表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/30

第1話 「衝撃!ほんとうにあった少女霊ビデオ!」


 うるさい。

 窓の外で蝉が鳴いている。

 暑い。

 うるさい。

 部員どもがテレビを点けて笑っていやがる。

「あーっ、これこれ!」

 ・・・・・

 うるさい。

「ほら、部長! これですよ、これ!」

 なにが?

 馬木良人まきよしとはむっつり不機嫌且つ無気力な顔を机から上げた。頬にべったり机と腕に挟まれたしわが貼り付いている。きゃははははは、と桜野葉子が笑った。テレビを振り返って

「あーあ、終わっちゃった。部長が早く見ないからですよ〜」

 と口をとがらす。

「何がだよ。おまえらテレビなんかつけてると怒られるぞ」

「いいだろーが。教師なんて来やしねえよ」

 桜野をアイドルと奉る松岡がちょっとした敵意を含んだ目で睨んだ。かわいそうな奴。

 ここは視聴覚室。別棟になっていて、たしかに夏休みの現在人が来ることはめったにない。視聴覚室を一応部室として使用している馬木たちは映画研究同好会のメンバーだ。馬木が部長・・・同好会なんだから会長というのが正しいのかも知れないが、会長、はいかにも偉そうで、そんな偉い人間が長を務めるほどのたいそうなグループではない。メンバーは他に4人。

 副部長の沖浦かすみ。アイドルオタクの松岡健夫。馬木の友人の角谷昌幸。以上三人が2年生で、もう一人、桜野葉子が唯一の1年生だ。

 ここに会する5人が新潟県立青山高校映研の全部員だ・・・現在は。夏休み前にはもう3人の部員がいた。文化祭に向けてのビデオ映画の撮影計画もずいぶん盛り上がっていた。が、3人抜けた。2年生一名に1年生二名だ。現在8月4日。3人抜けた分のシナリオを詰めたり代役を捜したりしているが・・、思うようにはことが進まない。さてどうするかという会合だが、映研存亡の鍵を握る一年生ホープ桜野はテレビを見て笑っているし、松岡は喜んで太鼓持ちに徹しているし、沖浦はもうここにいるのもウンザリしているし、角谷は・・・こいつはいつも付き合いだけはいい、誰に対しても。

