第11話 もう一本のビデオ
朝7時に朝食会を開いてそこで地元テレビ局のスタッフと合流した。いつも寝起きは不機嫌な由宇だが、今朝は特に悪い。6時にマネージャーの加納に起こされ、紅倉美姫が負傷したらしいと聞かされた。それはいい。機嫌が良くなった。だが寝不足と興奮でギトギトした等々力ディレクターから紅倉が事件に関係する重要人物を見つけ出し、魔界から守ったと聞かされて一気に不機嫌になった。その頃由宇は局持ちのワインをがぶ飲みしてぐっすり眠っていた。
『ちくしょう、あの女め』
と思った。由宇がアルコールを採ったのは自分の霊能力を抑えるためだ。あの女が悪霊に気を付けるようにと脅したから。その一方で自分はさっそく抜け駆けして手柄を立てやがって! 由宇は、怖かったのだ。今回の事件が得体の知れないものだというのは由宇にも分かっている。上手くあの女を利用してやるつもりだったのに、計算が狂った。
等々力の報告を聞きながら由宇は不安で苛立った。それを自分に任せるというのか? 冗談じゃない!
しかし、時間がたってだんだんいつもの調子が戻ってきた。みんな自分を頼っている。そうだ、わたしは神に選ばれた者なのだ! 紅倉美姫がなんだというのだ、あの死体女。あの女の力は死者の世界のものだ。片足を墓穴に突っ込んだゾンビ女め! わたしは違う! わたしの力は神に与えられたものだ! あんたじゃない、わたしが!神に選ばれた者なのだ!
由宇は思わず知らず口の端を笑わせ、みんなの不審の目を気にせず湯気の立つソーセージを頬張った。おいしいじゃない。わたしの力は生の力だ! 食欲のない一同を放っておいてガツガツトーストセットを平らげた。
「で、その長谷川馨って男の子はどうしているの?」
「睡眠薬を飲んでぐっすり眠っています。ここ数日ろくに眠っていなかったようで」
「ちっ、呑気に寝てるんじゃないわよ。じゃどうすんのよ?」
「はあ。やはりまずは母親に話を聞かないと。それにあっちにはいろいろ裏事情を調べているブレインがいるようですし」
「ブレイン?」
「ええ。最初に局の三津木ディレクターに電話を掛けてきたのが少女の高校の先生で、由利絵梨佳先生という女性なんです。彼女は映研・・映画研究同好会の顧問をやっていまして、少女も部員ですし、あのビデオを撮ったのがその元部員たちのようなんです。それで・・」
「なんでそんな大事なこと先に言わないのよ!」
「いや、でも・・」
由宇は忌々しく眉を吊り上げた。分かっている、それが売りなのだ、関係者に会っただけでズバズバ隠された事実を言い当てる、スーパー霊能力者紅倉美姫の!
由宇は狡くニヤリと笑った。
「そっち。その先生に先に話を聞くわ」
VTRの中心は母親との対話になるだろう。先に事情を知っておいた方が有利・・かっこよく映るだろう。
いけそうじゃない。由宇は俄然やる気が出てきた。紅倉が復帰するまでにせいぜい引っかき回してやる!
