絶対死なせない♡
「千勢さん♡」
バラバラに引き裂かれたドラゴン。それは燃えるような光に包まれ、蒸発しながら落ちていった。間一髪千勢に助けられた僕。レインボー・ブリッジ手前の東京湾上空で彼女と合流する。
―― !! ――
が、イキナリ彼女の平手打ちが僕を迎える。
――えっ!?――
「バカ! 絶対に無理はしないでって言ったのに!!」
彼女は泣きそうな顔をしていた。
「ご、ごめん……。なんとかしなきゃって、無我夢中で……」
「もし、あなたに何かあったら……」
――えっ♡――
「……」
躊躇いに瞳を伏せる千勢。暫しの沈黙の後、彼女は俯いたまま話を始めた。
「あのね……。わたし、ハルから、この世界の千勢ハルから預かった伝言があるの」
「伝言?」
「そう、あなたに……」
「俺に!?」
「あなた、千勢ハルの事が好きだったんでしょ?」
――あれ? 何でそれを――
「アキラから聞いているわ」
――あいつ――
そこで彼女は、ようやく僕と目を合わせた。
「ハルも……、彼女も貴方の事が好きだった……」
――ん……? えええっ!!―― 驚くしかない。
「でも、親友のアキラに遠慮して、最後まで言えなかったって……」
「アキラに?」
「気付いてるでしょ? アキラも、あなたのことを……」
なんと反応して良いのやら。僕の部屋での出来事が頭の中を過っていた。
「……」
黙っていると、やや冷たい目で千勢が僕を見ているのに気付いた。
「い、いやぁ、な、なんとなく、そうじゃないかと……」
「これはアキラも知らない話。ごめんね、こんな時に。でも、こんな時だから言うの。私の大切な仲間だったハルとの、最後の約束だから」
――最後の――
「そして、この先に起こる事から、あなたを守って欲しいって、私はハルに頼まれた」
「俺を守る?」
「そう。あなたを仲間に引き込んだのも、一緒に居れば守ってあげられると思ったから。たぶん、アキラも同じことを思ってる」
「……」
「だから、あんまり無茶はしないで……」
「そんなことが……」
「ごめん、たたいたりして。でも、もしあなたに何か――」
そこから彼女の話が耳に入って来なかった。
――僕は、調子に乗っていたのかもしれない――
てっきり、頼られているとばっかり思っていただけに多少ショックだった。僕は千勢の話を遮った。
「でも千勢さん。だからって君が、俺の犠牲になるようなマネだけはしないでくれ。正直、まだ実感が沸かないんだ。こんな時だから俺も言うけど、君は俺の知ってる千勢じゃないのかもしれない。でも俺は、ずっと千勢を見て来た。少なくとも、この数ヶ月は君の事を」
「ショウ君!」
今度は彼女が僕の言葉を遮った。そして、その想いを遠ざけるように視線を逸らした。
「ごめん、私が一方的過ぎたのかもしれない。もっと違う時に、話をするべきだったのかも」
「いや、俺はただ」
「違うの! そうじゃないの。そうじゃなくて、わたし……」
彼女は悲し気に表情を曇らせた。
「あのね。わたしにも、昔好きな人がいたの。それは……、それは別世界のあなた。わたしの世界の、コトクショウ……」
「別世界の、俺……」
「レジスタンスの彼は、わたしを守って死んだ。そして、ハルも私の身代わりに。そんな二人の命を奪ってしまったのがわたし。だから、だからきっと私は、あなたの千勢ハルの代わりにはなれないし。あなたは、私のショウの代わりになってはいけない……」
――君を守って、死んだ――
その言葉が重く響いた。17歳の僕には、実感のない言葉だった。果たして僕に、それだけの覚悟があるのか? ここまで、確かにノリと勢いだけで来た所はある。それでも、千勢やアキラの涙に心を突き動かされたのは本当だった。何より、たった今も、こうして戦い続けているのは、紛れもなく目の前に居る千勢を守りたい一心からだった。
――俺は――
「それでも俺は、君に守られるんじゃなくて、君を守りたい。自分でも良く分からないけど、そう、アキラも、エルちゃんも。少なくとも、一緒に戦って君たちを守りたい。それもダメなのか?」
「ショウ君……。だけど、わたしは……」
僕の問いに、千勢が何かを答えようとしたその時。
――!?――
三度、ヘッドセット・ゴーグルのディスプレイが、赤く明滅を始めた。
♥
鳴り響く警報の中、千勢が呟く。
「そんな……」
奔る緊張。
「千勢さん、話の続きは後回しだな。それより、毎晩こんなにハードなのか?」
「いいえ、こんなの初めてよ……」
ゴーグルのディスプレイに空間の歪みが増えてゆく。どうやら、僕たちを取り囲むようにドラゴンが出現しているらしい。
「ろ、六体も……」
「俺のバッテリーが40%弱。君も30%ちょっと。で、音速タイプのドラゴンが六体。計算が合わない、だろ?」
「私は、あと一体を撃ち落とすのが限界」
戦い慣れている筈の千勢が動揺している。
