表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
癒やしを求めたら、奇跡と呼ばれて幽閉されました。  作者: 柊すい
第五章 はじめて泣いた日

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/57

第21話 招かれざる客人

※カクヨムにも同名のものを公開しています。

------------------------------------------------

今回から、イザベルの話です。

 春の名残がまだ街に残っていた。

 魔狼討伐からおよそ半月。人々の暮らしは少しずつ日常を取り戻し、田中もまた、いつもと変わらぬ穏やかな朝を迎えていた。


 石畳の路地を、彼はゆっくりと歩いていた。

 陽の光が屋根の端を白く照らし、通りには市場へ向かう人々の声が響いている。

 腰には剣も杖もない。ただの旅人のような身なり。

 けれどこの街では、もう誰も彼をただの旅人とは思わなくなっていた。


 今の冒険者ギルドで、彼の名を知らぬ者はいない。

 魔狼討伐の立役者。今は、軽い護衛や運搬の依頼をこなしながら生活している。

 それは質素だが、彼にとっては心地よい日々だった。


 昼下がり、受付の窓口に差し掛かると、見慣れた女性が手を振った。


 「おーい、ターナカはん。ちょっとええか?」


 明るい茶髪を後ろでまとめた、眼鏡の女性。

 ギルドの顔とも言われる受付嬢――グレータである。

 その声はどこか朗らかで、周囲の空気まで軽くする不思議な響きを持っていた。


 田中は軽く会釈しながら近づいた。


 「どうかされましたか?」


 グレータは机の上から一通の封筒を取り上げた。


 「これな、ルドルフ卿のお屋敷からや。わざわざ使いのもんが届けに来はってな。ターナカ殿()にお渡ししてくれやて」


 田中は眉をわずかに上げる。

 封は深紅の蝋で閉じられ、封印には貴族家の紋章――双頭の鷲が刻まれていた。


 「……これは、またずいぶん格式高いお手紙ですね」

 「そやろ? ウチもびっくりしたわ。あのターナカはんに貴族様から直々にお手紙やて、ギルド中で話題やで?」


 田中は苦笑して答える。


 「ろくな話ではなさそうですね」

 「そんなん言わんと、読んでみぃな」


 田中は封を切り、紙面を広げた。

 筆跡は整っており、文面は丁寧だが、どこか芝居がかった印象を受ける。

 グレータに渡し、読んでもらう。


   「先日の武勲、まことに見事であった。

   一度お話を伺いたい。屋敷にて待つ――。ルドルフ・フォン・グラーツ」


 田中は軽く息をついた。


 「……お話、ですか。ありがたいことです」


 グレータは肘をつき、面白そうに笑う。


 「ターナカはん、あんま目立ちすぎんほうがええで? 上の連中は、なんやとすぐ噛みつくさかいな」

 「肝に銘じます」

 「ま、気ぃつけて行ってきぃ。あんさんみたいな人、貴族の館にゃ珍しいやろから」

 「それはお互い様ですよ」


 田中の返しに、グレータは一瞬目を丸くして、すぐに笑った。


 「もう、そういうとこやで。ほんま食えへん人やなぁ」


 彼は微笑しながら手を振り、ギルドを後にした。




 夕刻。

 街の中心部から坂を登ると、空気の色が変わった。

 石畳が磨かれ、並木の間を抜ける風が少し冷たい。

 上級地区は、まるで別の国のようだった。


 坂の頂に建つ屋敷――ルドルフ家。

 白い石壁は古びながらも気品を保ち、門扉には黒鉄の紋章が刻まれている。

 田中は深呼吸をひとつして、門番に声を掛けた。ギルド経由で招待状をもらったことを話し、その手紙を見せると慌てて屋敷の中に消えていった。

 出てきた執事は、完璧な身なりの男だった。


 「ターナカ様でございますね。お話を承っております。どうぞ」


