、つまり子どもの姿をしています。両生類、オタマジャクシとカエルを思ってもらえばよいでしょう。
魔界の子どもが大人になるには、2通りの方法があります。1つは、母親から独立して男性になること。つまり魔界の子どもたちはみんな女性なのです。そして子どもである限り常に母親とつながり、その保護を受けています。
そしてもう1つの方法は、・・わたしたちの常識、倫理観では受け入れがたいことかもしれませんが、自分の父親となるべき男性を見つけて、肉体的に交わり、その遺伝情報をコピーするのです。
おそらく非常に強い嫌悪感を持たれると思いますが、考えてみてください、わたしたち人間は素材としての自分は完全に両親に決定されています。母親が誰と結婚して、父母からどういう遺伝情報を受け継ぐか?これを子どもが自分で選ぶことはできません。しかし魔界では、子どもが親から受け継ぐのは100パーセント母親の遺伝情報だけです。自分の選んだ父親から遺伝情報を受け継ぎ、成体へと変体するわけですが、どうやらこの段階で子どもは自分の持っている母親の遺伝子の何を捨ててその部分の父親の遺伝子を受け継ぐか、かなり自由に選択できるようです。極端な話、全遺伝情報を入れ替えることもできるようです。
魔界の子どもは幼生から大人に変体するときに、なりたい自分に自分で素材から作り替えることができるのです。
そう考えればそれはとても魅力的なことではありませんか? なりたい容姿に、なりたい頭脳に、なりたい能力に、なりたい性格に、自分で選んでなることができるのです。
この説明を聞いて、魔界に魅力を感じる人も多いのではありませんか?」
ゲストたちは釈然とせずどこか居心地悪そう。
「しかし人間の価値観からしてもう一つ決定的に魔界を受け入れられない点があります。天国はそもそもお互いのネットワークで構成された世界なのです。この魔界の生命の進化はその影響を強く反映しています。人間社会で男性が支配的なのは明らかに男性の方が腕力的に強いから、暴力的だから、です。魔界で女性が支配的なのは魔界には物質的な肉体が無く、肉体も純粋に精神によって形作られ、親子関係の強固な女性の方が圧倒的にネットワーク上で強い立場にあるのです。逆に、ネットワークの結びつきが強すぎて、母親は子どもに対して支配の度合いが強すぎ、ネットワーク同士の縄張り争いが強く、ネットワークを外れて個人でいる個体は非常に立場的に弱いのです。
繁殖、成長の仕組みでは圧倒的に個人の自由が強いですが、社会的には圧倒的にネットワークに縛られているのです。
魔界にも良い面悪い面があり、しかし、どちらも今の人間にはとうてい受け入れられない仕組みなのです。
しかし、どうです?
今の人間の社会はそういう方向に強く傾いていませんか?一方では家族や地域に邪魔されない個人生活が求められ、一方では他者との付き合いはネットワークの結びつきが重視され、そこから外れるとイジメに遭う。
ここに一つ面白い例があります」
芙蓉がノートパソコンを開く。カメラが撮す。モニターにパソコンのディスプレーが映る。しかし上半分はモザイクがかけられている。ゆらゆら蠢く女たち。
「これはわたしの友人がたまたまコピーしてしまった魔界のネットワークの一部です。映っている女性たちは魔物の顔に変身してしまった女性たちの魂の影です。
どうでしょう? わたしは機械にはまったく疎くてすっかり見落としてしまっていたのですが、パソコンや携帯電話のインターネットって、魔界の仕組みに似ていませんか? 機械的な仕組みばかりでなく、そのネットワークを介した個人の関係性もです。最近ではインターネットの匿名性を利用した悪意ある中傷や、個人攻撃のイジメなど、とても醜い流行があるようですね?
