炎の魔人
真っ二つに切り裂く。
切り裂いた。
――――そのはずなのに。
『認めよう、我が火であり炎であり焔の力を宿す、このイフリートを倒したことを……』
低く、それでいて優しい声色が洞窟に響いていた。
「………イフリートってこんなに懐があったかい魔人なの? てっきり傍若無人で善意なんてひとっ欠片もないやつだと思っていたけど」
「それに関しては同じ意見だ……魔人イフリート、フィンラル=ダルバロス の名のもとにお願いしたいことがあります」
な、なんか変な言葉になった気がするけど…………そこは気にしない。
『ほう、そなたがフィンラルか。精霊界でも君の名は聞いている』
「…………え、どうしてです――でしょうか?」
思い当たりがないですよ、うん。そんなの守護者とか賢者とか魔女なんてレベルじゃない(と思う)。
だって人じゃないんだぜ? 魔女なら立ち向かえるかもしれないけど、一般人には踏み越えない領域に入ってる気しかしない。
『フム、魔女殺しの一件のことなのだが……、一応魔女の掟の中に精霊との関係についてあるのだがな』
「――あれは俺の手柄じゃないですよ。俺はただ剣を交えて、説得して、延期させただけですよ。もし俺がアイツに負けたらそんな約束はなくなりますし」
そんな会話を繋げるなか、袖を引っ張る感覚があった、もちろん相手はわかる。
「(ねぇ……、なんかアタシ隠された歴史の裏側に携わってるんじゃないの?)」
「ん、……ああ、確かに口にしちゃいけないことだけど、口に出さないだろ?」
「それは、そうだけど…………」
「まっ気にすんなって、あの学園長が目が黒いうちは生徒に指一本出させないからな」
俺はツンツンの肩を叩いてリラックスさせた、しかし、一般生徒で俺をここに行かせたことは、何かしら意味がある。
そう、魔女殺しの一件に巻き込まれたのも。
「魔人イフリート、賢者ゼリュスに何か伝えなくてはいけないことがあるのではないですか?」
『ゼリュスか……久しくて懐かしい名だ。あやつならわかるか、いや、百三十歳とは思えんが、まあいい』
なんかサラッととんでもないこと言われた気がしたが、そこはスルーする。
『伝えたいことは二つ、一つはそなたの記憶を奪う魔女、いや、正確には魔女の力をもつ力の集合体といったところか?」
力の集合体?
『精霊とも、人とも違う……いや分類的には人だが、全てが異常な力をもつと聞く。被害はまだでておらぬらしいが、しかしそれも時間の問題だろう。』
「異物、いえ異世界人……ですか?」
隣にいるツンツンの体が震える。俺はそれを抑えるため、強く手を握った。――握る、か。
『多分そうだろう、約五万年前に逆流噴射、つまりその異世界から大量の物質が流れでたと聞くが、やはり物質だけではなく、『ひと』も降ってくるのは必然であろう。それがどれだけの災厄を生むのか、あるいは救いを生むのか、果ては何も起こさずに終わるのか、それだけはこの目で確かめなければならない』
「そんなの確かめる必要もありません」
☆
「そんなの確かめる必要もありません」
冒険者のような軽装備、腰に二本の剣を納める、アタシの恩人で友達で師匠である彼、フィンがそんなことを漏らした。
まさかアンタ……と、思わず手に力を込めてしまう。
お願い……。アタシの予想を裏切って……ッ!
「……だって、最初から悪い人なんていないんですから」
……は?
