表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
癒やしを求めたら、奇跡と呼ばれて幽閉されました。  作者: 柊すい
第二章 魔狼討伐作戦

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/57

第14話 月下の誓い

※カクヨムにも同名のものを公開しています。

------------------------------------------------

 今日も鐘の音が街に響く。

 冷たい空気の中、修道院の前には大勢の人が集まっている。

 旗が風にたなびき、聖グリフォンの紋章が日差しを受けて輝いていた。


 広場の中央には、木製の壇が設けられ、金糸を織り込んだ外套を纏ったルドルフ卿が立っている。彼は、教皇代理の権限を与えられた、グライフェナウの名ばかりの領主だ。

 その隣には、白いヴェールをまとった少女――。ルドルフの娘イザベル。そして、修道院長オットー・ハルトマン。彼はアウレリアナ修道院の長。実質的なこの街の領主と言える。


 彼らの姿を見上げる人々の顔は、安堵と期待に満ちていた。

 戦いは終わった。魔狼の群れは討たれ、街は救われた。

 誰もが、今日を「勝利の日」として迎えようとしている。


 田中は人混みの後方に立ち、静かに壇を見上げていた。

 横にいたグレータが小さく息を吐く。


 「まるで芝居やね。……全部、最初から決まっとる顔しとるわ」

 「ええ。予定どおり、って顔ですね」


 ルドルフ卿が高らかに演説を始めた。

 手に持った巻紙を読み上げる声は、よく通る。


 「この街の象徴、聖グリフォンは光と奇跡の証であり、信仰の光である!神の導きによって、我らは再び安寧を得た!」


 その言葉に、群衆が歓声を上げる。

 鐘が鳴り、祈りの声が重なる。


 ――神の導き。

 田中は小さく息を吐く。

 人が戦い、人が考え、人が勝った。

 けれど、こうして奇跡(傍点)と呼ばれるのがこの世界の常なのだろう。


 ルドルフの演説が終わり、続いて功労者の表彰が始まった。

 名を呼ばれたのは、若い貴族と、冒険者ギルド代表のカタリナ。

 二人の胸に、金色のメダリオンが掛けられる。


 「勇敢なる知略と信仰により、街を救った」


 ルドルフ卿の声が広場に響く。

 観衆は拍手し、口々に二人の名を呼んだ。

 しかし、群衆の中から声が出始め、ざわつきが収まらない。


 「おい、ターナカは?」

 「策を立てたのはあいつやろ!」

 「どうなってるんだ!」


 人混みの中から冒険者たちの声が広がる。

 壇上で若い貴族が微妙な顔をした。

 グレータは腕を組み、鼻で笑う。


 「ほら見ぃ、あいつらしいわ。全部、自分の手柄にしてもうた」

 「まぁ……。想定の範囲内ですよ」


 その時、オットー院長が席を立った。

 白い衣が風に揺れる。


 「……この戦を導き知略を授けた者は、ここにおるか?」


 その声に、広場が静まり返る。

 カタリナが一歩前へ出た。


 「いました。彼がいなければ……。恐らく、私たちは全滅していました」


 そう言って、まっすぐに田中を指す。

 人々の視線が、一斉に集まった。

 若い貴族は肩をすくめ、観念したようにつぶやく。


 「……ああ。策の大半は、彼の案です」


 群衆がどよめき、次の瞬間、拍手が湧き起こった。

 オットー院長がゆっくりとうなずく。


 「ならば、神の代理として命ず。ターナカにも祝福を」


 ルドルフ卿は渋い顔をしたが、群衆の期待に抗えず、田中の名を呼んだ。

 壇上に上がる。

 ルドルフは形だけの笑みを浮かべ、彼の手を握る。


 「……よく働いた」

 「ありがとうございます」


 しかし、その声は乾いていた。




 式の終盤、記念品の授与が行われた。

 しかし、当然ながら田中の分は用意されていない。

 カタリナは、今回授与された短剣飾りを彼の手に握らせた。


 「これ、私の代わりに受け取って」

 「そんな、大切なものを」

 「いいのさ。あんたがいなきゃ、誰も帰れなかった」


 田中は小さく笑い、それを受け取った。


