9.祓い屋 安曇天都
僕は怖がりだ。それは自覚している。だけど、怖い話は好きだ。趣味と言ってもいい。
それは今まで一度もそういった恐怖体験とは縁の無い生活を送っていたからこそ、の興味だったのだけど、このところ妙な経験をするようになった。
思えば、よくわからないうちに組むことになった留目科学捜査官と付き合いだしてから変な事が起きだしたと思う。それはつまり、留目さんが元凶と言えるだろう。
留目さんは、見た目はとても強面でヤクザのような顔をしているが、口調は丁寧で真面目な人だ。ただ、その見た目に反して、やたらと僕のツボをつく怖い話などをよく知っていて教えてくれる。
今までは、僕の抑えがたい好奇心が勝りつい聞いてしまっていたけど、だんだん洒落にならなくなってきた気がする。
僕は、第三者的に楽しむ分のオカルトは大好物だが経験者にはなりたくないのだ。
これは、オカルト好きの中でも大きく別れるところだけど、実際怖い体験がしたくて心霊スポットや禁忌な遊びなどをするタイプと、僕のように体験やフィールドワークなどはせずエンターテイメントとして楽しむタイプと別れる。
そんな僕が、怖い思いや信じられないものを見てしまうのは甚だ遺憾なのだ。
「五十里さんどうしたのですか?難しい顔をして」
留目さんが僕に話しかけた。ちなみに今は事件現場からの帰り道。これから持ち帰ったものを鑑定しなくてはならない。
「留目さん。もう僕に関わるのをやめてくれませんか」
「関わるなとおっしゃいましても所長命令ですし」
「仕事は仕方が無いですけど、オカルト系の話とかそういうのはやめてください」
第一、なんで所長が一介の研究員に捜査官と組ませるのか判らない。仕事によっては捜査を必要としたり、科捜研独自でしなくてはならない時もあるけど、こう何度も組まされるのは腑に落ちない。基本的に僕は科捜研のラボで仕事をする。捜査活動はメインではないはずだ。
「そうですか、残念です」
案外あっさりと承知したようなので僕はホッとした。本心を言えば組むこと自体をやめて欲しいところだ。とにかく、話題にすら上らなければ変な事に巻きこまれるのも減るだろう。
「では、音楽でも聞きながら戻りましょう」
科捜研まではまだ時間がかかる。留目さんは気を遣って音楽をかけてくれた。
はずだった。
「…留目さん?」
「はい。なんでしょう?」
「なんでしょうじゃないですよ。これ、音楽じゃないですよね」
「一応音楽というカテゴリーになってましたが」
「いやいやいや。これ淳二の怖い話でしょう?」
「はい。私が厳選したベスト盤です」
この人は、基本的に僕の話を聞く気がないのだ。
はっきりとオカルト系の話はやめてくれと言ったにもかかわらずこのざまだ。
「やめてほしいと言いましたが」
「では、他のに変えますか?」
「どうせ、また怖い話を聞かせるんでしょ?いやですよ。どうして僕をそんなに虐めるんですか」
「虐めてません。むしろ逆です」
「遊んでるだけじゃないですか。ほんっっとに迷惑なんです」
「申し訳ありません」
ちょっと言い過ぎただろうか。でも、今までが今までだし。ひるまずガッツリと僕の意志を押し通さないと後で困るのは自分なのだ。
「五十里さんはオカルト系の話が好きだと思ってましたが、どうしたのですか?」
確かに、僕はそれを隠してもいなかったし公言していた。だからこそ、留目さんは僕に聞かせてくれたのだろう。ここは思い切って相談してみよう。
「…なんか最近変なんです。気のせいだとか見間違いだとか思っていたんですけど」
「もしかして霊感が目覚めたのでしょうか」
「違うと思うんですけど。この前も恐ろしい目に遭ったし。留目さんも怪我までしたし」
結局あれはなんだったのか判らずじまいだ。だからこそ危険なものは遠ざけるべきだと思った。
「気にしてたのですね。私は大丈夫ですし、あれだけの落雷でしたからパニックになっても仕方がありませんよ」
そうはいっても、もしかしたら僕がやらかしたのかも知れないし。本音を言うと判らないのが怖い。対処のしようがないからだ。
「もしかして五十里さん。何かに取り憑かれてると思ってますか?」
その一言に僕は凍り付いた。
それは無意識に僕が避けていた考えだったからだ。
