なんでしぬの?
ある日、男の子が座っていました。
誰もいない公園のベンチで、男の子は足をぶらつかせています。
顔は俯いていて、その目からは今にも雨が降ってきそうでした。
男の子はがんばって目を擦ります。
けれど天気が良くなる事はなく、むしろ雨雲が強くなったような気がしてきました。
男の子はとうとう悲しくなって、ひざを抱え込みます。
「なにをしているの?」
そのとなりに、女の子が座っていました。
肌が雪のように白い、金髪と紺のワンピースが特徴的な女の子でした。
けれど、男の子は動きません。
顔をひざに沈めたまま、小さくつぶやきます。
「しぬのをまってるんだ」
女の子は首をかしげました。
そして聞きます。
「なんでしぬの?」
男の子は、やっぱり顔を隠したまま口を開きます。
「…今日、ママに怒られたんだ。」
男の子はつぶやきます。
それはそれはかなしい声で。
「ママは僕に言うんだ。勉強しなさいって。
でも、僕勉強好きじゃないんだ。僕だってみんなとあそびたい。みんなと外で野球がしたい。
…そう言ったら怒られた。きっとママは僕のこときらいなんだ」
「だからしぬの?」
「…もう帰りたくない」
男の子は鼻を鳴らしながら答えました。
女の子はなにも言いません。
口を閉じて、まるで人形のように座っていました。
そのまま、時間だけが過ぎていきます。
10分が過ぎ。
30分が過ぎ。
1時間が過ぎます。
しばらくして、男の子は立ち上がりました。
その頬は、雨のあとでやわらかくなっていました。
「どこへいくの?」
女の子が聞きます。
「…おうち帰る」
男の子は歩き出しました。
ゆっくりと、けれどたしかに前へ進みながら男の子は公園を出ていきます。
その背中を、女の子は見つめていました。
ずっと、ずっと。
そのうち、男の子は見えなくなってしまいました。
女の子はゆっくり瞼を閉じます。
小さく風が吹きました。
公園にはもう誰もいません。
ある日、男の子が座っていました。
誰もいない公園のベンチで、体を丸めて座っていました。
顔は俯いていて、その目はまるで世界のおわりのように曇っていました。
男の子はため息をつきます。
それはそれは重いため息を。
「なにをしてるの?」
そのとなりに、女の子が座っていました。
肌が雪のように白い、金髪と紺のワンピースが特徴的な女の子でした。
男の子はつぶやきます。
「しぬのをまってるんだ」
女の子は首をかしげました。
そして、聞きます。
「なんでしぬの?」
男の子はもう一度、ため息をつきました。
そして口を開きました。
「好きな子にフラれたんだ」
「好きな子?」
男の子は頷きます。
「ずっと好きな女の子がいたんだ。ずっと、ずーと命をかけていいぐらい好きだった。
2年も想って昨日やっと告白できたんだ。けど…だめだった。
僕の2年間は無駄だったんだよ」
「そんなに好きだったの?」
「そうさ」
「だからしぬの?」
「…そうさ」
男の子はもう一度、俯きました。
女の子は横でただ見つめていました。
動くことなく、まるで人形のように。
しばらくして、男の子がつぶやきました。
「…誰かを好きになるっていけないことなのかな?」
女の子は首をかしげます。
続けて男の子が、擦れた声でつぶやきます。
「だって、こんなにも胸が痛い。苦しくてつらい。
こんなにつらいなら人を好きになんて、ならなければよかった…」
男の子は嘆きます。
けれど、女の子は動きませんでした。
ただ、男の子を見つめます。
じっと、じっと。
やがて男の子は、立ち上がりました。
グスリと一回鼻を鳴らして。
「どこへいくの?」
女の子が聞きます。
「学校にいくよ…いかなくちゃ」
男の子は歩き出しました。
ゆっくりと、けれどたしかに前へ進みながら男の子は公園を出ていきます。
その背中を、女の子は見つめていました。
ずっと、ずっと。
そのうち、男の子は見えなくなってしまいました。
女の子はゆっくり瞼を閉じます。
小さく風が吹きました。
公園にはもう誰もいません。
ある日、男の子が座っていました。
誰もいない公園のベンチで、ぼんやりと空を眺めていました。
着ているシャツはくしゃくしゃで、髪の毛は雑草のように散らかっていました。
男の子は息を吸います。
ちいさく、それはそれはちいさく。
「なにをしているの?」
そのとなりに、女の子が座っていました。
肌が雪のように白い、金髪と紺のワンピースが特徴的な女の子でした。
男の子はつぶやきます。
「しぬのをまっているんだ」
女の子は首をかしげました。
そして聞きます。
「なんでしぬの?」
男の子はすれるような声をもらします。
そして、つぶやきました。
「生きる意味を失くしたからだよ」
女の子は首をかしげます。
男の子はもう一度空を見上げました。
「どれだけ頑張っても、どれだけ努力しても無駄なんだ。
最後は正直者がバカを見てしまう。
世の中は、人にやさしくないんだ」
「だからしぬの?」
「ああ…」
男の子は見つめます。
高い、どこまでも続く空を。
やがて、男の子はつぶやきました。
「翼のない鳥に意味はあるのかな?」
女の子は首をかしげます。
「羽ばたくことも、風を感じることもできない鳥に意味はあるのかな…」
男の子は問います。
ちいさく、ただちいさく。
けれど、女の子答えませんでした。
まるで人形のように動かず、じっと空を眺めていました。
しばらくして、男の子は立ち上がりました。
首のタイをさらにきつくして。
「どこへいくの?」
女の子が聞きます。
「もどるよ…することがいっぱいなんだ」
男の子は歩き出しました。
ゆっくりと、けれどたしかに前へ進みながら男の子は公園を出ていきます。
その背中を、女の子は見つめていました。
ずっと、ずっと。
そのうち、男の子は見えなくなってしまいました。
女の子はゆっくり瞼を閉じます。
小さく風が吹きました。
公園にはもう誰もいません。
ある日、男の子が座っていました。
誰もいない公園のベンチで、こくりこくりと首を動かしていました。
男の子の手が、音を立てて震えます。
カタカタ、カタカタと。
「なにをしているの?」
そのとなりに、女の子が座っていました。
肌が雪のように白い、金髪と紺のワンピースが特徴的な女の子でした。
男の子は閉じていた瞳を開きました。
そして、女の子を見つめると小さく微笑みました。
「しぬのをまっているんだ」
女の子は首をかしげました。
そして聞きます。
「なんでしぬの?」
男の子は目を細めます。
しかし、すぐにまた微笑みました。
「生きてるからさ」
女の子は男の子を見つめます。
「人はしぬ。だから生きるんだ。
しぬと生きるはけして反対言葉じゃない。
死をまつということは生きるということなんだ」
「だからしぬの?」
「そうさ…僕は生きたからね」
男の子はやさしく笑います。
笑って目を細めます。
細く、細く。
そして、とうとう瞳を閉じてしまいました。
女の子は手を差し伸べました。
やさしく手を握ります。
男の子の温もりが、女の子へ伝わっていきます。
「どこへいくの?」
女の子が聞きました。
男の子はもう一度笑いました。
やさしく、本当にやさしく…。
やがて、女の子はゆっくりと瞼を閉じます。
最後に小さな風が吹きました。
公園にはもう、誰もいません。