第21話 接続
叔父さんは足場の台を上がり、さすがに顔をこわばらせ、迷いながら、首をロープの輪にかけた。目を閉じ、覚悟を決めて台を蹴った。瞬間グッと顔が膨れ、体を痙攣させたが、ミシッと音がして体が下がり、ドドッと下に落下した。ロープもいっしょに落下する。叔父さんはゲホンゲホンと咳き込み、その頭だけが画面の下にチラチラ見えた。
「ゲホン。あー・・、苦しい、死ぬかと思った。ははははは、死ぬつもりで死ぬかと思ったはないな。はは・・。あれ?おかしいな、この小屋そこまでボロくなってるか?」
上を見上げる叔父さんの顔が見えた。
「梁が折れてやがる。まいったな、せっかくの死ぬ気が萎えちゃうじゃないか。ははは・・。最後の最後まで駄目な奴だな、まったく、嫌になるぜ」
叔父さんはぼやきながら立ち上がろうとしたが、反射的に目を閉じて顔をしかめた。目の下を拭って、上を見てまたうっと目を閉じた。上から何か滴っている。指についた液体の臭いを嗅いでつぶやく。
「ガソリン? 嫌だなあ、焼死はもっと苦しそうだ・・」
立ち上がって画面の上を調べる。
「なんでこんなところからガソリンが染み出してくるんだろう?」
上を向いて調べている叔父さんの背後で人形の女たちが動いた。目を動かし、顔を動かし、体を動かし、叔父さんに向かって両手で抱きついてきた。
「わっ、なんだ!? おい、まさか!・・」
生きているがごとくリアルな女の人形が裸で叔父さんに抱きつき、顔を寄せ、頭を抱いて唇を重ねた。もう1体が跪き、叔父さんの服の中に手を差し込んでいった。
「うう、うわっ、こら、やめろ・・」
叔父さんはズボンを引き下げられ、二人の裸女ともども転倒した。その上からさらに3人の女たちが覆い被さっていった。女の生き人形はベッドに横たわっていた葉子の生き人形の他に5体いた。
「うう、わっ、ああ・・。こら、やめろって、ああ・・。
ははは、そうか、俺はもう死んだのか? ここは天国か?それとも地獄か? ははは、ああ、いい・・・・」
画面の下で何が繰り広げられているのか? 声がするばかりでときおり女たちの頭と肩だけが見える。激しく叔父さんを奪い合っているようだ。叔父さんの喜悦とも苦痛ともつかないうめき声が続き、やがてうおおっ、と言う咆哮が上がった。
「イタッ、いてて、やめてくれ、痛い、苦しい、ああ、裂ける、入ってくるな、うわああっ、溶ける! つながる、なんだこの感覚は、これは、女の・・、うわっ、うわっ、ぎゃあああああああああ・・・・・・あああ・・ああ・あ・・・・・・あ・」
悲鳴が、最後には明らかに歓喜の震え声になり、それきり静かになった。これで記録は終わりだ。叔父さんは長々40分以上しゃべっていた。叔父さんが沈黙してから10分ほどして60分テープが切れる。そして馬木たちが溶けて崩れて、プラスチックの女たちと一体になった叔父さんを発見するのだ。
馬木は、テープが切れるのを待たず再生をストップした。
重苦しい沈黙が支配した。
「えーと・・、その・・」
由利先生が言葉を捜しながら言った。
「つまり、今回の事件の中心人物は桜野さんのお母さんっていうこと・・よね?」
ね?ね?と角谷や紅倉に確認する。その他の点については触れないことにしましょうよ、と。紅倉が頷く。
「そうですね。その点は間違いないでしょう。問題は、何故今なのかという必然性なのです」
馬木も頷いて言った。
「俺は叔父さんを信じる。その、俺の知っている葉子を信じるってことだ。なあ、葉子はあのビデオやあの場所のことを知らないようだったよな? あれは、演技じゃないって思うんだ。理由は分からないけれど、葉子は自分の参加したビデオ撮影のことをすっぱり忘れ去ってしまっていたと思うんだ。それを思い出させる何かが起こったんだと思うんだ。それがなければ、誰も不幸になる必要はなかったんじゃないかって、そう思うんだ・・」
