異世界に来ても、やはり彼は彼のままである。
修也たちは、これからの予定を想像し心躍らせていた。
勇者召喚後、話が終われば戦えるように訓練するということになっているのだが、その前にスキルの確認がある。スキルによって戦い方は大幅に変わるから、訓練がみにしみた後では遅いらしい。
今まさに、スキルを確認するための準備をしている。その事実が、彼らの心を一層興奮させていた。
「それでは、この魔法陣に血をつけてくだされ」
老人にちょっと厚めのカードのようなものと、銀色に光る針を渡される。カードの裏には魔法陣が浮かんでいた。このカードは勇者証明書だという。
それをまじまじと見つめていた修也たちだったが、各自針で指を突き、血を魔法陣へと擦り付ける。
すると、鈍く発光していた魔法陣は光を失い、逆の面に文字が浮かび上がった。
(まるで最近の安っぽいラノベを読んでるみたいだ)
しかし、文字で読むのと、現実で実際に経験するのとでは、興奮する度合いが違う。既視感があるはずなのに新鮮で、結構昔に飽きたはずなのに胸が踊る。
その心を表すかのように修也は食い入るようにカードを覗き込んだ。
【名前:『シュウヤ』
称号:『三流疫者』『最弱勇者』
スキル:『劣悪な道化師』】
カードに書かれた文字の意味がわからず、首をかしげる。
(最弱勇者ってなんだよ……)
カードに書かれた文字の意味を理解し、嫌な汗が流れる。
もしこれが読んで字の如くの意味ならば、修也は少なくとも勇者の中で最も弱いことになる。もっと悪ければ、世界最弱だってあり得るかもしれない。
そこまで考えて、修也は一度そのことについて考えることをやめた。
(もしかしたら、チートな勇者の中でぎりぎり最弱だってこともあるからな。うん。落ち着け俺)
そう言い聞かせながら、未だによくわからない、劣悪な道化師というスキルについて考える。
「…………。『いやいや、意味分かんねえよ』」
思わず演技を忘れてしまうくらいには、困惑していた。こんな名前のチカラを渡されたら、誰だって困惑するだろう。
「スキルについては、念じれば大体の使い方は分かる」
そんな修也の様子を見かねてか、老人の付き添いの男が説明に入った。
(早く言えよ……)
内心で愚痴を吐く。そうしている間にも周りは確認を終えたのか、各自自分のスキルに感嘆の声を上げていた。
それに続いて、自分のスキルが一体なんなのか、と期待と不安を胸に目を閉じた。
そして、修也は目を開く。その顔は、真っ青だった。心なしか、額に多量の汗も流れている。
(え、なにこれ本当に俺のスキル? あれ? 俺つえええ展開は?)
「にぃ……。スキルどうだ……た」
修也の目は見事に死んでいた。
一華は、その様子を見て結果を察したのか、言葉を詰まらせている。その心遣いが、修也の心をより一層抉っていく。
「『一華……それじゃ、あそこの兵士さんたちにカード見せてくる』」
「あ、うん……」
完全にハイライトを失った修也は、ふらふらと覚束ない歩き方で兵士の元へ向かう。
これから、あまりにもひどいスキルを見せに行くのだ。
他の勇者は、自分に宿したスキルに一喜一憂しており、修也のことなど目に入っていない。
恐らく修也は、一憂の部分しか得られないだろう。
「ふむ、君が最後の勇者か」
「なんかもう、いつもの僕らしい酷いものですけどね」
死んだ魚のような目でなお、一応演技を続けているつもりなのか無理やり笑みを作る修也。その様はとても痛々しく、男は黙ってカードを受け取るしかできなかった。
「レチッドクラウン……? ッ! なんだこれは? ……今までこんな例は……いや、でも……」
そのカードを見たときは疑問の表情を浮かべていたが、だんだんとその声は暗くなっていき、最終的には何かとんでもないものでも見たかのような表情となった。
そんな男の言葉が決め手となり、修也の心はあっさりと折れた。死んだ目がさらに悪化し、もはや腐っているといっても過言ではない。
そんな絶望という名の崖に転がり落ちていきそうな修也にフォローの言葉がかかる。
「す、スキルが成長したという例もあるから、落ち込むんじゃない。それに、この系統のスキルは成長すれば、最強になるのも夢じゃない! ……はずだ」
修也の目に若干の光が灯る。
確かにこのスキルなら、成長すれば最強にだってなりえるかもしれない。