由利絵梨佳先生も不機嫌だった。朝っぱらから電話で呼びつけられて・・、まあ謝礼は弾むと言うことだからそれはよしとして、なんなのこの豪華ホテルは! こんなところバイキングフェアでしか来たことないわよ! テレビのロケってこんなに贅沢をしているの?、と思ったら、どうやらこの先生の我が儘らしい。
岳戸由宇。何を勘違いしているんだかひらひらフリルの服を着ている。
「あのー・・、紅倉さんは?」
そういう約束だったでしょうが? ディレクターは困って、岳戸は一瞬ムッとしたがすぐにニコ〜ッと気持ち悪く笑った。
「紅倉さんはちょっとトラブルに遭遇して到着が遅れているんです。いえ、ちゃんと来ますのよ。でもー・・、心配でしょ?生徒さん。わたしだって少しはお手伝いできると思うんですけど?」
先生朝食まだですの?どうぞどうぞなんっでも注文してください!、と、食べ物に釣られている自分も自分だ。フレンチトーストを頼んだ。あー、おいしい。
絵梨佳は仕方なしに岳戸に自分の集めた情報を話した。ただし、全てではない。誰でも調べれば分かることだけ慎重に選んで話した。あのビデオは5年前に青山高校の映研部員が作ったこと。桜野葉子がそれを手伝っていたらしいこと。メンバーの一人金森が交通事故に遭い、さらに錯乱して植物状態になってしまったこと・・。せっかく話してやっているのに岳戸はだんだん不機嫌になってきた。
「ちょっと先生えー。もっと面白い話してよ。何か隠してることがあるでしょう?」
ギクッ。いろいろありすぎて困ってしまう。岳戸は意地悪く笑ってじいっと絵梨佳の目を覗き込んだ。
「センセ。あなた個人的な悩み事があるでしょう? 相談に乗ってやってもいいわよ。たとえばー・・、年下の男の子との不倫とか・・」
「はあ?」
何言ってんだか、この女。腹立たしいことに自信満々だ。ちょっとはものが見えるらしいが、勘違いも甚だしい。
「けっこうです。・・でもまあ、あなたの力を信用してお話ししましょうか。あのビデオとは別にもう1本のビデオが存在するらしいんです。当時の映研の部員は5人。内一人が女の子で、どうやらその子がそのビデオでひどい目に遭わされたらしいんです。それでそもそもこの事件はそこが出発点なんじゃないかと思っているんですけれど・・」
岳戸はふうーん・・と何気ない振りをしながら頭の中で一生懸命計算を巡らせている。
「そう。それで、その子はなんという子なの?」
「嶋村早苗さん」
「嶋村早苗・・」
何気なく呟いた岳戸の顔に驚愕が走り、恐ろしく目を見開いた。
「知ってるんですか?」
「・・・・・・・・・・・。
いえ、別人よ。なんでもない勘違いよ・・・・」
とてもそうは思えない。この人は嶋村早苗を知っている。意外な接点だ。どこで彼女とつながるのか?
「それでその嶋村早苗さんなんですが、」
絵梨佳は岳戸を揺さぶろうと鎌を掛けようとした。今絵梨佳たちがいるのは長テーブルの置かれた食事会用の中ホールだ。そのドアをバーンと開いて一人の男が転げ込んできた。目が血走って殺気立っている。
「うわっ」
男は訳の分からない声を上げ、部屋を見渡した。絵梨佳と岳戸と、テレビスタッフが撮影している。絵梨佳の声と顔には保護処理を施す約束だ。男は絵梨佳を睨み、岳戸を睨んだ。
「あ、あんただな、岳戸由宇ってのは?」
男はディレクターがおいおい落ち着けと止めるのを振り払って岳戸に詰め寄った。
「あんた、なんとかしてくれるんじゃなかったのか? で、出たぞ、また、夢の中で。やっぱり彼女だ、早苗だ!」
早苗? 嶋村早苗? 岳戸はしらっと冷たい目で男を見た。
「なんとかって何よ? あなたが約束したのは紅倉美姫でしょ? わたしの知ったことですか」
「な、なに?」
男はディレクターを睨んだ。ディレクターは慌てて岳戸に言う。
「先生、そりゃないでしょう? 彼は魔界に狙われているんですよ? 今先生以外に誰に守れるって言うんです?」
「バーカ。魔界の気配なんて全然ないわよ。夢でしょ? 夢よ、あなたが勝手に見た。わたしより精神科の医者にかかりなさい」
「夢・・、ただの・・・・」
