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第12話 対面

 岳戸由宇は桜野葉子の家を訪れた。午前9時30分である。

 由宇もマンション暮らしであるが、精いっぱい頑張ったつもりでもこんな広くて豪華な造りの部屋ではない。紅倉といいこの家といい腹立たしい限りだが、まあいい、じきに自分もこれくらいのところに引っ越してやる。それに、こんな田舎ではどんないい家に住んでも意味がない。由宇はある種の軽蔑と優越感を持って桜野葉子の母親との対面に臨んだ。地元の名士の娘だそうだが、こんな田舎、高が知れている。

「あらー? あなた誰? 紅倉さんってこんなおばさんじゃないわよねえ?」

 葉子の母親、桜野緑海(みみ)は起きたばかりのように幾分ふやけた顔であくびをしながら言った。由宇はカーッと顔を赤くし、等々力たちは青くなって慌てた。

「お母さん。電話でもお話ししましたが、こちらは紅倉先生の先輩の霊能者岳戸由宇先生です。たいへん優れた霊能力をお持ちですのでどうぞ安心なさってください」

「お母さん?」

 母親はいくぶんムッと等々力を睨んだが、すぐにどうでもいいようにまたあくびをした。

「そうだったっけー? あ〜あ、紅倉美姫ちゃん楽しみにしてたのになー。ま、いいや。どうぞ勝手に入って〜」

 なんって、腹の立つ女だ! 由宇も人をムッとさせるのは自信があったが、この女には負ける。由宇は等々力を睨んだ。カメラは既に回っている。初対面の場面は大切だ。たいてい取材対象がかしこまって「先生お願いします」という態度を取る。こんなに舐めた対応は初めてだ! だいたいなんだこの若さは! アルコールの臭いをプンプンさせて二日酔いのようだが老けて見えるどころか自分より若そうじゃないの! これでアルコールが抜けたら完全に負ける。本当に4児の母なのか? 等々力が説明する。

「電話でも言いましたがお母さんの顔にはモザイクを掛けて声は機械的に変えますのでどうぞご安心してお話ください」

 母親はキャハハと笑った。

「ああ、あれ、オモチャみたいな声になるの? あはは、おっかしい」

 いや、この女は若いんじゃない、幼いのだ、頭の中身も。アル中で脳が縮んでしまっているに違いない。ひとしきり子どもみたいに笑うと、桜野緑海は冷めた目で言った。

「いいわよ、別に、顔出してもらっても。あたし、別にどうでもいいから」

 等々力の方が慌てて言う。

「いや、そういうわけには。ご家族や学校の方も迷惑でしょうし。後からその、クレームを付けられましても困りますので・・」

「あっそ。いいわよ、どうでも」

「はあ・・。ところで他のお子さん方は?」

「三人とも実家に預けてます。約束を守ってくれないマスコミもいるようなので」

「は。もちろん、私どもは人権には十分配慮いたしますので・・」

 等々力もやり辛そうに額に汗を浮かべている。部屋はクーラーがガンガンに効いて寒いくらいだのに。通常スタッフが先に訪れて取材し、ある程度体勢を整えてから霊能者が登場するのだが、今回は時間がなくぶっつけ本番だ。

 由宇はかなりの敵意を持って桜野緑海の霊視に臨んだ。さてどんな因縁をほじくり返していじめてやろうか? この家がおかしいのは玄関に立ったときから分かっている。

 由宇は半眼になってじっと緑海の頭の向こうを見た。緑海は面白そうに笑っている。由宇は自分の意識を消して心の目を開かせた。そうイメージする。すると自然に視るべきものが見えてくるのだ。

 浮かんできたのは、白の半袖シャツを着た若い男の姿だった。濃い髪がうねうねウェーブしている。眉も濃く、疑い深そうな目をしているくせに口の端がえくぼになっている。善良で正義感が強そうだが・・、抜けたところがある。あの由利という生意気な先生からイメージされたハンサムな男の子とつながりが感じられる。由宇は思わずニヤッと笑いそうになった。なんだ、こいつら、同じ穴のむじなじゃないの。