 馬木は、終わったな、と思っている。この夏も、映研も。

 むっつりしている馬木に桜野はプンプン言う。

「もう〜、部長〜。やる気がないですよ〜!」

 はいはい。ありません。

「で、なんだあ?『ほんとうにあった少女霊ビデオ』がどうしたって?」

 さっき桜野が「これこれ」と騒いでいた番組のコマーシャルだ。画面は見ていないが音だけは耳に入っている。桜野がパアッと表情を弾けさせて

「なんだ、分かってるじゃないですかあ!」

 と喜ぶ。太鼓持ちの松岡が細い狐目でまた睨んだ。

「そうですよ、うちもホラー映画作りましょうよ! 受けますよ!」

 ね?と松岡に無邪気に問いかける。松岡は喜んで「そうだよね、受けるよねー」と相づちを打つ。桜野葉子。かわいい顔して女は怖い。

「ホラーなあ・・・」

 馬木はあまり気が乗らない。

「準備がたいへんだぞ。暗いシーンは撮影も難しいし」

「だいじょうぶですよお。最近のお化けは昼間でも平気で出て来ちゃうんですう。わたしやりますよお、顔真っ白に塗って押し入れからバアッて」

 松岡が駄目駄目と笑って手を振る。

「ヨーコちゃんのお化けじゃかわいくて誰も怖がらないよ」

 太鼓持ち。プライドのない情けない奴め。

「あ、そうだ」

 角谷がにこやかに言う。

「ホラーコメディーならいいんじゃないのお? お化けが出てくるのに誰も怖がらないの」

「怖いですよお、わたしだってえ」

 桜野が目をギョロッとさせてうらめしや〜と角谷に迫る。

「うわあ、降参。怖い怖い」

「もうっ、カク先輩まじめにやってください!」

 ごめんごめんと角谷が笑って場が和む。角張った名前と反対にこの男は誰からも好かれる・・一部例外を除いて。また松岡が今度は角谷を睨んでいる。困った奴だ。

 だが桜野はけっこう本気で怒っているようだ。

「わたしホラーがいいって言ったじゃないですかあ」

 そういえばそうだった。とん挫した企画の会議だ。その時も馬木は反対して、ファンタジックな軽いミステリーになったのだった。

「部長、恐がりなんでしょう? ほーら、恐がりな部長にお仕置きですう」

 と、桜野がポシェットから取り出したのは、

「あ、iポッド。い〜んだ〜」

 と、角谷も羨ましがる、桜野の家はお金持ちなのだ。

「えっと、これ!」

 ボタンを操作して、どうぞと馬木に渡した。角谷が隣から覗き込みつつ、

「副部長も見ましょうよ」

 と一人白けている沖浦を呼び寄せる。沖浦もしょうがないわねえともう一方の隣から覗き込んだ。松岡もアイポッドを手渡しされた馬木を嫉妬の目で睨みつつ上から覗き込んだ。

 ディスプレイにざらざら薄暗い室内の映像が映っている。ふつうの民家の六畳の和室だ。

「なにこれ?」

「見ててください、出ますから」


 ・・・・・・・・・・・・


『何撮ってんのよおおおおおおっ!!!』


 思わず手がビクリと震えた。きゃはははは、と桜野が大笑いした。

「部長やっぱり恐がりなんだあ!?」

 きゃははははははははは。

 ファイルが終了してメニュー画面に戻った。

「なんなんだ、これ?」

 正直、怖かった。最後のバケモノの登場するところなんて実に上手い演出だ。10分弱、3パートからなる定位置カメラの映像だ。素人の作ったものなのだろうか?

「分かりません!」

 と、桜野は得意になって言った。

「今ネットで出回っている謎の心霊ビデオなんですよお。果たしてこれは本物か?ってね」

 ・・・・・桜野はほんとうにホラーファンなんだ、かわいい顔してるくせに。

「ねえねえヨーコちゃん、これって・・?」

 松岡が不思議そうな顔をして聞いた。

「そうなんです、松岡先輩! あれなんです、ほらっ!」

 お昼のバラエティー番組がCMになってまたさっきの番組の宣伝が流れた。

『これは本物か!? ついに解禁された呪いの少女霊ビデオ! 怨念の叫びにスタジオが凍り付く! 今夜生放送でその全貌が明らかにされる! 今夜7時「ほんとうにあった呪いの少女霊ビデオ」!』

 全面にモザイクがかかり、画面いっぱいに赤い煽り文句がでかでか出て隠しているが、これは確かに今見た動画ファイルの映像だ。

 なーんだ、と馬木は一気に白けた気分になった。

「なんだ、これ、テレビ番組の宣伝じゃないか」

 つまり、こうだ。

 敢えてこれがなんなのか一切説明せず、映像だけネットに流す。これだけインパクトのある映像だ、評判になるだろう。「本物の心霊ビデオが存在する」という既成事実を作り上げて、それを検証するという形でテレビ特番を作れば、そりゃあ視聴率が稼げるだろう。

 でも、なにか引っかかる。なんだろう?

「そうかもしれないですけど〜」

 桜野が顔をつきだしてニヤニヤ脅すように言う。

「ほんとうに本物かも知れませんよ〜。このビデオ、もともとかなり危ないサイトから広まってきたみたいですから、全国ネットのテレビ局がそんな危ない真似しますう〜?」

 桜野がお化けをやるホラー映画、けっこういけるかも知れない。

「この映像がネットに流れているのはテレビ局とは別ルートってことかあ・・・」

 馬木はパソコンやインターネットにあまり詳しくないから分からない。たしかにこういうやり方はテレビ局は二の足を踏むだろう、少なくとも上の人間は。

 しかし馬木が引っかかっているのはそういうことではない。

「なんかなあー・・、見たことあるような・・・・・・」

 しかし、桜野に指摘されたとおり馬木は極度の恐がりだった。幼少の頃不良の叔父に「怖いぞ怖いぞ」と散々脅されて「白雪姫」の魔女の変身シーンを見せられたせいだ。こんなマニアックなホラービデオなんて見ているわけない。

