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残念である彼は、異世界に来ても結局変わることはなく。

 光が晴れる。周りの喧騒からそのことを察した修也は、恐る恐る目を開けた。


「『…………なにこの状況』」


 思わず言葉が漏れる。しかし、それ以外に言葉は出なかった。

 隣で同じく動揺している六人の男女がいたが、彼がそのことを気にする様子はない。あたりが騒がしかったのもあるが、何よりも、今の状況に理解が追いついていないからだ。


 無知というのは、大変危険なことである。例えば、国の支配者である存在が国情を知らなければ、瞬く間に国は機能しなくなりうるだろう。


 だから修也は、まず状況を理解することにした。周りの状況を把握するために心を落ち着かせ、周りを見渡す。


 絢爛豪華(けんらんごうか)───。


 そんな言葉がよく似合う部屋だった。

 漫画でよく見る王宮や宮殿を連想させるような、無数のシャンデリアで照らせれた空間。大理石が素材に使われていると思われる柱や床には、黄金で飾られている。


(流石にこれは目に毒だな)


 そんな感じで見回していると、足元に広がっている幾何学的な模様に気づく。それは、学校で見た魔法陣のようなものと酷似していた。


 学校とかけ離れた場所に、しかもワープ現象で行き着いたことに、修也は驚きを隠せない。

 そういえばライトノベルなどでこんな物語をいくつか読んだ気もするが、それでもとっさに理解するのは無理な話である。


 修也が部屋を見渡していると、不意に背後から声が聞こえた。


「……おいおい、ここどこだよ」


 どこかで聞き覚えのある声。そこで、修也は自分以外の人間の存在を思い出す。

 声のした方を振り向くと、どこかで見た後ろ姿があった。癖っ毛が目立つ金髪、乱れた制服、腰巾着の二人、そして自分の身長を優に超える長身。


(いや、なんでお前がいるんだよ)


 見覚えがあるなんてレベルではない。その男は、毎日自分に理不尽な暴力を振るうクラスメイト、岸島隆三だった。

 彼を見て、修也は学校の時のことを思い出したのか身を震わせる。

 幸いな事に、隆三はまだ修也の存在に気づいてはいなかった。

 彼に異常なまでの警戒の色を見せる修也。


 だが、その他のことに一切気にかけることができなかった。


「……もしかして、にぃ?」


「『どうわっ!?』」


 いきなり後ろから話しかけられて思わず飛び退く修也。


 後ろを振り向くと、そこには妹がいた。


(いや、だからなんでいるんだよ!)


 この見知らぬ場所で妹と会った事に、修也はもはや頭を抱えることしかできなかった。

 そして、彼女がなぜここにいるのだろうかと首をかしげる。いじめの主犯格に、自身の妹が修也と同様ワープ現象を起こしたのは、とても偶然だとは思えなかった。


(いや、これはひょっとして情報を聞き出すチャンスじゃないんだろうか)


 情報というのは、時に命に匹敵する価値を持つ。

 なにも分からない状況で行動するのは危険どころか、命に関わることもあるからだ。


「『なぁ一華(いちか)。ここがどこか分かるか?』」


「……分からない。気づいたらここにいた」


 修也の問いに、一華は首を横に振る。修也同様、彼女も今の状況をなに一つ理解していなかった。

 まあ、理解していたら、それはそれでおかしいのだが。


(となると、この状況を把握してそうなのは……あいつらだけなんだよなぁ)


 ため息まじりに、チラリと視線を横に向ける。

 そこには修也を含め七人の少年少女に膝をついて佇んでいる集団がいた。


 鈍く光る銀の鎧に身を包み、帯剣している者が三名。白いロープを深く被り、杖のようなものを持っている者が二名。聖職者らしき法衣に身を包んだ者が二名。


 もちろん、修也はこんなコスプレ集団など、知るはずもない。


(うわぁ……)


 修也は内心ひいていた。こんな痛々しい集団を見て、疑問に思わない者はそうそういない。


 そんなコスプレ集団のいる場所の奥から、一人の老人が歩いてきた。


「勇者様方。我々の召喚に応じ、異世界からようこそお越し頂きました」


 老人は膝をついて、頭を下げる。それにつられて周りも頭を下げた。


(そういえば、夢の中でも痛みは感じるらしいなー。……夢だといいなー)


 修也は自分の頰をつねった。鋭い痛みを感じ、否応なしに現実だと理解させられた。彼は、哀愁を漂わせた笑いを顔に貼り付け、明後日の方向を向く。


(これ、マジな状況?)