「あなたは・・、とても恋の多い方のようですね」

「まあ、分かっちゃいます?」

「今気になっている男性は、とても若い人ですね。行方不明になっているお嬢さんにとても近い方です」

「あらま。どうしましょう?」

 由宇はじいっと緑海の背後を見つめ続ける。軽口に惑わされるものですか、すぐに尻尾を出させてやる。

「その男性はお嬢さんに強い好意を持っていますが、あなたはそれを承知の上でお嬢さんからその男性を横取りしようと思っている」

「横取りだなんて、ちょっとつまみ食いしちゃおうかなーって思ってるだけよ」

「道徳的に不潔だとは思いませんか?」

「恋って背徳的な方が燃えるじゃない?」

「そのように考える自分をおかしいとは感じませんか?」

「さあ? わたし、最初っから変みたいだから」

 由宇もさすがに腹立たしくなった。この女には最初から道徳観念が欠如している。

「あなたには淫乱の気があります」

 緑海はキャハハと笑った。由宇は怒った。

「笑うとは何事です! その淫乱が娘の不幸を生み出しているのです!」

 そうだ、この母親が問題なのだ。

「娘さんはあなたから受け継ぐ淫乱の血に悩んでいます。自分の血を憎み、あなたを恨み憎んでいます。言い寄る男を毛嫌いしながら女の性としてどうしようもなく惹かれる、その自分の淫乱な不潔さを憎み、悩んでいます。あなたが原因です! あなたのその淫乱さが娘さんを苦しめているのです!」

 そうだ、この淫乱淫乱淫乱!男狂いの色狂いめ! 由宇は目の色が違ってきている。

「分かっていますか!」

 由宇に睨まれ叱られ、さすがに緑海もしゅんと小さくなった。

「はい・・」

「自覚なさい! しかし、それもあなたばかりを責められません。あなたは淫乱に取り憑かれているのです。色狂いの怨霊です。あなたのその異常な若さを見ればはっきり分かります。その怨霊の正体を教えてあげましょう」

「はあ・・。お願いします」

 そうだ、最初からそうやって素直な態度を取ればいいのだ。

 由宇は男の子の背後にさらに別の男性の姿を視ていた。この男は、知っている。

「殺された青木さんは、あなたに特別の感情を抱いていたようですね?」

「そうみたいねえ。わたしをストーカーしていたんですって」

「彼もあなたの淫乱の気の被害者です。彼を狂わせたのはあなたの淫乱の色香です」

「はあ・・」

 よしよし、だいぶ素直になってきたじゃない。由宇はさらに青木雄二の背後に憑きまとう影を視る。

「その青木を心の底から憎み恨んでいる女性の姿が見えます。青木自身自分のあなたに対する執着心が異常であると気付いていました。それでもなおあなたに惹かれてやまない自分の心を憎悪し、その憎悪はあなた以外の女性に対するひどい仕打ちとして発露しました。・・女性の憎悪の源泉が視えます。女性として言うもはばかられる恥辱です。彼女の恨みは深く、そう、青木雄二を殺したのは彼女の呪いです! もっとも憎悪する青木を殺した彼女は・・、青木をこのような人間にしたあなたという女性をもひどく恨み憎んでいます。あなたも、彼女に呪われています!」

 緑海は蒼白の顔をしている。由宇は心の中でニンマリ笑った。恐れろ、悩め、わたしに救いを求めろ!

「彼女の呪いはあなたの娘さんを道具として使って遂行されています。彼女の恨みの気持ちが納まるまで、青木に関係する人間を皆殺しにするまで、あなたの娘さんも呪いの道具として使われ続けます。娘さんのあなたを恨む気持ちと彼女の憎悪がシンクロしているのです。二人は一心同体となっています。彼女の気持ちを治めなければ娘さんは救われません」

 緑海は目に涙を滲ませている。ざまあ見ろ、後悔しろ!わたしを、馬鹿にしたことを。

「彼女の憎しみの源泉、それは今日本中の若い女性を怯えさせている呪いのビデオです。あれは高校生の若者たちが面白半分に作った特撮ビデオですが、撮影した場所が悪かったのです。その場所は、正真正銘、本物の心霊スポットだったのです。これについては後で現地に行って調べますが、あなたの娘さんはこともあろうにその呪われた場所で、死者を冒涜する醜いバケモノのマスクをかぶってふざけた幽霊ごっこをしたのです。それがあなたを狂わせている淫乱の気の正体です」

 緑海が蒼白の顔で辛そうに言う。

「あのー、葉子はわたしの淫乱を引き継いで苦しんでいるんじゃありませんでした?」

「黙って聞きなさい! 5年前彼女はまだほんの少女でした。怨霊たちにとってその体は幼すぎて物足りなかったのです。そこで怨霊たちは母親のあなたに乗り換えたのです、娘さんが大人に成長するまで。怨霊たちは今あなたと娘さん二人の体に取り憑き、母娘の肉体と精神をむしばんでいるのです」

「まあ・・、たいへ・ん・・・・」

 う、とうつむいた。ざまあ見ろ。そろそろ救いの手を差し伸べてやろうか。せいぜいありがたがるがいい。

「しかし救いはあります。あなた方を憎んでいる女性は、生きています! 恨みの気持ちが強すぎて生き霊を飛ばし、怨霊となっているのです。彼女自身たいへん危険な状態に陥っています。精神のみならず、肉体も。ベッドの上で苦しんでいる彼女の姿が見えます。彼女を救うことが出来れば、あなた方に掛けられた呪いも消えるでしょう!」

 どうだ?