「ねえ」

 思わぬ至近距離から声をかけられて馬木はまたみっともなくビクリとした。声の主沖浦がなんで驚くのよ?と睨んだ。

「これってもしかして、金森先生の言ってたビデオじゃない?」

 金森先生って誰です?と桜野が訊く。

「そんな先生この学校にいました?」

「いや、学校の先生じゃないよ。5月に教育実習で来たここの卒業生で・・・、ああ、そうか、あの時の・・」

 ね?と沖浦が目を見つめ合わせた。馬木は思い出す風を装って視線をずらした。

「そうだな、確かにあの話のままだ。へえー、偶然だなあ・・・・」

「えー、なんですなんです? 教えてくださいー!」

 桜野が身を乗り出してくる。

「うん・・。カクは・・、いなかったっけ? 昼休み俺と沖浦が教室で相談していたとき実習の金森先生が女子たち相手に怪談を話していたんだよ。その時映研の生徒たちが撮ったっていうビデオの内容が、この映像とそっくりなんだ」

 な?と沖浦に確認したが、今度は彼女の方がフンとそっぽを向いてしまった。おいおい。

「えーっ、じゃあもしかして!」

 桜野がいかにも嬉しそうに両手を胸の前で握って言った。

「これを撮影した場所って、この近くなんですか?」

 まさか・・と心配になる。

「いや、たしか車で行ったって言ってたからそんなに近くじゃないと思うぞ」

「そうなんですかあ。でも、県内、きっと青山市の中か近くですよね?」

「おいおい、君君」

 馬木はジロッと恐い目で睨んで言った。

「まさか行ってみようなんて思ってないだろうな? 駄目だぞ、そんなところに行っちゃ」

「はいはーい、分かってまーす」

 本当かよ・・・・・・。



 結局何もまとまらないままお開きになった。ただ角谷がホラーコメディーのアイデアが気に入ったようでシナリオを考えてみると言った。いつもお付き合いだけの奴にしてはこの積極性は珍しい。やる気を出せばこいつの頭の良さは大いに期待できる。

 馬木は視聴覚室の鍵を教務室に返しに行き、中庭に出た。温室の裏のバラの陰で待っているとしばらくして桜野が来た。

「お待たせしました、旦那様」

 肩に手を置き、ちょんとつま先立って唇を合わせた。・・そう、二人はそういう仲だ。

「あのさー、その旦那様はやめてくれないかなー」

「じゃ、ダーリン」

「うーん・・、それもなんだかなあー・・」

 葉子は目を細めてニイッと白い歯を見せる。まさに豹変。年齢が一気に五つくらい上がった感じだ。女は魔物だ。

「だってえ、わたしの「おっと」だもん」

 良人という名前のおかげでオットやオットーが小学校からのあだ名だ。名字からウマと呼ばれることもある。

 葉子は後ろを向くと背中を押し付けて両腕で馬木の首を抱いた。白いブラウスの半袖からほのかに汗が匂った。高2の若者にはかなりの刺激だ。

「松岡先輩しつこくて困るわ」

「うまくまけた?」

「ええ・・・・・」

 馬木は葉子の体に腕を回して抱いた・・・と言っても胸ではなくお腹の上に腕を重ねて。まだそれ以上の関係ではない。

「もうっ」

 と、葉子は抱えた馬木の頭にグリグリプロレス技をかけた。

「いててて。降参。許して」

 女の子って言うのはなんでこんなに気持ちいいのだろう、とその魅力に理性が負けてしまいそうで怖い。

 ようやく許してもらった。

「さっきの話だけど、本当にあんな場所行っちゃ駄目だぞ。葉子はお嬢様だからな、世の中怖いものなんて無いって思ってるんだろうけど、世の中には怖いものがいっぱいあるんだぞ。俺なんか葉子のこと考えると怖くてしょうがないぞ」

