=1話=
別連載「コチョウノユメ」とリンクしています。
「天誅!!」
この平成の世に「天誅」というフレーズと我が身を結び付けられる高校生がいたら会ってみたもんだ。50円くらいなら払ってもいい。
始業前の廊下を無防備に歩いていた俺は背中に結構な衝撃を受け、寝不足でヨレヨレだったのも手伝って、それはそれは見事に倒れこんでしまった。
「……痛て……」
廊下に手を付き上体だけを起こして振り返ると、そこにはクサレ幼馴染の香坂ミチルが腰に手を当て、そばかすの散った頬にいやらしい笑みを浮かべて立っていた。
「へーんだ。こないだのお返しだもーんッ」
一気に上がる血糖値。
「てめえーッ!お返しっつのはなあッ!なんかされて初めてお返しっつんだよ!こないだのは不可抗力だろがッ!」
先日俺の蹴ったボールが頭に当たって保健室行きになったことをまだ根に持っているらしい。
まったく、蛇のような奴だ。しかし俺に言わせれば、あんな場外ホームランばりのシュート、当たろうとしたって当たれるもんじゃない。あれはもう当たり屋――そうそれも年季の入った当たり屋だ。
ミチルは俺にヒラヒラと手を振ると、おさげ髪を揺らしながら廊下の向こうへ消えて行った。
「くっそー……、あのやろう……」
とはいえミチルへの怒りも、父親の徹夜マージャンに付き合わされて殆ど寝ていない俺の気力を奮い立たすことはできず、倒れこんだことで残った気力まですっかり抜け落ちる始末。
「はぁ…」
立ち上がれない。
「おーす、生きてるかー、テンカー」
「傷は浅いぞ。しっかり!」
「寝るな!寝たら死ぬぞ!冬山をなめるな!」
「そんな装備で大丈夫か!?」
教室に向かう奴らが、勝手なことを口ぐちに言いながら通り過ぎる。
「おーい、朝から夫婦喧嘩かあ?見せつけんなよ集ー」
いやいや。あんな暴れん坊将軍と夫婦になるくらいなら、俺は高野山に入って二度と下山せんわ。
「二人見てると、夫婦喧嘩は猿も喰わないって言葉がピッタリだな」
犬は喰うのかよっ、というツッコミを入れる元気もない。
あー、このままここで、この埃だらけの薄ら白い廊下で眠ってしまいたい。いっそ埃でスノーエンジェル、いや埃エンジェルでも作ったろうかっ!
若干やけ気味に、傷と埃で元の緑をとどめていないひんやりとしたPタイルへ横たわろうとしたその時、腕に強い力を感じ、ハッと現実に引き戻された。
「……おーい、15にもなってこれどうなの?っていうか、乳幼児でもそんな本能のまま道の真ん中でなんて寝ないよね」
降ってくる声に目を開け見上げると、クラスメイトの神楽貢大が、そのやたら見目麗しい整った顔を呆れたように歪めていた。