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番外編 地獄の昼飯、閻魔の絶叫

 地獄の朝は早い。というより、朝も夜もあまり区別がない。

 鐘の音を合図に目を覚ますと、体の上に重量を感じた。

 炎獄の腕が、布団の中でしっかりと抱きかかえられるようにして天望の上に乗っていた。

 寝返りさえ許してくれなかったらしく、体中が固まっている。身じろぎすると、ふわりと重量が軽くなった。


「……おはよ」

 

 その声はまだ掠れていた。顔を向けると、炎獄がふ、と柔らかく笑う。

 昨日、今まで通りに鍋を囲んで、今まで通り朝を迎えた。違うのは、ふたりの間を遮るものが無くなったこと。

 天望は小さく息を吸うと、くるりと炎獄に背を向けた。


「おい」

「や、待ってください」

「なんだよ……せっかく」

「だから!」


 向けた白い背に髪が落ちる。肩も耳も朱色に染まり、鼓動で震えていた。


「だから……今ちょっと、見れない……」 


 炎獄は2秒考えて、口元を抑えた。

 口角が勝手に上がる。喉の奥が痺れそうになる。

 堪えきれなくなって、手を伸ばして天望を引き寄せた。

 熱を持った肌が擦れる。


「……夢か?」

「現実だから困ってるんです」

「だな」


 抱き寄せた腕に力が入る。天望が小さく「ぐぇ」と鳴いた。


 * 

 

 日差しがゆるやかに差し込む金色の極楽では、柔らかな風が頬をなでる。

 蓮が咲き、風邪で水面が揺れる麗らかな午後。

 天望は極楽庁舎近くのベンチに腰を下ろし、膝の上で包みを開いた。

 包みの中には透明の保存容器に詰め込まれたおにぎり、唐揚げ、きんぴらに卵焼き。どれも今朝天望が作って詰めたものだ。

 本当は可愛いお弁当箱に入れたかったが、炎獄の家にそんなものは無かった。

 炎獄はひとこと、「買っとく」と言っていたが、買われたら泊まるたびに作る羽目になるな、なんて少しずぼらな考えがよぎる。

 ただ、「お弁当ですよ」と声をかけた時の、あの、瞳の輝きを思い出すと、それでもいいかなんて思ってしまう。


 「いただきます」


 両手を合わせる。

 味付けは少しだけ地獄寄りにしてみた。

 

 *


「早くねぇ!?!?!?!?」


 十王裁判所第五審。執務室に閻魔大王の声が響き渡った。

 視線の先には炎獄の手元の弁当箱。

 閻魔はわなわなと震えながら、閉じた扇の先でそれを指している?


「何がだよ」

「いやっ、お前、弁当……弁当!? 昨日の今日だろ!? 進むの早くねえ!?」

「別にんなこたねえだろ。元々昼飯くらい一緒に食ってたし」

「いやいやいやいや、弁当は話変わるだろ。お前が作ったとか言わねえよな!? 天望だよな!?」

「まあ、そうだよ」

「ダアーーーーーーー!!!!! すげーーーーーー!!!!」


 閻魔が仰け反る形で玉座に沈む。ずるずると背もたれからずり落ち、ほとんど見えなくなった。


「……え、泊まってるじゃん……朝弁当作って地獄までわざわざ持ってきたとかじゃねえよな?」

「泊まりくらいしてただろ」

「意味変わってくるだろうが!!!――……え?まさかお前、もう手ぇ出し……」


 炎獄の箸が泊まる。

 炎獄は一瞬遠くを見て、もう一度弁当を見て、それから閻魔を見て。


「……ふっ」


 鼻で笑った。

 

「こ、こ、この鬼ーーーーーッ!!!!!」


 衝撃を受ける閻魔をよそに、炎獄はどこか清々しい顔で唐揚げを一口放り込む。

 地獄の昼下がりは、いつもより賑やかだった。

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