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第22話 嵐の前の

 翌日。朝8時20分発の新幹線で発つというので馬木は青山駅に桜野緑海たちを見送りに行った。東京へ行くのは緑海と下の娘二人・・8歳の晴美と5歳の知世の三人だ。次女の紗恵は祖父の家に残るという。

 三人は黒の喪服を着ていた。なるほど、晴美と知世はよく似ていて、叔父さんに似ていた。母親の緑海も、言われてみれば叔父さんそっくりの目をしている。なんで今まで気付かなかったのか不思議なほどだ。

「喪服ですね?」

「ええ。こんな暑い中、ほんと、いやになっちゃう」

 緑海はゆったりめのワンピースを着て、代わりに胸元を小さなリボンで止めたスーツを着込んでいた。縁なしの帽子もかぶっている。

「その喪服は葉子さんのためですか?」

 見つかった死体が葉子だとはまだ発表されていない。

「いえ。父が死んだの。葉子のことはまだないしょ」

 こんなかっこうでも緑海は不謹慎なほど美しく輝いている。8月12日金曜日。上りはそれほどでもないが新幹線ホームは既に帰省客で混雑してきている。その大勢の人々の目が場違いとも思える喪服の美女と美少女たちに注がれていく。

「僕も、叔父を亡くしました。突然の火事で、おとといの夜、急死しました」

 馬木もワイシャツに黒のパンツをはいている。

「そう。お気の毒に」

「僕宛の遺書があったんです。あなたとの関係も書かれていました」

「自殺なさったの?」

「ええ」

「ひどい人ね」

「ええ」

 馬木は緑海と見つめ合っている内に悲しさと寂しさが耐えられないほどにこみ上げてきた。

「あなたは僕が叔父さんの甥だって知っていたんですか?」

「ええ」

「あなたも、ひどいじゃないですか?」

「ごめんなさいね」

 目を細めて微笑んだ。笑い方まで叔父さんにそっくりじゃないか。

「僕もあなたに謝らなくちゃ。僕は、けっきょく、葉子さんのために何もしてあげられなかった」

「そうなの? あの子は今もあなたのことが大好きだと思うけれど?」

「葉子も・・、僕と叔父さんのことを知っていたんですか?」

「知っていたでしょうねえ、当然」

 緑海は悪意のない笑みを浮かべて言う。

「わたしとしてはね、都合が良かったのよね。あの子があなたとくっついてくれれば、わたしは賢造さんと堂々仲良くできるから」

「葉子にとって僕は叔父さんの代わりだったんですか?」

「代わりと言えば代わりかしら? いいじゃない、若くてピチピチの男の子の方がいいに決まっているもの。わたしだってあの子がいなければあなたに乗り換えちゃおうかなー、なーんて思っちゃうもの」

 この人は最初からこんな変な人だったか? 紅倉美姫の言っていたようにこの人も崩れてきているようだ。

「言っていいのかな・・。紅倉さんが葉子はまだ生きているかもしれないって言っていました。どうなんです?遺体の確認はされたんですか?」

「ええ。あれは間違いなく葉子でした。もっとも、顔はなかったけれど」

 馬木はビクッとした。

「顔が?なかった?・・」

 馬木は幼い娘たちを気にした。質問しておいてなんだが、いいのか?そんなことをここで言って?

「それでも葉子だったと言い切れるんですか?」

「ええ。母親ですもの。これでもあの子は溺愛していたのよ?」

 信じられない。叔父さんの話ではそうは思えない。

「指紋もあの子のものに間違いなかったわ。それなら信じる?」

「信じたくありませんけれどね」

 妹たちの視線が気になる。子どもの澄んだまん丸の瞳でじっと馬木を見つめている。妹、知世が言った。

「ママ。この人がパパのお気に入りのお兄ちゃん?」

 馬木は驚いたが、緑海は優しく微笑んで言った。

「そうよ。この人が本当のパパの自慢していた良人さんよ」

「へー」

 姉妹揃って好奇心丸出しで馬木の顔を穴の開くほど見つめる。

「なんかふつうだよね?」

「けっこー期待外れだね」

 それは紗恵ちゃんにも、初対面の時緑海にも言われた。母娘姉妹揃って失礼な親子だ。だが。

「知っているんですか?父親のこと」

「ええ。わたし、この子たちには隠し事ができないのよねー。わたしたち天敵同士なのよ、ねー?」

 ねー?と三人仲良く首を傾げた。たしか緑海は葉子以外の娘たちを愛せないと悩んでいたのではなかったのか? 言ってることはともかく見た目はひどく仲がいいじゃないか? 緑海は馬木の疑問の眼差しに妖しく微笑んで答えた。