 屋敷の中は静まり返っていた。

 足音を吸い込む厚い絨毯。

 壁に並ぶ肖像画は、いずれもこの家の栄華を語るように並んでいる。


 案内された部屋は、日差しが柔らかく差し込む客間だった。

 香木の香りが漂い、窓辺には花瓶が飾られている。

 中央の椅子に、ひとりの若い女性が腰をかけていた。


 金の髪が光を受けて揺れる。

 淡いクリーム色のドレスが、椅子の背にふわりと広がっていた。

 目を向けた瞬間、田中は察した――。この人が、ルドルフの娘。

 魔狼討伐の表彰式で見た顔だった。


 「……あなたが、ターナカね?」


 声は鈴のように澄んでいるが、少し鼻にかかっていた。

 自分の言葉に、他人がどう反応するかを、ずっと確かめてきた声だった。


 田中は軽く会釈した。


 「はい。ルドルフ卿にお呼びいただいたと伺いました」

 「父は留守よ。代わりに、アタシがお話を伺いますわ」


 カップを持ち上げる指先が、まるで舞台の演技のように優雅だった。

 椅子から足を組み替え、わざと冷ややかな笑みを浮かべる。


 「……あなた、魔狼を倒したんですって?」


 田中は小さく笑う。


 「倒したというよりは、自警団や冒険者たちと力を合わせて、誘導しただけですよ。罠の有る方に逃げてくださいねって」

 「お願い? 狼に……?」


 イザベルの瞳が少し細くなる。


 「あなた、魔術師なの?」

 「いえ。ただの巡礼者……。今は冒険者です」


 田中は首に掛かったドッグタグを取り出すと、彼女に見えるように表を向ける。

 彼女のあざけるような笑いが、唇の端に浮かぶ。


 「まさか言葉で狼を説得した、とでも?」


 田中は穏やかに笑う。


 「吠え声では、勝てませんから」


 一瞬、イザベルの顔が固まった。


 彼の声音は柔らかかったが、そこには羨望も、侮蔑も挑発もなかった。

 なのに、彼女を手のひらの上で転がすような態度。

 ――それが、彼女の誇りを最も強く揺らした。


 沈黙が気まずくなったのか、彼女は紅茶のカップを取り上げて、わざとらしく音を立てて置いた。


 「……お茶、冷めてしまったわね」

 「ええ、でも香りはまだ残っています」

 「あなた、そういうところが変なのよ。普通は、淑女を褒めるでしょう?」

 「いえ、カップの方が立派でしたから」

 「……っ、失礼ね!」


 イザベルはぷいと横を向く。

 だが、田中が本気で怒らせようとしていないことは、彼女にも分かった。

 その穏やかな会話が、妙に心地よい。

 いつもなら、こうした会話は退屈で仕方がないのに――。なぜか今日は続けていたい。そんな気持ちを感じるのだった。


 「……あなた、変わってるのね」

 「ええ、よく言われます」


 田中は深々と一礼し、背を向ける。

 その立ち姿には、貴族の前に立つ下民の卑屈さは微塵もなかった。

 ただ、静かな礼節があった。


 扉が閉まる音がして、部屋が再び静けさを取り戻す。

 イザベルは、指先に残ったカップを見つめた。


 何だったのだろう、あの男。


 「……ふん、何よ。生意気な」


 そうつぶやきながらも、心臓の鼓動が速くなるのを抑えられない。

 鏡に映る自分の頬が、うっすら紅潮していた。

 それが怒りなのか、戸惑いなのか、自分でも分からない。


 窓辺に立つと、坂の下の街が見えた。

 夕陽が屋根を赤く染め、鐘の音が遠くで鳴っている。

 彼女は唇を噛み、ぽつりとつぶやいた。


 「……次は、()()()()と言わせてやる」


 その声は怒りよりも、どこか嬉しそうだった。

 胸の奥で何かが目を覚ます。

 ただ、生まれて初めて、上から見下ろせない相手に出会った。――その事実が、心を揺らした。


毎日19:10頃更新しています。

ブックマーク、評価、リアクション、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