角谷も由利先生も同情的に頷いた。馬木が続ける。
「もう一つ、あのビデオにはやっぱりダビングしたテープがあったんだ。叔父さんが持っていたのか、葉子が持ち帰ったのか分からない。けれど、青木先輩だって他にもダビングしたテープを持っていたかもしれない。あれはもともとパソコンで画像編集した映像なんだろう? パソコンからならいくらでも画像劣化なしにビデオテープにダビングできる。青木先輩ってかなり見栄っ張りで自慢したがりの性格だったみたいだから、実はけっこうあちこちにばらまいて自慢していたんじゃないか? ネットに流れた映像が、青木先輩本人が流したものかも知れないし、俺たちの知らない第三者が流したものかも知れない。それも事件にとって必然だったのか偶然だったのか知らない。でも、それによって何かが狂ったんじゃないか? 異常だよ、今起こっていることは、どれもこれも・・」
紅倉が頷いて解説する。
「悪霊というのは集団である場合が多いです。一つの霊現象が、実は複数の霊体が何重にも連なって起こしていることが多いのです。それぞれの霊体にとって動機はそれぞれです。たまたま全体で同じ方向を向いてしまった場合もありますし、一つの強力な霊体のリーダーシップによって方向性を決められている場合もあります。今回の事件もそれぞれの強い動機を持った霊が活動して個々の事件を起こしています。ただ明らかに全体を統率している意志があります。しかもかなりの狡賢さで全体をコントロールしています。その首謀者が何ものなのか?桜野緑海さんなのか、それとも別にいるのか?まだはっきりしません。そこで、由利先生」
「はい?」
「先生はそのヒントになる物をお持ちくださっているんじゃありませんか?」
「ヒント・・、ああ、そうそう、そうです、これです」
由利先生はカバンからあのノートパソコンを取り出した。
「えーと、分かっちゃってるんですよね?これが何か」
紅倉は頷いて先生からパソコンを受け取った。受け取ったはいいがどうやって開いたらいいのかそれさえ分からない。芙蓉が手を出して開き、電源を入れた。
起動画面が乱れ、ザザ・・ザ・・、とゾンビのような女たちがフラフラ蠢く映像がディスプレー全体に現れた。
紅倉はじっと画面を見つめ、なるほど、と頷いた。
「そうです、わたしはすっかりこの可能性を忘れていました。もっと世の中のことを勉強しなくてはなりませんね。この事件の首謀者、それはまさに、この機械です」
紅倉は自信満々にノートパソコンを指し示したが、みんなはあ?と首を傾げた。
「ちょっと失礼」
紅倉はいきなり手を伸ばして由利先生の首の後ろを触った。
「このゴロゴロする物はいつ頃からあります?」
「え? なんです?」
角谷の質問に由利先生は答えながら考える。
「ああ、なんかね、首のここんところに硬いゴロゴロした物ができちゃっているのよ。そうねえ、1、2ヶ月前くらいからかしら? よく覚えてないけれど」
「どうです、その頃あなたは既にパソコンであの映像を見ていたんじゃありませんか?」
「えー、さあ? 時期は分からないけれどたしかにテレビ放送前にインターネットであのビデオ映像は見ています。それでテレビ放送を楽しみにしていたんですよねえ・・」
「首のそのゴロゴロした物が女の人から女の人へ渡り歩いている妖怪の道しるべになっているのです」
「ええっ!?」
やだ、どうしよう!?と由利先生は急に慌てて首の後ろを探った。
「だいじょうぶ、消してあげます」
紅倉は再び由利先生の首に触ると揉みほぐした。
「はい、消えました」
「あら、ほんと。へー、簡単なものですねー」
ありがとうございますう、と由利先生は嬉しそうに紅倉の手を両手でしっかり握った。お礼を口実に紅倉のハンドパワーを少しでも分けてもらおうとしているに違いない。
「じゃあ、テレビを見た人が必ずしもバケモノに変身しちゃうわけじゃなく、ネットで映像を見た人が変身しちゃうんですか?」