「えっ…違う…違って欲しい…」
もし取り憑かれたことによって怪奇現象が起きているのなら説明が付く。僕は恐怖した。
「五十里さん…」
僕の様子に流石の留目さんも言葉を失ったようだ。どうしよう取り憑かれたとしたら神社かお寺か?でもお参りや墓参りに行く程度でお祓いなんて頼んだことないし。
「五十里さん。気休めかもしれませんが、お祓いをして貰ってはどうでしょう?」
「やっぱりなんか憑いてますかね?」
「私はそうは思いませんが、そこまで怯えているのであれば祓って貰った方が気持ちも落ち着くと思うんです」
「だといいのですが」
「とにかくこのままではお辛いでしょうし、鑑定も明日でもいいようですからお祓いに行きましょう」
「は、はあ」
留目さんは心当たりがあるのか僕を連れて行ってくれるようだ。今更ながらこれほど留目さんが頼もしいと思ったことはなかった。
******
「こちらです」
神社でも寺でもなかった。個人の家である。
「あの、ここは…」
「私の知り合いの家です。たぶん居ると思うのですが」
そう言うと留目さんは家に入っていった。僕は半信半疑になりながらも着いていった。
「おじゃまします」
玄関に入ると留目さんと年が近い男性が僕を見て微笑んだ。
「初めまして。どうぞおあがりください」
この男性が留目さんの知り合いのようだ。勧められリビングに上がる。
留目さんが男性に僕を紹介する。男性の名前は安曇天都と名乗った。
「安曇さん。どうでしょう?何かに取り憑かれてるようですか?」
留目さんの問いに安曇さんは、小首をかしげた。
「取り憑かれてはいないようだけど、面白いね」
「えっ!」
僕は思わず声を出した。こんなに困ってるのに面白いとは。それに安曇さんって何者なんだ?
「ああ、ごめんね。悪い意味じゃないんだよ」
そう言うと嬉しそうにニコニコ笑う。
「安曇さんは、五十里さんもご存じだと思いますよ。ほら、例のお気に入りサイトの管理人です。祓い屋の」
祓い屋!
その言葉に僕は驚いた。
お気に入りサイトでもある祓い屋とは、その世界でも有名な人でまさか本当に会えるとは思わなかったからだ。
「こ、光栄です」
「ありがとう。それより、どうして君の中にはもうひとり居るの?」
「へ?」
「面白いなぁ。ホントに面白いよ」
何を言ってるんだろう。もうひとりってなに!?
「あの、私にも判りやすく説明願えませんか?」
留目さんの言葉に安曇さんは、うーんと唸った。
「双子とかさ、そういうのでなら見たことがあるんだけど。これはちょっと違うっぽいんだよね」
元々双子なのに、実際は体が1つで生まれたというものの事で、1つの体に双子の魂が宿っている状態らしい。そんなことがあるのかは判らないけど。
「多重人格とかではなくてですか?」
「うん。ちがう。ちゃんと生きてる。別の魂が中にいるんだよね」
二人は僕を見つめた。なんだろう。すごく不安になってきた。
「僕の中に他人が居るって事ですか?」
「うん。珍しいよ。ほんと」
ええええええ!!!僕自身知らなかったんですけど!
「ま、そういうわけで。何か見えたり感じたりってその人の影響かも。慣れるしかないね」
「いや、あの、その人って、ど、どうしたらコンタクト取れるんです?僕、いやなんですけど」
「そう言われても初めてだし。こんな珍しいの。判らないなぁ」
生まれてこの方こんなに驚いたことはないだろう。僕の中に他人が居るなんて!
気持ち悪すぎる!!!
それに、よく判らない他人が中にいてそれのせいで恐ろしい目に遭ってるのなら、なんとかして貰わないともっと酷くなるかもしれない。どうしたらいいんだ。
「安曇さん。五十里さんが不安がってますから、何かできる事はないでしょうか」
「そうだねぇ。じゃあ気休めだと思うけどこれあげるよ」
そういうと、お守りを僕に渡した。
「お守りですか?」
「またなんかあったら教えて」
安曇さんはとても楽しそうだった。本当に珍しいのだろう。当の本人は気持ち悪くて仕方がないのだけど。
というわけで、僕はお守りを貰って科捜研へ戻ることになった。
ひどく落ち込む僕に留目さんは気の毒そうな目で見つめていた。
どうなるんだ…一体。
中にいるの、おっさんとかだったら萎えるなぁ。