第14話 月下の誓い
※カクヨムにも同名のものを公開しています。
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今日も鐘の音が街に響く。
冷たい空気の中、修道院の前には大勢の人が集まっている。
旗が風にたなびき、聖グリフォンの紋章が日差しを受けて輝いていた。
広場の中央には、木製の壇が設けられ、金糸を織り込んだ外套を纏ったルドルフ卿が立っている。彼は、教皇代理の権限を与えられた、グライフェナウの名ばかりの領主だ。
その隣には、白いヴェールをまとった少女――。ルドルフの娘イザベル。そして、修道院長オットー・ハルトマン。彼はアウレリアナ修道院の長。実質的なこの街の領主と言える。
彼らの姿を見上げる人々の顔は、安堵と期待に満ちていた。
戦いは終わった。魔狼の群れは討たれ、街は救われた。
誰もが、今日を「勝利の日」として迎えようとしている。
田中は人混みの後方に立ち、静かに壇を見上げていた。
横にいたグレータが小さく息を吐く。
「まるで芝居やね。……全部、最初から決まっとる顔しとるわ」
「ええ。予定どおり、って顔ですね」
ルドルフ卿が高らかに演説を始めた。
手に持った巻紙を読み上げる声は、よく通る。
「この街の象徴、聖グリフォンは光と奇跡の証であり、信仰の光である!神の導きによって、我らは再び安寧を得た!」
その言葉に、群衆が歓声を上げる。
鐘が鳴り、祈りの声が重なる。
――神の導き。
田中は小さく息を吐く。
人が戦い、人が考え、人が勝った。
けれど、こうして奇跡(傍点)と呼ばれるのがこの世界の常なのだろう。
ルドルフの演説が終わり、続いて功労者の表彰が始まった。
名を呼ばれたのは、若い貴族と、冒険者ギルド代表のカタリナ。
二人の胸に、金色のメダリオンが掛けられる。
「勇敢なる知略と信仰により、街を救った」
ルドルフ卿の声が広場に響く。
観衆は拍手し、口々に二人の名を呼んだ。
しかし、群衆の中から声が出始め、ざわつきが収まらない。
「おい、ターナカは?」
「策を立てたのはあいつやろ!」
「どうなってるんだ!」
人混みの中から冒険者たちの声が広がる。
壇上で若い貴族が微妙な顔をした。
グレータは腕を組み、鼻で笑う。
「ほら見ぃ、あいつらしいわ。全部、自分の手柄にしてもうた」
「まぁ……。想定の範囲内ですよ」
その時、オットー院長が席を立った。
白い衣が風に揺れる。
「……この戦を導き知略を授けた者は、ここにおるか?」
その声に、広場が静まり返る。
カタリナが一歩前へ出た。
「いました。彼がいなければ……。恐らく、私たちは全滅していました」
そう言って、まっすぐに田中を指す。
人々の視線が、一斉に集まった。
若い貴族は肩をすくめ、観念したようにつぶやく。
「……ああ。策の大半は、彼の案です」
群衆がどよめき、次の瞬間、拍手が湧き起こった。
オットー院長がゆっくりとうなずく。
「ならば、神の代理として命ず。ターナカにも祝福を」
ルドルフ卿は渋い顔をしたが、群衆の期待に抗えず、田中の名を呼んだ。
壇上に上がる。
ルドルフは形だけの笑みを浮かべ、彼の手を握る。
「……よく働いた」
「ありがとうございます」
しかし、その声は乾いていた。
式の終盤、記念品の授与が行われた。
しかし、当然ながら田中の分は用意されていない。
カタリナは、今回授与された短剣飾りを彼の手に握らせた。
「これ、私の代わりに受け取って」
「そんな、大切なものを」
「いいのさ。あんたがいなきゃ、誰も帰れなかった」
田中は小さく笑い、それを受け取った。
「……預かります」
「預かりじゃない。あんたのもんだ」