「インターネットで下準備をして、テレビがスイッチになったのでしょうね。一般公募のオーディションを開催して、インターネットで応募を受け付けて、テレビで審査を行ったのでしょうね。選ばれた人は災難ですが」
由利先生が心外らしく言う。
「合格の基準はなんです? なんでわたしは選ばれなかったんです?」
「せんせ〜」
角谷が呆れて睨んだ。先生はまだだって〜と言っている。紅倉は笑った。
「楽しい人たちですね。さあ?明確な基準は分かりませんがあなたが選ばれなかったのはきっと彼らのおかげでしょう。あなたは彼らのおかげで事件の核心にかなり近づいてきている。それは敵にとって予想外のことだったでしょう。今さら危なくてあなたには近づけなくなったんですよ。うかつに近づけば、わたしに捕まる危険性がありますから」
紅倉は何故か不敵な微笑を浮かべた。
「そっかー、君たちのおかげだったんだー」
由利先生は感激の面持ちで馬木と角谷を見た。
「俺たちが危ない事態に先生を巻き込んじゃったとばかり思っていたのにねー」
角谷としては由利先生の感激の眼差しを独占したいところだろう。あっ、そうだ、と由利先生は紅倉に言った。
「じゃあわたし、桜野さんのお母さんには会わない方がいいですね? あなたといっしょに会わせてもらう約束だったんですけれど」
「そうですねえ。取材の方ももうめちゃくちゃですし、あの人のことだから、あなたを誘惑して仲間に引き入れようとするかもしれませんよ」
「誘惑? まあ!」
先生は頬を押さえて恥じらう振りをした。
「冗談でもありませんよ。あの人の感覚はもう相当狂ってきています。今回の事件の一番の被害者は彼女かもしれませんねえ・・」
紅倉は考えて、芙蓉に言った。
「桜野緑海さんをテレビ局にご招待しましょうか? ここに残していくのは不安です」
「だいじょうぶですか?」
芙蓉は不安そうだ。
「岳戸さんがいますよ? あの二人を会わせたら、また」
「いずれにしても危険は同じです。それならいっそ一カ所にまとめておいた方が対処もしやすいでしょう」
「先生の負担が大きくなりますよ?」
「仕方ありません。放っておくわけにもいきません」
話はまとまった。桜野緑海も東京へ行く。たぶん。馬木は訊いた。
「葉子のお母さんは・・、悪い人なんですか? あの人は、本気で娘のことを心配していたと思うんですけれど・・」
他の人にはそう見えなかったかもしれないけれど、馬木にはそう思えた。まして自ら娘を死なせるような真似はしないだろう。
「危険ですが、悪い人ではないでしょう。かわいそうな人です」
「救ってあげられますか?」
紅倉は悲しそうな目で馬木を見つめ返した。
「そうですね、今度は後悔のないようにしたいものです。が、確かな約束はできません。今回は敵があまりに強大すぎます。全力を尽くすことは約束しますが」
紅倉にしても辛いところらしい。彼女は馬木たち凡人と違ってある程度未来が見えているのだろう。紅倉は未来を視て切なそうに言った。
「まったくなんという世の中になったことでしょう。この戦いに勝利はあり得ません。被害をどの程度に抑えられるかという虚しい勝負です。こんな救いのない世の中にどうしてなってしまったのでしょうねえ・・・」
「俺は・・」
馬木も切ない気持ちで言った。
「どうしたらいい?何ができるんでしょう? 葉子のお母さんは俺に言ったんです、葉子を決して裏切らないでくれ、って。でも、当の葉子は死んでしまった。今さら、葉子のために何ができるんです?・・」
紅倉は明確に言った。
「彼女を地獄に落とさないようにすることです。彼女が今だ危険な状態であることに変わりありません。
あなたに一つ任務を与えましょう。悪霊との対決です。先生とあなたにはそのサポートをお願いします」
「任務って、なんです?」
