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悪い方の目で見て

作者: のんた


駅から徒歩8分、四畳半のアパート。この部屋に橙色の日が差し込む夕方頃は、決まって窓を開けて換気をする。秋の冷たい空気を吸い込み、夜のバイトに備えて軽く腹ごしらえをするか迷うが、飲み会続きの最近と、少しだけ体重が増えた事を思い出し ハッとして我慢をする。


充電中のiPhoneを手に取り、Twitterを開く。ぼんやりとタイムラインをスクロールし、更新させると、昔の友人や知り合い達の様々なつぶやきが溢れていた。

それを眺めていると私はつい、それぞれの今日という生活の一部を、ここから垣間見ているのだ、と錯覚してまう。

そこで私は、何だか世界と繋がれた気がするのだ。すっかり夢中になった私は、窓を開けっ放しにした事に気がつき、急いで鍵を閉める。部屋中はすっかりつめたい空気でいっぱいになってしまったので、外着用のダウンを羽織った。





バイトを終え、帰宅すると まだ部屋の中はひんやりしていた。一度寝転ろんでしまうと なかなか立ち上がって風呂に行く気力は湧かず、ただ ぼーっと天井を眺める。右目の視力だけが昔から悪い私には、白い電気の灯りは二重に見えた。 遠くの文字は見え辛い為、学生の頃は授業中だけメガネをかけていたが 生活に支障はないので普段は裸眼なのである。目を瞑むると、瞼の裏側に焼き付いて緑色になった電気の灯りがチカチカして遠くなっていく。

そして私は今日の出来事を反芻しながら、うっすらと意識が遠い場所にあろうとするのを感じるのだ。



10分程して、LINEのバイブ通知で自分がうたた寝していた事に気がつき、気怠い身体をゆっくり起こす。

相手は大体察しがついているのだが、一応誤って既読をつけてしまわぬよう そっと確認をする。

内容を確認して 今日もか、。と思いつつ、よたよたと立ち上がり、ガスコンロをつけて昼間の残った味噌汁を温める。昨日炊いておいたご飯と サッとあり合わせで作った炒め物を茶碗に装い、 小さな机に 専用のお箸とコップを並べる。 お茶も先に入れておこうか、などと悩んでいる間に 玄関先のブザーが鳴った。


慌てて立ち上がり扉を開けると、予想外の夜の寒さに少しだけ困ったような表情を浮かべた彼が立っていた。 それなのに「会いたかった」なんて顔をクシャッとさせて笑うもんだから、 それが嘘だって分かっててもつい嬉しくて、「私も。」 そう言って家に入るよう促してしまう。


「仕事帰りで腹を空かしていたんだ」

と、彼は残り物の味噌汁を啜りながら クシャッと笑う。温かいお茶を入れながら「ご飯、お代わりあるからね。」 そう言いながら私は彼からお酒の匂いがする事に気がついていた。

きっと途中、何処かで飲んできたのだろう、食べ物には然程ありつけなかったのか?なんて私が都合のいいように考えている間に、彼は全てを食べ終えてしまったらしい。


満足そうに腹をさする彼を眺めながら、ギラリと光る結婚指輪に目を向ける。途端に現実に引き戻された私は、 溜息を我慢し、食器を重ねて台所に運ぶ。蛇口の栓をひねり、水を流し込むと 茶碗にくっついていた米粒が、ゆらゆら水面に浮かんで彷徨っていた。

洗剤をつけてしっかり汚れを排除した後、布巾で拭いて食器を元の位置に戻していく。全ての作業を終える頃、私の指先はすっかり冷え切っていた。


テレビを見る彼の隣に座ると、おもむろにさすって暖めてくれる。それならば最初から手伝ってくれればいいのに、と不満には思うものの、それが彼なりの労い方なのだろうと思うと、どうしても愛おしくなってしまうから私は駄目だ。


そのまま手を握りしめた彼は テレビから視線を外し、真っ直ぐ私を見つめる。ああ、今日もこの流れか、なんて思いつつも私は目を閉じて身を委ねてしまうのだ。お酒とタバコの混じった匂いで彼の顔が近づいてくるのがわかる。そのまま溶ける様に生温いキスを交わすと シャツのボタンを外される。彼の吐息混じりの舌がゆっくりと首を這って胸元に下っていく。



「ねぇ、それ。外して?」



なんて。たったその一言が言えない私は、悪い方の目で彼の左手を見つめていた。


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