必ず君の元に戻ってくる♡
――二人とも無事!?――
上空からアキラの声がした。
――とりあえず生きてますよ!――
レインボウ・ブリッジを抜けて来たエルが笑顔で言う。
「はぁああ、助かった……」
切れる緊張に、どっと疲れが溢れ出た。優しい微笑みに千勢が僕を見つめている。
急降下してくるアキラ。
「焦ったわよぉ。一瞬、ショウのライフ・バーが消えるし」
そしてエルも合流する。
「おハルさん、大丈夫ですか?」
「ええ」
「ケガは?」
「えっ?」
千勢を抱きかかえたままの僕を見て、エルが心配そうな顔をした。
――っ!――
その視線に気付いた僕と千勢が、余所余所しくカラダを離す。怪訝な表情を浮かべるアキラ。
「アレ? 二人ともズブ濡れ……」
「えっ、ああ、ちょっと、海にね……」
一度【LiftOff】していたせいもあってか、アーマーの中までビショ濡れだった。
「やっぱ音速飛行タイプ四体じゃ、ショウには荷が重かったかぁ?」
若干、鈍い所のあるアキラで良かった。
「アレ? そういえば、いま五体いましたよね?」
と気付くエル。
「いや、話せば長い物語で……」
一旦、僕らは天王洲アイルの高層ビル屋上へと降り立った。夜明けを待つ東の空が明るんでいる。と、その時。
僕らの背後で乾いた爆発音が響き渡った。それは一つではなく、いや寧ろ立て続けに連なり幾つもの火柱を上げた。
そして、明滅を越えて赤く染まり切るヘッドセット・ゴーグルのディスプレイ。鳴り響く警報。
赤坂、四谷、水道橋はもちろん。遠く西は五反田から新宿方面。北は池袋から上野あたりまで。振り返った瞳に映る街が、次々と爆発に燃え上がり炎に包まれていく。それは続々と姿を現し、火球を吐き出すドラゴンの攻撃によるものだった。まるで空襲を受ける町の如く、瞬く間に山の手線円内が火の海と化す。
「と、東京が、燃えてる……」
僕は呆然とした。
「おハルさん、まさか、黙示録……」
エルが呟いた。
「そんなっ! 早すぎる……」
アキラが縋るような眼差しで千勢に問い掛けた。ただ、そんなアキラに千勢は悲壮な表情を浮かべて見せるだけだった。
「おハル?」
泣きそうに食い下がるアキラ。
「残念だけど……、エルの言う通りかもしれない……」
「そんな……。それじゃ何の為に、今日まで……」
両手で顔を覆い、アキラは崩れるように座り込んだ。立ち尽くすエルは、無念さに口を噤むと涙を零した。一人、状況が理解できていない僕は千勢に詰め寄った。
「千勢、何なんだ? 一体、何がおこってる?」
そうこうしている内に、自衛隊のF35Jがスクランブルしてきた。しかし、千勢の言ってた通り、その攻撃は意味を成してはいなかった。
「千勢、黙示録って、なんのことだ?」
拳を握りしめて俯く千勢が重く口を開いた。
「黙示録。それは避けようのない終末。ショウ、きのう屋上で話した通り。これは平行世界住人たちが仕掛けて来たゲーム。そして、そのゲームは次のステージに移行した……」
「次の、ステージ?」
「私たちはプレイヤー。私たちは戦うしかなかった。唯一それが、この世界を守る手段だったから。そして、私たちがドラゴンを倒せば倒すほど、彼らは新たな属性のドラゴンを送り込んで難易度を上げていった。
でも……」
「でも?」
無力感というものだろうか。千勢は苦笑を交えると続けた。
「それも過ぎると、きっと彼らは飽きるのね……」
「飽きるって、そんな理由……」
「すると今度は、ゲームのステージそのものを変えてくる。私の世界もそうだった。この東京を廃墟と混沌に追い込むの。次に、関東一円。日本の至る所で。たぶん世界中で同じことが起こる筈。そしておそらく、分身体を送り込んでくる」