「なんで?」

「葉子がいなくなっちゃったらどうしようって怖くて怖くてしょうがないのさ」

「それってつまりどういうこと?」

「葉子が大好きで、愛してるってことさ」

「嬉しい。わたしも良人さんが大好き。愛してる。世界中で一番大切な人よ」

「俺も。葉子が世界中で一番大切だ」

 ・・・・・・・・・・・・・。

 本当かよ?・・と、体を熱くしながら心の一部が醒めて考えている。愛してるとか一番大切とか、そんなことが言えるほどのものか、俺たちは? ガキのくせに。

 遊びだ、言葉も愛も。

 でも、楽しいし、これはこれで本気だ。

 いいだろう? 情熱に浮かされたって。若いんだし、青春なんだし。

「だから約束。ぜーったいに、危ない所に近づかないこと」

「はい。」

 約束、した。




 夜7時。

 番組が始まった。

 大げさなナレーションとテロップで恐怖が過剰に演出される。

 青と赤でおどろおどろしく装飾されたスタジオ。出演者の並ぶテーブルの手前に、アンティークな小テーブルにプラスチックのケースに収められたいかにも曰くありげな卵形の装飾品。

「皆さん今晩は。ついに始まってしまいました、緊急特番『衝撃!ほんとうにあった呪われた少女霊ビデオ』

 ついに始まってしまいました、と言うのは決して大げさではなく本当に我々スタッフの本音なんですね。そこのところの事情を、ディレクターの三津木俊作に聞きます」

「はい、番組ディレクターの三津木です。実はですね、この番組は3ヶ月くらい前から具体的な準備を始めているわけですが、1週間前になってガラリと事情が変わってしまったんですね。今回メインで取り上げる予定でいます少女の霊がこれ以上なくはっきり写った呪いの心霊ビデオですね、これはあまりに衝撃的すぎてテレビ放映は出来ないだろうと言う判断で長くライブラリーに保管されていたものなんですが、眠らせておくには惜しいと、今回スタッフが頑張りまして、こうして皆さんに見ていただく運びになったわけですが、実はこうして準備をしてきて満を持して放送をしようという直前になって、実はこのビデオが既にインターネットで動画ファイルとして、かなり広くですね、出回ってしまっているということが判明したわけです」

「三津木さん。それに関して我々テレビ局が番組宣伝のために意図的に流出させたのではないかという憶測があるわけですが、それはいかがでしょう?」

「いや、それはまったくありません。スタッフにも確認しましたが、そういうことは一切していないと、ここに言明いたします」

「するとどういうことなんでしょう?」

「ええ。このビデオが送られてきたのは今からおよそ5年前なんですね。5年前と言いますとインターネット環境も既にかなり整備されていましたし、元がビデオですから、ダビングしたテープがあることも十分あり得るわけですね。ですから今現在インターネットに出回っている動画はですね、我々とは別の所から出てきたものだと、いうことです」

「なるほど。そうした動画ファイルが存在すること自体は特に不思議ではないわけですね。しかしこのタイミングでそれがこうして広く出回り、番組以前にかなり大きな話題になっているというのは、ちょっと不気味な偶然という感じがしますね。三津木さん、それがこの番組にどういった影響があるのでしょう?」

「そうですね。特に番組内容が変わるわけではないんですが、その、環境がですね、あまり気持ちのいいものではないと。嫌な感じがしますね。実はビデオがあまりに衝撃的なもので、カット、もしくはモザイクをかけて放映するしかないかと思っていたんですが、もう出てしまっていますのでね、見せます。これは本当に凄いです。衝撃です。テレビをご覧の皆さんは十分覚悟してご覧ください」

「分かりました。視聴者の皆さん、これは本当に危険な映像です。小さいお子さん、妊娠中の方、心臓の弱い方は十分に注意し、危険を感じたときはただちに視聴を中止してください。

