地味モブ女子の文化祭はテンプレ展開にご用心! ~『悪役令嬢モノ』の脚本を書いたら、なぜか王子様と悪役令嬢(ギャル)からダブルで溺愛されて修羅場です~
橘凛花はモブ女子である。
しかも地味なことこの上ない。
にも関わらず、乙女な展開のラノベ、マンガ、アニメが大好きときている。
大の好物は異世界恋愛もの。
例えば――――
美少女に転生して、平民出身ながら魔法学園に入学して王子様と運命の出会い!
このままハッピーエンドかと思いきや、悪役令嬢がこれでもかと虐めてくる。
心が折れそうな時、王子の婚約者候補と目されている心優しきヒロイン令嬢が手を差し伸べてくれる。
そしてついに転生美少女は王子様と結ばれることに……
うはぁああーーーー!
我ながら恥ずかしいったらないわぁ!
あ、すみません、私が橘凛花です。
こんな、私ですがよろしくお願いします。
ということで、そんな、私も花の高校一年生に。
いやだから、「花の」とか自分で言ってて恥ずかしいんだってばさ!
それなのに!それなのにだ!!
この地味モブ女子こと橘凛花、つまり私が、学年一のイケメンとの呼び声が高い、如月祥平とお近づきになれることになったのだ。
まさに、少女漫画かライト文芸かという展開ではないか!
そこで、このいかにもテンプレ展開な話の一部始終を私自ら語ろうと思う。
念のため、私はテンプレ展開が大好きなのであって、如月祥平に特段の感情は抱いていないことを断っておきたい。
事の起こりは、クラスでのホームルームである。
文化祭のクラスの出し物を何にするかを話し合っていたのだが、まあ、色々あって映画製作と上映にしよう、ということになった。
私としては好都合だ。モブは端っこで地味な雑用でもやっていればいい。
映画制作のことは全く分からないけれど、荷物運びやら小道具作りやら色々と雑用はあるはずだ。
みんなの分の台本をコピーして綴るなんていうのも、地味な私向きの作業だ。
「それじゃ、配役や分担を決めていきまぁーす」
クラス委員長の上東歌奈がこれでもかという眩しい笑顔で言った。
上東歌奈。紛れもない最上級の美少女である。
私は美少女にはうるさい。言うなれば美少女オタクである。
そんな私の知る限り、この世で三本の指に入る美少女、それが上東歌奈なのだ。
といっても誤解しないでもらいたい。
美醜ランクからしたら下から数えたほうが早い私が、最上級美少女の上東歌奈に嫉妬するなどということはこれっぽっちもありえない。
少女漫画好きにとって美少女は大好物なのだ。
あ、いや、これも誤解を生みそうだな……これくらいにしておこう。
「主役は如月君にしようと思うんだけど、反対意見はありますか?」
上東歌奈が皆に訊いた。反対を唱えるものはいない。
「それじゃ、主役は如月君にやってもらいます。よろしくね、如月君」
「はい、よろしくお願いします、頑張ります」
まあ、当然そうであろう、上東歌奈が最上級美少女なら如月祥平は最上級美少年だ。
となるとヒロインは私……なわけない!妄想はあくまでも妄想だ。
ヒロインは上東歌奈を置いて他にありえない。
上東歌奈と如月祥平が恋人役でスクリーンに映し出されたりしたら……うは、ひひひ!
やはり、妄想はこうでなくては!
「ヒロインのライバル役は氷原美々さんにやってもらいまぁす」
私が妄想に耽っている間に次の配役が決まっていた。
氷原美々。彼女も相当の美少女だ。上東歌奈には及ばないが。
ところで、ヒロイン役は誰になったのだ? 妄想に忙しくて私が聞き逃したのか?
「ヒロイン役が決まらないわねぇ……誰かやりたい人いますか? 推薦でもいいですよ」
困惑の表情の上東歌奈。
なるほど、ヒロイン役はまだ決まっていないのか。
というか、ヒロイン役は上東歌奈しかいないんじゃね?