男は一気に力が抜けてへらへら笑った。へたり込もうとするのをディレクターに支えられて椅子に座らされた。絵梨佳は訊く。
「あなた、もしかして長谷川馨さん?」
男は疲れた目で絵梨佳を見た。
「あんたは? テレビの人?」
「わたしは青山高校の映研の顧問をしています由利といいます」
「へー、先生? いいなー、俺たちの頃にはこんな若くて美人の先生はいなかったなあ・・」
男、長谷川馨はへらへら笑った。この男も癇にさわるが、逃げているという印象がある。そしてひどく怯えている。
「あなたは知っていますね、放送されたビデオとは別の、イタズラビデオがあるのを?」
長谷川は笑いを引っ込めむっつり黙り込んだ。真剣さの戻った目で絵梨佳に言う。
「あんたの方がよっぽど頼りになりそうだな。よく調べたな、そのビデオのこと」
「吉田先生に聞いただけよ。でも・・、わたしの印象では、あなた方、嶋村さんに無理やりあれをやらせたんじゃないの?」
バケモノのお面を付けさせて・・・・。長谷川はもの凄く暗い目をした。
「無理やりって言えば、そうだよ。俺たちは早苗が気絶しているのをいいことに、あのイタズラをしたのさ」
「ちょっとちょっと!」
岳戸が割り込む。
「なんの話をしているのよ? わたしを無視して勝手に話を進めるんじゃないわよ!」
絵梨佳は無視した。ディレクターもカメラも無視する。長谷川が訊く。
「青木が死んで、間宮が自殺した。金森はどうしたんだ?」
「事故で入院して、そこで錯乱して植物状態になってしまったわ」
「そっか・・。やっぱり最後は俺ってことか・・。早苗の奴はそんなに俺を恨んでいたのか・・・・」
長谷川は苦悩した。ひどく後悔しているようだが、脅えばかりでなく、どこか悲しげだ。
「俺と早苗はつき合っていた。つき合うって言ったって、いっしょに映画を見に行くくらいだったけどな。あいつ、変なのばっかり見たがるから、そんなのにつき合ってやるのは俺くらいしかいなかったもんな。でもあいつ、ふだんは無口なくせに映画を観るとぺらぺら嬉しそうに感想言ってたなあ。あんなデートでも、楽しかったのかなあ・・・・。俺もけっこう幸せだったのかな?同じ趣味の女の子がいて。俺だって早苗以外にいっしょに映画見に行く相手なんていなかったもんな・・・・」
幸せだったんだろう、と絵梨佳は思った。
「ところがだ、幸せな関係っていうのは邪魔する奴が現れるものだ。それが、青木雄二だった・・・・」
長谷川の瞳に暗い憎しみの炎が灯った。
「あいつは何かと俺と早苗の仲をからかった。ガキだったんだよ。・・ま、俺もだったけど・・。
あの幽霊の家のビデオを作った経緯は知ってるのか?」
「まあ。テレビ局に売り込もうってことだったんでしょ?」
「まあね。それだって本気で思っていたわけじゃないんだけどな。遊びだよ。
言い出したのはやっぱり青木だった。もうシナリオも用意していてね。俺は当然その幽霊を早苗にやらせるんだろうと思っていたけど、青木はすっごく嫌そうに否定した。誰があんなブスを使うかよ、ってね」
絵梨佳はそれぞれの卒業アルバムからメンバー5人の写真をコピーしてカバンに持っている。嶋村早苗は・・、ひたすら地味な、若い女の子の輝きを少しも感じられない少し気の毒な顔立ちの生徒だった。
「幽霊の役でしょ?あのバケモノのお面の? そういう意味なら・・言ってはなんだけど打ってつけだったんじゃない?」
絵梨佳の失礼な言葉にも長谷川は特に反発するわけでなし淡々と言う。
「いや、あいつの美意識が許さないんだってよ。美しい少女がバケモノに変身するところがいいんだ、って。実際、あいつの連れてきた女の子はかわいかったからなあ・・」
ちょっと悔しそうだ。
「その女の子って、青木葉子さん?」
「ああ、たしかそう言ってたな、あいつのいとこだって。明るい子でマスクを付けて俺たちにもバアって脅かしてみせてたな。青木とは正反対だ」
「青木さんは暗い人だったの?」
「陰険。あいつ女の子にはけっこうもててたんだけど、もらったラブレターをクラスメートの前で平気で声に出して読んでるような奴だった」
「最低な奴ね」
「だな。でもあいつ変なコネがあって・・、そうだ、そもそもあのマスクだよ」
