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短編

フラッシュ

作者: 紀舟

「もう、みんな真ん中に寄ってよ」

「えー?これ以上無理だよ?春美ぃー」

 将一の首に腕が絡みつく。黒い筒が耳に当たった。

「綾には言ってないって」

「将一、てめぇ見せつけてんなよ」

 頭を叩かれる。べつに鉄の棒で殴られたわけではないので痛くはない。ポコンと間の抜けた音がしただけだ。

「でも、十年後の同窓会で綾の名字が鴫原に変わってたら笑っちゃうよねー」

「言えてる。ちくしょー、俺は将一なんぞに先を越されるのかー?」

 右から手が迫ってきて、首を絞められる。

「く、くるしいよ」

「みんな、動かないでよ!瀬川くんこっち向いて。由梨、もっと瀬川くんによる!有本くんは笑って」

「あ、ちゃんとカメラ回してある?」

「おっと、忘れてた」

 彼女はそう言って、インスタントのカメラのねじを回した。

 “ありがとう”と言うかわりに、こちらに笑いかけてくる。その目はうさぎのように真っ赤で、目尻には今にも零れ落ちそうの雫が、葉にしがみつくひとつの水滴のようについていた。

 将一は、友人たちの真ん中でそれを見ていた。

 いつ零れ落ちるのか、いつ泣き出すのか。

 しかし、彼女は笑っていた。

 僕も、あんな顔をしているのだろうか。

 卒業証書の入った黒い筒を握る手に力をこめる。

 今日でこの仲間たちとも、おわかれ。

「ピンボケだったらごめんねー」

 震える声。無理に明るい調子で言う。

「いっくよー」

 一瞬、自分のものではない、頬に触れる長い髪が気になった。

「ハイ、チーズ」

 フラッシュが焚かれる。

 その影で少女の涙が、ゆっくりと、落ちていく。

 フラッシュで光りながら。

 きらきらと、輝きながら、堕ちていく。


「結局あのとき魂、引っこ抜かれたんだろうな」

 十年と数ヶ月後、彼はグラスを片手に友人に語った。

「ほら、僕、あのとき真ん中だったでしょ。写真で」

「おまえなあ、のろけてんなよ」

 頭を叩かれる。パシンといい音がして、ちょっと痛かった。

「ちくしょう、俺は本当に先を越されるのか!」

 右から手が迫ってきて、持っていたグラスを奪われる。

「あ、おい」

「うるせえ、飲ませろ。俺は酔いたいんだ」

 友人はそう言って、グラスの酒を飲み干した。

「……まあ、その、おめでと」

 ぼそりとつぶやく。

 彼は笑った。

 明るい声。自然に笑みが零れる。

「ありがとう」

 そう彼は明日、結婚する。

「しかしなあ、名字が鴫原に変わったのは、綾じゃなくて春美のほうだったかあ」


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