そもそもこの映画ストーリーはどうなってるのだ?
黒板には映画の題目すら書かれていない。
「橘さんはどう思う? ヒロイン役は誰がいいかな?」
なんと、上東歌奈がいきなり私を指名してきた。
え、なんで私? 私なんか悪いことした?
周囲を見ると、皆が私に注目している。
「えっと、その、私は……」
私は座ったままでボソボソと呟いた。
「橘さんならこういうの詳しいかな、って思ったんだけど」
え、一体それはどこ情報ですか?
「わ、私は、その、映画のことは全然、分からないですけど……」
と、私がそこまで言うと、
「けど、っていうことは、何か案があるのね?」
しまったぁ!
上東歌奈は私の言葉尻を聞き逃さず、鋭い質問を投げてきた。
こうなったら仕方ない。
「ヒロイン役は……その、上東さんが、いいのでは、と……」
「え、私が?」
私の答えに、上東歌奈は驚いている。
いやいや、ヒロイン役なんてあなたを置いて他にいないでしょう。
上東歌奈は超絶美少女であるだけでなく、そのやや高めでよく通る声は、明るくて滑舌も良い。
「うんうん」「だよね」というほかの生徒の囁きも聞こえる。
「そう言ってもらえるのは光栄なんだけど、私は全体の取りまとめをしなきゃだから……脚本チェックとかもね」
と、上東歌奈。
なるほど。確かに、中心的に動く所謂プロデューサー的な役割をしながらヒロイン役もというのは、酷な話だろう。
それならば、運営役を分担すれば上東歌奈の負担も減り、ヒロイン役を担う余裕も出てくるのではないだろうか?
私がその考えを、言おうか言うまいか躊躇していると、
「そうしたら、橘さん、運営の補佐をやってもらえる?」
と、上東歌奈に先に言われてしまった。
「え……補佐って、私が……?」
「うん、橘さんなら脚本も任せられると思うの」
ちょっと待って、脚本? 私にそんな高度な作業ができるわけがないではないか。
「そうしたら、私もヒロイン役を兼務できると思うわ」
と、眩しい笑顔で言う上東歌奈。
これはヤバいことになったと思っていると、
「そうよね」
「橘さんが言ったんだもんね」
「そこは責任を持って……」
という、聞こえよがしの囁き声が湧いてきた。
藪蛇とはまさにこのことだろう。
「わ、私にどこまでできるか、分からないけど……」
ということで、私は運営補佐と脚本製作をやることになってしまったのだった。
それにしても、運営補佐はともかくとして、上東歌奈は何故私に脚本を任せようなどと思ったのであろうか?
というより、今回の映画はどういう内容にするのかすら私は知らされていない。
ホームルーム後に、そのへんのところを上東歌奈に聞くと、
「橘さんて、よく休み時間に少女漫画やライト文芸を読んでるでしょ?」
という答えが返ってきた。
確かにそのとおりだが、まさか上東歌奈が地味モブの私のことを気にしてくれていたとは! しかも読んでいる本の種類まで!
まさか、私が美少女オタクと知って殺しに来てる?
「勿論、私も協力するから頑張りましょう」
とどめの光属性スマイルで、私は上東歌奈の僕となったのであった。
◇ ◇ ◇
その日の夜、上東歌奈からショートメールが来た。
上東歌奈> 王子様とヒロインの恋をラ
イバルが邪魔をする、て話
がいいと思うの。どうか
な?
どうしよう……さっき連絡先交換したから、もしかしたらとは思ってはいたが。
まさか本当に、最上級美少女とチャットができるとは!
橘凛花> うん、いいと思う。
上東歌奈> よかった! それじゃ脚本
もそれでお願いね!
え、お願いね、ってそれだけ?
橘凛花> もう少し具体的なことも詰め
ないといけないと思うんだけ
ど。
上東歌奈> まずは凛花ちゃんが書いて
みてくれると嬉しいな。
凛花ちゃん! 上東歌奈から名前にちゃん付けで呼んでもらえるとは!