「バケモノのお面?」
「そう。あれはそのいとこの葉子ちゃんに合わせて作られたものだったんだが、作ったのは俺たちじゃない」
「じゃあ、売り物?」
「よく分からない。青木が用意したものだから。でもぴったりだったからな、特注品だよな。あいつはそういう変なグッズ、映画の小道具みたいなオブジェやフィギュア・・ホラーとかSFとか美少女ものとか、そんなレアな物をどこからか手に入れてよく自慢してたんだ。自分で作ったって言ってたけど、嘘だね、あいつ絵は下手だったもんな。見栄っ張りの自慢したがり屋だったのさ。くっだらねえ、見え透いてるのにな。俺はなんとかその出所を探ろうとしたが、駄目だった。そこのところに関してはあいつは口が堅かった」
欲しかったのか、それが。けっきょく長谷川も同じヲタク仲間と言うことか。
「ふうん。それで、嶋村さんだけ除け者にして男4人と青木葉子さんとであのビデオを作ったわけね? それからどうしたの? 金森さんの話ではわざわざ嶋村さんを心霊スポットと偽って現場に連れていって、幽霊を撮る振りをして、あらかじめ撮影しておいた「特撮ビデオ」を「本物」として彼女に見せたんでしょ?」
「金森の奴べらべらそんなことまでしゃべったのか?」
長谷川はフン、と侮蔑的に笑った。
「そう、試写会をやったんだ、どの程度引っかかるのか?とね。早苗は見事に引っかかった。作った本人たちはあんな作り物にと思うが、早苗は実際に現場に来て、カメラをセッティングして、自分たちが撮ったビデオだと信じていた・・・、早苗はまさか俺がグルになって自分を騙しているとは少しも疑わなかったんだろうな・・」
「あなたはどうして騙すことに荷担したの?」
「・・・・特に・・。だって、あんなに見事に騙されるとは思ってなかったから・・、ちょっとした悪戯だったんだ」
「それで?」
「早苗は異様に怖がった。根っから信じ切っているようだった。俺たちも最初は面白がっていたが、だんだん怖くなってきた。テレビじゃ10分くらいだったのか?オリジナルはまるまる1時間あるんだ、実際は40分までしか見なかったんだが、本物だって信じ切って見ているんだ、どれほどの緊張感を持っていたか、分かるか?」
想像すると、怖い。その精神状態が。
「怖かったよ、早苗の、狂乱ぶりが。まさに泣き喚いていた。ほら、バケモノがアップで出てきて「何撮ってんのよお!」ってわめくシーン。早苗もいっしょになって悲鳴を上げて、おかしくなった・・・・・・」
「・・それから、どうなったの?」
「試写会どころじゃないよ、ビデオを止めて、泣き喚く早苗を押さえつけて、いくらこれは作り物だ、俺たちが作った特撮だって言っても、女の子が見ている、顔がいっぱい映ってる、骸骨がいっぱいある、って聞かなくって、そんな物映ってないのにな、見えちゃってるんだ、早苗には。それで・・・・」
長谷川は口ごもった。顔が歪む。相当言いづらそうだ。
「それで・・、青木の奴が、バーカ、よく見ろ、これだよ、このマスクだよ!って例のバケモノマスクを早苗に見せて、そしたら早苗はますます怯えて、嫌、嫌、って。青木は腹を立てて、作り物だって言ってるだろーが!って、早苗にマスクをかぶせたんだ・・・・」
・・・・・・・・・。
「早苗は・・、気絶した・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・で、それから?」
「・・・・・・・・・・・。青木はマスクを取って・・、大笑いした、なんだこいつ気絶してるぞ!って・・・・。
そして、あのイタズラを思い付いたんだ・・・・」
「ちょっと待ちなさい。たいへんなことをしてしまったっていう自覚はなかったの? 泣き喚いて気絶したら、医者に診せなくちゃって、少なくともあなたは、思わなかったの?」
長谷川は、暗い、暗い、目をした。
「思ったさ、俺は。でも・・、だんだんと醒めていっちまったんだ、早苗の泣き喚く姿を見ていたら、な。泣いて、鼻水とよだれを垂らして、駄々をこねて、・・俺は、そんな早苗の姿を、醜い、と、思ったんだ・・・・」
「そう・・・」