 さて、今夜はゲスト、といいますか、番組の安全を守ってくださいますオブザーバーとして美人霊能師として皆さんお馴染みの岳戸由宇先生においでいただいています。岳戸先生よろしくお願いします」

「お願いします」

「さて先生、このビデオ、実はわたしも事前に見たんですが、先生もご覧になっていますね? 先生いかがでしょう?非常に衝撃的な一方、あまりにはっきり写っていてですね、わたしは正直なところこれが本物なのかどうか疑わしい思いもあるんですが、ズバリお訊きします、先生、このビデオは本物の心霊ビデオなのでしょうか?」

「はい。ズバリお答えしますと、これは本物です」

 ゲストと観客からざわめきが起こり、早くも悲鳴が上がり司会者が気にする。

「だいじょうぶですか? だいじょうぶ? この番組は生中継で、今現在すべて現在進行形でお送りしています。何が起こるのか、早くも予想のつかない雰囲気になっています。

 先生、本物ですか?」

「本物です」

「断言なさいます?」

「断言いたします」

「ふうむ・・・・・。

 さて、では番組中盤でお送りする予定でした『ほんとうにあった呪いの少女霊ビデオ』、構成を変えましてこれからさっそくご覧いただきます。我々の前に置かれている卵形のオモチャのようなもの、これがいったいなんなのか、ビデオを見ると分かります。では、どうぞくれぐれもご注意の上ご覧ください。衝撃です」

 白地に黒のテロップ。

 これから9分30秒の「心霊ビデオ」を放映します。これは非常に強い刺激を与える衝撃的な内容を含む映像です。小さなお子さま、妊娠中の・・・・

 はじまります。


 ・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・

 ・・・・・・・・・・

 ・・

 ・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・・

 ・・


 9分30秒が経ち、スタジオの青ざめた男性タレントの顔が映され、次いで涙を拭く女性タレントの様子が映された。

 感想が言い合われる。

 もうやだ、帰る〜・・・

 これは本物とは認めたくない気分だね、等々。

「具体的にそれぞれの現象を見ていきたいんですが、その前に、こちらの映像をご覧ください」

 再びビデオの部屋の映像が映される。しかし今度はよりクリアなきめ細かな映像。映された瞬間女性たちの悲鳴が上がった。

「これは今現在の映像です。実はこのビデオの撮影された実際の現場に、こうして今映っています最新鋭の暗視カメラと、もう一台、切り替わりました、赤外線カメラの二台を設置しまして、今現在の、現場の様子を捉えています。この後、何かが、起こります」

 CM。

 CM明け。暗視カメラの映像。

「ご覧いただけますように、部屋の中央に、こちら」

 スタジオ。小テーブルの上の卵形のオモチャ。

「ビデオ映像に出てきました、バレリーナの踊る、これはイースターエッグを象っているんですね、イースターエッグと申しますのはキリスト教の復活祭イースターに卵の殻にカラフルな彩色を施してプレゼントするもので、ロシアのロマノフ王朝の豪華な宝石をちりばめた装飾品インペリアルイースターエッグが有名ですね、これはそれを象ったオルゴールで、ビデオに映っていましたように上半分のふたが開くと小さなバレリーナのお人形がせり上がって踊るという仕掛けのものです。スタジオにありますこれは、ビデオに映っていた実物です」

 悲鳴。

「この実物の方は後で検証するといたしまして、あ、7時40分になります。ご覧ください」

 部屋の暗視カメラの映像。中央に同じオルゴールが置かれている。カタッとふたが開き、「花のワルツ」の音楽と共にバレリーナが踊り出す。オルゴールのとなりにはやはりビデオの最初に映っていた熊のぬいぐるみ。

 スタジオに切り替わる。隅に小窓で部屋のライブ映像が流れ続けている。

「スタジオにカメラがある間はこうして別窓で現場の様子を常にご覧いただきます。先生、どうでしょう、この放送、非常に何か起こりそうな雰囲気があるんですが、今映っている現場で何か起こるでしょうか?」