「例の、サバイバル・ゲーム?」
「そう。だから、それを少しでも遅らせる為に私たちは戦い、勝ち続けるしかなかった」
「だったら、だったら僕たちは、まだ《《勝ち続けて》》いるじゃないか!?」
思わず強めた語気に、泣きそうな影を浮かべる千勢。
「ごめんなさい。私にも分からない……」
もっともな話だ。それを千勢に言っても仕方のない事だった。
「ご、ごめん、つい……」
彼女が気丈に続ける。
「彼らが、第十六世界と呼んでいた私たちの世界。初めて日中にドラゴンが現れてからステージが変わるまで半年あった。でも、今回は一日。この十七つめの世界は、私たちの時とは違う何かが起こるのかも知れない」
「十七つめ!?」
燃え広がる街を僕らは見てるしかなかった。それから、暫くの沈黙が覆った。
おそらく、実体化して東京を破壊しているドラゴンの数は、百を優に超えているだろう。最早、僕らだけでどうにか出来るレベルじゃないのは明らかだった。
これがやがて東京のみならず、日本中世界中に及んでいく。そして、その圧倒的な暴虐に諍う術を持たない街と人々が死んでゆく。今も、まさに目の前で殺戮が行われている。
だから、じっとしては居られなかった。
「なにか、なにか手は無いのか? 千勢?」
「たぶん根本的な解決手段はない。ううん、私には分からない……」
「だからって、目の前で起こっていることを、黙って見てるしかないのか?」
千勢は少し驚いた表情を見せると、何かを悟ったように微笑んだ。
「どこの世界のショウも、おなじことを言うのね」
「えっ?」
すると、アキラが泣き顔を晴らしながら立ち上がった。
「そうねっ、お母さんたちも、家の事も心配だけど、黙って見過ごす分けにもいかないよね……」
エルも涙を拭う。
「とすると、もうアレしかないですよね」
――アレっ、て?――
また蚊帳の外となっている僕を置き去り話が進む。
「ふたりとも、それでいい?」
「「うん」」
頷くアキラとエルに千勢が歩み寄る。三人は静かに肩を抱き合うと、僕から少し距離をとって背中を向け並んだ。そして、次の瞬間。
「「「フェイバリット・チェンジ!!! 聖天女!!!」」」
迸る光のシャワー。鳴り響く電子音の非常ベル。
千勢ハル、伊月アキラ、そして、妃旗エル。
彼女たちは、両手を胸の前で交差させるとそう叫んだ。
瞬間、彼女たちの全身に光の螺旋が走る。
突然に風をはらみ、その場に浮上するカラダ。
そして、螺旋の亀裂に破裂する七色の瞬き。
奇跡は、彼女たちが身に纏うもの全てを引き裂いて
――ぃやぁ~ん♥――
姿を現した。
――(*♡o♡*)わ~お♡――
僕の目の前にある生まれたままの三人の姿。
それぞれの裸体を中心に層を成して双方向回転するリボンリングの瞬き。
描かれる光の球体に、まるで立体魔法陣のように瞬く光のモザイク模様。
それは、彼女たちの露わな肢体を僕の視線から遮るよう淡く色を変えていった。
そうして、最後に一際大きな閃光を放ち、収束する光の渦が消えた時。彼女たちは究極の美少女乙女戦士聖天女へと新たに変身を遂げた。身に纏う淡いピンクとブルー、ラベンダーに彩られたパステル調のボディスーツ。それは夢可愛くも、戦いに身を費やす病みを孕んだ淡彩のバトルスーツだった。
その美しさに言葉を無くしていた僕。三人で顔を見合わせた後。千勢が言う。
「ショウ。これから話すことをよく聞いて」
「あ、ああ」