 「……預かります」

 「預かりじゃない。あんたのもんだ」


 父の式辞に退屈していたイザベルが、田中の静かな佇まいに視線を留めた。

 微かに微笑む。


 「……あの人が、知恵の巡礼者? ふぅん。面白そうね」


 口元に指を当て、父の視線に気づくと、すぐに視線を逸らした。

 その光景を見ていた群衆が、再び拍手を送った。

 街の空気は穏やかで、冬の陽光が広場を包んでいた。




 その夜。

 街はまるで祭りのような喧騒に包まれた。

 露店が並び、酒と音楽、笑い声が夜空にこだました。


 田中は賑わう通りを離れ、修道院へと続く静かな道を歩いていた。

 手には、カタリナからもらった短剣飾り。

 銀の装飾が月の光を反射している。


 そんな姿を見かけた、リーナが歩み寄ってきた。


 「お疲れさまでした」

 「リーナさん。あなたも、ずっと手伝いで大変でしたね」

 「でも、今日は笑っていい日です。少なくとも、冒険者の仲間は……。誰も、亡くならなかったんですから」


 リーナの笑顔は穏やかだった。

 田中は静かにうなずく。


 「ええ。それだけで十分です」

 「神様に感謝したくなりませんか?」

 「僕は……。人に感謝したいです」

 「人に?」

 「神の奇跡じゃない。人が考えて、人が守ったんです」

 「ふふ。でも、それを奇跡と呼びたい人もいます」


 リーナは手を胸に当て、祈りの仕草をした。

 田中は少し笑って、修道院の方へ歩き出した。

 その背に、夜風が吹く。




 夜更け。修道院の裏庭に出ると、カタリナが立っていた。

 鎧を脱ぎ、肩に外套をかけている。


 「来たか。寒くないか?」

 「もう慣れました」

 「……今日は、どうしても言っておきたくてな」


 カタリナは月を見上げた。


 「お前の知恵がなけりゃ、みんな死んでた」

 「勝てる計算をしただけです」

 「それがすごいんだよ。あたしらはいつも、力任せだった。けど、お前は勝ち筋を見た」

 「でも、勝ったのはあなたたちですよ。僕はただ、作戦を出しただけです」

 「……ほんと、あんたってやつは。素直に褒められねぇな」


 カタリナが笑う。


 「この街に、神様より頼れる奴がいるとは思わなかった」


 田中は目を細めて言う。


 「神様より、人を信じたいだけです」


 風が二人の間を抜けた。

 遠くで祭りの名残りの音が響く。


 しばしの沈黙のあと、カタリナが口を開く。


 「なぁターナカ、もしまた戦が起きた時は、どうする?」

 「その時は、また考えます。どうすれば、誰も死なずに済むか」

 「ははっ。やっぱりそう来るか」


 彼女は笑って、田中の肩を軽く叩いた。


 「ま、そういうあんたがいてくれりゃ、何とかなるさ」


 そう言い残して去っていく。


 田中は一人、月を見上げた。

 白い光が、修道院の尖塔を照らしている。


 「――神の奇跡じゃない。人の理屈で救う」


 小さくつぶやいたその声は、夜の静けさに溶けていった。




 数日後。

 街には新たな噂が広まり始めていた。


 「神の使徒」


 討伐で負傷し、震える兵士を救った者。

 修道士が神の御名で祈っても癒えなかった心の震え。

 そんな者が、この街にいる――。

 やがて名前も分からぬその人を。

 誰が最初に呼んだのか、誰も知らない。


 炊き出しの場で、リーナが微笑む。


 「ねぇ、聞きました? 神の使徒が街にいるって」


 田中は木椀を拭きながら笑った。


 「……そうですか。凄い人がいるんですね。僕も、お目に掛かりたいな」

 「ふふ。そうですね」

 「なにがおかしいんですか?」

 「……わたくし、知っています。その人が、神さまよりも、人の心を救おうとしていることを」




 鐘が鳴る。

 田中は空を仰いだ。

 月の名残りを映した青空の下で、彼は静かに誓う。


 ――神の奇跡ではなく、人の理屈で、人を救う。


 冬の風が吹き抜け、聖グリフォンの旗が音を立てた。


毎日19:10頃更新しています。

ブックマーク、評価、リアクション、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