=3話=
「うーす」
俺は山本にスクールバッグを差し上げて挨拶をした。置き勉派の俺のカバンは超軽い。
「ちゃんとおはようございますと言えんのか」
山本はその四角い顔に人の良さそうな笑みを浮かべて俺の頭をこづくフリをする。そうして先ほど声をかけようとした女子二人にも声をかけた。
二人はどうやらクラスが違うらしく、メガネをかけた方はすぐ前の――要は山本のクラスに飛び込み、体の丈夫そうな方はミチルの消えた方へ、地響きをたてて去っていった。
俺たちも山本に追い立てられ教室へむかう。
「なあ、神楽、俺さあ、あの人見る度に博物館入口付近の一角に立ってる当身代人形思い出す」
「ああ、あの縄目模様がはいってる土器持った薄着の人?」
「そうそう」
「俺も博物館のあのコーナーの前通るたびに山本思い出してるよ。図書館行く時絶対通るから、一人ニヤけてバカみたいだった」
「図書館!?神楽が!?」
「おいおい、そのいい方どうよ。って、まあ、ほとんど雑誌見に行ってるんだけどな。何せしがない仕送り生活だから雑誌なんてもん買えなくて」
「なに?月刊造園とか?」
「まあ、必要な時が来たらそれも探そうか?あいにく今は服とか髪型ばっかり作る方。けど図書館にそんな雑誌、しかも最新号おいてあるから助かる。お仕事少ないんで男前磨かないと~」
言って笑う神楽はもう十分男前だと思うが、モデル業はなかなかに大変らしい。
……男前を磨く。
ふと、ミチルが綺麗になったというさっきの話を思い出した。
なんだ、そりゃ。
======
俺の席は一番前のど真ん中。いわゆる特等席。教壇のまん前だ。初めのうちこそ居眠りもできないと嘆いていたけど、最近は居眠りもテクがついてきた。
しかも灯台元暗しっての?先生って結構後ろの方ばっかり見てるんだよね。
俺は年季の入った、歴代先輩方の落書きたっぷりの机にスクールバッグを投げ出すと、椅子にドッカと腰を下ろしてひとまず息をつく。
うちの担任は山本と違って本鈴がなってもなかなか現れないので、みんな余裕をかましてあちこちで雑談に興じていた。
俺と一緒に教室に入った神楽も自分の席にはつかず、俺の真ん前の教壇に頬杖をついて俺を見下ろす。
「しっかし眠そうだね。目、半分閉じてるよ」
「うー、姉ちゃんが研修でいないのを狙って、あのクソオヤジが家で麻雀やってさ、メンツ合わせに頭数に入れられて寝かしてくれねえんだよ」
「集、夜弱いもんね。まあ、今時夜9時に眠たがる高校生もあんまり聞かないけどね」
「寝る子は育つの!」
まあ、やっと160センチが近づいてきたことだけど……。
「しかも皆勤とれなくなるから嫌だって言ったらスタミナドリンク渡された」
「集の父さん一回会ってみた過ぎ」
「よしよし。会わせてやるから、お昼にパン買ってきて!」
胸の前で手を組み、最大限目を開いてキラキラさせるイメージで神楽を見上げる。
「何、それ」
「なんでうちの学校の購買って昼しかパン売らないんだ!?あんな修羅場、恐ろしくて近寄れねえよ。お前はいいよ、デカイからさ。けど俺は、ひー、踏み殺されるっ」
運動部とオバチャン予備軍の女子でもみくちゃになる昼の購買。以前一回チャレンジしたが、鳩尾と頭部にいい肘打ちを入れられ、それからすっかりトラウマだ。
「どんな購買だよ」
笑う神楽のむこうで、何やらウロウロしてる奴が視界に入る。察するに、どうやら教壇の中のものをとりたいが、そこを図体のデカイ神楽が塞いでいるので取るに取りかねてるといったところか。
「神楽」
俺は視線でそっちを示す。
神楽は俺の視線の先をみやり、クラスメイト宮野の細っこい体を認めると、「ん?」と促すように宮野を見た。
「あの、そこ……」
宮野はおずおずと教壇の棚の部分を指さす。
「あ、悪い」
気づいた神楽が身を引くと、宮野は「別に」とかなんとか聞き取れない程の声でつぶやくと、慌てて目的の漫画を手にして後ろの席へ戻っていった。
「そうだ、集、いよいよ来週で中免終わる」
何事もなかったように話始める神楽。
うーん、あいも変わらず怖がられてるんだな。