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6:告白

「あああああ、あの!わ、わたし、英田くんのことがすすす好きです!」


普段はほわっとした笑みを浮かべている同じクラスの橋元愛美が、顔を真っ赤にしてどもりながらオレに告白してきたのは、そろそろ梅雨も明けるだろうと思われる晴天の放課後だった。

クラブハウスに向かう途中で何じクラスの女子数名に拉致られたかと思うと、何故か人気のない別棟の校舎の裏側へ連れ込まれ、何事かと目を白黒させていたらいつのまにか橋元が目の前で心許ない様子で立ち尽くしていた。

どうした?と聞いたら、先程のどもりながらの告白が返って来たのだ。

ちらりと視線を校舎の片隅に走らせると、そこには先程オレを引っ張ってきた女子たちが半分以上顔をのぞかせてこちらをじっと見つめていた。

...なんだこれ?罰ゲームか何かなのか?

オレが想の身体と入れ変わってからしばらくして、告白されたことは何度かあったが、告白する本人以外の人間に無理やり連れてこられて、その上何人かの視線に晒された中で告白されたことは一度もない。

滋だった頃に受けた告白も、どれも人目の無い場所で一対一でされたものばかりなので、今回のようなことは初めてだから色々と勘繰る。

橋元はどこか控えめなところがあって、周りの勢いに圧倒されて口を挟めなくなる性格をしているから、無理やり言わされているんじゃないのか?そんなことを考えていたら自然と険しい顔になっていたようで、橋元は顔面蒼白で小さく震えてしまっていた。

「あぁ、悪い。で?」

「...」

すっかり橋元の言葉を罰ゲームで無理やり言わされていると思い込んでしまっていたオレは続きを促したが、橋元は俯いたまま肩を震わせている。

「お、おい...気分でも悪いのか?」

さすがに橋元の様子がおかしいことに気付き、近づいて顔をのぞきこむ。

すると、橋元はふるふると首を横に振ってスンと鼻を鳴らした。

橋元が泣いている。え?なんで?

「ど、どうした橋元。ってか、オレは今ちょっと混乱していて状況がイマイチ理解出来てない。」

ようやく顔を上げた橋元は、でもすぐにまた俯いて鼻を啜った。

「わ、わたし...告白なんてしたことないからどうしたらいいかわからくて。それでミキちゃんたちに協力してもらって英田くんをここまで連れてきてもらったの...」

「あ、そうなんだ。」

そっか。嫌がる橋元に無理やり罰ゲームさせてるのかと勘違いしてたから、そうじゃないとわかって安心した。良かった―――って、良くないなコレ。

橋元の告白をすっかり受け流していたオレの態度が橋元を泣かせたというのは、さすがに理解出来る。

「悪い、てっきり何かの罰ゲームか冗談かと思って...」

「ううん。いきなりこんなところに連れてこられて迷惑だったよね。ごめんね。」

笑おうとして失敗した、そんなひきつった笑みを浮かべた橋元に罪悪感が沸く。

校舎の向こうにいる奴らの視線が気になるけど、ここはきちんと橋元の告白に対して返事をするべきだ。

「あのさ、オレ今誰とも付き合うつもりは無くて。」

オレは2年も想の身体で男として過ごしてきたけど、女として11年間過ごしてきた所為かそういう目で女子を見たことがない。

それに。もうずっとこのままかな、と思ったりしているけど、いつまた何かの拍子に元の身体に戻るかわからない。想の身体で勝手なことは出来ない。

でも―――もし本当にずっとこの身体で「英田想」として生きていかなきゃならないなら、いつか誰かと付き合ったりするんだろうか?そんなこと、今は想像すら出来ない。

「...今は、ってことは、いつなら付き合うつもりになるの?」

「へ?」

すっかり橋元の存在を忘れて思考に耽っていたオレは、橋元の質問に間の抜けた声を出した。

「それは...いつなんだろうなぁ。部活が忙しいからなぁ。」

ははは、と誤魔化すように乾いた笑いを洩らすオレに、橋元はぐいっと涙をぬぐって顔を上げてまっすぐ視線を向けてきた。

「じ、じゃあ!部活引退したら、付き合ってくれる?!」

「え?!そ、それはどうかな...橋元のことそういうつもりで見たことないし。」

急に勢いづいた橋元に思わずのけぞりながら答える。

「じゃあ!友達からっていうのはどうかな?!」

「友達?友達なら、まぁ。」

今だってクラスメイトなんだし、時々会話も交わす仲なんだから、友達といってもいいんじゃないかと思う。

橋元はオレの返事に満足したのか、ぱぁっと表情を明るくした。

「ありがとう!英田くん!」

「え?あ、うん。」

橋元はオレに手を振りながら慌てて駆け出した。そして校舎の向こうに隠れていたつもりだったクラスメイトの女子たちに合流すると何かを短く報告し、全員できゃあきゃあ声を上げて抱き合っていた。

「...何だったんだ、一体。」

告白を断られたのに、橋元は何故あんなに嬉しそうなのか。

オレだって11年間はちゃんと女として育ったのに全然その心理が理解出来ないのはどういうことだろうか?



それから、教室内で橋元はよくオレに話しかけてくるようになった。

数学の宿題の話とか今度のテスト範囲のこととか、話題は当たり障りのない内容なので、普通に会話を交わす。クラスメイトなんだし、告白を断ったからといって変にギクシャクしたまま卒業まで同じ教室内で過ごしたくはないし、橋元だって同じ気持ちなんだろうと思う。

橋元の友達だという堀田美佳とあと数人の女子たちがなにやらニヤニヤと笑いながらこちらを見ているのは少し気になるが、橋元が告白してきたときのように無理やり何かをしてこようという感じはないので放置している。

何故かクラスメイトの男子、特に吉村からは「このリア充が!」と謂れの無い中傷を受けたが、それもすぐに収まり概ね平和な時間を過ごしている。

想の身体と入れ替わってから誰かに告白されるたびに想に報告していたけど、その回数が片手を越えた頃に「そんなことまで報告しなくてもいいよ」と言われたので、今回も想には報告はしない。

それにしても想は元々は自分の身体だったというのに、あまりにも素っ気無い。

女子から告白されたって報告も、驚いた素振りを見せたのは最初の一度だけだった。

最近では順調に育っているぞと想の身体のことを報告するたびに、上の空だったり少し困ったような顔をされる。

―――そういえば、想が(オレ)の身に起こった出来事を報告してきたことは、一度も無い...

想は、もしかしたら(じぶん)にも(オレ)にも関心が無いのかもしれない。

そう考えたら、何故だか急に目の前が少し暗くなったような気がした。

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