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2.黒い男

挿絵(By みてみん)

 怒濤の仕事が落ち着き、束の間の休みを満喫することにした。

 以前から秘境駅に興味があった僕は念密に計画を立て、事前に申請した休みをとっていざ出発の準備をしていたときだった。


 なんとも気の抜ける着信音が鳴った。僕は荷物を詰めながら電話に出た。

「はい、五十里ですが」

「夜分遅くに申し訳ありません。留目です」

「うげ」

 つい条件反射で変な声が出てしまった。

 なんとも小憎らしい演出で僕を失神させた留目科学捜査官からだったからだ。

「変わった返事ですね」

「違います!一体何の用ですか」

「仕事です。今から迎えに行きますのでよろしくおねがいします」

「え!今からですか?僕は明日から休みで…」

「今日は大丈夫と言うことですよね」

「いやいやいや、今から行ったってすぐ日が変わるでしょう?」

「人手が足りないんです、お願いします」

 そう言われると断れない。僕はしぶしぶ承諾した。大丈夫、出発時間を少し遅らせれば良いだけだ。それくらい余裕を見て旅程を組んでいたのだ。

 

 僕が支度を調えた時、玄関のチャイムが鳴った。

「はい」

「こんばんは、お邪魔します」

「え?」

 困惑する僕を無視して勝手に上がり込む留目さん。

「ほう?良いカメラですね」

 旅の相棒である愛機のカメラをまじまじと見つめている。

「ちょ!何勝手にしてるんですか、現場に行かないと」

「申し訳ありません。きちんとお話しした方がいいと思いまして」

「何がですか」

「五十里さんがとある秘境駅へ行くと聞き及びまして」

「え?…はあ、そうですけど」

 それと事件とどう関係があるのだろう?

「これだけはお話ししておかないとと思い、夜分遅くに失礼したのです」

 ずいぶんと真剣な眼差しだ。だが、どうもおかしい。

「いやあの、事件は?」

「事件はまだです」

「は?」

「これから、かもしれません。それは五十里さん次第です」

「えー…と、話が見えないんですが」

「先ほど言った件は忘れて下さい。問題は秘境駅に現れる黒い男の件なんです」

 何を言ってるんだろう。僕の頭は混乱していた。

「あの、もしかしてまた騙しましたか?」

「ああも言わないと入れてくれないと思いまして。申し訳御座いませんでした」

 ぺこりと頭を下げる。僕はようやく事の次第を把握してきた。

「一体何なんですか。仕事だと嘘をついて上がり込んで。だいたいなんで僕が秘境駅に行くのを知ってるんです?黒い男って何ですか?」

「実は、私と組むことになった五十里さんの為に初対面で失礼をしたお詫びも兼ねて忠告をしておきたかったのです」

「ちょちょ、まって!組むことって、何ですか?僕は全然聞いてないです」

「それは決定事項なので。それより問題は黒い男です」

「は?え?決定…」

「あの秘境駅へ行くのであれば黒い男の対策をしなくては命に関わります」

 酷い話である。困惑する僕を無視して留目さんはなんとも気味の悪い話を推し進める。

「黒い男の対策ですか?」

「ええ。五十里さんなら調べてあるとばかり思ったのですが、やはりマイナーすぎて知らなかったようですね」

 

 どうやら、僕が訪れるつもりの秘境駅には黒い男の言い伝えがあるらしい。その男を見たら最後呪い殺されるという話だった。

「ずいぶんとありきたりな話ですが。呪い殺されるのなら僕の他にもそこへ行った人や普段から利用している人は大変な事になるでしょうね」

「信じられないのも無理はありません。ですが、誰でも呪われるわけではないんです。むしろその条件を満たしている人が珍しいだけで」

「よくわかりませんけど、その珍しく条件を満たしてるのが僕って事ですか?」

「おっしゃるとおりです。それに気付いたからこそこうやって出向いたわけで」

 留目さんが言う条件とは何かも判らないし、それより何故オカルト好きな僕でさえ知らなかったマイナーな呪いの話を留目さんは知っているのだろう?

「五十里さんが信じられないのも判ります。私の地元が近いために知っていただけで。かなり古い話ですから地元でも知っているのはわずかだと思います」

 とても辛そうな表情に、僕は初めてきく耳を持った。

「ホントの話なんですか?黒い男って」

「はい。言い伝えの通りならば、五十里さんがあそこへ行くのは大変危険です。ですが、ちゃんと対策を練っていれば大丈夫です。私に任せて下さい」

「何もそこまでしてくれなくても」

「いいえ、あんな事をしてしまったのですから、どうしてもお詫びがしたかったのです」

 確かに、気を失ってしまったのは失態だったけど。僕はオカルト好きを公言してたのだから、留目さんは喜ばせようとしてやったことなのだ。悪意など無かったはずだ。

 こうして今まさに旅立とうとする僕の心配をして、駆けつけてくれたじゃないか。


「判りました。教えて下さい」


                     *****


「五十里…どうしたんだよそれ」

 旅のツレが僕を見て驚いている。無理もない。端から見たら気味が悪いだろう。

「気にしないで。黒い男に呪い殺されるよりはマシだよ」

 僕は今まさに例の秘境駅へ降り立っていた。次の列車が来るのはまだ先なので、こうしてたっぷりと写真に収めているのだった。

「確かに話は聞いたけど、騙されてないか?」

「そんな訳ないよ。ちゃんと前の件で謝ってたし。第一僕を騙すためだけに夜分遅くに家まで上がり込むかい?」

 ツレはうーんと悩む。

「普通はしないと思うけど…お前っていじり甲斐があるし」

「とにかく、こうしてれば大丈夫なんだって。さあ、撮ろうよ」


 黒い男は、派手な格好を嫌う。とくにきらきら光ってたり音が鳴ったりするのがダメらしい。だから留目さんはわざわざ僕のために派手に光る装飾系のライト(遊園地で見かけるようなスティックやカチューシャみたいなもの)と、最も忌み嫌う吹き戻し(ピロピロ笛)をくれたのだった。この派手な出で立ちとピロピロ笛で黒い男は退散するらしい。これで安心して秘境駅の旅を満喫出来るというものだ。


 そんな僕に眉をひそめていたツレはそれを写真に収めた。

 それは以後ずううううっと語り継がれる事になった。


 最も騙されやすい間抜けな男の記念として。

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