「俺、省エネの拳銃にしといて良かったぁ、ハハ……」
無理に笑ってみた。
そんな僕に、彼女も冷静さを持ち直そうと表情を変える。
「ショウ君は設定が上手ね。確かに拳銃の銃弾速度なら、プラス音速飛行で確実にドラゴンのスピードを捉える。それにしても、さっきの、あの花火みたいなのはナニ?」
次々とドラゴンが、その頭を現し始める。
「あっ、発煙焼夷弾のこと?」
「飛行アビリティに光学迷彩。攻撃アビリティは一つしか設定出来ない筈でしょ?」
「もちろん一つさ。火器って大まか設定だけど」
「そんなのアリ?」
一体、また一体とドラゴンが全貌を現す。
「あっ、でも、アビリティ・アクセスする時に、明確な火器のイメージが出来なきゃだけど」
「ショウ君って、ミリオタだったんだ?」
「いや、DVRGの第二世代は、アビリティ・ウィンドウが二つしかなかったからな。色々と試行錯誤して試してたんだ。どれくらいの言語幅を読み取ってくれるか」
「ヘビーユーザーってわけね?」
間もなく完全体となった奴等に僕らは囲まれた。
「にしても、俺も落とせて二体が限度……」
「ここはなるべくバッテリーを消耗しないように時間稼ぎしないと。アキラとエルが来るまで……」
「ああ。囲まれてるのはマズイ。やっぱり海上に出よう」
「分かった」
そして、奴らが獲物を狙うように回遊し始める。
「先行する。俺の火器なら小分けで撃てるし。千勢さんのは、いよいよになるまで温存してくれ」
「OK」
「思念崩壊火器!!」
僕は汗ばむ両手に拳銃《ベレッタM9A5》を握ると、千勢に無言で頷いた。そして、彼女が頷き返したのを合図に、僕らは一斉に飛んだ。
千勢が続くのを確認し、僕はスピードを上げる。
あっという間に越えるレインボウ・ブリッジが遠ざかる。
そして、南東に出現したばかりのドラゴン一体に銃撃を集中した。
至近距離から放たれる銃弾がドラゴンを撃ち抜く。
燃え上がる光の炎。
奴は蒸発に意味消失した。
囲みを突破した僕は右に急旋回する。
「千勢さん! 君は真っすぐ!」
――えっ!?――
「まだ奥の手があるんだ!」
――奥の手!?――
「思念崩壊火器!!」
瞬間。新たに更新されて左手に飛び込むサウスポー用の64式改7.62mm小銃。その切っ先には銃剣付きだ。僕は背中の盾を右手に装着した。
呆れるように驚く千勢の声。
――なにそれっ!?――
「白兵戦用。ガンダムみたいだろ?」
――こんな時に、ばか!――
「褒め言葉、ってことにしとくよ。俺は時計回りに南側のを殺る。それまで君は北側のを引き付けてくれ!」
――分かった。でも、ムチャはしないでね――
「わかってる♡」
と答えたものの。ハナから無理は承知の状況だ。
逃げる僕らに他のドラゴンが気付く。
その内の一体に僕は突進した。
抵抗の火球が乱れ飛び僕を襲う。
僕は盾を正面に据え構わず突っ込んだ。
アーマーの延長線上である盾が次々と炎を砕く。
「いける!」
僕はドラゴンに仕掛けた。
「いまだ!」
接触する直前。
僕は右のバレル・ロールで軸線をずらす。
回転から擦れ違いざま。
ドラゴンの左翼を64式の銃剣で切り裂いた。
「どうだ!?」
エルの言った通り音速タイプの装甲は脆かった。
翼半分の浮力を失ったドラゴンが落下してゆく。
ただ、いずれ再生するのは織り込み済み。
こうして今は時間を稼ぐしかない。
僕は立て続けに三体目を狙った。
走り抜けるように今度は左にバレル・ロール。
同じく翼を切り裂かれたドラゴンが落ちてゆく。
「他の三体は!?」
高度を大きく下げターンする千勢。
左右に旋回を繰り返す彼女が追われている。
「千勢っ!」
僕は盾を背中に装着し直すと、更に右旋回で急降下した。
「クソッ! もっと、もっと速くだっ!!」
すると、【DreamLift】のアビリティ・アクセスが反応する。
僕の全身から光のシャワーが波を打って弾け飛ぶ。
突然に鳴り響く電子音の非常ベル。
ゴーグルの表示速度が一気に倍に跳ね上がる。
瞬く間に僕は千勢を追うドラゴン編隊上へと迫る。
「千勢! 上昇しろっ!!」
僕の声に急上昇を掛ける千勢。
僕は64式を振り下ろし、引き金を引く。
「落ちろっ!」
ショートストロークピストンが7.62mmを連射する。
が、銃弾を躱しドラゴンの編隊は消えるように三方に散った。
「ナニっ!? 読まれてる!!」
次の瞬間。
入れ替わった背後上空から無数の火球が襲い掛かる。
――避け切れない!――
爆炎衝撃が僕の全身を繰り返し打ち据える。
「ぅあっ!!」
――ショウ!!――
炎に包まれる僕は、高速のまま落下した。
そして、真っ逆さまに海面へと激突する。
破壊的な衝撃に朦朧とする意識。
口の中に海水が入ってくる。
体が言うことを効かない。
暗い水底へと沈みゆく。
光が、消えてゆく。
――ユキセ――
♦
なんで、こうなった?