父の式辞に退屈していたイザベルが、田中の静かな佇まいに視線を留めた。
微かに微笑む。
「……あの人が、知恵の巡礼者? ふぅん。面白そうね」
口元に指を当て、父の視線に気づくと、すぐに視線を逸らした。
その光景を見ていた群衆が、再び拍手を送った。
街の空気は穏やかで、冬の陽光が広場を包んでいた。
その夜。
街はまるで祭りのような喧騒に包まれた。
露店が並び、酒と音楽、笑い声が夜空にこだました。
田中は賑わう通りを離れ、修道院へと続く静かな道を歩いていた。
手には、カタリナからもらった短剣飾り。
銀の装飾が月の光を反射している。
そんな姿を見かけた、リーナが歩み寄ってきた。
「お疲れさまでした」
「リーナさん。あなたも、ずっと手伝いで大変でしたね」
「でも、今日は笑っていい日です。少なくとも、冒険者の仲間は……。誰も、亡くならなかったんですから」
リーナの笑顔は穏やかだった。
田中は静かにうなずく。
「ええ。それだけで十分です」
「神様に感謝したくなりませんか?」
「僕は……。人に感謝したいです」
「人に?」
「神の奇跡じゃない。人が考えて、人が守ったんです」
「ふふ。でも、それを奇跡と呼びたい人もいます」
リーナは手を胸に当て、祈りの仕草をした。
田中は少し笑って、修道院の方へ歩き出した。
その背に、夜風が吹く。
夜更け。修道院の裏庭に出ると、カタリナが立っていた。
鎧を脱ぎ、肩に外套をかけている。
「来たか。寒くないか?」
「もう慣れました」
「……今日は、どうしても言っておきたくてな」
カタリナは月を見上げた。
「お前の知恵がなけりゃ、みんな死んでた」
「勝てる計算をしただけです」
「それがすごいんだよ。あたしらはいつも、力任せだった。けど、お前は勝ち筋を見た」
「でも、勝ったのはあなたたちですよ。僕はただ、作戦を出しただけです」
「……ほんと、あんたってやつは。素直に褒められねぇな」
カタリナが笑う。
「この街に、神様より頼れる奴がいるとは思わなかった」
田中は目を細めて言う。
「神様より、人を信じたいだけです」
風が二人の間を抜けた。
遠くで祭りの名残りの音が響く。
しばしの沈黙のあと、カタリナが口を開く。
「なぁターナカ、もしまた戦が起きた時は、どうする?」
「その時は、また考えます。どうすれば、誰も死なずに済むか」
「ははっ。やっぱりそう来るか」
彼女は笑って、田中の肩を軽く叩いた。
「ま、そういうあんたがいてくれりゃ、何とかなるさ」
そう言い残して去っていく。
田中は一人、月を見上げた。
白い光が、修道院の尖塔を照らしている。
「――神の奇跡じゃない。人の理屈で救う」
小さくつぶやいたその声は、夜の静けさに溶けていった。
数日後。
街には新たな噂が広まり始めていた。
「神の使徒」
討伐で負傷し、震える兵士を救った者。
修道士が神の御名で祈っても癒えなかった心の震え。
そんな者が、この街にいる――。
やがて名前も分からぬその人を。
誰が最初に呼んだのか、誰も知らない。
炊き出しの場で、リーナが微笑む。
「ねぇ、聞きました? 神の使徒が街にいるって」
田中は木椀を拭きながら笑った。
「……そうですか。凄い人がいるんですね。僕も、お目に掛かりたいな」
「ふふ。そうですね」
「なにがおかしいんですか?」
「……わたくし、知っています。その人が、神さまよりも、人の心を救おうとしていることを」
鐘が鳴る。
田中は空を仰いだ。
月の名残りを映した青空の下で、彼は静かに誓う。
――神の奇跡ではなく、人の理屈で、人を救う。
冬の風が吹き抜け、聖グリフォンの旗が音を立てた。
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