 ようやく現実から逃げることをやめ、思考を取り戻す。そして修也は今の状況の整理を始めた。


 勇者様方、異世界、召喚。このワードから導き出される解はただ一つ。


 ───異世界召喚、である。



 ***



 修也一行は、自分たちを召喚したという者たちに促され、別の一室へと案内されていた。

 中央に円状のテーブルがあるだけの、教室ほどの広さの部屋。先ほどの部屋と打って変わって、かなり小さめの部屋だ。

 そして修也たちはテーブルの一角に座る。どの向かいに先ほどの騎士、魔道士、神官たちが座った。


 修也は視線だけを動かし、部屋の人物を観察する。


 彼が視線を向けるのは騎士たちの方ではなく、召喚されたこちら側。


 横を見ると、端っこに座った自分の横に、当然と言わんばかりに居座る妹。彼女は常時眠そうな半目なのだが、この時ばかりは瞳がキラキラと輝いていたのを修也は見逃さなかった。オタクというやつは危機察知能力に乏しいのかと、修也は頭を抱える。


 次に、少し離れたところでこちらを睨んでいる岸島隆三とその腰巾着。ここに来る途中でこちらの存在に気づいたみたいだ。


 その横にちょこんと座る女の子。彼女は隆三の彼女の大塚(おおつか)恋六來こむく。修也は、彼女とは面識がないためよくわからない。


 最後に、なにやら真剣な表情で考えている様子の城ヶ崎英次。

 そして英次は口を開いた。


「……はっきり言って俺たちは混乱しています。学校にいたはずなのに、見知らぬ場所に連れてこられた。ですから、詳しい情報を聞かせてもらえませんか?」


 こんな状況にも関わらず、冷静に堂々とそう言った。流石は、トップカーストの連中である。肝が座っている。


「ええ、勿論」


 そして、向かい側の中央にいた老人がぽつりぽつりと話し始める。それはどこかで聞いたことのあるような話だった。


 ───曰く、この世界は人間族と魔族、そして亜人族が互いに牽制してきた世界である。

 人間族はスキルを、亜人族は魔法を、魔族は呪術を授かり、パワーバランスを均衡し、不干渉を貫いてきた。

 しかし───、一年前に突如現れた魔王と名乗るものによって魔族の力が膨大に膨れ上がり、パワーバランスは崩れ、やがて不干渉にヒビが入る。これが人魔大戦の始まりだ。

 魔族の勢力に押されつつあった、亜人と人間が協定を結ぶことで今は辛うじて互角になったという。


 このような戦争は歴史の中で多く存在しており、その時は勇者と呼ばれるものが戦うことで引き分けにまで持ち込んでいた。


 だが、待てども勇者は現れず、戦況は悪化していくばかり。故に、すがる思いで他の世界から勇者を連れて来る亜人族に代々伝わる魔法、『勇者召喚』を行うという強行にまで至ったらしい。