それに、上東歌奈に「嬉しいな」と言われて引き下がるようでは女が――いや美少女オタクが廃るってもんだ。
橘凛花> うん、やってみる。
上東歌奈> ありがとうーー!凛花ちゃ
ん大好きーー♡
美少女からの大好き♡攻撃とは……卑怯なり!
ヤバ……鼻血出そう。
なんてことをやってる場合ではない。
とりあえずは、大まかなあらすじくらいは作って上東歌奈に見せないと。
主要キャラは王子、ヒロイン、ヒロインのライバルの三人。
まず王子ということは世界観は西洋風の異世界がいいだろう。
となればヒロインは貴族の令嬢か? いや、それでは面白くない。
ここはやはり平民出身の美少女にしよう。で、舞台は魔法学園だ。
本来は貴族の子女しか入れない魔法学園に、ヒロインは特待生として入学する。
ヒロインのひたむきさに王子は少しずつ惹かれていく。
そこに登場するのがライバルだ。この展開ならば、ライバルのキャラ属性は決まっている。そう、悪役令嬢だ。
ライバルは公爵家のご令嬢、王太子妃の座を狙っている。
王子がヒロインと親密になっていくのを見て、「きぃーーーー!」とハンカチを噛み締めて悔しがる。
こうなれば悪役令嬢がやることは決まっている。
ライバル令嬢はヒロインに次から次へと嫌がらせをする。
王子がヒロインに話しかけようとすると、割り込んで邪魔をする。
ヒロインのありもしない悪い噂を流す。
他の生徒も巻き込んでヒロインを孤立させる。
教師に事実無根の告げ口をして、日直や掃除当番を一人でやらせる、などなど……
だが、ヒロインは人一倍逆境耐性が強かった。
そして何より、ヒロインは学業成績、特に魔法の実技がずば抜けて優秀だったのだ。
そんな、健気で優秀なヒロインに王子は益々惹かれていき、ライバル令嬢は臍を噛むのであった――――
うんうん、いい感じじゃない。
後は、ハッピーエンドをどうするかだ。そのへんは上東歌奈と相談して決めよう。
如月祥平と氷原美々の意見も聞かなければいけない。
特に悪役令嬢役の氷原美々には、しっかりと説明して納得してもらわなければいけない。
悪役令嬢という、所謂ヒール役をやってもらうのだから。
氷原美々は髪を明るい色に染めてメイクもバッチリしているギャルで、美少女オタクの私から見てもかなりの美少女である。
上東歌奈に比べると、氷原美々はやや目つきが鋭い。まさに悪役令嬢にうってつけだ。
二人の掛け合いがどうなるのか興味津々だ。
そんな事を考えているうちに、だんだんと文化祭が楽しみになってきた。
◇ ◇ ◇
次の日からは、昼休みや放課後に上東歌奈と脚本の話し合いをした。
最初のうちは私と上東歌奈の二人だけだった。
だが、話が進んでいくうちに王子役の如月祥平も話に加わってきた。
学年一のイケメンが直ぐ側にいると思うと俄然緊張してしまう。
私は必要最低限のことを言うようにして、上東歌奈と如月祥平の話を聞く側に徹した。
この二人、まさに絵に描いたような美男美女だ。
話している様子からも仲の良さが伝わってくる。
放課後に一緒に帰る姿も目撃されている。付き合っているのは間違いない、という噂話も聞いたことがある。
まあ、如月祥平ならば上東歌奈とも釣り合うだろう、ギリで。
私としては、もう少し違うタイプの男子の方が上東歌奈に合っていると思うのだ。
如月祥平はイケメンではあるが、顔立ちも人柄も穏やかすぎる。
もう少し癖があって、ちょいワル風を吹かせている男のほうが、上東歌奈の隣に立つ男としては相応しい。
地味モブ女子が何を生意気なと思われるかもしれない。その通りである。
まあ、あくまでも私の個人的な意見としては、ということで軽く流しておいてほしい。
こうなると、悪役令嬢役の氷原美々も交えたほうがいいのではと思い、私は上東歌奈にそれとなく控えめに提案してみると、
「うん、いいと思うよ。さすがは凛花ちゃんだね!」
と、満面に光属性美少女笑顔を浮かべて答えてくれた。
ま、眩しい!