「わたしたち三人は母子以上に対等な関係なのよ」

 知世が愛くるしい顔でにくったらしく言う。

「葉子ちゃんは好き。紗恵ちゃんは嫌い」

 晴美も大人びた冷酷な微笑で言う。

「そうね。紗恵ちゃんはわたしたちの仲間じゃないわ。半端な出来損ないよ」

「あらひどいわねえ。あれでもわたしの娘よ?」

「あんなの産まなきゃよかったのよ」

「あらあら。かわいそうな紗恵」

 笑っている、母娘三人で。馬木は今までで一番ゾッとした気分になった。

 東京からわざわざ迎えが来ていた。

「そろそろ時間です。乗って待ってください」

 緑海は頷き、馬木を見た。

「なんならあなたもいっしょに来ない? そうしてくれたらわたしたちは楽しいんだけれど?」

「いえ・・。僕はこっちでテレビを見ています」

 いっしょに行ったらこの母娘たちに何をされるか怖い。

「そ。残念。じゃあしょうがないけれど・・、もう一度言うわよ、葉子を裏切ったら、許さないわよ」

 目がギラッと本気の光を放った。一瞬で元の微笑に戻る。馬木は確信した、この人はもはや自分が怪物であることをはっきり自覚している。それを積極的に肯定している。

「じゃ、さようなら」

「バイバーイ」

 三人は列車に乗り込んだ。馬木は出発まで待って走り去るのを見送った。行ってしまってほっとした。

 そうだ、馬木はこちらでテレビを見ている、沖浦と、角谷と由利先生といっしょに。




 昼2時、岳戸由宇がテレビ局入りした。三津木は報告を受けて楽屋に向かった。昨夜新幹線で帰京した由宇はその足で高級ホストクラブに向かってかなり派手に豪遊したということだ。霊能力のテンションが高まっているのだろう。

 由宇の控え室のドアをノックした。

「失礼します」

 ドアを開けるなり由宇が迫ってきて部屋に引き入れられた。いきなりがっつくように唇を重ねてきた。濃厚なキスをしながら、三津木は由宇の新しいマネージャーを見た。大学出たてといった感じのかわいい男の子だ。唇の周りが赤い。口紅がついたのか、激しく吸われて腫れているのか。さすがに三津木も気分が悪い。由宇を引き離して言った。

「岳戸先生。落ち着いて、場所柄をわきまえてください」

 由宇は唇を舐めながらニイッと笑った。妖艶な、ゾッとするほど美しい笑顔だった。

「協力しなさいよ。気分が最高にハイになっちゃってしょうがないのよ。うふふふ、代わりに今夜の番組は任せてちょうだい。最っ高に素敵なショーにしてあげるわ!」

 なおも絡みついてくる由宇を振りほどきながら三津木は言った。

「それはそれは。大いに期待していますが、先生、今の状況が分かっていらっしゃるんですか?」

「うーん、もう、つれないわねえ。任せてって言ったでしょう? 分かってるわよ、何もかも、ね」

 由宇の笑顔に三津木はゾッとした。これはもはや由宇であって由宇ではない。完全に乗っ取られているのだ、どこの誰とも知らない大昔のお姫様に。

 悪夢が甦る。

 もう以前の優に戻ることはけっしてないのだろうか?

 三津木は気を取り直して確認した。

「バケモノに変身した人は現在21名。つい先ほど東京都内で確認されています。すべて13歳から27歳までの若い女性です」

 由宇が眉をヒクリとさせた。

「27歳までが若い女性?」

 冷静さを崩さない三津木の顔にプッと吹きだした。

「あはは。いいわよ、どうぞ、続けて」

「そして、今や日本中石油で溢れかえっています。全国150カ所以上で湧出が確認されています。石油に道路が浸かって避難勧告の出た自治体が40カ所あります。もっと増えそうです。完全にパニック状態です。

