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5.folklore

挿絵(By みてみん) 

 僕は温泉が好きだ。

 この地方の良いところは、温泉施設が充実しているところだろう。

 僕は科捜研の近場にある日帰り温泉(宿泊可)によく通っている。疲れきった体を癒すのに温泉は欠かせない。特に、大浴場から眺められる大海原は絶景で、沈む夕日が見られるのも素晴らしい。

「あ~、癒されるなぁ」

 この日は夜勤明けで、すぐに温泉へ向かった。温泉で疲れを癒して家で眠ろうと思っていた。 


 と。

「癒されますね」

 あまり聞きたくない声が応える。

 僕は一瞬で固まった。今一番会いたくない人がいる!

「…なんでいるんですか」

 僕のツッコミを無視して彼は見当違いの答えを返した。

「私も温泉は好きです」

「いや、あなたの好みは聞いてませんよ」

 だがまたしても僕の言葉は彼には届かなかった。そう、彼とは僕の悩みの種である科学捜査官の留目さんだった。彼と関わってからと言うものの、僕は碌な目に遭っていない。

「そうそう、温泉と言えばこんな話を聞いたことがあります」

「え?」

 何も聞いていないのに留目さんは話し出した。またもや怪しげな話だろうか。

 オカルト好きな僕としては、もうちょっとマシな環境で聞きたかったのだが。


「とある地方の話なんですが、その地方では通過儀礼としてある秘湯に入らなくてはいけないのです。秘湯というだけあって、そこへ行くだけでもかなり大変で危険を伴うだったらしいですよ」

 確かに、秘湯とか言われるものは、山深かったり川で遮られたり、道があってないようなところにあったりすると聞いたことがある。

「それで?」

 そんな大変危険な秘湯に入ってどうなるんだろう?と、僕は話を促した。

「ええ。それだけです」

「え?」

「なにか?」

 なんだ、この、まったくオチの無い話は。

「いや、それだけですか?その秘湯に入ると何かあったりとか、そもそもそんな危険な秘湯に入ることが通過儀礼としているなら、その理由とか、いわれとかあるんじゃないですか?」

「どうなんでしょう?私は知りません」

「えー?」

 てっきり、なんかすごい話に発展すると思ってわくわくしたのに。がっかりだ。

 そんな僕を見て留目さんはクスリと笑った。

「本当に五十里さんは怖い話が好きなんですね」

「え?いや、まあ…てっきりそっち系の話かと」

「でしたら、温泉とは関係ないですが最近仕入れた話がありますよ」

「本当ですか?じゃあ、上がってからゆっくり…」

「あれは1週間くらい前の話なんですが」

 僕の話を聞く気は無いのだろうか。またしても語り出したけど。

「ですから、休憩室でゆっくりと聞かせて…」

「この先の川沿いにそって奥へ行くとトンネルがあるのですが」

 ああ。そう、ここで話すんですね。そうですか。

 僕は諦めて話を聞くことにした。促したのは僕なのだから仕方が無い。


******

「あれは、死んだ兄さんだった」

 私の刑事時代の同僚が、そう口にしたのです。

 捜査の関係で警察署に訪れたのですが、その時見かけた彼の様子がずいぶんおかしかったので、声をかけてみたのがきっかけでした。

 真っ青で震えているんです。同僚は決して臆病な人ではありません。なので、尋常じゃない様子に私は不穏なものを感じたのです。

 彼を落ち着かせ話を聞いてみたのですが、要領を得ないもので、なんとか聞き出したものをまとめると、こんな感じでした。


 彼は釣りが趣味で、川沿いにあるトンネルの向こうが釣りのスポットなので非番の日に行ってみたのです。天気はあまり良くなかったのですが、雨の予報ではなかったので気にしなかったようです。

 しかしトンネルの方へ近づくにつれ、霧がかかってきたのです。それもとても濃いもので、数メートル先が何も見えないほどでした。

 危険だと思い引き返そうかと思ったのですが、道が狭いため、トンネルを抜けた先ならUターンが可能なのでそこまで行くことにしたのです。

 と、そこへゆらりと揺れる黒いものが見えた気がしたのです。

「人…?」

 ここまで誰にもすれ違ってはいませんでした。かなり辺鄙なところなので、滅多に人は通りません。なので、この先で事故か何かトラブルが起きたのかと思ったそうです。

 ちなみに、今はなんとかケータイのアンテナは立っていますが、トンネルを越えると圏外になるのです。電話をかけるためにこちらに来たのだと思いました。

 彼は車を脇へ寄せ、停めました。

 人影はゆらゆらしているだけで、一向にこちらに来ません。

 彼は、しばらく待ったのですが来そうにないので、車から降りてそちらへ向かいました。

「どうしましたか?」

 声をかけますが返事がありません。

「大丈夫ですか?」

 少しずつ近づきながら声をかけます。返事はありませんが、だんだん姿が見えてきたのです。


「…。」

 かすかに何か聞こえたのです。

「え?なんですか?」

「……。」

 妙に耳にさわる乾いた声でした。ですが、何を言っているのか判りません。

 と、霧が少し薄まったのでしょう、姿がハッキリと見えました。


「!!」


 それは、5年前に亡くなった彼の兄でした。

 事故で亡くなったのですが、その時の姿で立っていたのです。

 ボロボロの服に、真っ赤な血。なんとか原形を保っている歪んだ顔。

「おおおお…」

 地の底から響くような不気味なうなり声がトンネルの奥から聞こえました。見ると沢山の人影が不気味な声を上げてこちらに向かってきたのです。

 彼はビックリして、どうやって戻って来たのか判らないほど動揺して逃げ帰ってきたのです。


******


「そんな話を聞かせて貰いました」

 ああ。そう、死んだ人が湧き出てくる恐怖のトンネル…って奴ですかね…。

「あれ?五十里さん、大丈夫ですか?」

 何言ってるんですか、僕は大丈夫ですよ。なんか視界が霞んでるけど…。

「五十里さん?五十里さん?!」

 留目さんでもそんな顔するんですね。初めて見ましたよ動揺する顔…。って、なんか気持ちよくなってきたなぁ。眠いなぁ。寝ちゃおっかなぁ。



 恥ずかしながら僕は湯あたりしてしまったようだった。


 オカルト話は、湯舟できくもんじゃない。と、改めて思った。

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