多分そう思ったのは周りの目のせいだろう。特に青木。おまえこんなブスとつき合っているのかと言われたら、つい、つき合ってなんかいねえよと言ってしまうのではないか。そして、じゃあ証明してみせろよ、と。悪質だ。
「あなた方が嶋村さんにしたイタズラってなんなの?」
「気絶した早苗を練習中だった柔道部の部室に運んで、ロッカーに入れたんだ、マスクをかぶせたまま。そして、起きたときの様子を見るためにビデオカメラを隠してセットしてきた」
「結果は?」
「大成功だったよ。まさかあんなに上手くいくとは思わなかった。部員たちが練習を終えて帰ってきて、着替えを始めたところで早苗が目を覚ましてロッカーを飛び出したんだ。柔道部の連中はびっくり仰天した・・・・」
「・・・で?」
長谷川は弱々しい目で絵梨佳を見た。絵梨佳は許さない。嶋村早苗が彼ら4人を呪い殺すほど恨みに思う核心がそこにあるはずだ。長谷川は観念して白状した。
「柔道部の連中は驚いて、早苗を捕まえたんだ。目が覚めて暗い狭い場所に閉じこめられていた早苗は完全にパニックになっていた。飛び出したところに半分裸の男たちがいたんだ、その恐怖はどれほどだったことか。だが、男たちにそんな事情が分かるはずない。当然悪戯だと思うだろう。捕まえて、暴れる早苗を押さえつけた。早苗は必死でマスクを取ろうとした。だが取れない。首の後ろの紐をしっかり玉結びにしていたからな。その様子を見て男の一人が言った、おい、脱がせてやれよ、と。そしたら一人が、じゃあ脱がせてやろうぜ、って、早苗のスカートをめくったんだ。悪質だが、冗談のつもりだったんだろう。早苗は悲鳴を上げた。しかし呻くだけで声は出なかった。それで柔道部の連中もさすがにおかしいと気が付いた。早苗は・・、失禁していた・・・・。また気絶したみたいに動かなくなってしまった。連中は慌てて、ハサミで紐を切ってマスクを脱がせた。・・・・俺も知らなかったんだが、早苗は猿ぐつわを噛ませられていたんだ・・。部員がおい!おい!と呼んでも返事をしなかった。早苗の精神は・・、壊れてしまったんだろう・・・・・・」
絵梨佳は、思わず長谷川をぶん殴ってやりたくなった。ひどい。あまりに酷すぎる!
「そうだな、恨まれて、呪われて、当然だよな」
長谷川の精神も半分壊れてしまっているようだ。絵梨佳は怒りのぶつけどころを捜した。
「なんなのよ、青木雄二って男は! どうしてそこまでできるのよっ!?」
「だろう? だからさ、なんであいつが最初なんだろう?って思うんだよ。一番最後まで残して、怖がらせるだけ怖がらせて、苦しめるだけ苦しめて、それから殺せば良かったんだ。なんで俺が最後なんだろう?・・」
確かにもったいない。だが・・
「青木雄二を殺したのは、嶋村さんじゃないかもしれないわよ」
「えっ?」
「いえ、呪いってどういうものなのか分からないけれど、少なくとも物理的に青木を殺したのは・・・、桜野葉子さんらしいわよ」
「桜野・・葉子?」
「そう。青木葉子さんの現在の名前。捜索を依頼した、幽霊少女」
「彼女・・なのか?・・・・」
長谷川は困惑した。そして納得する。
「分からないが、青木ならどれだけ呪い殺される理由があってもおかしくない。ろくでもない最低な奴だったからな。でも・・、じゃあ、早苗じゃないのか?・・・・」
「嶋村さんはその後どうしたの?」
「夏休みはそれっきりだ。2学期には普通に学校に出てきたよ。俺とはもうまともに口をきかなかったけれど・・。でも表情は妙に明るくなった。やっぱり壊れてしまったんだろうと思ったが・・、怖かったのは、あのビデオを文化祭に出展しようって言い出したときだ・・」
「嶋村さんが、自分から? そんなわけないでしょう!?」
「いや、そうなんだよ。だから怖かったんだ。作ったビデオの方は青木の奴がさっさとテレビ局に送ってしまった。こんな出来のいい物を高校生のガキども相手に公開するのはもったいないってね。だから、残ったのは早苗をバケモノにしたイタズラビデオの方なんだ。みんな早苗の真意を疑った。怖かった。だが早苗は言うんだ、せっかくのわたしの名演技をみんなに見てもらいましょうよ、って」
どういう心理か?
