おちた彼は、弱いことを恥じない。
期末テストも無事終わり、執筆を再開しました。
大変長く待たせてしまって、すみませんでした。
あれ? 待っている人いるのかな?
「『あ、ぐぁ……』」
身体中に襲いかかる痛みで目が覚めた。痛む、ということは即ち自分は生きていることを認識する。
「『どう、して……?』」
何度も来る激痛の波を感じながらも、修也はひどく困惑していた。
あれだけの時間落下して、床に叩きつけられたのだ。助かるはずがない。
ましてや受け止められる人間もいるはずがないのだ。
自分が生きている理由がわからない。そんな状態だった。
力の入らない体を必死に捻り、横になる。その度に激痛が走るが、今はなぜ生きているのか知りたかった。
「『……治療の、跡?』」
腕を見れば、包帯らしきものが巻いてあった。
いや、腕だけではない。身体中に巻いてある。
(ここは……?)
ぼんやりとした意識が一気に覚醒し、今いる場所の全貌が見渡せるようになった。
ゴツゴツした天井と壁、そして滑らかな床。その場所は罠があった部屋とまるで一緒だった。
(……天井?)
修也は違和感を持つ。この部屋には天井はあれど、自分が落ちてきたはずの穴がない。
となれば、誰かに移動させられたのか、と考えるが心当たりはない。
(レンも一緒に落ちた。ならレンじゃない……そういえばレンは!?)
レンがいないことに気づいた修也は、体を起こそうとするが痛みででとうとう起きることは叶わなかった。
「『あてててて……』」
痛さに悶える修也。
しかし痛みには慣れているつもりだ。これくらいの痛みなら耐えられると、修也は歯をくいしばる。これくらいなら、立てる。
「やっと起きましたか。あ、動かないでくださいね。ポーションを使ったとはいえ完全には治っていませんから」
不意に声をかけられた。それは聞き覚えがある声で、後ろを見ればレンがいた。さっきまで眠っていたらしく、トロンとした目を腕でこすっている。
無傷なレンに首をかしげる修也。それを察してのことか、レンは苦笑しながら説明に入る。
「あの配給されたポーションが割れてなかったみたいで、なんとか助かったんです。……それにしても、ここはどこでしょう?」
周りを見渡してみた。何もない殺風景な部屋で、あるのは右と左二つの扉だけ。片方は五十層でみた扉よりも禍々しく、大きかった。
(ボス部屋ってことか。ここが第百層だとしたら……)
腰に添えられた剣を握り、考える。
運よく拾ったこの命、散らさずに地上へ出ることは可能なのだろうか。
答えは否。他の勇者はともかく、非力な修也にはここから九十九層を魔物と戦いながら登るなんてことは不可能だ。一番生きながらえることのできるのは、やはりここに篭ること。
「レン。ここの攻略で最速記録はどれくらい?」
「えっと、五週間くらいだったかと……」
しかしここにこもり続けるのもまた、不可能だった。それではいずれ餓死してしまう。
行かざるを得ない。魔物から逃げ回りながら上を目指すほうが、まだ希望がある。
「助けが来る見込みはなし。籠城してもいずれは餓死。あっはっは、さすが僕。見事な追い込まれっぷりだぜ」
「……窮地にいるのに緊張感がありませんね。はっきり言ってこの面子で外に出られる可能性は絶望的ですよ」
レンは呆れたように言った。
しかし、修也にも緊張感がないわけではない。むしろ、一番この状況を悲観的にみているのは修也だった。
しかし、修也はそれでも諦めようとは思わなかった。
「……可能性がゼロじゃなければ十分。負けることに定評のある僕だからこそ、この状況の方が上手く立ち回れる」
「……そうですか」
ボロボロになった体を起き上がらせる。所々に痛みが走るが、ポーションのおかげかさほど重症ではなかった。これなら学校で受けるリンチのほうがよっぽどダメージが大きい。
(大丈夫だ。……行ける)