如月祥平は毎日この笑顔を見ているのかぁ! 彼氏とはいえ羨ましすぎるだろ!
ということで、次の日からは氷原美々も話し合いに加わってきた。
氷原美々とはこれまで全く話したことはなかった。
当然といえば当然だ。
カースト上位のギャルである氷原美々からすれば、地味モブ女子の私なんぞ存在すら認識していないに違いない。
そんな私に氷原美々が話しかけてくれるはずはないし、ましてや私のほうから話しかけるなど以ての外だ。
なので、上東歌奈から氷原美々も話し合いに加わると聞いて、私はかなり身構えた。
余計なことを言って氷原美々の心象を悪くしたくはない。
あくまでも、脚本担当として必要なことを淡々と話すだけにしよう、そう心に言い聞かせた。
で、氷原美々の第一印象はというと、「余所余所しい」という言葉が合っている。
冷たいというわけではない。私のことを無視しようとしているわけでもなさそうだ。
それどころか、チラチラと私を見ることが多く、従って目が合うことも多い。
そして目が合うと、慌てて目をそらすのだ。
美少女オタクの私としては、美少女ギャルと目が合うのは大歓迎だ。
だが、これから協力して仕事をしていかなければならないクラスメイトとしては、なんともやりづらい。
話し合いが終わってから、帰りがけに上東歌奈に話すと、
「それは凛花ちゃんの気にしすぎだと思うよ」
と、相変わらず眩しい笑顔で上東歌奈は言うのだった。
◇ ◇ ◇
こうして、脚本も形になっていき、撮影に入ることになった。
ここで大まかなストーリーを再確認しておこう。
――主人公のヒロイン(上東歌奈)は、平民出身ながら高い魔力を持っていることを認められ、魔法学園に入学を許された。
魔法学園は魔力を持つ貴族の子女のための学園だ。
ヒロインは魔力だけでなく、その他の勉学も優れた成績を修める。その上、超絶美少女である。
となれば当然の流れとして、「平民のくせに」とやっかみを受ける事となる。
その上、同じくその年に入学した王子(如月祥平)がヒロインに興味を抱くようになった。
ここで出てくるのが悪役令嬢(氷原美々)だ。
あの手この手でヒロインに嫌がらせや虐めをし、次第にエスカレートしていく。
ヒロインは健気にも悪役令嬢の仕打ちに耐える。王子にもそのことは言わない。
だがある時、いじめの現場を王子が目撃する。すべてを知った王子は悪役令嬢に退学を言い渡す。
だが、ヒロインは退学は許してあげてほしいと王子に嘆願する。
既にヒロインに学友以上の好意を抱いていた王子はヒロインの嘆願を受け入れ、悪役令嬢を一ヶ月の停学処分にすると決める。
そして、ヒロインに助けられたことに恥じ入った悪役令嬢は、その後はおとなしく勉学に励みましたとさ。めでたしめでたし――――
少々ベタでありきたりの展開ではあるが、分かりやすい話のほうがウケもいいだろう。
世界観は異世界風だが、舞台は魔法学園なので衣装は制服でいいし、撮影も校内でできる。
主要キャラ以外の生徒もモブで出演できる、お得な設定だ。
私も「ヒロインの取り巻きその1」でもやらせてもらおう、脚本担当特権で……うひひ。
◇ ◇ ◇
撮影は順調に進んでいった。
監督は演劇部の女子が担当し、撮影と録音は動画製作が趣味の男子が、編集も含めて担当した。