「演技・・ということにしたかったのかしら? 恐怖のあまり、それを、いや違うんだ、あれは全部嘘、お芝居の演技だったんだ、ってことに・・」
「そうかもしれないな。俺には分からないが・・」
分かっているだろう。青木たちにそそのかされてイタズラに加わった心理も似たようなものだ。
「青木は大喜びで乗った。あいつはあのビデオを見て大笑いしていたからな。だがさすがにあのままでは人に見せられないから、早苗がロッカーから飛び出して部員たちがビックリするところまででカットしたんだ。それでも文化祭ではすぐに生徒会から上映禁止にされてしまったがな・・・」
「その後は?」
「それっきりだな。文化祭で俺たち2年は実質引退で、解散だ。早苗もやめるかと思ったら、頑張って続けていたようだな」
「嶋村さんとは本当にもうそれっきり? 3年生の1年間も?」
「ああ、それっきりだったな。ほとんど顔を合わせることもなかった。俺も、映画はもう見なくなっちまったし・・」
「そう、おしまいかあ・・」
「ああ、おしまいだ・・」
長谷川にとっても高校生活は暗い最悪なものになってしまったのだろう。自業自得とはいえ、悪い友だちを持ったばかりに。青木雄二さえいなかったら彼の高校時代は甘酸っぱい青春の思い出でいっぱいだっただろうに。
「じゃあわたしから嶋村さんのその後を分かっているだけ教えてあげましょうか?」
「あ、ああ・・」
「担任だった先生から聞いたんだけど、嶋村さんは大学受験に失敗して、浪人生活に入ったようだけど、その後はどこかに引っ越ししてそれっきり。一切足取りは掴めていないわ」
「そうか・・・」
「もし、嶋村さんが見つかったらどうする?」
「・・・・・・」
「会いたい? 会って、謝りたい?」
「・・・いや・・・・・」
長谷川は一切の気力を失って苦悩するだけになった。
「今さら許してもらおうなんて思わない。彼女も、許せないだろう。俺の彼女への罪は、一生消えないよ・・・・」
絵梨佳は無言でいた。その通りだろう。人には決して許されない過ちというものがある、のだろう。人として、何があっても絶対やってはいけないことがあるのだ。
絵梨佳は改めて青木雄二という男への怒りを燃やした。こいつこそ諸悪の根元だ!と思う。何故一番最初に死んでしまったのか? 生きていれば、罵詈雑言を浴びせて、いかに自分が最低な男か思い知らせてやるところだ!
「それで、」
すっかり抜け殻になってしまった長谷川はもういいだろう。絵梨佳は岳戸由宇に視線を向けた。
「あなたは嶋村さんとどこで会ったの?」
長谷川がピクリと視線を上げる。岳戸は不愉快そうにピクリと眉を上げつつ、白々しく言った。
「あーら、なんのことかしら? わたしがいつ嶋村さんって人と会ったなんて言ったかしら?」
「とぼけるのは止して。あなた嶋村さんの名前を聞いた途端顔色が変わったじゃない?」
「顔色なんて変えてないわよ! 小娘が生意気にあたしを値踏みするような態度取るんじゃないわよ!」
明らかに怪しい。しかし岳戸はこれで完全にへそを曲げてしまったようだ。立ち上がり、言う。
「センセ、ごくろうさま。お話くださってありがとう。参考になりました。さ、どうぞお帰りを」
絵梨佳もむっつり岳戸を睨んでやった。やっぱりこの人は人間的に三流だ。ディレクターが取りなすように間に入った。
「や、由利さん、ありがとうございました。謝礼の方をお渡しいたしますのでこちらにどうぞ」
あらまあ、この場で現金をもらえるの?と、つい絵梨佳も誘惑されてしまう。ま、いいや、岳戸由宇なんて。廊下に連れ出された。後ろで長谷川が岳戸に言い寄っているのが聞こえた。あんた、早苗を知っているのか?と。岳戸は知らないって言ってるでしょ!と怒っている。
「すみません、岳戸さんはプライドが高くてちょっと短気なところがあって」
ディレクターはしきりと頭を下げた。
「すみません、いずれ紅倉先生がいらっしゃいますので、申し訳ありませんがもう一度ご足労願えませんでしょうか? いえ、ご都合がよろしければこちらからお伺いいたしますので」
ご都合はよろしくない。学校も、もちろん絵梨佳の自宅も。
「紅倉さんはたしかにいらっしゃるんですね?」
「はい。必ず」
「じゃあ、桜野さんのマンションに行くんでしょ? あちらがよければわたしもその時にお伺いして紅倉さんにお話ししたいんですけれど」
桜野家の家は豪華マンションの最上階だそうだ。ちょっと行ってみたい。
「はい、けっこうです。では、こちらから必ず、ご連絡いたしますので、よろしくお願いします」
絵梨佳は謝礼の入った封筒を受け取った。いくら入ってるのかしら?
