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あの世、晴れ

あの世で暮らす話です。


※読み切り連作形式

※軽めの地獄&ゆるめの極楽


よろしくお願いします!

あの世、晴れる

 死んでも楽にはなれない。

 死後の世界は、なんか思ってたのとちょっと違った。

 

「ようこそ、極楽へ!」

 

 あの世は、魂の行き先を管理する巨大な官僚社会だ。

 三途川の関門所で魂を受理し、地獄庁で審理し、極楽では治安維持とツアー案内。生前の功徳や罪状は因果と照合され、審判の結果によって「地獄」か「極楽」へ振り分けられる。

 

 極楽は穏やかで明るい。観光課がツアーを組み、修行中の仏や新入り魂に「死後も安心」を売っている。

 来訪者を迎え、案内と広報で“次の縁”へ風を送る。

 ここでの業務は罰ではなく、呼吸の回復と心の整備。日付は数えず、笑い声だけが勤怠になる。


 美しい天女が笑いながら、魂を連れて極楽観光。

 羽衣を靡かせ、蓮の香りを漂わせ、終わらない春がそこにあった。

 

 そんな穏やかな極楽に対して、地獄は制度的で煩雑。

 十王裁判所という名の巨大官庁があり、死者の魂が地獄へ落ちるか極楽へ向かうかを選別するためのフローが山ほどある。

 

 メインとなるのは第一審から第十審までが担当する、死者の魂を善と悪に振り分ける“死後裁判”だ。

 

 その中でも第五審は“善悪の境”を裁く繊細な部署。第五審の責任者はかの有名な閻魔大王と、その補佐官・炎獄鬼(えんごくき)

 この二名による裁判はあの世で最も冷徹、冷酷、無慈悲。

 だが、公平。

 

「――待ってください、閻魔大王! わざと殺したんじゃないんです!」

 

 冷たい石の床に引き出された亡者は、膝をつき懇願した。


 「お願いします、地獄だけは、地獄だけは……!!」

 

 罪の意識がある者ほど喉は震え、瞳の奥が揺れる。その光景は、この第五審では珍しくもなかった。

 

「そっかあ。じゃあ見てやろうな。炎獄」

「了解。浄玻璃の鏡よ。ここに彼のものの罪を映し出せ」

 

 その言葉ひとつで、水晶で出来た鏡の面がゆらりと蠢く。

 鏡に映し出されたのは、男が殺した男の金を独占し、妻と子供を踏みにじる光景。

 業火に照らされた審判の間では、生前に犯した罪と因果が照合され、一切の虚偽が通じない。

 亡者の奥歯がガチガチと震え、眼窩の奥から涙が滴り落ちる。閻魔は口の端を上げ、亡者を見据えた。

 

「馬鹿だねえ。なんで俺の前で嘘なんか吐いちゃうかなあ」

 

 炎獄は迷いなく亡者の口の中へ無骨な鉗子を突っ込み、その舌を掴む。

 いくらもがけども、鬼の力に敵うわけもなく、ただ次自分の身に起こる事象を予測して恐怖する他にない。

 

「上告してもいい。できるもんならな。判決――黒縄地獄」

 

 裁判所に響き渡る亡者の悲鳴。

 玉座の後ろで揺れる業火は、亡者の嘘を焼き切るたびに色を変えた。

 鉄と涙の匂いがほんのり漂い、判決が下るたびにその香りはわずかに濃くなる。

 

 閻魔が扇をわずかに動かすだけで空気が沈む。

 この部屋では、呼吸ひとつさえ罪の重さと向き合わされる。あの世の秩序は、この裁きによって保たれている。

 

 その隣に控える炎獄という鬼は、閻魔の右腕であり、相棒。閻魔を支え、その判決に付き従う者。

 荒々しい炎でありながら、場を乱すことなく、むしろ裁きの輪郭をより鮮明にする。

 亡者たちは閻魔の言葉より先に、彼の影に怯えた。

 

 そんな五審の執務室。昼休みの静寂をぶち破るように、不釣り合いな女の声が響いた。

 