「私たちは、この聖天女で攻撃アビリティを仕掛ける。それは三位一体の相乗効果技。そうね、今の三人のバッテリー残量でも、市ヶ谷の上空あたりまで行けば、山の手線内全域のドラゴンは消滅させる事が出来ると思う。
――すごい、山の手線内全域――
ただ幾つか問題があって。
――問題?――
ひとつは、この攻撃アビリティがバッテリー全損のワンショット・ウェポンだということ。つまり攻撃終了と同時に【LiftOff】してしまうの。
そしてもうひとつは、バッテリー以上に思念力、つまり実体の体力を急激に奪うから、使用後はみんな意識を失ってしまう。
だから、気を失って落下するアキラとエルを、あなたが受け止めて欲しいの」
「あ、ああ、わかった。それはいいけど、君は? 千勢は?」
「忘れたの? 私の実体は別の世界にあるって」
「そ、そうか……」
「だから、わたしは【LiftOff】して姿を消すだけ」
「姿を消すだけって、大丈夫なのか?」
「大丈夫って?」
「だって、君も気を失うんだろ? 君のいる世界は、君以外に誰もいないんだろ?」
「そう、だけど……」
「それに、その後はどうなるんだ?」
「大丈夫。意識が戻ったら、【LiftOn】し直して戻ってくるわ。だからショウ、少しの間だけアキラとエルを頼むわね。あなたが居れば二人は心強い」
「ホントに……、ホントに戻ってくるんだよな? 千勢?」
「うん。私は、必ず君の元に戻ってくる。だからお願い。何があっても必ず生き残って……」
そう言って見つめる千勢の瞳の中で、僕と彼女の時が止まったように感じた。それは永遠のような一瞬の事だった。
すると千勢は、ふと決心するかに口を開いた。
「でも、消えちゃう前に言っておく。アキラ、ごめん。やっぱり私も、ショウのことが好き……」
――えっ?―― 驚くしかない僕。
そんな千勢にアキラが言う。
「《《ショウ》》ねぇ……。こんなののどこがイイんだろ? しょうがねぇなぁ……。じゃ、おハルが戻って来たら、正々堂々と決着つけようか?」
「うん」
そう言って笑みを交わす二人。
「いいないいなぁ! エルも、立候補しちゃおうかなっ!?」
――えっ!?――
そうして、僕たちは市ヶ谷上空へと飛び立った。
♥♥♥
『聖三位一体相乗増幅放射!!!』
中空でトライアングルに向き合い、三人は両手を繋ぐかに伸ばすとそう叫んだ。
天を突いて立ち上る七色の光の柱。
それは東京の空一面を染めると、眩い光の雨となって全域に降り注いだ。
音の無い世界。
無数のドラゴンが、浄化されるかに形を無くしてゆく。
――どれくらい降り続いただろうか?――
燃える炎は小さくなり炭と変わった。
光の雨は、やがて降り止んだ。
煙の立ち込める瓦礫の街を、登る朝陽が明るく染めてゆく。
同時に、千勢ハルの姿が薄れ消えてゆく。
――千勢――
最後に、彼女は微笑んで見せた。
僕は気を失って眠るアキラとエルを両腕に抱えると、崩れかかった雑居ビルの屋上に向かって降下した。もうバッテリーも殆ど無い。
――こんな夜が、こんな日々が、これからも続くのだろうか?――
廃墟となって広がる東京を見下ろしながら幾つもの疑問が沸いてでた。ただ、夜を徹して戦った疲れが考える事を打ち消してゆく。それでも千勢が帰ってくるまで、彼女が戻ってくるまでは、僕はアキラとエルを守って生き残ろうと思った。
――必ず君の元に戻ってくる――
そう言って消えた千勢ハルとの、それが交わした約束だったから。
――俺の――
「そう、俺の戦いは、まだ始まったばかりだ!!」
プリティメイデン♥セブンティーン~消滅世界黙示録【DragonStage/完】