(いや、別に最強じゃなくたっていい。岸島たちを見返せる力があれば……)
腰巾着の二人と肩を組みあいながらスキルを見せ合っている男の方を横目に見る。
岸島は豪快に笑っていた。
(あの様子じゃ、俺なんて足元にも及びつかないようなスキルを持ってるんだろうな)
深いため息を一つ。
そして、一華のいる場所に戻ろうとする。
そのとき、男の隣にいた老人が口を開いた。
「明日、戦闘スキルの持ち主は、スキルの確認と武器になれるために軽い模擬戦のようなものを行う。今夜はゆっくり休むように」
それを聞いた修也の目は再び光を失い、腐り落ちていった。
***
「『知らない天井だ』」
いつの間にかベットで寝ていた修也は、目をこすりながら起き上がる。
見慣れない部屋に戸惑ったが、つい昨日異世界転移を体験したことを思い出す。
(そういえば、スキルの確認をしたんだっけか……)
あれからの記憶は覚えていない。
かなり弱いスキルでショックを受けていたことは、かろうじて覚えていた。
「『つーか、ここどこだよ』」
修也は、そう呟きながら部屋を見渡す。
自分のいた部屋は個室で、高級ホテルのようなものだった。
キングサイズのベッドに、敷き詰められた絨毯と壁紙、天井には煌びやかなシャンデリアが吊るされていた。
かなりの好待遇である。
あまりの待遇に声も出ず、修也が挙動不振になっていると、不意にドアがノックされた。
扉を開ければ、メイド服に身を包んだ少女がいた。
「シュウヤ様。朝食の時間でございます」
(なんか安っぽい笑顔だなー。某ハンバーガーショップなら百円で売ってそうなくらい。この笑顔百円(笑)、みたいな)
ニッコリと微笑みかけるメイドの少女に、修也はそんな感想を抱く。
もちろん、それはメイドの態度が悪かったわけではない。その笑顔は十人の男がみれば、九人は振り向くくらいの美しいものだと言えるだろう。
本人に自覚はないが、修也は演技に関してはエキスパートだ。その才能の恩恵でその笑顔に違和感を抱いたのかもしれない。
「はぁ、分かりました」
もちろんそんなことは口に出さずにメイドへとついていく。
食堂へ続く扉を開く。中は百人程度が入っても大丈夫なくらいの広さだ。
仲良く談笑しながら食べている英次と隆三の横を通り過ぎ、隅の席に腰を下ろす。そして、出された食事を修也は黙々と食べ始める。
(作戦を考えないとな。……最悪勝てなくてもいい。戦えることを認識してもらえればとりあえずのところは大丈夫だろう)
パンを頬張りながら、修也は作戦を練る。
まだ、修也はこの国の人を信用したわけではない。そもそも、修也たちはこの国の人物がどのような人格なのかも知らないのだ。
(あの王が名君なら救いはある。だが、暴君だったら……)
役立たずと認識された修也は、使い捨てられる可能性だってあるのだ。
ならば、この後にする予定の模擬戦では迂闊に負けられない。これまで、何かで勝ててきた試しがない修也だが、今回ばかりは本気で勝ちにいかないといけないのだ。
しかし、修也が勝つには、かなり厳しい状況だ。
(といっても、あのスキルじゃあなあ……。身体能力も日本にいたときとさほど変わっていないみたいだし)
修也の身体能力は、転移前とあまり変わっていない。少しだけ違和感を感じる程度だ。
それがまた、修也が勝利する確率を大幅に減らしている。
「そろそろ模擬戦開始の時間だ。早く食べ終わるように」
入り口から大声が聞こえた。おそらく兵士によるものだろう。
(はぁ、腹をくくるしかないか。俺が負けるのはいつも通りのことじゃないか。なら、『負ける前提の戦い方』で挑む)
時間も残り少ない。パンにかぶりつきながら、修也は静かに覚悟を固める。
(それに、今俺は『最弱勇者』になりきっているんだ。なら、俺のすることはただ一つ)
問い───、
例えば、弱小な自分がどうしようもない理不尽に見舞われたらどうするだろうか。
例えば、理不尽な世界も弱小な自分も変わらないのだとすればどうすればいいのだろうか。
修也は、そっと空欄に解答を埋める。
(俺は、三流な役者だから───)
それは誤解かもしれない。間違っているかもしれない。正しくないかもしれない。
しかし、それでも修也は決心する。
(そんな台本は間違えて、無視して、嘲笑って……。そして、喜劇に作り変えてやる───)
解。ぐちゃぐちゃにかき混ぜて『台無し』にしてしまえば、理不尽も何もない。