「かなり高い確率で起こると思います。画面から非常に強い思念を感じます。霊体がカメラを通して我々を強く意識しています」

 悲鳴。

「あそこにいる霊が我々を見ているんですか?」

「そうです」

 悲鳴。

「では、今スタジオにあるこのオルゴールなんですが、ビデオの最後で少女の霊がこの中に入っていったように見えたのですが、彼女は今ここにはいないわけですか?」

 沈黙。岳戸由宇は手をかざしてオルゴールを探るポーズを取る。

「こちらにも強い思念を感じます。こちらにも霊は入り込んでいます」

 悲鳴。

「では先生、こちらの霊とあちらの霊は別々のものなのでしょうか?」

「いえ、同じものです。霊とは死者の念です。念は同時に複数の場に存在することが出来ます。同じ霊体があちらとこちらに存在することに矛盾はありません」

 中年の男性タレントがちゃかして言う。

「ほほお、幽霊っていうのは便利なものだね。電話なんかしなくても本人が来てくれるんだ?」

 岳戸由宇は不機嫌に眉をつってタレントを睨む。

「あなたは霊の存在を信じていないようですね」

「ああ、俺はね、正直信じないね。俺はね、あんなの作り物だと思うよ。ちゃちな特撮だよ。今どきコンピューターでいくらでももっと凄いのが作れるだろう? 驚かなかったよ、俺は」

 観客席に向かって言う。

「ねえ、本物の幽霊だって言われるから怖いんだよ。映画だって言われたらあんなの怖くもなんともないよ」

 岳戸由宇。

「ではわたしの言葉が嘘だと?」

「さあねえ? あんたは本気で信じてるんだろ? いいよ、信じてるんならね。でもさ、俺は、信じてないから。それだけ。ね?」

 ふてぶてしく言うタレントに、岳戸由宇は、笑った。

「そうですね。あなたのような人に何を言っても無駄でしょう。それならそれで幸せなことです。何があっても、どんな悪いことが起こっても、霊のせいになんてなさらずにご自分で解決なさろうとするんでしょう? どうぞ、せいぜい頑張ってください」

 タレントは、何か言い返そうとして、やめた。

 10分が経ち、オルゴールは閉じた。何事もなく。

「オルゴールはこの後8時10分と30分にまた開くことになっています。先生、今は、何事も起こりませんでしたね?」

「そうですね」

「ですね。まだ2回ありますし、ご覧のように部屋の様子はライブで映り続けています。どうぞご注目ください。ここからもう一度あのビデオを、今度は具体的に岳戸由宇先生の解説を聞きながらご覧いただきましょう」


 8時30分。

「番組最後はこのスタジオのオルゴールを開けてみようと思うんですが・・、あ、現場のオルゴールが開きましたね」

 キャア! キャッ! あれ、キャアーッ!!!

「え、なんです、なんですか? 映った? 何か? 人? 人が映ったんですか? 視聴者からも電話? 少女が覗いた? 出ますか? 出ます? 見てみましょう」

 現場暗視カメラの映像、約2分前。

 広角レンズで六畳の部屋がほぼ全部映っている。奥に廊下に出る引き戸があるが、三分の一ほど開いている。そこからはっきりと黒髪の少女の顔が半分覗き、すっと引っ込んだ。悲鳴。悲鳴。悲鳴。

 先ほどの中年男性タレントが怒鳴り声を上げる。

「違うだろう! 悪質だよ。幽霊でもなんでもないじゃないか、女の子だろう、生きている、ふつうの! ヤラセだろう? こらスタッフ、馬鹿にするな! ディレクター! 出てこいよ!」

