第27話 おもろいもんみつけたで
※カクヨムにも同名のものを公開しています。
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朝。
冒険者ギルドは、怒号と笑い声が爆発していた。
「報酬まだか!」
「契約が違う!」
「この牙、換金できるんか!」
「落とした銀貨を、小僧が拾って逃げた!」
机を叩く音、椅子が倒れる音、誰かが「今夜飲みに行こうぜ!」と叫ぶ声まで混じる。
――ああ、今日も平常運転や。
グレータは眼鏡を押し上げ、ペンをくわえながら依頼票を片手でさばく。
「次の方、はい! 報告書、血がついとるけど中身読めるわ!」
「グレータちゃん、ウチの報酬まだか!」
「まだや! 文句あるなら自分で会計せぇ!」
「昨日、荷馬車襲われてん! 追加報酬請求!」
「襲われたんはあんたのせいやろ! 牛車でショートカットとか、何考えとん!」
ひと段落して、カウンターに腰を下ろした瞬間、肩の力が抜けた。
冒険者の声が遠ざかる。ペン先のインクが乾く音がする。
「ふぅ……今日も一日、えらいこっちゃ」
その時、奥の部屋の扉がゆっくり開いた。
中から、ふらりと男が出てくる。
白髪交じりのジイさん――ギルドマスターだ。
「グレータぁ、お茶はまだかぁ……」
「は? あんた、今起きたん?」
「寝てたわけじゃねぇ。目ぇ閉じて考え事してただけだ」
「どんな考え事やねん」
「どうすれば働かずに済むか……」
「寝言は寝てから言いや!」
グレータは両手を腰に当て、呆れた顔で言う。
「マスター、依頼票溜まりまくっとるんや。あんたのハンコ待ちが50件超えたで!」
「……そんなに? なら明日押す」
「押せぇ、今や!」
「今は気分が……」
「気分でギルドが回るかい!」
マスターは困ったように笑い、結局また奥のソファへ引っ込んでいった。
グレータは天井を見上げ、深いため息をつく。
「はぁ……。あんなんでも給金ウチの3倍やねん。世の中間違うとるわ」
それでも、帳簿の束を抱え直す手は止まらない。
グレータはぼやきながらも、誰よりも早く、正確に、ギルドを動かしていた。
それが彼女の日常であり、誇りでもあった。
昼になってようやく人の波が引いた。
依頼票の山を抱えて事務室に戻ると、見慣れない商会の名前が何度も並んでいた。
フェンリッヒ商会。
貨物の欄にはこうある。木製装飾品。修道院宛。
「……またこれかいな」
ペンの先で帳簿を叩く。
この商会からの依頼、ここ数ヶ月で5件目。
どれも似たような内容で、しかも護衛が3人以上。
「木の置物に護衛3人? そんな高級品なんか?」
その夜、彼女は馴染みの商人を呼び止めた。
「なぁ、フェンリッヒ商会、最近よう動いとるらしいな」
「おうよ。あそこは今、修道院の仕事を請けとるらしいぜ」
「修道院の? なんの仕事や」
「知らん。木の置物だってな。ありがたいもんって話だ」
「ほーん。ありがたい置物ねぇ……。あんた見たことあるん?」
「ないない。箱のまま運ぶんだと」
グレータはパンを噛みながら眉をひそめた。
「ありがたい言う割に、ようわからん話やな」
その翌日。
昼下がりのギルドに、灰色の外套を着た男が現れた。田中だった。
「こんにちは」
「お、来たな。あんた、またフェンリッヒの依頼やろ?」
「はい。護衛の申請を」
「また木の置物?」
「ええ。何度かご一緒しましたが、箱の中は見せてもらえません」
グレータは身を乗り出した。
「せやけど、あんたらの護衛って言うても、盗賊退治やなくて荷を見張るだけやろ?」
「そう、ですね。基本は同行するだけです」
「そんで? なんか見えた? ちらっと」
「少しだけですけどね、ふたの隙間から。翼のある獣の形をしていました」
「……翼のある獣? そりゃ、グリフォンやな」
グレータの頭の中で、何かがパチンと繋がった。
「グリフォンて……修道院の紋章やないの!」
田中は軽くうなずいた。
「……確かに。同じ形でした」
グレータは唇の端を上げた。
「はぁん、なるほどな。修道院の紋章を模した木の置物。それをフェンリッヒが運んでる。しかも最近になって急に増えた――」
ペンをくるくる回しながら帳簿を見返す。
「昔は、修道士がひとつひとつ削っとったんや。寄進のお礼の品やで。神の恵みを形にってやつ」
田中は興味深そうに聞いていた。
「運ばれてるのは大量の木彫り。おそらく寄進のお礼の品。……せやけど、そんなお礼が増えるってことは――」
田中が静かに口を開いた。
「寄進が、増えている?」
「せや! なるほど! そういうことか!」
グレータの声が跳ねた。
帳簿を叩き、にやりと笑う。
「寄進が増えてる。つまり、修道院が金を集めとる。信仰の名で金を吸い上げて、その証に木彫りを配っとるんや!」
田中は、微笑みを浮かべたまま言った。
「形を持つことで、人は安心するんです」
「そら、そうかもしれんけどな。安心が増えた分、腹黒い奴も増えるわ」
グレータは立ち上がり、窓の外を見た。
坂道を上る荷馬車の列。その荷台には木箱が山のように積まれている。
箱の側面には修道院宛の文字。
「……見てみ。あれ、きっと全部グリフォンや。ありがたいもんやねぇ」
彼女は笑いながらも、瞳の奥が冷たく光っていた。
「修道士が手で削っとった頃は、そこに祈りや、想いがあった。でも今のはちゃう。箱詰めで届く信仰なんて、ただの商売や」
田中は、静かに言葉を返した。
「それでも、人は祈ることをやめません」
「そりゃあね。でもな、ウチはそういう匂いに敏いんや。金と信仰が混じる時の匂い。これはもう、腐りかけの木の匂いや」
二人はしばし黙った。
外の光が傾き、窓辺に橙の影が落ちる。
グレータは小さく笑って、帳簿をぱたんと閉じた。
「おもろいもんみつけたで」
田中は首を傾げる。
「何がです?」
「信仰の商売。ええ題材や。ウチ、こういう時の嗅覚には自信あるんや」
彼女は笑いながら指を鳴らした。
「ま、あんたもそのうち巻き込まれるで」
「僕が、ですか?」
「そ。なんや知らんけど、あんた、目ぇつけられとる匂いがするわ」
田中は軽く笑い、帽子をかぶり直した。
「それは、風上に立ちすぎたせいかもしれませんね」
「そらあかん。風上は寒いで」
「ええ。でも、下から変な匂いが上がってこないんですよ」
グレータは一瞬きょとんとした後、吹き出した。
「ははっ、あんた、それ修道院の連中のこと言うてへん?」
「まさか。ただの風の話です」
「うそつけ!」
「ははっ、あんたほんまおもろいわ」
ギルドの外では、夕陽が街を赤く染めていた。
坂の上に見える修道院の塔。その影が長く伸びる。
木箱を積んだ荷馬車がゆっくりと登っていく。
グレータは窓枠に肘をつき、その光景を目で追った。
「フェンリッヒ商会、修道院、寄進……。ふふ、これはちょっと、調べ甲斐がありそうやな」
陽が沈みきる前、彼女は再び帳簿を開いた。
ペンが紙に走る音だけが、静かな部屋に響いた。
――おもろいもんみつけたで。
そのつぶやきが、夕暮れの街に溶けていった。
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