最近は動画を編集してサイトにアップしている高校生も多いらしい。
私は脚本担当なので、ほぼ監督の側に付きっきりだ。
そして当然なことながら、演者と話すことも多い。
王子役の如月祥平はとても真面目な性格のようだ。
セリフの確認は勿論のこと、抑揚はどんな感じにするか、目線はどうするのか、手は大きく動かすのか、などなど、事細かに私に訊いてくる。
その度に私は監督は勿論、ヒロイン役の上東歌奈にも相談した。
はっきり言って、王子はヒロインの引き立て役である。
ヒロインの美しさ、愛らしさ、健気さをいかに際立たせることができるか。それが脚本担当である私が、王子役である如月祥平に求めていることだ。
むしろ王子よりも、悪役令嬢役の氷原美々にこそ目立ってもらいたい。
憎まれ役は難しい。元来人に憎まれたいと思う者はいないのだから当然だろう。
私の持論だが、悪役とマヌケ役を演じきれる人は一流の役者だと思っている。
そういう意味では、この映画の影の主役は悪役令嬢の氷原美々だと言ってもいいかもしれない。
氷原美々も上東歌奈には敵わないとはいえ、かなりの美少女だ。
やや目つきがきついせいか、悪役令嬢役はハマり役と言えるだろう。
ヒロイン役の上東歌奈とのやりとりでもそうだが、王子役の如月祥平に対してもきつい視線を送ることがある。
自分の好意に気づいてくれないもどかしさがそうさせる、という悪役令嬢の気持ちの表れという意味で、素晴らしい演技だ。
だが、カメラが回っていない時にも、如月祥平を睨んでいる事があるのが気になるところではあるが。
こうして、撮影も佳境に入ってきたところで、私は上東歌奈から相談を受けた。
「お話にもう一捻りほしいと思わない、凛花ちゃん?」
もう一捻り、ねぇ……確かに私が作った脚本は分かりやすくて素直な展開だ。
「何か事件を起こしてみない?」
「事件、というと……?」
「例えば……ヒロイン役の取り巻きが事故に遭っちゃうの。しかもそれは悪役令嬢の企みだった、ていうのはどう?」
ふむふむ、それは中々いい案だ。悪役にヘイトを集めてヒロインをより輝かせるのは常套手段だ。
「そうしたら、取り巻き役の誰かに……」
「凛花ちゃんがいいと思うなぁ」
私の言葉を遮って上東歌奈が言った。眩しい笑顔で。
「え、私が……?」
「うん。その方向で脚本を修整してもらえる?」
私に断れるわけがない。既に私は超絶美少女の上東歌奈の僕なのだから。
◇ ◇ ◇
さてどうしよう?
上東歌奈に脚本の修整を頼まれた日、私は帰ってから頭を捻りまくった。
私がモブ以上の役で画面にしっかり映ってしまうなんて、恐ろしくて寒気がする。
だが、上東歌奈に頼まれた以上なんとかしなければならない。
自分のような地味モブ女子を画面に出すのは、私の美意識に大いに反するところだ。
その反面、出さなければならないとなると中途半端な出し方は嫌だ、と思ってしまうのだ。
我ながら面倒くさい性格である。
それならば……
…………
上東歌奈> それいいね!やっぱ凛花ち
ゃんはすごいよ!!
橘凛花> ありがとう!
上東歌奈> 明日みんなに話してみよう
ね!
脚本修正案をショートメールで上東歌奈に送ったら大賛成してくれた。
よっしゃぁああーー!
これで私の僕レベルも爆上がりに違いない。
上東歌奈推し筆頭はこの橘凛花こそ相応しいのだ!