やかましい長谷川を振りきって由宇は自室に帰り、三津木に電話した。出るなり、
「この馬鹿! あんたなに寝惚けたことしてくれちゃってんのよっ!」
と怒鳴りつけた。三津木はなんのことか分からず戸惑っている。
「嶋村早苗よ! あんた彼女が関係者なの知ってんでしょっ!?」
『嶋村早苗? ああ、聞いた。あのビデオを作った映研のメンバーの一人だろう? 彼女はビデオ製作には関係していないって聞いたけどなあ?』
「死ね、馬鹿っっっ!!!!!」
『イテテテ・・。なんだよ? その彼女がどうかしたのか?』
「嶋村早苗よ?分かんないの!? ・・まあ、分かんないでしょうね、ボケ。えーと・・、なんて言ったかなあ? 思い出せない・・」
『なんだよ、怒るだけ怒って君も分からないのか?』
「どアホ! えーと、名前が違ってんのよ」
そうだ、優れた霊能者の自分だからこそピンと来たのだ。凡人のあんたには分かるまい。
「ほら、2年くらい前に取材して、やめちゃったのがあるじゃない、若い女で、子どものことで・・」
『・・・・・・・・』
息を飲むのが分かる。
『・・峰谷早苗か!』
「そうそう、それよ」
『ま、待てよ、彼女が嶋村早苗なのか?』
「そうよ、間違いないわ」
由宇は確信を持って言った。
『おい、なに威張ってんだよ? それじゃ・・・』
「なによ? はっきり言いなさいよ」
このボケ。
『それじゃあ、君は、いや、俺たちは、最初からこの事件の関係者ってことになるじゃないか?』
「・・・・・・・・・」
由宇は突然ギクリとした。出発前の紅倉の言葉を思い出したのだ。「霊たちは一度既にこの事件に関わっている岳戸先生の強い霊力をなんとか自分たちの都合のいいように利用できないか狙っていると思います」。それは、つまり、そういうことなのか?・・・・
由宇は、額に冷たい汗を垂らした。拙い。それをばらされたら信用は失墜し、ことによったらこの事件の責任まで問われるかもしれない。拙い。考えろ、考えろ・・・
考えて、由宇はニヤリと笑った。
「ふっふっふ」
『なんだ、またろくでもないこと考えてるな?』
「ろくでもなくないわよ。何を恐れる必要があるのよ、逆よ。彼女のことを知っているのはわたしたちだけなのよ? 紅倉も知らない。有利じゃない?」
『馬鹿だな、紅倉先生が出てきて関係者に会えばすぐに分かってしまうぞ』
「関係者って誰よ? そんな人間一人もいないわよ」
『君だよ』
「・・・・・・・」
『君、そっちで誰かから嶋村早苗のことを聞いてそれで峰谷早苗のことを思い出したんだろう? 紅倉先生が君と嶋村早苗をセットで霊視すれば一発だぞ』
「拙いわねえ。ちっ、どこまでも忌々しい女め。あの女が来る前になんとか有利な状態を作っておかなくっちゃ」
『おい、もう止せ。紅倉先生は君の責任を追及するような真似はしない。先生を信じろ。君は、・・俺たちはもう、巻き込まれて、利用されているんだよ』
「ふざけないでっ! 誰があんな女に頭下げるものですかっ!」
由宇は三津木のおいと呼びかける声を無視して携帯を切った。ふざけるな、誰があんな女に負けるものか、負け犬になんてなるものかっ!
由宇は峰谷早苗を思って薄ら笑いを浮かべた。どうしようもない不幸な女。人生貧乏くじの引きっぱなしだ。由宇には分かっている、ああいう人間は不幸が好きなのだ。自分から不幸を招き寄せている。先生、なんとかしてください、だ?嘘つけ、あなたは不幸が大好きで、不幸な自分がかわいくてかわいくて、快感なのよ! だ・か・ら、自分というものを分からせてもっと不幸にしてやったのだ。感謝しなさい。
「ふふ、ふふふふふふ」
由宇は楽しくて楽しくて、思わず声に出して笑った。不幸な負け犬女。自分は絶対ああはならない。負け犬になんてならない。負け犬になるくらいなら、
「死んだ方がましよ」
由宇は暗い瞳でじっと紅倉美姫の幻を睨んだ。
あの女は敵だ!
そう自分の霊感が言っている。
敵だ! 滅ぼせ! でないと、自分が滅ぼされる、自分が負け犬になる、と・・。