「それは巨大な力を持ってるってだけで、まだ悪い人かだなんてまだまだ、序の口です。なーんにも起こしていないのなら、その人はただの人であって、悪人でも、善人でも、悪魔でも、救世主でもありません。世界の一人一人の人々を確かめる必要がどこにいるんですか? 魔女殺しの一件でも、何人かの守護者にも言いましたが、何かを起こす『かも』しれないかといって、それを均衡を破る者だと勝手に決めつけて、それでも無理矢理消すっていうなら――――」
フィンは一度剣を抜き、今まで目上に対する態度など切り捨て、魔人にそれを向けた。
「――俺はそいつの味方をする。罪を重ね、それを改める素振りを見せない敵は切り捨てますが、まだ何にも知らない、もし何かを起こしたとしても、自分でその罪を背負って、改めるやつはみんな俺の守備範囲だからな」
……真っ直ぐだ、と素直にそう口にした。全くブレない心をもってる。
『……それが人々を助けてきた者の言葉か』
「違う、助けたわけじゃない……、みんなが進むべき道に進んだだけだ。ただ俺が説得して、それを聞いてくれたか聞いてくれなかった。そこに悪人善人関係なくだ、道を過ったのなら正せばいい、その道が正しいというなら全力で方向転換させてみせる、そんな……ただのお節介だ」
フィンの言葉を聞いて、少し、ほんの少し安心する自分がいた。
『ふむ、人が勝手に道を進み……か。そうか、そうだな…………それならもう一つのほうは大丈夫そうだな』
「ん? え、何がですか?」
フィンは慌てたように剣をしまい、そう聞き返した。
『もう一つというのは傍らにいる「異世界人」のことだ』
「気付いていたんですか!?」
アタシは驚いてそう口にだした。
『長くこの世界に住む者だからな、雰囲気でわかる。そなたは他の奴とは違う気を放っていたのでな。フム…………精霊使いの素養を持つ、か。よかろう、我がイフリートの力を授ける』
すると、イフリートの胸部からアタシに向かって一筋の光が飛んだ。そのまま光がアタシに流れ込む。
…………暖かい、体が火照るような強い力を感じる。
『任せたぞ、無の力を持つ少年とセブンマスターの少女よ』
☆
「ねぇフィン、そういえばなんでアンタは魔法を使えないの?」
洞窟の帰り道、モンスターとトラップはイフリートの図らないのせいか、出会わない、のだが……。
「ん、そうだな……読者の皆さんもおいてけぼりの展開の速さだからな、言っとく。俺は七属性全てに当てはまらない、数年に数人しか現れない『無』の属性をもってんだ。別に魔法を使えない奴ってのは珍しくないんだぜ? 魔力は誰でも持ってるが、魔法を使うだけの素質や量が少なかったらほとんど意味ないしな。俺の場合は魔力を多く持ってるが、その属性のせいでコントロールができねーんだ」
サンドウォームが新たに作った穴が至るところに開けられていたせいで、現在迷子中。
それで雑談でもしながら進んでいた。いや帰ってる最中と言ったほうがいいか……。
「コントロール?」
「そ、無ってのは無効化、無力化、放てば防ぐすべなどない、圧倒的な暴力、いや一方的な力だな。今までその素養を持つにあたって自滅する人が多数いたんだが、俺はホントの偶然、奇跡で自滅せずに生きながらえたからな……、偉い人とか研究職に就いている人に目をつけられやすいんだ。まっ、過去の人の中にもそういう人がいたらしいが、その人たちはきちんと操っていたらしいし、それに扱えない力なんてもったって、災厄しか持ち込まん。多分卒業したら学園長の目の届く範囲で働くことになるんだろーけどさ」
メタな会話を……、と呟くツンツン。メタってなんだ?
「……元々はコントロールできなかったわけじゃねーんだ」
「え?」
「言ってたろ? 俺は所々の記憶が盗られてる最中って、ソイツに対する記憶、魔法を操る記憶、その他色々。だから今日ソイツに出会っても明日になったらまた忘れてる、それの繰り返しさ。まあそれに関しては学園長、そしてミスティークで一番偉い理事長が各地に出て探してもらってるから、俺は安心して学校生活を送っているがな」
「…………」
途端、ツンツンはたち止まった。
「……どうした、悪いが足が痛いとかでおんぶとかなら断る」
「ううん、違う」
「ならここで休むとかか?」
それに対しても首を横に振るのみ。
何分かして、ようやく口を開いた。
「……アタシ、少しアンタに頼りすぎだったかもしんない、アンタはアンタでやらなきゃいけないことが沢山あるのに」
「……それで?」
ツンツンは俺より先に歩いて、振り向いた。
「アタシ変わる! もう二週間以上たってんだし、今度はアタシがアンタを助けてみせる番だからね!」
満面の笑顔でそう言った。
……叶わないな。
「楽しみにしてるよ」
そう言って、帰路を辿っていた。
…………ちなみに街についたのはそれから五時間後なのは、このさい伏せておく。