「炎獄、このレース差し拾えたら三連単ありますよこれ」

 

 裁判記録である閻魔帳の整理をしていた炎獄鬼が筆を止めて顔を上げる。

 視線の先にはゆらゆらと揺れる光の輪。

 極楽の輝きが、女の頭の上でぼんやりと輝いている。


「…… 天望(てんほう)、浄玻璃の鏡をテレビ代わりにすんな」

 

 炎獄の頭痛の種であり、地獄にいるはずのない天女、天望吏(てんほうり)

 彼女は、新聞と赤ペン、そしてチケットを握って座っていた。

 薄木蘭色の袈裟が揺れている。

 

 「いや、阿弥陀記念ですよ? 重賞レースはさすがに賭けるでしょ」

 「お前その鏡、死者の魂とか映すやつだからな?」


 鏡の中では亡者たちが並ぶ。実況付き。

 賭け札の擦れる音。ざわめき。執務室が一気に賭場になった。

 天望が肩越しに微笑む。

 

「炎獄、ご存じだと思いますけど、罪人ダービーは娯楽ではありません」

「そりゃ建前はな」

「公式には“更生プログラムの公開観察”。罪人たちが己の罪を禊ぐためのレース一本勝負……流れに抗う力を測り、適性ルートへ転送する。私たち観光課はその広報の役割もあります」


 天望はつらつらと得意げに言葉を紡ぐ。

 まるでいつ聞かれても良いように用意していた台本を読むかのような滑らかさだった。

 

「なので私は業務としてしっかりと……三連単を賭けます」

「帰れよギャンカス仏」※ギャンブルカス


 数字が3つ並んだチケットを指先に挟み、炎獄に見せつける。相当自信があるらしいが、炎獄が知った事ではないのでただため息をつくしかなかった。

 ここは地獄の裁判所。普通の天女であれば近付くことさえしないが、彼女は度々地獄を訪れてはこうして執務室を休憩所代わりにしている。

 

「おー、この亡者俺が情状酌量にした奴じゃん。ダービー行きになったんだ。大外枠かー」

 

 背後から声が飛んできた。炎獄に比べれば一回り小さい青年。豪奢な装束に身を包み、目元は穏やかに笑っているように見える。

 彼こそ先ほど亡者に冷酷に地獄行きを言い渡した、この地獄庁中枢の最高責任者。炎獄の直の上司、閻魔大王。

 

「どう、調子良さそう?」

「おい閻魔……なんで天望を地獄に入れてんだ」

「え、お前が慌ててんのおもろいから」

 

 閻魔は気楽に茶をすすり、天望は真剣な目で鏡を見つめる。

 合図と共に一斉に三途の川に飛び込む亡者達。上がる水飛沫。

 

「ほら炎獄、ほら来た! 伸びる! ラスト直線で差しますよこれ!」

「……そうか、良かったな」

「差す、差す、差すって! ……差さないな」

「……」

 

 結果、全外し。

 鏡の中で勝ち罪人が光を浴び、天望は机に突っ伏す。無残にも紙くずとなった券が握りつぶされていた。

 

「…………」

 

 沈黙。炎獄が横目で見て、ため息。

 

「いくら賭けたんだ」

「……極楽温泉旅行できるくらいです」

「お前」

 

 よくその煩悩で極楽に居るな、とでも言いたげな響きが落ちる。天望は顔を上げずに言った。

 

「すいません、しばらく泊めてください」

「マジでお前さあ」

「飯を奢ってください」

「たかるな。仏が鬼に」

 

 そんな言い合いをしながら二人は廊下へ出ていく。

 天望はまだぶつぶつと「差しが決まると思ったんですけどね……」と呟き、炎獄は「何食いてえんだ」と返す。

 執務室に残った閻魔は、茶を啜りながらその背を見送った。

 

「あいつ、早く素直になりゃあいいのになぁ」


 *


「お前な、あんまり地獄なんか立ち入るもんじゃねえだろ」

「そうですか?」

「普通は来ねえんだよ、極楽のやつ」

「でも罪人ダービー…」

「だから、賭けねえんだよ極楽のやつは」

 