 そして───帰還の魔法は存在しない。こちらから出向くだけの一方通行。

 全力で魔法の研究を進めているみたいだが、一年以内の帰還は難しいとのこと。


「どういう意味だよそれ!」


 こんな話をされれば、当然荒れる。隆三の口から怒号の声が上がる。

 彼の腰巾着も、ここぞとばかりに老人たちを責め立てる。

 部屋中に響き渡る罵声。それを沈めたのは、老人の隣にいた若い男の声だった。


「分かってる。……分かってるんだよ……! 俺たちが理不尽を言っているのは!」


 ───だけど……。男は言葉を絞り出すようにして続ける。


「それでも……それでも俺たちの世界を助けて欲しい! この通りだ、頼む!」


 男は頭を円卓に叩きつける勢いで頭を下げていた。室内に鈍い音が響き渡る。その姿に、隆三の罵声は勢いをなくし、やがて申し訳なさそうな顔になった。


「顔をあげてください」


 英次が静かに、しかし決意を固めたような声で言った。


 ───俺は戦います。


 その言葉は静かに、しかし力強く室内に響き渡った。老人たちは感謝と感嘆の声を上げる。


「だって、事情を知ってなお見捨てるなんて俺にはできませんから」


「私も、お母さんには人を見捨ててはいけないと言われてますから」


「……私も」


 その言葉にどれほどの影響力があったのか、恋六來、一華の順に賛成の声が上がる。罵声をあげていた三人も、申し訳なさそうにしながら協力させて欲しいと頼み込むまでだ。


(流石城ヶ崎だな)


 困った人は見捨てられない。素晴らしい考えだ。修也は素直にそう思った。

 だけどその考えは───理想でしかない。


 たしかに英次の考えは勇者たり得る正しい考えだろう。

 ただし、それは愚である。


「ねえ、城ヶ崎くん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「……どうした?」


 学校でのことをまだ警戒しているのか、少し強めの口調で英次が言う。


「君の考えは正しい。僕も納得するほどの正論だ。だけどね城ヶ崎くん……『お前、明日死んだらどうすんだよ』」


「ッ!?」


 いつにもまして真剣な様子の修也の言葉に、英次は言葉を詰まらせる。

 ここに来るまでに修也と妹と決めたこと。『岸島隆三の前では演技を通す』という約束を破って、彼は本音を晒す。


 実際、彼らは日本といい平和な国で暮らしていた。争いといえば喧嘩くらいで、命懸けの戦いなんてどこか遠くのことだと思っていた。

 そんな彼らが銃を握らされても戦地に送り出されれば何もできずに死ぬのがオチだろう。

 それは英次も同じことだ。

 だからこそ、彼に死ぬ覚悟はあるのかと問いた。


「……大丈夫だ。きっと俺たちは戦う力を持っているから呼び出されたんだよ」


 そう言って、英次は目を閉じた。

 何かを迷走しているかのような彼の手に光が集まり───そして剣が握られていた。


「武器を司る力……。これが俺のスキルみたいだ」


 この場の全員が目を丸くする。それは老人たちも同じだった。


「いやはや、既にスキルを掌握されているとは……」


 老人が感嘆の声を漏らす。そして波紋が広がるように、老人の周りの騎士たちもガヤガヤと驚きの声をあげた。


「スキルというものは全員に宿っているんですよね?」


「ああ、間違いない」


 先ほどの、頭を下げた男が首を縦に振る。

 つまりそれは、自分もスキルがあると言うことなのだろうか。

 修也は冷静を装ってはいるが、内心高揚していた。


(これは俺の時代が来ちゃう? 無双できちゃう? ケモミミ少女もふもふできちゃう? ……神様ありがとう! アーメン!)


 修也は、妹同様オタクだ。

 声高々に宣言することはないが、ゲームはするし、ラノベや漫画だって読む。ファンタジー世界への理解は、この中では一番だという自負がある。


 ファンタジーの鉄則。スキルを自分で操れる日が来て興奮しないわけがなかった。


「……ともかく、俺たちは戦う。力があるんだったら人の役に立つことをしたい」


「恩にきる!」


 英次の言葉に男は再び頭を下げる。

 爽やかで、勇者然とした立ち振る舞い。そのカリスマ性は他の人を奮い立たせるには十分だった。


「俺たちも、手伝っていいか?」


「オネッシャス!」


「俺からも頼むっス!」


 彼らの顔に、もう残虐な面はない。

 以前の彼らからは想像もつかないくらい清々しい笑顔だ。これも、英次のカリスマ性によるものだろう。

 一人の女の子に睨まれているのにも気づかないまま、彼らは笑い合う。


「感謝します、勇者様方」


(できれば狐少女と付き合ってみたいな!)


 そんな中、修也はただ一人心の中でガッツポーズをしていた。

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