「残念ながら彼女の居場所までは分かりませんが、安心しなさい、わたしが彼女に呼びかけ、必ずや恨みの気持ちを解きほぐしてやりましょう!」

「うっ、」

 緑海は突然立ち上がるとキッチンに駆け込んだ。

「うう・・・、ゲエーッ」

「・・・・・・・」

 水をジャージャー流して吐いている。やがてさっぱりした顔で帰ってきた。

「ハアー・・。おほほ、ごめんなさいねー、昨日ちょっと飲み過ぎちゃった。あはは」

「こ、このアマ〜・・・」

 由宇は怒りに奥歯をギリギリ言わせた。これほどコケにされたのは初めてだ! 緑海は何も考えていない頭の悪い顔で言う。

「えーと、なんか話がごちゃごちゃしててよく分かんないんだけどー、わたしに淫乱のお化けが取り憑いてるの?」

「・・そうよ・・・」

「別にいいわよー、お化けでもなんでも、若くて美人でいられるんならねー」

「・・・・・・」

「でも、」

 緑海は由宇を見つめてニコ〜・・っと意地悪く微笑んだ。

「なんかさー、あなたからも感じられるのよね、あたしと同じ淫乱の気ってのがさ」

「・・・・・・」

「でもわたしほどじゃないみたいね。あなた、けっこう厚化粧でごまかしてるわよねー?」

「こ、この・・・、馬鹿にするのも大概にしなっ!」

 由宇は激昂して立ち上がった。

「この低脳アホ女! あんた自分の立場が分かってんのっ!?」

 由宇は面白そうに微笑んでいる緑海を射抜くほど睨み付け、ソファーに座り直した。落ち着け、このまま舐められっぱなしで終わってたまるか!

 由宇は改めてじっと緑海を霊視した。高校生の男の子、娘桜野葉子、青木雄二、嶋村早苗・・。えーい、こんなのじゃない、もっとこの女の胸をえぐるような心の傷はないか?・・・・。見えてきた。男、男、男・・。ほら見ろ、この淫乱女! 娘、娘、娘・・・・・・・・・・・。

 由宇は気持ち悪くなってきた。緑海はニコニコ微笑んでいる。なんなんだこの女、本当にバケモノか?・・ もう視るのが嫌になってきた。この女には負ける・・、

 いや、なんだこれは? これは・・、子ども? この女自身か? だが、これは・・、この場所は?・・・・

 緑海がニイッと笑って、由宇はビクリとした。部屋が異様に暗い。全身にゾゾゾと鳥肌が立つ。自分のすぐ後ろに異様な黒い影を感じる。しまった、と焦った。入り込みすぎたのだ、この異常な女の精神世界に。背後の黒い影がゆらり、ゆらめいた。異様な臭気。腐敗した内蔵。イモリの腹のような柔らかな黒と赤のまだら。肩に手が置かれ、ヌーッと顔が寄せられた。耳の穴に、ねちゃっと湿った柔らかいものが差し込まれた。

「きゃあっ!」

 由宇は思わずガラにもなく若い娘のような悲鳴を上げて飛び上がった。おかげで元の世界に戻ってこられた。

「せ、先生、どうされました?」

「な、なんでもないわよ・・」

 恥ずかしさを押し隠して再び座り直した。

「し、しかし先生」

「なによっ!なんでもないって言ったでしょ!?」

「し、しかし、その耳・・」

「耳?」

 自然と左耳に手をやった。幻の中でバケモノに舌を入れられた方だ。触った途端、

「イタッ!」

 まさに刺すような激痛が走った。由宇は一瞬で恐怖した。

「か、鏡!」

 加納が慌ててバッグから手鏡を出して由宇に差し出した。彼女も怯えている。鏡を覗いて由宇は絶叫した。

「な、なによこれっっっ!!!!????」

 由宇の左耳は青黒く鬱血し、頬までバリバリひびが入ったように青い血管が束になって浮き上がっていた。

「なによこれっ!?」

 もう一度絶叫した。わたしの顔が、わたしの美しい顔が!!!!・・・・

 感触が甦った。プチプチ弾けるような柔らかい濡れた粘着質の肉が、耳の穴に侵入してくる・・・・。鼻腔に臓腑の悪臭が溢れた。

「ううっ」

 由宇は転げるようにキッチンに駆け込み、さっき緑海が吐いたのと同じ場所に吐いた。腹に残っている物を全て吐き出し、横隔膜が痛くなっても胃液を吐いて吐いて吐きまくった。