ただ僕は彼女が好きだった。
セーラー服姿の彼女が。
バス停の列に並ぶ彼女が。
校舎の下駄箱で靴を履き替えている彼女が。
廊下で擦れ違う彼女が。
教室の窓辺で佇む彼女が。
夏の陽射しの中、校庭で走る彼女が。
いつもアキラやエルと一緒に笑う彼女が。
♦
――千勢――
一瞬、気を失っていたのか? 僕は息苦しさに意識を取り戻した。
――息が――
カラダは相変わらず自由が利かない。いつのまにか――LiftOff――している。
――このまま溺れ死ぬのか――
水中の暗闇が絶望の淵を見せる。
――ダメだ、息が切れる――
僕は最後の一息を吐き出した。
――チクショウ――
再び口の中に海水が入ってくる。が、その時。同時に僅かだが空気が送り込まれる。それは希望に飢えた僕の肺とカラダ、その奥にまで沁みわたる。息を吹き返すように僕は瞳を開いた。
するとそこには、千勢がいた。彼女は僕を正面から抱きかかえ、閉じる瞼に口移しで息を吹き込んでくれていた。
――絶対死なせない――
錯覚だろうか? そんな言葉が聞こえたような気がした。そして、水の中なのに、彼女の瞳から涙が零れて落ちているように見えた。
――千勢……。千勢…。千勢。千勢、千勢、千勢、千勢っ!――
俺はどうしようもなく、やっぱり千勢が好きだ。
――そんなに呼ばなくても、ちゃんと聞こえてるよ。ショウ――
彼女は涙顔に笑顔を浮かべた。
その微笑みが強烈な覚醒を呼び起こす。僕は彼女を強く抱きしめると心の底から叫んだ。
「レッツ! リフトオン!!」
瞬間、光のシャワーが弾け飛ぶ。
(0.5秒)
突然に水中を震わせ、鳴り響く電子音の非常ベル。
(1秒)
突如、頭上に現れる眩い光体。
それは水の煌めきを引き裂いて姿を現した。
(2秒)
水中に抜け出し輝くもう一人の僕。まるで亜空間から現れたそれは、僕に輪郭を重ねるよう舞い降りた。
(3秒)
体中に漲る想い。荒ぶる肉体。僕は水面を掴むかに左手を突き伸ばすと、再び呪文の如き言葉を叫んだ。
「召喚! 装甲騎士!!」
瞬間、僕のカラダに光の螺旋が走る。
(3.5秒)
突然に風をはらみ、千勢と共に海中を浮上する僕のカラダ。
(4秒)
そして、螺旋の亀裂に破裂する七色の瞬き。それは僕の身に纏うもの全てを引き裂いて姿を現した。
僕らの体を中心に層を成して双方向回転するリボンリングの瞬き。そこに描かれる光の球体。まるで立体魔法陣のように瞬くモザイク模様。それはドミノ倒しに色を黒く変えると、最後に一際大きな閃光を放ち光の渦を収束させた。
この間、全6秒。
僕は右腕に千勢を抱えたまま中空へと躍り出た。
「千勢!」
彼女は言葉なく、ずぶ濡れの泣き顔で微笑んだ。が、事態は容易ならないところまできていた。二人ともバッテリー残量が20%も無い。残る音速ドラゴンは再生した二体を含め五体。それは上空で円を描く様に待ち構えている。
「千勢、まだヤレるか?」
彼女は小さくもしっかりと頷いた。
その時だった。
西からレインボウ・ブリッジを越え、爆音を響かせ天に一筋の炎が走る。
平行してブリッジを潜り、轟音を携えて水面を切り裂き水飛沫が走る。
そして、二人の声が木霊した。
「思念水圧破砕!!」
「思念火炎灰燼!!」
海面から撃ち上がる巨大な五本の水柱。
その水圧砲は上空のドラゴンを撃ち抜き砕く。
次の瞬間。空を駆ける火炎の渦が全てを跡形もなく焼き払った。
そこには、火神の如き天女。赤線で彩られる黒いバトルスーツに身を包んだ伊月アキラ。
そして、水神の如き天女。青線で彩られる黒いバトルスーツに身を包んだ火旗エルの姿があった。
「アキラっ!」「エルっ!」
「「お・ま・た・せ・♡」」
つづく
最終回「必ず君の元に戻ってくる♡」お楽しみに♪(*´艸`*)ムフッ♥