その17
彼女はよく来る客。いつも
新入荷の棚→単行本の棚→文庫本の棚
という順番で棚を見てまわる。
時折タレントエッセイ本やエンターテイメントの棚もチェックしている。そして3回に1回くらいの割合で、決まって2冊本を買って帰る。
もちろん、本を2冊買った後、そのまま家に帰っているのかボクは知らない。
いつもスーツ。仕事帰りだろう。決まって18時半過ぎにここに寄っている。スーツはとても似合っているが、だからと言ってキャリアウーマンのように鼻につく感じもしない。とてもナチュラルに似合っている。いつもリクルートスーツみたいにパリッとして黒いスーツを着ているが、時折グレーでくたびれたスーツを着ている時がある。
年齢は25歳前後だろうか。
とても綺麗というわけではないが、どこか惹きつけられる部分がある。大抵、誰かを好きになる時はそれが原因だ。
目はクリクリしている。
今日の彼女は、本を買う日だったようだ。ボクがいるレジに本を2冊持ってきた。
ボクの知らない日本人作家が書いた、文庫小説の上・下巻だった。
「カバーはお付けしますか?」
「あ、いいです」
ボクはいつもの手順で仕事をする。それを彼女は見ている。
日常とは少しのキッカケで変化する。少しの非日常を混ぜることで世界は劇的に変化する。
「いつも決まって2冊ですよね」ボクの口は自然と言葉を発していた。
「えっ?」
「いつも2冊本を買いますよね」
「ああ、そうなんです」
「2冊って決めてるんですか?」
「そうですね。2冊。決めてますね」
「どうしてですか?」
「うーん、ペース的に。2冊ずつ読むのが私のペースに合ってるんです」
「ペース的」
「あ、お金的にも良い感じでしょ?」と彼女は無邪気に笑いながら言った。
「お金的」
「いつも見てたんですか?」
「いや、そのぉ、よく来るお客さんだったんで、しかもいつも決まって2冊買って帰る人はあなたくらいだったんで、つい聞いちゃいました」
「へぇ、いつも決まって2冊買うのって目立つのかぁ」彼女はほんとうに不思議そうに言った。
「まぁ目立つというか印象に残ると言うか」
「なるほど」
ボクは袋に入れた本を彼女に渡した。
「ありがとうございます」彼女はクリクリした目を、さらにクリクリさせて言った。
ボクは何だか話しかけたことが照れくさくなって、無言で会釈した。
彼女も無言で会釈して出ていった。
ボクはまた日常に戻った。
手持ち無沙汰になったボクはレジにある札を整えた。