 さらに、世界各地の油井で急激に噴出圧が下がって産出量が激減しています。パニックは世界中に広がっています。日本が地下から石油を盗んでいると、日本を悪役にしたデマが飛び交っているようですが・・、あながち否定もできませんね。迷惑なことです。石油が涌いて大喜びどころか、このままでは世界中、いや、地球中の石油が日本に吸い出されて、日本の国土は石油浸し、日本人は日本に住めなくなる。

 最初に石油の噴き出した青山市のあの海岸、大量のコンクリートで穴を塞いだにもかかわらず、周りの土地からどんどん染み出して、海にまで流出しています。どれほどの被害になるか、地元では顔を青ざめさせているでしょう。

 それが今に全国に広がる。

 日本はおしまいだ。世界も無茶苦茶になる。石油しかない砂漠の金持ち国が、本当に砂だけの貧乏国に成り下がる。そいつらに兵器を売って稼いでいた軍事大国も大損だ。フン、いい気味だが、今に世界中が血眼になって日本に軍隊を送ってきますよ、この石油は俺のものだ、ってね。なんて馬鹿げた話だ、天然資源最貧国のこの日本が、石油で世界中から恨まれて攻め滅ぼされるなんてね」

 由宇はウンザリした顔をしている。

「演説は終わった?」

 三津木もつい熱くなってしゃべりすぎたと反省した。

「ま、そういうわけです。これはもはやお化けだの呪いだのというチンケな話じゃなくなっているんです。まさに日本滅亡、いや、世界滅亡の危機を迎えているんです。今夜の番組は日本中、いや、世界中の注目を集めているんです。

 先生、覚悟してください。最初に石油を噴き出させたのは、先生、あなたなんですよ! 先生は日本中、いや、世界中の人間から吊し上げを食らう羽目になるかもしれませんよ!?」

「あら怖い」

 由宇はまったく恐れることなくニヤニヤした笑いを浮かべている。

「ねえ、そんな怖いこと考えないで、今を楽しみましょうよお?」

 なおも絡みついてくる。黒のタンクトップから伸びた白い腕がほんのり汗ばんで女の臭いを発散させている。

「やめてくれ。優ちゃん! 本当に君は君でなくなってしまったのか!? 下手をすれば、殺されかねないんだぞ!?」

 由宇は喉をのけ反らせてケタケタ笑った。

「あはは・・、あーおかしい・・。あなた、本気でそんなこと思ってるの? 日本が滅ぶ? 世界が滅ぶ? あはは。やーねー、そんなこと、起きっこないじゃない?」

 クスクス笑いながら三津木の目を覗き込んだ。

「三津木さん、疲れているのよ。みーんなただの偶然、ただの事故よ。すぐに落ち着いて元通りになるわ。ね?」

「そう・・だな・・。はは、まったく、俺もどうかしてる」

 ね?と由宇はニッコリ笑った。三津木も力無く笑い返した。

「それじゃあ3時からスタジオでリハーサルを行いますので、先生、お願いします」

「はい」

 三津木は廊下に出て、細く残したドアの隙間から中をうかがった。由宇は新人マネージャーに襲いかかり、彼氏は由宇の成すままにされている。

「いいのよ、楽しみなさい。今だけよ。今夜、全てが終わる。この世の何もかもが。そして、新しい世界が始まる。わたしの王国が!」

 由宇はマネージャーの顔を胸に押し付けたまま三津木を振り仰いだ。

「全ての力は我が手の内にある。紅倉美姫など、もはや恐るるに足らん」

 三津木はそっとドアを閉めた。



 青山高校にはおよそ50世帯が避難している。あの海岸の家から半径1キロ圏内の全世帯に避難命令が出ている。命令の範囲は更に拡大しそうだ。青山高校のある学校町には小中高校合わせて6校ある。その6校全てに避難家族が収容されている。別の地区の学校公民館も避難場所に当てられ、自主的に避難してきている家も合わせておよそ1000軒の家族が避難している。こういう地域が全国にある。

 馬木たち4人は幸い危険な地域から離れている。一番近いのがかすみの家だが、かすみの家は青山高校のすぐ近所だ。避難地域には当たっていないが、馬木たちはボランティアとして由利先生を手伝って青山高校に集まっている。ボランティアとして活動するのは必要とされてのことだが、本当の目的は夜7時から4人揃って視聴覚室でテレビを見るためだ。事件発生の現場の一つであるここで見るのがふさわしいだろう。かすみ以外には見えないのだが葉子の生首は昨夜の内に紅倉さんが風呂敷に包んで視聴覚室に運んでくれている。今机の上に風呂敷は開いて置かれている。何もないその上に葉子の生首が恐ろしい顔をして居ると思うとゾッとする。