 炎獄が言い終える前に、天望は袖を揺らして笑った。階段を下るたびに、空気の温度がじわじわと上がっていく。

 地獄の空は赤く曇り、遠くで鬼たちが鉄棒を打ち鳴らす音が聞こえた。熱を孕んだ風が頬をかすめ、髪がゆらりと揺れる。

 

「私からしたら、地獄ってそんなに怖いところじゃないですよ」

「それはそれで問題なんだが」

「確かに? でも私は罪人ではないですし」

 

 天望が袖口で口を隠してくすりと笑う。地獄の風は焦げた鉄の匂いがするのに、彼女の立つところだけはなぜか、ほのかに白檀が香る。

 

「極楽は極楽で好きです。でも、炎獄は居ないので」

「……は?」

 

 あっけらかんと言う天望に、炎獄は一瞬だけ動きを止めた。それを察してか、天望はすぐに首を傾げた。

 

「友達とご飯食べた方が美味しいでしょう? 食べる必要は無いとはいえ、やっぱり食べないと落ち着きませんから」

「……本当に仏か? お前……」

「厳密に言うと仏ではないです。もっと下っ端」

「鬼にはわからん。そういうそっちの細かいやつは」

「はいはい、ま、なんでもいいです」

 

 定食屋に着くと、真っ先に天望が銀色の灰皿を真ん中に置いた。どうぞ、と促され、炎獄は煙草を咥えて指先に小さな火を灯した。

 

「いつ見ても面白いそれ」

「火の鬼だからな、一応。……お前は?」

「あ、禁煙中です」

「何回目だ、それ」

「今回こそ吸いません、もう」

 

 定食屋のメニューを二人で眺める。天望が鮭か鯖で悩んだので、炎獄が鯖にして半分分けた。運ばれてくる盆の湯気に、地獄も極楽もない。

 

「で、お前今日本当にうち来んのか」

「行きますよ?」

「じゃ洗濯物やれよ」

「任せてください。ボタン押すだけですし」

 

 箸が当たる音が、遠くの釜の音と混ざる。天望は小鉢の豆腐をひと口食べ、ほんの少しだけ目を細めた。幸福の顔を、炎獄は横目で盗み見て、咳払いで誤魔化す。

 

「じゃ、裁判所出たとこな」

「たまには炎獄が迎えに来てくれても良いんですけど」

「……お前と違って、鬼が業務外で極楽入るのは手続き多いんだよ」

「めんどくさいですね、地獄」

「極楽もな」

 

 皿が空く。箸を置いて手を合わせるのは最早人の癖だ。炎獄は気にせずまた一本煙草を燻らせた。

 

「あの」

「あ?」

「一本だけ」

「……出たよ」

 

 分かってたとでも言うように、炎獄は箱から一本煙草を出し渡す。天望が口に咥えてぐっと身を寄せた所に、炎獄が指先を弾く。煙草の先が赤く輝き、空に向かって白い糸が伸びていく。

 

「……効っくぅ……」

「最悪の感想やめろ」

「今回は一週間でした」

「まあそうだと思ったよ。先週吸ってたろ普通に」

「あ、じゃあ一週間経ってないですね。炎獄の家行く前にコンビニ寄らせてください」

「お前が前忘れてったの一箱あるぞ」

「えっ、天才」

「忘れてっただけな?」

 

 煙の向こうで鬼が笑う。定食屋を出ると、極楽の空は一番明るく輝いていた。

 

「じゃ、夜裁判終わったら連絡する」

「はい。洗濯、回しておきますね」

「柔軟剤入れすぎんなよ」

 

 踊り場で天望が足を止める。極楽側から吹いたうすい風が、袈裟の端をさらりと撫でた。

 極楽と地獄は、思ったよりやかましい。

地獄なのに、ちょっとだけ居心地がいい。

そんな場所を書いていきますので、もし気に入っていただけたら

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