 スタジオ騒然の中冒頭のディレクターがひきつった顔で出てくる。

「ヤラセだろうこれ!」

「いや、違います。そんなはずありません」

 喧嘩腰のタレントにディレクターも怒気を抑えた声で答えた。司会者。

「三津木ディレクター。現場でスタッフが誤って映ってしまったということはないんですか?」

 ディレクターはインカムで連絡を取り合いながら答える。

「いえ、それもありません。建物内は完全に無人で、スタッフが周囲から監視していますが誰も中に入ってません」

 中年タレント。

「どうなってんのよ? だってあれ、人間でしょ? 誰かいるんだよ。周りどうなってんの? 見せてよ」

 ディレクターはこわばった顔でスタッフと話し、

「場所を特定されるのは困るんですが、仕方ありません。外のカメラをこちらに出します」

 外で慌てまくっているスタッフたちが手持ちで揺れまくっているカメラに映される。

「どうなんだ?間違いなく誰も中に入ってないの?」

 現場ディレクター。

「その・・はずです。我々は誰も見ていません。ただ、ご覧のように暗いですので、ぜったい・・とは言い切れません」

「ほら、誰か入っちゃったんだよ」

「カメラを持って中に入れますか?」

「えー、はい、入りますか?」

「うーん・・、入ってくれ」

 カメラが裏の崩れた壁から中に侵入する。無遠慮なライトが乱雑な内部を映し、床に壁に真っ黒な影が乱舞する。

「えー、下には誰もいません。えー、二階なんですが、ここ、階段を上がってすぐが例の部屋なんですね。えーと、ここから覗いて、あそこに部屋の戸が見えますから、あそこに人がいたはずなんですが・・」

「いいから、見に行けよ!」

「えー、行きます。階段は腐食して途中が抜け落ちています。危険です。登っています。カメラ・・、危ないな・・」

 キャアッ! イヤアアアアア!

「なんです? なんですか?」

 観客席で泣き喚く女性にアシスタントが駆け寄る。

「壁。女の子が居た・・」

「え、壁ですか? 階段の?」

「壁撮してください、階段の」

 派手ならくがきだらけの灰色の漆喰の壁。

「どこ? どこですか? わっ!」

 ガリッ、バキッ! ドドッ!

 きゃああああ! きゃああああ!

 スタジオ無言。悲鳴だけ。階段を踏み抜いて落下したカメラマン。カメラは一体どこを向いているのか、真っ暗な中に目がじっとカメラを見つめている。女?・・の目。

 ディレクターが叫ぶ。

「川田! 川田! だいじょうぶか!? 起きてるか!?」

 うーんとうめき声。カメラが動いてライトに照らされた天井を撮す。

「すみません。落ちました」

「おい、今どこ撮した? カメラ戻せ!」

「え、どこ?」

「おいAD! 川田今どこ撮ってた? え?落ちた? だから!・・ 階段の中? 川田!撮せ!」

 カメラが階段の下を撮す。ライトに照らされて割れた木材が映る。

「違うぞ! さっきは真っ暗だったぞ! 穴ないか、穴!」

「えー・・と、ちょっと分かりません」

「なんだよっ!」

 司会者。

「三津木さん、落ち着いて。川田カメラマン、二階はどうです? 行けそうですか?」

「あー、駄目ですね。すみません、完全に階段踏み抜いちゃいました」

「そこから見える範囲で人影はありますか?」

「えーと、廊下はほぼ全部見えますが、人影はありません。人がいるとすれば奥の物入れと、和室だけです」

「部屋のカメラで見れますね? ・・・あっ!」

 画面がゆっくり傾き、ガタンと横になった。三脚が倒れた模様。もう一台もガタンと倒れた音がした。床の低い位置だけになった画面に、ぬっと、白い裸足の足が入ってきた。

「人だ! 部屋に人がいるぞ!」

「ヤラセだよ! ヤラセだヤラセ!」

 怒号渦巻く中、CM。


 CM明け。

「視聴者の皆さま、たいへんお見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございませんでした。現場の状態が確認できていませんが、人がいるのは確かなようです。一体あそこで何が起こったのか、後日日を改めまして必ずご報告いたします。この場はスタジオで番組を進行させていただきます。