久しぶりのポジティブ思考のおかげか、体が軽くなったように感じられた。
大きい方の扉を意識の外に追い出し、小さい方の扉へ向かう。
石でできた扉は、意外にも押せばすんなりと開いた。
扉の奥をそっと確認する。修也は、そこで固まった。
止まった思考を元に戻すのに五秒、状況を再確認するのに三秒、現実を受け入れるのに二秒。合わせて十秒固まっていた修也はそっと呟いた。
「…………『お邪魔しました』」
咆哮が響き渡る中、そっと扉を閉める。
扉の奥には、禍々しく、どこまでも黒く染まったドラゴンがいた。
***
「上手く立ち回れるんじゃなかったんですか?」
「異議あり! さすがにドラゴンが目の前にいるとは思っていなかったんだ!」
すぐさま扉を閉めた修也は、部屋の隅っこでレンと作戦会議たるものをしていた。
みたところ、あそこは中ボス部屋。もう一つの部屋は、ラスボスとかがいそうな禍々しい扉なので却下。やはりあのドラゴンを倒すか、逃げ切るかするしかない。
「まず、僕たちが戦えばもちろん勝ち目はない。となると、選択肢はここで助けを待つか、あそこの部屋で扉まで逃げ切るか」
「無論、後者ですね」
一見二択の選択肢があるかのように見えるが、選べるのは後者しかない。
(これは、あいつのスキル使う覚悟しておかないといけないな)
修也の脳裏に、妹の顔が浮かぶ。
妹との約束を破るのはいささか気がひけるが、背に腹は変えられない状況なのだ。
「レンはどれくらい魔法が使えるの?」
「恥ずかしながら、家庭で役に立つレベルの魔法しか。これくらいの弱い魔法なら全属性完璧に使えますが……」
ほらっと広げたレンの手にバチバチッと紫電が走る。それは他の魔法使いの魔法に比べ、とても弱々しいものであった。
あのドラゴンを倒すには到底無理である。
(でも、ほとんど何もできない俺よりかはマシだ。どうすればいいか考えろ)
修也は思考をフル回転させる。自分の身体能力、レンの魔法、相手の強さの予想、それらすべてを念頭に置いていた。
考慮して、考慮して、その結果、それでも突破する方法は見つからない。
むしろ、絶望が膨れ上がるばかりだった。
(戦うのは論外。俺にそんな身体能力はないし、レンの魔法だってあのドラゴンに効くとは思えない。せいぜい俺が痺れるくらいだ)
考えれば考えるほどわからなくなる。どうすればあのドラゴンをやり過ごすことができるのか。どうすれば生き延びることができるのか。
能力も魔法も、あのドラゴンの前では確実に防がれてしまう。
(ん? まてよ?)
同じことをぐるぐると数十回考えて、修也は違和感を覚えた。
それは小さな違和感だった。しかし、そんな小さな違和感でも修也の中ではその違和感が膨れ上がっていく。
自分たちの力では絶対にドラゴンにダメージを与えることはできない。その箇所を頭のなかで復唱する。
何度も何度も考えて、修也はニヤリと笑った。
「なるほど。こんな簡単なことに気づけなかったなんて、さすが僕だって褒めてやりたいところだよ」
「……? どうしたんですか、修也さん」
修也のつぶやきに、レンは何を言っているのかわからないといった様子で首をかしげた。
修也は口角を更に歪め、口を開く。
「君の魔法が中途半端に強くなくてよかったよ」
「どういう意味ですかそれ」
修也の言葉にレンは口をたがらせる。
その反応は妥当だろう。自分が劣っていると言われたら、誰だって不機嫌になるし、いい思いはしない。
しかし、修也は違った。レンが弱くあることを、自分が弱くあることを心底嬉し以下のように満面の笑みを見せる。
「僕だけではあのドラゴンは倒せないし、それは君だって同じ。でも、僕と君とでならば足止めする方法がある。それじゃ強者に下克上と行こうか。己の弱さを武器に、ね』」
そのときの修也の顔はとても獰猛で、それが演技であるか、本心であるかは、本人にもわからなかった。