ここでまた一つ結論を言いましょう。
魔界をこの現世に近づけた主犯は、インターネット上の悪意溢れる中傷サイトです。
今回わたしは一つ大きな勘違いをしていました。たびたび説明してきたように人間に災いを成す悪霊とは、単体ではなく、悪意ある霊たちの集合体である場合がほとんどなのです。その中に集団を引っ張るリーダー的な主犯格の怨霊がいるのです。今回もその主犯格の怨霊を捜してきましたが、結局見つかりませんでした。それも道理、特定の主犯格はいなかったのです。
事の発端はインターネット上に公開された動画ファイルでした。もう皆さんご存じのあの少女の幽霊を撮したビデオ映画です。これは大いに話題になり、面白がられ、悪意ある憶測と創作でネットが充たされました。そこに、霊たちが集まってしまったのです。
この世を恨み、いっそこんな世の中壊れてしまえと思っている悪意ある霊などいくらでもいます。霊たちは一つのオカルトサイトに集まりネットワークを構築し、更に別のオカルトサイトや中傷サイトとネットワークを組み、広大なネット世界に巨大なネットワークを作り上げていきました。
わたしは今回ことごとく先手を取られ、事態の進行を止めることができませんでした。わたしはどれほど頭の切れるずる賢い怨霊が黒幕に隠れているのだろうと思っていましたが、そんなものはいなかったのです。代わりに、悪霊たちはネットワークした無数のコンピューターという巨大で高速回転の頭脳を持っていたのです。わたしなど凡人が叶わないわけです。
しかし、今回の悪霊が最もたちが悪いのは、そもそもの原因を作った者たちにまったく悪意がなかったことです。いいえ、匿名というたちの悪い隠れ蓑の中で彼らは面白半分に空っぽの悪意を大量に無責任に垂れ流してきたのです。そこに悪霊たちが大量に入り込んで日本中を覆う巨大な悪の怪物になってしまったのです。岳戸先生のおっしゃるとおりです、無知で無責任な、決して罰せられることのない表面的な善人たちが、この事態を招いた犯人たちなのです。彼らは今もこの事態を面白がって楽しんでいるでしょう、自分が直接被害に遭っていなければね。わたしでさえ思います、こんな無責任な世の中、潰れてしまえと!」
紅倉も珍しく怒気を含んだ声で言い捨てた。しかしまた落ち着きを取り戻して言う。
「人間たちに大いに反省してもらうとして、しかし、わたしはあなたと違ってこの事態を放置することは出来ません。被害は平等に、なんの罪もない、例えば幼い子どもにも及ぶのですから。
今回の事態を招いた悪霊は強力でした。しかし、かと言ってやはり魔界を出現させるほどの力は持ちませんでした。どんなに近づいてもやはり両者を隔てる壁は強力ですから。その一点を破った力、それはやはり特別なものなのです」
得意満面の岳戸。
「あなたでさえ、それは不可能です」
ムッとする岳戸。
「もともと両者の中間に位置した存在。その存在無くして二つの異世界が混じり合い融合するなどありえません。
出てきてもらいましょうか、桜野緑海さん」
慌てるカメラ。段取りを無視してゲストコーナーから現れる桜野緑海。喪服。CM。
CM明け。困惑顔の司会者。
「えー・・、たいへんな事態になってしまいましたが、本人の了承を得ましたので直接登場してもらいます。
あの、幽霊少女のお母さんでいらっしゃいます、
桜野緑海さんです。
よろしくお願いします」
正面に背中を向けて、紅倉、岳戸のテーブルに着いた桜野緑海。
「よろしくお願いしまーす」
非常に若い声。場違い。
「あのー、あなたは非常に深く事件に関わっていらっしゃるわけですが、全てお話くださってよろしいんでしょうか?」
「いいですよー」
「あの、非常にプライバシーに関わる、未成年のお子さまのことも話題にしなければならないわけですが・・」
「いいですよー。どうせもう死んじゃってるんですもの」
「はあ・・、そうですか。ではお願いします。えー、紅倉先生」
「はい。緑海さん、あなたには4人の娘さんがいらっしゃいますが、次女以外の3人は魔物ですね?」
「そうよ〜。3人ともとってもかわいいわたしの娘よ」
「つまり、あなたのコピーですね?」
「違うわよ」
「すみません、長女の方は旦那さんとのハーフですね」
「いいわよ、葉子で」