「先生・・」

「来ないでッ!」

 蛇口をひねって吐いた物を流した。涙が溢れてヒックヒックとしゃくり上げた。ちくしょう、ちくしょう、こんな屈辱、あの紅倉にだって与えられたことはない! 口を濯ぎ、無理やり自分を落ち着かせた。居間に戻る。

「すみません。汚してしまって」

「別に、かまいませんよ」

 同情的に由宇を見ていた緑海が、フッと、薄い笑いを浮かべた。

「あなた、駄目ね」

 由宇は黙ってうつむいた。マスカラが涙で流れてひどい顔になっている。緑海が言う。

「あなた、わたしのことをさんざん淫乱女って言ってくれたけど、それって、あなたが見たいようにわたしを見ているだけなんじゃないの? 安っぽいわね、あなた」

 殺してやる、と思った。この女、絶対に許さない!・・・今に、今に見ていろ!・・・・・・



 三津木はさんざん迷った挙げ句芙蓉美貴の携帯に電話した。ちょうど岳戸由宇が桜野家を訪れた頃である。

「芙蓉さん? 三津木です。先生のお加減はいかがです?」

『ええ。一応落ち着いて、今眠っています』

「そうですか。・・あの・・、実は先生に話さなければならないことがあるんですが・・・」

『今お目覚めになりました。代わります』

『紅倉です。ご心配おかけしました』

「いえ、とんでもない。あの・・」

『これから岳戸さんがひどい目に遭いますよ』

「は?」

『あの方にあの人の相手はちょっと無理なようですねえ』

「あの人って、桜野葉子の母親・・ですか?」

『ええ。相手が悪すぎます』

「危険なんですか?」

『多少は。岳戸さんの悲鳴が聞こえます。ま、命を奪われるようなこともないでしょうが、出来たらあの人との対面は止した方が賢明ですね。まだ間に合いますよ。止めてさしあげたら?』

「・・いえ、少しは危ない目に遭った方が薬になっていいでしょう」

『そうですか。あなたがそうおっしゃるなら』

「・・・・先生。彼女のためにも、恥を忍んでお話ししなければならないことがあります。嶋村早苗のことです」

『美貴ちゃんにも聞かせて構いません?』

「もちろんです」

『では代わります』

『もしもし、芙蓉です。先生も聞いておられますのでどうぞ』

「はい・・。嶋村早苗のことです。わたしたちは彼女のことを知っています。生きています。今は結婚して峰谷早苗という名前になって、新潟県の直越市にいます・・・病院に入院して・・・・」

『続けてください』

「はい・・。2年前のちょうど今の時期、7月の末のことです。峰谷早苗から番組宛に相談の手紙をもらいました。こちらの判断で岳戸先生にお願いすることにしました」

『何故先生ではなく岳戸さんにお願いしたんです?』

「・・岳戸先生好みのネタだと思ったからです。わたしはその時点でその女性を単なる精神病患者と見なしていました。手紙の文章が非常にねちねちとした病的なものだったからです。そこで彼女が言うには、自分は今妊娠8ヶ月であるが、このお腹の中の子には悪霊が取り憑いている、その悪霊とは呪いのビデオから自分に乗り移ってきたものである、ということでした・・」

『・・・・・』

「・・異常、と思いますでしょう? まるで悪魔憑きの映画だ。マタニティーブルーというやつだろうと判断しました。きっと妊娠中の不安な時期にそんな映画か何かに影響されてそんな妄想を抱いたのだろうと」

『そう判断するのは時期尚早だと思いますが? ましてそう判断したのなら岳戸さんなんかに任せずに精神科の医者に相談することを勧めるべきだと思いますが?』

「そうおっしゃられると反論できません。焦っていたのだと思います」

『あなたがですか? それとも岳戸さんが?』

「彼女のためにわたしが、です・・。芙蓉さん、あなたが先生の弟子になられてテレビに登場したのがその前の5月のことでしたね?」

『そうでしたでしょうか?』

「そうです。美人のあなたと先生のコンビはすぐに評判になった。一方その頃岳戸先生はすっかり人気が凋落して・・、わたしは彼女に起死回生のチャンスを与えてあげたかったんです」