 さて、思わぬアクシデントで予定が大幅に狂ってしまってもう時間も残りわずかとなってしまいました。さて、最後にスタジオにありますこのオルゴールですが、専門家に調べていただいたところ内部のスイッチに当たるところに何かゴミが詰まっていたということで、ふたを開けないように細心の注意を払ってゴミを取り除いてもらいました。ここで最後にこのオルゴールを開き、その様子を見ながらお別れとさせていただきます。岳戸由宇先生、ゲストの皆さん、ありがとうございました。視聴者の皆さん、今日の事故の検証は次回この番組で必ずご報告いたします。たいへんお見苦しい番組になってしまったことを心からお詫びいたします。では、さようなら。次回のこの番組で、必ずお会いいたしましょう」

 岳戸由宇の勝ち誇ったような笑顔。怒りも露わな中年タレント。憔悴しきった女性タレントたち。

 スタッフの手によりプラスチックケースが外され、卵形オルゴールのふたが開かれる。画面下には製作スタッフのスタッフロールがもの凄い速さで流れていく。「花のワルツ」が流れ出す。しかしそれは軋んで歪んで、限りなく不快な演奏。バレリーナの回転も一定せずおかしい。ついに何かに引っかかったように回転が落ち、バレリーナの腕が見えない糸に引っ張られるようにねじれ、体がねじれ、腰がひしゃぎ、ブチッと千切れた。下半身だけが猛烈な勢いで回り、早回しの演奏、ボンッとバレリーナの乗った回転台が斜めに飛び出し、プラスチック製の卵がひび割れ、中から真っ黒な錆びた液体が流れ出した。番組は終わり、お詫びテロップが長々映し出された。

 前代未聞の番組となった。



 神奈川県在住の高校生中谷志保は携帯電話で友人と話していた。爆笑している。

「もう笑った笑った。もー、さいっこう! こんなに笑える番組ないよねー?

 えー、マジー? あり得ないよー。作り物に決まってんじゃん! えー、信じてんの? あり得ねーよー。

 ほら、なんだっけ、紅倉美姫? あの人出てこなかったじゃん。あたしあの人は好きなんだー。だってすげえじゃん、死体とか見つけちゃうしさー。えーっ、岳戸由宇なんて駄目じゃーん。だってあの人元グラビアアイドルっしょ? 心霊スポットロケとかいっぱい行ってさ、それで霊感に目覚めて本格的に修行して霊能者になったって言うんでしょ? だからさー、タレントなのよー、脚本があってさ。そうよ、だからさー、最高に笑えたじゃん、バラエティー番組として。きゃははははははは」

 大笑いしながら志保は床を転げ回った。番組を見ながら食べていたポテトチップスの袋を思わず蹴飛ばし残りをカーペットにぶちまけた。

『志保、笑いすぎだよー。呪われても知らないよー』

 志保は笑いが止まらず床を転がり続ける。ドタンバタン、笑いすぎで腹がねじ切れそうになりながら。

『ちょっと志保ー。聞いてる? 笑いすぎだってばー。おーい、聞こえてるかー? おーいおーい。・・・・・・

 志保? ねえ?志保ったら、だいじょうぶ? 笑いすぎで腸捻転?』

 母親が階段を上がってきた。

「志保! 何騒いでるの! 開けるわよ! こらっ! 何を騒いで・・」

 ドアを開けた母親は一目見るなり娘の異常に気付いた。床を転がりながら体をビクビク踊らせているのは、激しい痙攣だ。床に転がった携帯から声がしている。

『志保ー、おーい、ほんとにだいじょうぶー?』

「志保! どうしたの! しっかり!」

 暴れる娘を抱きかかえた母親は悲鳴を上げて思わず娘を放り捨てた。

「ガアーーーーーーーーーッ!」

 白目を剥いて泡を吹く志保の頭はまるで風船のように腫れ上がり、顔が左右に引き離されていた。

「ひいっ、志保、ひい、ひいいいいいっ、ひいいいいいっ」

 母親も失神寸前でへたりこみ、ただただ悲鳴を上げて苦しみ暴れる娘を眺めていた。

 志保の顔はまるでビデオの中のバケモノそっくりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