◇ ◇ ◇
そして撮影も大詰め、新たに加えたシーンの撮影の時が来た。
王子とヒロインの仲を裂こうと、あの手この手で嫌がらせをしてきた悪役令嬢もついに年貢の納め時。
他の学友がいる前で、悪事の数々を暴かれて退学を言い渡されることになる。
愕然とする悪役令嬢。
それを目にしたヒロインが停学への減刑を願い出る。
というのが元の脚本だ。
そこに私「ヒロイン取り巻きその1」が加わると……
王子 「君の悪事は全て調べがついてい
る。君は退学処分だ!」
悪役令嬢「そんなこと、認めない!」
悪役令嬢がポケットから刃物を取り出して、ヒロインに襲いかかる。
そこにヒロイン取り巻きその1が登場する。
そして悪役令嬢を見事取り押さえ、刃物を取り上げる。
ヒロイン 「助けてくれてありがと
う!」
王子 「君のおかげで助かったよ!」
取り巻き1 「いえ、当然のことをしたま
でです」
となってハッピーエンド、となるのである。
この展開、そこそこのアクションシーンである。
実は私は幼い頃から、やんちゃな兄の相手をさせられて、毎日のように格闘アニメごっこさせられていた。
しかも兄は空手道場にも通っていたのだ。
そのせいか、私は普通の女子よりも体捌きが巧みになったのだ。
新しい脚本を皆に説明したところ、氷原美々はなぜか不満そうに私を見た。
そうか! 氷原美々は、ただでさえヘイトが集まる役なのに、この変更でより悪役度が上がってしまう。
やはりこれはやめようか、と私は弱気になったが、上東歌奈の説得で氷原美々は了解した。
「それじゃ、撮影入りまーーす、ハイッ!」
監督の合図で撮影が始まった。
撮影は順調に進み、ハイライトシーンに。
「そんなこと、認めない!」
悪役令嬢役氷原美々がそうセリフを叫び、模造ナイフを手にヒロインに向かって行く。
私は素早く上東歌奈と氷原美々の間に位置取る。
後は、私が氷原美々の手を掴んで取り押さえればよい。
その瞬間、
「あ……」
と、氷原美々が小さく声を上げて、前につんのめった。
私と氷原美々の間は2mほど。そこは運悪く昨夜降った雨でぬかるんでいた。
私は咄嗟に脚から滑り込んだ。
グチャッ!
という音を立てながら、私は倒れてくる氷原美々を下から受け止めた。
一瞬、皆が静まり返り周囲の物音が消えた。
「ふう……危なかったぁ」
私の口から思わず声が出た。
すると、皆が一斉に声を上げて駆け寄って来た。
「大丈夫、凛花ちゃん!」
「橘さん!」
上東歌奈と如月祥平が大きな声で私を心配してくれた。
私の上に覆いかぶさるようにしていた氷原美々が怯えるような目で私を見ていた。唇もわなわな震えている。
どうやらかなり驚かせてしまったようだ。
「あ、ごめんなさい氷原さん、こんなことに……痛っ……!」
氷原美々に謝りながら、上体を起こそうとしたところ、私の左足首に激痛が走った。
「大丈夫、凛花ちゃん?」
「どこか痛めたの?」
上東歌奈と如月祥平が両側にしゃがみ込んで訊いてくれた。
「そこ、しゃがんだら汚れちゃう……てて……」
「それどころじゃないでしょ!」
私が言うと上東歌奈に真剣に怒られた。
氷原美々を見ると立ち上がって両手で口を押さえている。かなり動揺させてしまったようだが、怪我などはしてなさそうだ。
「氷原さん、汚れなかった……?」
私が訊くと氷原美々は無言でぶるぶると首を左右に振った。
「保健室に行こう。俺が抱いていくけど、いい、橘さん?」
「は、はい……」
と、答えた時には既に私は如月祥平に抱きかかえられていた。
しかもなんと、お姫様抱っこで!
いや、これってヤバくね?