『そのために・・峰谷、早苗さんを利用しようとしたわけですね?』

「そう言われればその通りです。・・話を進めます。

 まずわたしとスタッフが彼女の元を訪れて取材しました。彼女の夫は長距離トラックの運転手をしていて、住まいは運送会社の小さな社宅でした。峰谷早苗はとても理知的な女性に感じました。言葉付きは丁寧で物静かでした。しかしわたしはやはり彼女の精神状態を疑いました。嵐の前の静けさとでもいったようなものを感じたのです。彼女の思い込みは相当なものでした。自分を冷静に観察しているようで、しかし一方そもそもの呪いのビデオの所在に関してはあやふやなところがあって、やはり妄想なのではと疑われるのでした。

 わたしは岳戸先生を彼女に会わせるべきか迷いました。岳戸先生に霊視させてどうなるか? 彼女の精神状態を悪化させてしまうのではないか? しかし一方岳戸先生の・・大胆な霊視が劇的に彼女の思い込みを解消してしまう可能性もあるだろう。岳戸先生はあれでもお寺で修行されて、その、悩める者を救って感謝されるのをたいへん喜ぶといった善い性格も持ち合わせていますので、きちんと彼女を救うべく努力してくれるのではないかと期待し、・・頼むことに決めました・・・・。

 岳戸先生は彼女に会うなり、

 あなたの赤ちゃんはあなたを殺そうとしています。悪魔誕生の生け贄としてあなたの命を奪おうとしています。

 と言い放ちました。さすがにわたしも拙いと思いましたが、もうどうにもなりません。峰谷早苗は、

 赤ちゃんさえ無事に産まれるならわたしの命はどうなっても構いません。ただ、赤ちゃんを悪霊の餌食にはさせません。どうかわたしの命と共に悪霊も滅ぼしてください。

 と、まあ、先生の霊視にすっかり乗ってしまったのです。上手く導けば彼女の思い込みを晴らすことが出来るとわたしは期待しました。こうなるともう岳戸先生の独壇場です。水子の霊やら先祖の悪行の祟りやら、わたしには本当かどうか判断できない因縁を次々暴き立てて、

 ・・先生のすごいところはそれがビジュアルに現れるということです。ラップ音やポルターガイスト現象なんて当たり前で、霊視対象の方が呻いたり異様な体の動かし方をしたり、肌に文字が浮き出てきたり。峰谷早苗は面白いほど先生の言いなりに動きました。わたしは妊娠中の体を心配して先生に休憩を申し出ました。しかし先生も峰谷早苗も言うことを聞いてくれず、わたしは取材を中止すると勧告してようやく休憩を受け入れさせました。そこで・・悲劇が起こったのです・・・・。

 夫の勤め先から電話が入りました。ご主人が運送の途中で事故を起こして救急車で運ばれたというのです。彼女は当然ひどいショックを受けました。現場は群馬県です、身重の体でもありますし、情報が入ってくるのを不安に思いながら待つしかありません。岳戸先生は激怒して言いました、そら見ろ!大事な除霊を邪魔するから焦った怨霊が旦那を襲ったのだ!周りの者皆祟りに遭い不幸になるぞ!と。峰谷早苗の強い希望で先生は除霊を再開しました。

 虫の居所の悪い先生は徹底的に彼女をいじめました。彼女の過去のいちいちがどれだけ周りの人間を不幸にしているか説き、彼女の前世がいかに罪深いものであったか暴き立てました。峰谷早苗もそのいちいちに頷き、自分の罪を受け入れているようでした。わたしは、・・二人を対面させたのを後悔しました。どうやってこの会見を穏便に終了させられるか、そればかり考えていました。しかしそのタイミングを掴めないまま・・、突然峰谷早苗が苦しみ出しました。

 彼女は、産まれる、と言いました。まだ8ヶ月です、いくらなんでも早すぎます。とにかく病院へ運ぼうとしましたが、岳戸先生はこの期に及んでまだ除霊が済んでないと怒りました。わたしは彼女を叱りつけて、とにかく病院へ運びました。診断の結果は・・、まあどうということのないものでした。ただし医者には妊婦に無用の刺激を与えず、安静に保つようにと厳重に注意されました。取材は中止です。そうでなくともわたしはもうすっかりこの件を放送するのをあきらめていました。

