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癒やしを求めたら、奇跡と呼ばれて幽閉されました。  作者: 柊すい
第四章 祈りと眠り

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第17話 祈りと手当て

※カクヨムにも同名のものを公開しています。

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 魔狼討伐の騒ぎが収まってから、10日ほどが過ぎた。

 祈りの街グライフェナウは、いつもの静けさを取り戻しつつあった。

 修道院の昼の鐘が1度だけ鳴る。

 その音に合わせるように、灰色の石垣に囲まれた広場では、今日も寡婦の会が炊き出しの準備をしていた。


 大鍋の中でスープが音を立て、湯気が白く立ちのぼる。

 木皿の山の向こうでは、パンを切り分ける女性たちが忙しなく手を動かしている。

 風が吹くたび、鍋から漂う豆と香草の匂いが、広場いっぱいに広がった。

 人々の顔には、疲れと安堵が入り混じった表情があった。


 重症者の多くは、討伐の当日に治癒術を施された。

 修道院や、領主勅命の戦闘に参加した場合、治療院が負った怪我の責任を負うのが、この国の習わしだ。

 だから、今ここに集まっているのは、軽い傷を負った兵士や、討伐に参加したという名目で便乗し、無料の治療を受けに来る者たちがほとんどだった。


 彼らの腕や脚には、小さな切り傷、擦り傷、矢傷の跡が残っている。

 修道士たちの前では、皆が痛みに顔をしかめてみせた。

 痛がるほど救われる――。そんな迷信がこの街には根強く残っている。もちろん、修道士たちも顔をしかめていた。いつ負ったかわからない傷の治療をしているのだから。


 田中は、その光景を少し離れた場所から見ていた。




 向こうから明るい声がした。


 「ターナカさん!」


 リーナが両手に籠を抱えて走ってくる。

 中には、切り分けられたパンと干し葡萄が詰まっていた。

 頬にかかった髪を払う仕草が自然で、肌に浮いた汗と、働き者の温かさが滲んでいた。


 「持ってきたわ。こっち、配るの手伝って」

 「了解です」


 二人で人の列を回りながら、椀にスープをよそい、パンを置いていく。

 列に並ぶ人々の中には、疲れ切った者もいれば、ちゃっかりおかわりを狙っている者もいた。

 リーナはそれを見ても、軽く笑って受け流している。


 「みんな、必死なんですよね」


 田中がつぶやくと、リーナはうなずいた。


 「そうね。でも、必死に生きてるって言葉、悪くないと思うの」


 配り終えたあと、二人は釜の前に腰を下ろした。

 スープの香りと、風に混じる香草の匂いが心地よい。


 「……あなたみたいに、積極的に支えてくれる人、珍しいわ」


 リーナが、ふとつぶやいた。


 「みなさん、自分のことで精いっぱいだから。こうして誰かの手伝いに来る人なんて、なかなかいないのよ」


 田中とカタリナは少し照れくさそうに笑った。


 「大したことはしてませんよ。お玉を回してるだけです」

 「あたしなんて、顔出してるだけさ」

 「でもね、そういう人がいるだけで、助かるの」


 リーナの笑顔は柔らかく、少し疲れを帯びていた。

 カタリナが横から軽く茶化すように言った。


 「まるで神官みたいな言い方をするんだな、リーナさんは」

 「そんなことないですよ」


 そう言って笑うリーナの顔に、ほんの少しだけ赤みが差していた。




 寡婦の会には、様々な女性がいた。

 夫を戦で亡くした者。

 怪我で働けなくなった男の代わりに、家計を支える者。

 なかには、若くして子を抱えたまま、修道院の支援を受けている者もいる。


 女性1人で生きていくことは、まずできない。

 何らかの理由で夫を失ったものは、夫の兄弟が身元を引き受けたりすることが多い。だが、この街は、度重なる冬季遠征の影響で、男性そのものの数が少ない。

 そのため、修道院は残された女性が生きていけるよう、このような会を応援しているのだ。


 彼女たちは、修道院の土地を借りて畑を耕し、葡萄や豆、野菜などを育てている。それらを納める代わりに、亡き夫の慰霊と、僅かな金銭の支給を受けていた。

 また、巡礼者や貧しいものに施しを行うのも、立派な仕事だ。

 宗教の大切な役割である、セイフティネット。それが、この街の中で静かに循環していた。


 しかし、その仕組みのどこかにも、どこか歪みがあるように感じる。

 修道士たちは祈りと規律を説くが、庶民にとって祈りは日々の糧より遠い。

 リーナもカタリナも、その矛盾を感じているのだろう。




 昼を過ぎるころには、鍋も空になり、広場の喧騒が落ち着いた。

 日差しの中で、リーナが汗を拭いながら言った。


 「ターナカさんは、今回の討伐で、怪我とかされていないんですか?」

 「ええ、おかげさまで。僕は、後方にいましたしね」

 「よかった」


 リーナは、ゆっくり。そして優しく微笑む。


 「もし、怪我されていれば、早めに治癒の術を受けてくださいね」

 「そう……。ですね。一度は経験しておきたいです」


 田中は笑う。

 現代医学を超える治癒術。自分の怪我が、どのように治るのかはこの目に見ておきたいと思う。


 「こんな機会じゃないと、なかなかお願いできませんから」

 「あはは。覚えておきます」

 「つい先ほども、古い傷が治るかもしれないって言って、並んている人がいました。修道士様が怒っていました。何もしてないのに治療を受けようとしたって」


 リーナは、珍しくほほを緩ませながら話をした。

 それに田中は少し眉を寄せる。


 「治す力は、金で買うものになってるんですね」

 「残念ながら、そうです」


 彼女は少し考えてから、言葉を探すように続けた。


 「本当に大切なのは、体の傷よりも、心の痛みを忘れられる時間のことなんじゃないかと思うんです。ターナカさんと話してると、そういう時間になるから……」


 その言葉に、田中は少しだけ息を止めた。

 風が吹き、炊き出しの鍋の残り火がかすかに揺れた。


 鐘が鳴り、修道士たちが列をなして回廊を歩いていく。

 その光景を遠くから眺めながら、田中は思った。


 癒やしは、誰のものなんだろう――。神か、人か。


 風に混じって、信仰の声がかすかに届いた。

 その音は、どこか遠い世界のもののように感じられた。


 彼は手のひらを見つめる。

 スープの匂いがまだ、指先に残っている。

 癒やす手とは何か――。それを考えるには、まだ早かった。




 しばらくして、寡婦の会の女たちは、灯の消えた広場で静かに片付けをしていた。

 風が吹き抜け、遠くの修道院の塔が、夕闇の中にぼんやりと浮かび上がる。

 田中は、その塔を見上げながら、ぽつりと言った。


 「……祈ることも大事だけど、生きてる人を救う手が、もっと必要なんだな」


 言葉を噛みしめる。

 その思いが、彼の胸の奥に、ゆっくりと沈んでいった。


リーナ編が始まりました。

薄幸の女性。影がある女性。いかがですか?


毎日19:10頃更新しています。

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