「では。あなたが最初の夫と愛し合って生まれた葉子さんはあなたの性質、魔物の魂を受け継いでしまった。まるで愛していなかった2番目の夫との間の次女は不幸中の幸いあなたの性質をまったく受け継いでいなかった。三女四女は愛人との間に生まれた娘で、その愛人とは、あなたの成体になるための父親でもあった人です」
「うふふふふふ。あーあ、いいのかなー、テレビでそんなことばらしちゃって?」
「責任は全てわたしが負います」
「ちょ、ちょっと待ってください」
司会者割り込む。
「それでは、その、この人は、魔界の方なんですか?」
「そうです」
「そうみたいねー?」
カメラ回り込み緑海を撮す。ニコニコ笑って少女のようにかわいらしい。紅倉。
「この人は母親が愛人を囲う夫への復讐のために隠し仏に願掛けして産んだ娘です。ほぼ純粋な魔物といっていいでしょう。母親の行った願掛けとは、つまり、あの家の地下室に眠る人魚の腹から赤子を抜き取り、それを食べ、自分の娘としてこの世に生まれ変わってくるようにということです」
青ざめるスタジオゲストたち。
「あなたにそもそも父親はいなかった。義理の父親もそれを知っていた。それでもあなたを娘として育てたのは名家の外聞を気にしてと、魔物の生存するための強力なテレパシーに操られていたためです。産まれて、幼生だった時期のあなたは本当の母親の眠る海辺の家に隠して育てられた。不便な2階の部屋に隠されたのは、もちろん外から隠すためと、母親との距離、外界との距離のバランスを取るためです。あなたの母親の魔物は体はミイラ化しても魂は生きていた。彼女もまたこの世界で生きることを模索していたのです。あなたは本当の母親である彼女にとっても実験材料だったのです」
「あらひどい」
「そうですね、ひどいですね。でもあなたは母親に勝利した。最終的に母親のネットワークを乗っ取り、彼女をネットワークから追放した」
緑海、ニッコリ。
「若い女性たちを襲う魔物への変身病。あれは、あなたの母親があなたから逃げ回っている痕跡ですね?」
「ま、結果的にね。頑張るわよねー。ま、どうせこの世が魔界に飲み込まれたら、あの人なんかすぐに捕まえて消してあげるけれどね」
「彼女も自分のネットワークを構築するのに必死ですよ?」
「フン。人間なんか使ったネットワーク、オリジナルのわたしたちに叶うわけないでしょう?」
突然椅子をはね飛ばして岳戸が立ち上がる。顔が真っ青。
「な、なんだと? おまえではなかったのか?」
ニヤニヤ面白そうに岳戸を眺める緑海。
「さっき紅倉さんが説明していたわよねー? コンピューターの悪霊ネットワーク? うふふふふ。ネットワークに関してはね、わたし、プロなの。主犯はいないって言ってたけれど、そうね、はじめはね。でも、今じゃぜーんぶわたしのものよ。魔界の縄張り争いって、そういうものなのよ。いったん乗っ取ったら、それはぜーんぶ、自分の物になるの」
「それでは、わらわの手に入れた力は・・」
「残念。人間たちのただの妄想の固まり。偽物よ」
「おのれ!」
岳戸の目が真っ赤に燃えて全身から黒いオーラが立ち上り、放電しながら緑海を襲う。芙蓉がとっさに紅倉を守って床に転がる。
「死ね!」
黒いオーラに包まれ、激しく放電し、緑海の姿は見えない。怒りに満ちた岳戸は突き出した手に力を込める。放電が激しくなり、スタジオは揺れ、照明が明滅する。
「死ね!死ね!死ねえっ!!!」
しかし緑海を覆うオーラが急速に薄れていき、それは緑海の手のひらに丸く収縮していく。現れた緑海は無傷であら残念と微笑んでいる。
岳戸は愕然と目を見張り、
「い、いやじゃ!・・」
恐怖する。
「バイバーイ。あなたは、いらないわ」
「いやあああああっ!!!」
「危ない!」
紅倉の右手の放つ白い光が岳戸の体をドーンと後ろに突き飛ばす。そこに取り残されるように出現したヌイ姫の霊体に黒いオーラの固まりが撃ち込まれる。
「ぎゃあああああああっ!!!!!」
ブスブス焦げながら消えていくヌイ姫。
「おのれおのれ・・、わらわの悲願をようもようも・・・」
消滅。
「あらま。ま、いいかしら、どっちでも」
緑海はニッコリ笑って挑戦的な目で紅倉を見る。紅倉は芙蓉に支えられて立ち上がる。
「さあ、楽しい謎解きを続けてくれるかしら? 今度はあ、葉子ちゃんのお話かしら?」