 岳戸先生はまだ怒って喚いていました。峰谷早苗の方もそうです。悪魔の子が生まれる、先生に除霊していただかなくてはと賢明に訴えていました。わたしは責任を感じました。岳戸先生を叱りつけて、とにかくなんとかしろと命令しました。でなければ、あなたとは今後一切仕事しない、と。考えてみればあの時の先生も相当異常でした。

 岳戸先生は仕方なく峰谷早苗に言いました、わたしはこれから本山にこもって7日7晩あなたの赤ちゃんのために祈祷しましょう。ただし、あなたは仏に命を捧げる覚悟をしておきなさい、と。わたしは何故そんな余計なことを言うのかと腹が立ちましたが、峰谷早苗はそれでけろりと落ち着きました。彼女の精神というのも・・わたしには理解できません。

 夫の方も重体でした。命は取り留めましたが、後に障害を抱える身となってしまいました。それもこれも自分のせいに思えて、本当に申し訳なく思いました。彼のご両親とも相談して、早苗さんにはそれから出産後落ち着くまで精神科の医者をテレビ局持ちで・・本当はわたしの金で付けることで納得してもらいました。本当は訴訟騒ぎにもなりかねなかったのですが、もともと早苗さんからの依頼だということで納得してもらいました。

 峰谷早苗が赤ん坊を出産したのはそれからおよそ4ヶ月後のことでした。超遅産です。早苗さんがまだ悪霊が取り憑いているといつまでも頑張って産もうとしなかったのです。異常な精神力です。早苗さんから何度も問い合わせの電話をもらっていたのですが、わたしは岳戸先生には取り次ぎませんでした。先生を電話に出せば、またどんなひどい事態になるか分かったものではありません。わたしは、大丈夫です、先生はしっかり山にこもられて祈祷をしてくださいましたからもう安心ですよ、と言いましたが、早苗さんは信じていなかったようです。その通り、先生は山になんて一度も行きませんでした。いつまでも頑張って産もうとしない早苗さんに、最後はとうとう医者が強制的に帝王切開で赤ん坊を取り上げました。赤ん坊はまるまる太った健康体でしたが・・、早苗さんの方はすっかり駄目になっていました。ダメージがひどくてもう子どもはできなくなってしまいましたし、精神をやられていました。

 お腹を切って無理やり子どもを取り出したことで悪霊が子どもに憑くことだけは阻止できたと思っているようです。ただし自分の腹の中には悪霊が巣くっている、自分はこの悪霊を外に出さないために今後一切口を開かないのだと心に決めてしまいました。一切食事を拒否し、点滴だけで命を長らえているようです、・・・・いまだに・・・・」

 しばらくして芙蓉の冷たい声が言った。

『元は呪いのビデオから発しているのですね? 今回の事件と符合しているのに、何故今頃になってやっと告白したのです?』

 三津木は苦しく言い訳した。

「すみません・・、思い出したくなかった・・のだろうと思います・・。わたしの生涯けっして取り消すことの出来ない罪です・・。この上、それが別の事件に展開しているなど、決して思いたくなかったのだろう、と思います・・」

 紅倉美姫の声が聞こえた。

『わたしに相談してほしかったですね。あなたの心はわたしにさえその事件をひた隠しにしていましたね? あなたがそれを忘れていた、・・とは思いたくありませんね』

「・・すみません・・・・」

『失敗しましたね』

「はい・・・」

『いえ、わたしがです。まんまと相手の計略に乗ってしまったようです。岳戸さん、今悲鳴を上げていらっしゃいますよ』

「は?」

『先ほどの時点でやはり無理にでも岳戸さんを止めておくべきでした。いいですか、岳戸さんを絶対にあの家に近づけてはなりません。これはわたしからの命令です』

「あの家とは、海辺の、事件現場ですか?」

『そうです。今度こそ取り返しのつかないことになりますよ。いいですね? わたしは明日まであちらに行けないかもしれませんから』

「では、先生・・」

『美貴ちゃんに代わりますから場所を教えてください』

 三津木は芙蓉に病院の住所を告げた。

 再び紅倉美姫が言った。

『早苗さんのことは引き受けました。ですから岳戸さんの方はくれぐれもお願いしましたよ』

「はい。必ず。・・先生、ありがとうございます。どうか、よろしく、お願いします」

 三津木は立ち上がり、深々頭を下げた。


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