 体育館で夕食のお弁当を配り終えると、かすみは家に帰り、馬木と角谷は通りの定食屋に行って夕食を取った。由利先生は教務室でもろもろ受け継ぎをしている。

 7時10分前、馬木、角谷、由利先生、かすみは視聴覚室に集まった。避難家族は体育館、武道場、一部教室に収容されている。そのうち体育館にもテレビが2台運び込まれている。災害情報用に設置されたものだが、7時からはどうなのだろう? 多くの人が紅倉さんの番組を見たがると思うが、一部頭の固い人間からくだらないものを見るなと反対されるかもしれない。こんな狭いところでも人間同士の醜い争いが展開されそうだが、それも予期して2台テレビを運び込んでいる。小さな子どものいる家族は武道場の方に収容している。この手配は由利先生によるもので、さすが情報分析系と他の先生から褒められていたが、多分それは見当違いの意見だ。由利先生は人間のことをちゃんと見て考えているからそういう気配りができるのだ。先生が顧問で本当に良かったと思う。

「いよいよね」

 ちょっと疲れ気味の由利先生が元気を出すように言った。

「さて、じゃ、もう一度紅倉さんからの注意事項を確認しておくわよ。

 まず、葉子さんの首から半径2メートルには決して近づかないこと」

 葉子の生首が載っているらしい風呂敷を敷いた机はテレビの前にある。紅倉さんがテレビを通して監視しているとのことだ。そして馬木たちは一番後ろの列の開けっぱなしの出口の方に寄って並んで座っている。席順は出口側からかすみ、馬木、角谷、由利先生だ。

「紅倉さんから指示があった場合直ちにこの部屋から逃げ出すこと。馬木君は沖浦さんを守ること」

 角谷がすかさず、

「じゃ俺は由利先生を守ります」

 と宣言した。

「はいはい。わたしも一目散に逃げるからあなたも脇目を振らずに逃げること。それと、紅倉さんから渡されたお守りはちゃんと持っているわね?」

 全員胸のポケットから取り出した。7センチほどの銀の女神の像だ。けっこう重くて、高価そうだ。

「決して体から放さず、万が一の時にはその女神さまに強く救いを念じること。もしかしたら女神さまが直接助けてくれるかもしれないからって」

 女の子のかすみが言う。

「女神さまが助けてくれるって、本当に本物の女神さまかしら?」

「そうなんでしょうね。紅倉さんはよく自分は神の操り人形だって言ってるから。その神様なんでしょうね」

 このメンバーで一番紅倉さんの番組を見ているのは由利先生だ。

「以上だけど・・、忘れていることはないわよね?」

「オットは?」

 角谷の指摘に由利先生が頷き、馬木を真剣な眼差しで見た。

「馬木君は、分かっているわね?」

 馬木は頷く。かすみが不安そうな目で見つめた。

 馬木は紅倉さんに忠告された。

 あなたは多分危険な目に遭うと思います。危険から遠ざけてあげたいけれど、あなたは敵と戦うための唯一の切り札なのです。すみませんが、勇気を持って相手と向かい合ってください。

 と。紅倉さんは昨夜の内に芙蓉さんの運転で東京に帰った。本当は馬木と葉子の生首をいっしょに連れていきたかったらしい。断念した理由はよく分からない。芙蓉さんが言うにはそれでは先生の負担が大きすぎるということだ。代わりに叔父さんの作った葉子の生き人形を持っていった。関節が仕込まれているのでふつうに座席に座ることができる。外から見たのでは人形とは分からないだろう。紅倉さんは芙蓉さんをこちらに残していきたかったらしく、さんざん迷っていたが、結局これも断念した。先生には芙蓉さんが必要なのだ。だいたい芙蓉さんなしではどこかで迷子になってテレビ局にたどり着けない危険もある。

 6時58分。

『緊急検証、ビデオに映った少女は何者か!? 今日本中で何が起こっているのか!? 二人の美人霊能力者がその全てを謎解きます!!』

 いよいよ、始まる。


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