「では、これからその場所へ行きましょう」
紅倉は芙蓉に頷いた。
由利先生のちょっときれいになった古いカローラに先導されて紅倉のピカピカの新型高級ハイブリッドカーは青山高校に向かった。馬木は紅倉の車に同乗させてもらって、角谷にはちょっとしたサービスだ。正直なところ今二人といっしょにいるのは辛い。どうしても同情的な視線が気になる。
学校の職員駐車場に止めて、どこに向かうのかと思ったら沖浦の家だった。沖浦の家は学校のすぐ近所だ。
由利先生が呼び鈴を鳴らした。母親に青山高校の教師を名乗り、沖浦を呼んでもらった。下りてきた沖浦は青い、何かに怯えた顔をしていた。
「沖浦さん。だいじょうぶ?」
「はい・・。あの、なんの用でしょう?」
時刻はもう7時近い。怪訝に思うのも無理はない。先生の後ろの馬木たちに視線を向けて何故かますます怯えた顔になった。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
「あ、あの・・、いえ・・、なんの用?」
紅倉が馬木をどかせて顔を見せた。
「こんにちは。初めまして」
「あなたは・・、紅倉・・美姫さん?」
沖浦の脅えは更にひどくなった。紅倉は優しく微笑んで言う。
「大丈夫ですよ、彼女は、あなたには何もできません。あれはただのはったりです」
「な、なんのことを言ってるんです?」
「居るんでしょう?彼女、桜野葉子さんが?」
沖浦も驚いたが馬木たちも驚いた。
「あなたの考えていたようにあれはただの監視カメラです。でも、彼女はしくじりました。スイッチを切る前に本体の方の電源が落ちてしまったのです。手を広げすぎたのが失敗の原因ですね。おかげでこちらはようやく先手を打つチャンスに恵まれました」
「な、何を言ってるんです?・・」
「あなたの机の上に居るんでしょう?大きく口を開けて、葉子さんの生首が」
沖浦は大きく目を見開いて、わっと泣き出したい顔になった。由利先生は馬木をチラッと見たが、仕方ないという顔をして沖浦の肩を抱いてやった。沖浦は先生に抱きついてわっと泣いた。母親が驚いて出てきたが、
「すみません。実は、クラブの後輩の生徒が亡くなったんです」
と説明した。
「事件の可能性が高いですのでくれぐれもご内密に」
と念を押して。母親は紅倉を怪しみつつ奥に引っ込んでいった。聞き耳を立てているに違いない。紅倉は沖浦に手を差しだした。
「さ、出てらっしゃい」
沖浦はおっかなびっくりその手を取り、つっかけを履いて一歩玄関を出た。
「はあー・・・・・・・」
大きくため息をついた。
「怖かったでしょうね。もう大丈夫ですよ。あなたに危険はありません」
紅倉は沖浦の首の後ろでクルクル指を回し、それに気付いた沖浦はビクッと怯えた顔になったが、紅倉は安心させるように微笑んだ。
「あなたには見えますね? ご覧の通り糸を切ってもあなたは平気です。はったりだったんです。これであれはわたしの手の内です」
沖浦は今度こそ心底安心した顔になってまた泣きたくなったらしい。角谷がドンと馬木の背中を押した。馬木は沖浦の間近に向かい合って、ドギマギした。
「あの・・、もう大丈夫だってさ」
「うん・・」
沖浦は小さく頷いて握り合わせた手をちょっぴり前に出した。馬木が握ってやるとポロポロ涙をこぼしながら微笑んだ。
かわいいな・・。
馬木は葉子に悪いと思いつつそう思った。
一方紅倉は・・・。
紅倉は沖浦の首から引き抜いた霊体の糸を自分の首の後ろにつなげた。じっとその先にあるものへ意識を侵入させていく。
紅倉の顔色が変わった。じわじわ驚愕が広がっていく。
「まさか・・・・・・」
彼女の信じられないという呟きに皆が不安になって注目した。紅倉は接続を断って険しい顔を上げた。
「あり得ないことですが・・、葉子さんは生きているかもしれません・・・・」
馬木も、沖浦も、凍り付いた。