勿論、王子役のイケメンにお姫様抱っこしてもらって、悪い気はしない。
だが、如月祥平ファンの女子からの怨嗟が怖い。
氷原美々を見ると、とてつもない憎悪がこもった目でこちらを睨みつけている。
先が思いやられるなぁと思いつつも、今は如月祥平に身を任せるしかない私なのである。
すると、後方から私の名を呼ぶ女子の声が聞こえた、ような気がした。
「凛花、さま……」
凛花さま? いや「さん」の聞き間違えだよね、うん、きっとそうだ。
◇ ◇ ◇
私の足首は捻挫ということで、しばらくは松葉杖のお世話になることになった。
高校までは自転車通学だったのが徒歩になったので、しばらくは早起きをしなければならない。
そして驚いたことに、翌日から氷原美々が毎朝私の家まで迎えに来てくれるようになったのだ。
「凛花様が元気になるまで、毎朝お迎えに来ます!」
と、晴れやかに言って、私のバッグを持ってくれた。キラキラギャルの氷原美々がである。
「あの、氷原さんは、如月君のことが好きだったのでは……?」
あの時の怨嗟の目が忘れられない。
「とんでもない! あの人、ちょっとイケメンだからって、いい気になって凛花様をいきなり抱き上げるなんて! しかもお姫様抱っこで!!」
と、朝からヒートアップする氷原美々。
「後で蹴りを入れてやりました!」
と、氷原美々は息も荒く拳を握り締めた。どうやら私は氷原美々のことを見誤っていたようだ。
と、噂をすればなんとやら。上東歌奈と如月祥平が小走りでやってきた。
「今頃来てなんのつもり?」
早速、氷原美々が如月祥平を睨みつけた。
「勿論、橘さんの付き添いをするためだよ。バッグは俺が持つから」
そう言って如月祥平は氷原美々が持っている私のバッグを持とうとした。
「何するのよ、やめてよ!」
と、二人は派手に言い合いを始めた。
「凛花ちゃん、ごめんね、足のこと。私が余計なことを言ったせいで……」
「ううん、全然そんなことないよ! 前もって気をつけてなかった私のせいだよ」
申し訳なさそうにする上東歌奈に、却って私のほうが申し訳なくなる。
あれは、私自身のせいだ。
脚本を書いたのは私で、水たまりを見落としてしまったのだから。
それにしても驚いたのは氷原美々だ。てっきり如月祥平のことが好きなのだと思っていた。
「うーーん、そこはちょっと込み入っててねぇ……」
「込み入って……?」
「うん、祥平はね、凛花ちゃんのことが気になってたの。それで、私が相談を持ちかけられて……」
「え、ちょっと待って、如月君は上東さんと付き合って……」
「祥平は私の従兄弟よ」
「ええええーーーー!?」
衝撃の事実の発覚である。
「祥平ってさぁ、お姉さんや私の影響で少女マンガやライト文芸が大好きなのよ。それで凛花ちゃんと趣味が合いそうだから、何とかして仲良くなりたくって私に頼んできたの」
あのスーパーイケメンが少女マンガ、ライト文芸好きとは……いやいや、地味モブ女子の私がそんな偏見を持ってはいけない。
というより、如月祥平が私と仲良くしたい? そんなことが起こっていいのか? 如月祥平推しの女子に袋叩きに合いそうで怖いんだが。
「それで、文化祭で何とか接点を作れたらなぁって画策したの。上手くいくと思ったらまさかの美々ちゃんが凛花ちゃん推しなんてねぇ……想定外だったわ」
どうやら、氷原美々が睨んでいたのは私ではなく如月祥平だったようだ。
「凛花さまーー」
「橘さーーん、いや、凛花ちゃーーん」
立ち止まって言い合っていた氷原美々と如月祥平が追いついてきた。
「て、凛花様を名前呼びしないでよね!」
「君こそ様呼びとかおかしいだろ!」
「まあまあ、みんなで仲良くやろうよ」
と、氷原美々、如月祥平、上東歌奈の賑やかなやりとりを楽しみながら、私は杖に助けられて学校への道をゆっくりと歩いた。
ちなみに、撮影が中断となってしまった映画は、編集担当の男子の神がかり的な手腕で見事な仕上がりとなった。
こうして、私、橘凛花の地味モブ女子らしくない、賑やかな高校生活が本格的に始まったのだった。
そうそう、最後に一つ大事なことを言わなければならない。
私の最推しは、最上級美少女の上東歌奈であると。
――――おわり――――
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